第3話 遺産
ソウザ大尉を下した結果、俺は無事にダンジョンに入ることが認められた。戦闘服に着替えてプレートキャリアを装着し、剣帯を巻いて、銃をスリングで肩から吊る。
「お供しますおじ様!」
エリザンジェラが俺の傍にササっと近づいてくる。肌が触れてしまいそうなくらいに近い距離だ。周りの兵士たちの嫉妬の目線が気になる。
「おじ様がリーダーですよね!?」
「俺は予備役だ。リーダーはお前に任せるよ」
「わかりました!任せてください!」
目をキラキラさせてエリザンジェラが頷いた。そして俺たちは兵士たちを引き連れてダンジョンの入り口である空間のひずみに踏み込んだ。
ダンジョンは生成された場所の影響を受けてその姿を変える。洞窟に出来れば中は洞窟のようだし、森に出来れば森のように、砂漠にできれば砂漠のようにだ。ここは神殿なので、中の通路は神殿建築風になっていた。
「少尉。近くにモンスターの気配があります」
「了解。私が対処する。おじさま!見ててください!」
エリザンジェラはモンスターの気配のする方へと駆ける。壁の影からモンスターたちが飛び出てきた。不意打ちゾーンなのだろう。モンスターのゴブリンたちは持った剣でエリザンジェラに斬りかかる。だがエリザンジェラはそれを全て紙一重で躱していく。それだけじゃない。躱すたびに片手剣でのカウンターを相手の急所を切り裂いていった。
「どうですか!おじ様から習ったカウンター技ですよ!」
モンスターたちは塵になって消滅する。ドロップアイテムを兵士たちが回収していく。ドヤ顔のエリザンジェラは年頃の娘らしい自信に溢れている。
「ああ。上手くなったな」
「えへへ。おじさまと離れた後も研鑽は毎日してたんですよ」
「そうか。それは立派だ」
エリザンジェラは嬉しそうにはにかむ。まるで構って欲しい犬のようだ。わかってる俺がこうしてしまった。エリザンジェラはかつて戦争の中で拾った。娘が生きていたらこれくらいの年だろうと思って拾ってしまった。さすがに拾ったままなのはまずいと思って、武術や魔法、社会スキルの様々なものを仕込んでから捨てた。自分一人で生きていけるように。
「エリザンジェラは友達や彼氏が出来たりしたか?」
探索を進めながら俺は雑談を振る。捨てた身ではあるが、その後に幸せだったなら構わない。人並みの生活が遅れていれば俺に後悔はない。
「やめてくださいおじさま!友達はともかく彼氏なんて作る気なんてありません!」
思ってもみないところで反応された。俺は内心戸惑う。
「そこらの男の人なんて受け入れられません!おじ様のように優しく強い方は一人もあったことがありません!なのにこの身を委ねようとすることなんてできません!」
「おっさんの俺を彼氏選びの基準にするべきじゃないよ」
「私にとってはおじさまが全てです!」
ああ、これはまずい。歪んでる。歪ませてしまったのは俺だ。適当に男でも見つけてくれれば俺としても嬉しいのに、そうはなっていなかった。彼女はまだ俺という幻影に囚われている。
「俺はお前が思うような素敵な足長おじさんじゃないよ」
「そんなことありません!おじさまは一番素敵な男の人です!」
どことなく濡れたような瞳に艶やかな笑みが映えている。もうこんな顔が出来るようになったのか。俺が復讐にかまけている間に自分が捨てた娘は女になってしまったらしい。俺はエリザンジェラから目を反らして、先を進む。
「このダンジョンは思った以上に深くはないようだな」
俺の勘が告げている。そろそろボス部屋に辿り着くだろう。この深度ならボスも育ちきっていないだろう。
「ボスですか。ダンジョンに間引きに入ったことはありますけど、ボスは初めてです」
エリザンジェラ達軍人は気を引き締めているようだ。心強い。そして俺たちはボス部屋のドアを開ける。
『よく来たな。ここは魔女の王のための祭壇。貴様らはその贄となってもらおう』
御伽噺に出てきそうな吸血伯爵のような出で立ちの大男が奥の玉座に座っている。
「行きます!」
エリザンジェラは剣を構えて魔法で身体強化をして正面から斬りかかっていく。兵士たちはライフルで援護射撃を行っている。
『なかなかのつわもののようだ。だが甘い』
吸血鬼は手の傷口から血を噴出させて剣を作りエリザンジェラの一撃を止める。
「私の二の太刀いらずを防ぐのはなかなかですね。でも!」
エリザンジェラは左手の人差し指で魔方陣を書き始める。それは俺がかつて教えた魔法の一つだ。
『なんだ?!周囲が凍っていく?!』
「その血の剣の強度は血の流れる速度で維持されてるんでしょう?なら凍らせればいい!」
吸血鬼の血の剣はあっと言う間に凍り付いてしまった。そしてエリザンジェラが剣に力を入れるとそのまま血の剣は砕け散ってしまった。
『ばかな!だが血はまだまだある』
「全部凍らせるから無駄ですよ」
氷の魔方陣は球体の立体魔方陣に変形して吸血鬼を包み込む。そして吸血鬼はガチガチに凍りついた。そしてそれをエリザンジェラは蹴って粉々に砕いてしまった。吸血鬼の首だけがコロコロと俺の足元に転がっていく。
『なんということだ……魔女の後継者に相応しい乙女の手にかかって死ねるとは私は運がいい』
「魔女の後継者?なんだそれは?」
俺は吸血鬼の言ったことに疑念を持った。
『桃色の髪の乙女よ。そなたに魔女の遺産を託そう。人民に豊穣を……』
言うだけ言って吸血鬼の首は散り散りに消えていった。そして部屋の中央に光の柱が現れる。俺は直感でまずいと思った。
「エリザンジェラ!」
俺は加速してエリザンジェラを光から庇う。
「おじさま?!」
だが光の柱は女のような唸り声をあげて俺に向かって光の矢を飛ばしてきた。俺はそれを刀で弾いて墜とす。
『魔女の王に言祝がれた者がなぜ魔女の遺産の継承を邪魔する?』
「この子に魔女の因縁を押し付けるな!」
『これは祝福。比類なき力を乙女に捧げる祭祀なり』
「魔女は俺が殺す!この子を巻き込むな!」
俺は刀を光の柱に向けて睨みつける。絶対にエリザンジェラに魔女の因縁を押し付けたりはしない。
「遺産を継承すれば、おじ様の傍に居られますか?」
後ろからエリザンジェラの声が聞こえた。
「おい!何を言っている?!あれはまともなものではない!」
『遺産を継承すれば、魔女の王に言祝がれた者と別ち難い縁が結ばれるだろう』
「……そうですか。アハハ!」
エリザンジェラは俺の傍を通り抜けて光へと飛び込む。
「やめろエリザンジェラぁあああ!!」
光の嵐が部屋に吹き荒れる。そして嵐がやんで、部屋の中心にはミニのタイトスカートに腰布を巻いた、大礼服のような詰襟を纏ったエリザンジェラが立っていた。
「これが魔女の遺産ですか。すごい力……うふふ、きゃはは!」
エリザンジェラは嗤っている。同時にすさまじい魔力の奔流を感じた。元々才能はある子だったが、ここまでの力は持っていなかったはずだ。
「私は欲しかったものがあります。切れない絆。形ある契約」
微笑みながら左手の薬指に口づけをする。するとエリザンジェラの左手の薬指に指輪が現れた。それを見た瞬間、俺の身体に電撃のような痺れが走った。
「ぐはっ!」
俺の手を見ると茨のような紋章が走っているのが見えた。エリザンジェラが俺の方へと歩いてくる。そして跪く俺の目の前でしゃがみこむ。タイトスカートの奥の濃いパンストに包まれた白いパンツが見えた。
「すごいですね。この力。おじ様を縛ることができちゃった」
エリザンジェラは艶やかに笑っている。だけどその瞳には光がなく昏い影が宿っている。
「わかってるんです。おじ様は危ないことに私を巻き込みたくないから私を捨てたんだって。でもね。寂しいより危ない方がずっとずっとずっうううううとよかったの」
俺の頬をエリザンジェラが両手で優しく挟む。そして俺の唇を奪ってきた。甘い交わり。だけど何処までも冷たい。
「もう何処にも行かせない。おじ様はずっと私のそばにいるの」
そのほほえみは悪魔によく似ていた。
アフターケアを大事にしないからこうなるんだよ!
おっさん。つよくいきろ!