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第8話 奴隷の忠誠心

 

 俺はまたしても奴隷の買い付けにやってきた。

 今日はいつもと違う店で新しい奴隷を探してみることにする。

 いつもあのスリザーク爺さんのところばっかだったからな。

 たまにはいいだろう。

  

 今回、奴隷の買い付けにはアーデを同行させている。

 身の回りの世話はほとんどアーデに任せっきりだ。

 

 それから、ドミンゴにも護衛として付いてきてもらっている。

 奴隷市場では面倒ごとがつきものだ。

 いざというとき、ドミンゴがいれば頼りになる。


「この奴隷をくれないか?」


 いつものように、俺は適当な奴隷を選ぶ。

 右腕だけがない、男の欠損奴隷だった。

 名前はシルバーシュというらしい。


 そしていつものように奴隷の引き渡しをする。

 奴隷紋の所有権を奴隷商から俺に移し替えようとした、そのとき――。

 シルバーシュの目が一瞬だけ鋭く光る。

 

「――死ねッ!」

  

 なるほど、確かに奴隷が反逆をしようと思えば、奴隷紋の引き渡しのタイミングがベストだ。

 奴隷紋があると、奴隷は主人に危害を加えることができない。

 だが、奴隷紋の主人が一時的に不在になる、この移し替えのタイミングなら、牙をむくことが可能だ。

 

 服の袖からすっと細身のナイフが飛び出し、俺に向かって突き出された。

 速い――!

 直感が全身に警鐘を鳴らす。

 だが、間に合わない!

 鋭い刃が俺の喉元に迫る――。

 

 危うく刺されそうになる俺だったが、それをアーデが引き留めた。


「危ない! ご主人!」

「アーデ……!?」


 なんとアーデは自分の身を顧みずに、俺の前に飛び出した。

 そして――乾いた音とともに、アーデの細い体に刃が突き刺さった。

 

「アーデ……!?」


 目の前で鮮血が飛び散る。

 アーデの綺麗な顔が苦痛に歪む。

 

 俺のせいで……。

 俺がもっと警戒していれば……!

 胃の底が冷えるような感覚。

 喉がひりつき、言葉が出ない。

 

「だ、大丈夫です……ご主人様こそ……無事、ですか……?」


 アーデは弱々しく微笑んだ。

 そんな顔するな。

 俺が守るべきなのに、なんでお前が俺を守ってるんだよ……!

 奴隷を守り、管理するのは奴隷商人である俺の仕事だ。

 それに、アーデはこんなにか細い女の子なのに……。

 なのに身を挺してまで、俺を守るだなんて……。

 その忠誠心に、俺はどう報いればいいのだろうか。

 

「……お、俺は大丈夫だ」


 アーデを間違えて刺したことに、奴隷の男は一瞬困惑し、ひるむ。

 そこをすかさず、ドミンゴが瞬時に動いた。

 

「貴様は――ここで終わりだ!」

 

 圧倒的な腕力でシルバーシュの体を押さえつけ、床に叩きつける。

 もがく隙すら与えず、素早く拘束。

 その目は冷酷な戦士のものだった。


「貴様! ご主人様に……! なにをする!」

「っく……お前らも奴隷のくせに……! なんで俺を邪魔するんだ!」

「ご主人様は奴隷の俺たちでも、丁寧にあつかってくださる。そういうお方だ。ご主人様を傷つけるようなやつは、この俺が許さない!」

「ふざけるな……! そんなもの、偽善だ……! どれだけ優しかろうと、奴隷は奴隷だろうが!」

「だが実際、俺はそれでいい生活を送れている……! おまえにはわからんだろうがな……!」

「俺の主人も最初は優しかった……それがある日突然、気に入らないからって腕を切り落とされたんだ……! 貴族の気まぐれなんか、信じられるわけがねえだろ!」

「ふん、エルド様はそいつとは違う……!」


 ドミンゴは全力の力で、シルバーシュの右腕をへし折った。

 

 俺は奴隷たちのおかげで、なんとか殺されずに済んだわけだ。

 それだけアーデとドミンゴの忠義は厚かった。


「ありがとう二人とも、それより……アーデの傷を治療しないと……!」

「そんな、私は大丈夫ですから……」

「だめだ。おい、奴隷商、ベッドを借りるぞ」

「は、はい」


 俺は奴隷商にベッドを借りて、奥の部屋にアーデを運んだ。

 アーデは腹部を刺されていて、かなりの出血がある。


「くそ……なんてことだ。あの奴隷め……!」


 俺はアーデに回復魔法をかけ、治療してやる。

 このくらいの傷なら、なんとか綺麗にふさがるだろう。


「ご主人様、ありがとうございます。また、ご主人様に助けられてしまいましたね……」

「いや、助けられたのは俺のほうだよアーデ。ほんとうにありがとう」


 俺はアーデの頭を優しく撫でた。


「ご主人様……私も、ご主人様をお守りできてうれしゅうございます。ご主人様のお力になることが私の生きる目標ですから」

「そんな、アーデはいつも役に立ってくれているよ」


 アーデから俺への忠誠はほんとうに大したものだった。

 これも、俺がこれまで奴隷に優しくして、媚びを売ってきたおかげだな。

 俺が奴隷に嫌われていたら、あそこで刺されていた。

 

 そして俺が回復魔法を鍛えていなかったら、そのまま死んでいたかもしれない。

 俺は、運命に打ち勝ったのだ。

 破滅フラグしかないと思っていたが、これはもしかしたら、本当に破滅フラグを回避できるんじゃないのか……?

 ドミンゴも見事に護衛の役割を果たしてくれたし、俺は案外うまくやれているのかもしれない。


「ドミンゴも、本当によくやってくれた。これからも、こういうことがあるかもしれない……よろしくな」

「もちろんですご主人様、このドミンゴの目が黒いうちは、ご主人様に傷一つ付けさせやしません」


 ドミンゴは普段クエストで鍛えているから、そんじょそこらの奴隷に負けたりはしない。

 さっきもすみやかにシルバーシュを取り押さえてくれた。

 俺たちがそんな会話をしていると、奥から奴隷商の男が申し訳なさそうに近づいてきた。


「あの……その、この度はこのようなことになってしまい……まことに申し訳ございません。奴隷のしつけがなっておりませんで……」

「まあ、大事はないから大丈夫だ。次からは気を付ければいいだけの話だ」

「そういっていただけると助かります……。これはほんのお詫びですが、奴隷を一体サービスしますので」

「それはありがたい。それで、さっきの男はどうなった?」

「さっきの奴隷は殺処分にいたしました」

「そうか……」


 主人に牙をむこうとした奴隷は、必ず殺される。

 それは、絶対のルールだった。

 奴隷もなんとか自分の地位から抜け出そうと必死なのは理解するが、俺にはどうしようもできないことだ。

 今回は、刺されなかったことを幸運に思おう。

 アーデにはほんと、感謝だな。





 【sideドミンゴ】

 


 この前はエルド様が危うく刺されるところで、危なかったな……。

 アーデのおかげで、エルド様は無事だったけど、またいつああいうことになるかわからない。

 俺ももっと気を付けておかないと……。

 

 ある夜のことだった。

 俺ことドミンゴの寝室は、エルド様のおられる本館とは違って、離れにあった。

 俺以外にも、オットーなどもここで寝起きしている。

 オットーと俺はいつもこの離れで寝起きし、昼間は冒険者としてクエストに行っている。


 その夜はやけに外が騒がしかった。

 なにごとかと思って飛び起きると、どうやら侵入者があったらしい。

 衛兵として飼われている奴隷たちが必死こいて侵入者を探している。

 まあ、俺にはあまり関係のないことだ。

 もしこの部屋に侵入者がやってきたら、叩きのめすだけのこと。

 冒険者としてそれなりにやっていくうちに、俺は自分の腕に自信が出来てきていた。


「誰だ……!」


 俺は窓の外に何者かがいるのを察知した。

 すると、窓の外から姿を現したのは、一人の変な恰好をした闖入者だった。

 全身を黒いスーツを纏っていて、変態にしか見えない。

 やつは俺の顔を見ると「しー」っとジェスチャーをしながら、中に入ってきた。

 どうやらこちらに敵意はないらしい。

 いったい何者だ……?

 金目当ての泥棒というわけではなさそうだ。もしそうなら、奴隷の寝室なんかを狙っても意味はない。


「何者だ……!」


 俺は戦闘態勢を整えた。


「待て、俺は敵じゃない……!」

「は……? 敵じゃないだと……?」


 あきらかに怪しい恰好で、窓から侵入してきて、それはないだろうと思う。

 だが、男にはどうやら話があるようだった。

 まあいざとなればいくらでも倒すことは可能だ。少しくらいなら、耳を傾けてやってもいいかと思う。


「俺は解放軍だ……!」

「解放軍……?」


 男はそう言って、腕の紋章を見せた。

 そこにはたしかに、『北東奴隷解放軍』のメンバーたる証拠が刻まれていた。

 奴隷解放軍というのは、有志で結成された秘密結社のことだ。

 メンバーの詳細は不明で、活動拠点なども不明。

 ただその組織の活動目的は、奴隷を解放すること――。

 夜な夜な各地の屋敷に忍び込んでは、奴隷を解放する運動をしているらしい。

 そうか、ここにもついに奴らが。


「俺はお前を解放しにきた。時間がない。はやく奴隷紋をみせろ」


 男はそういって、俺に服を脱ぐように促す。

 奴隷解放軍は、どういった仕組かは知らないが、奴隷紋を無効化する手段を持っていた。

 奴隷解放軍は、奴隷制度反対をかかげ、こうやって数々の奴隷を解放しては歩いているという。

 そんな彼らに開放されて、人生を取り戻せたときく話は多い。


 だが――。


「は……? なんで俺がそんなことを?」


 俺は断固として断る。


「は……? 『は……?』はこっちのセリフだが……。俺はお前を解放してやると言ったんだが? きこえなかったのか……?」


 解放軍の男は、信じられないというふうに俺を見る。


「ああ、それはわかった。だが断る……!!!!」

「な、なんでだ……!?」

「だって、エルド様はすばらしいご主人様だからな!」

「は、はぁ……?」

「福利厚生もしっかりしているし、三食昼寝つき。しかも給料もちゃんと出る。冒険者の仕事はやりがいもあるし、自由もそれなりにある。安全も保障されているしな。こんないい職場、なかなかないだろう?」


 もし俺がこのまま解放軍に従って、運よく逃げおおせたとしても、ろくな仕事にはありつけないだろう。

 逃亡奴隷なんてのは、身分証もないから、まずまともな仕事にはつけやしない。

 それに、逃亡すれば、常に奴隷管理委員会からの捜索の目を警戒して生きなきゃならない。

 そんな窮屈な生活、俺はごめんだね。

 それにもし、逃亡奴隷が捕まれば、それこそ悲惨な運命が待ち受けている。

 だったら、俺はこのままここでエルド様に忠誠を誓うほうが、百倍いいってわけだ。


「お、お前、正気なのか……? 奴隷なんだぞ!? 奴隷として虐げられているんだぞ!? なんで逃げない! それを逃がしてやると言ってるんだぞ!」


 ……逃げるか?

 そう考えたことがないわけじゃない。

 だが、俺の人生が逃亡奴隷になったとして、どんな未来が待っている?

 身分証もない。

 仕事もない。

 いつ見つかって、死ぬかわからない。

 そんな生き方をするくらいなら――俺は。

 

「いや、俺は虐げられてはいないんだけど……」

「はぁ……?」

「エルド様は優しいし……」


 こういう輩が一番困るんだよな。自分はいいことをしているつもりなのか知らないが、それは押し付けにしかなっていない。


「第一、お前たち、奴隷を解放してそのあとどうするっていうんだ? その後の人生もずっと面倒みてくれるんか?」

「う……そ、それは……」

「そういうところが身勝手で、奴隷解放軍はどうも信用成らねえ。解放軍といやきこえがいいが、ようはやってることはテロリストだ。それがまあ、よくものこのこと俺の前に顔を出せたもんだ」

「っく…………」


 奴隷解放軍の男は、俺が懐柔できないとわかると、そのまま窓の外から逃げようとした。

 しかし、俺は決してそれを許さない。

 シュマーケン家の奴隷である以上、そこへの侵入者を見過ごすわけにはいかないのだ。


「おっと、待ちな」


 解放軍の男が逃げようとした瞬間、俺は反射的に動いた。

 一歩で間合いを詰め、腕を掴む。

 

「ぐっ……!?」

 

 男がもがくが、関節を極めて押し倒す。

 バキッと嫌な音が響き、男は地面に倒れ込んだ。


「はなせ……!」

「お前はエルド様に引き渡す……!」


 俺は解放軍の男を床にねじ伏せた。


「……覚えておけ」

 

 倒れ込んだ解放軍の男が、俺を睨みつける。

 

「お前は『主人に飼い慣らされた』だけの犬だ。……だが、その主人が倒れたとき、お前はどうする?」

「……」

 

 その言葉を最後に、男は意識を失った。

 なんだったんだ、最後の言葉は……?


 このときはまだ、俺は気づいていなかった。

 この夜が、奴隷解放軍との戦いの始まりだったことに――。


  

 

 

 男の言っていたことは気になるが……だが、まあいい。

 これにて一件落着だ。

 いつもモンスター相手にクエストをこなしている俺にとっては、こんなヒョロガリの思想家、ちょろいもんだね。

 俺は侵入者を捕まえたということでお手柄だった。

 エルド様は褒美として、俺への新しい武具を買いそろえてくれた。


 それに、俺はいままでに奴隷として、一度も名前を呼ばれたことがなかったんだ。


「おい、オーク」

「役立たずが」

 

 どこに行っても、そう呼ばれてきた。

 俺は名前のない存在だった。


 だけど――。

 

「ドミンゴ」

 

 そう呼ばれた瞬間、俺の中で何かが変わった。

 俺は、ただのオークじゃない。俺は『ドミンゴ』なんだ。


 やっぱ、こんないい主人にはなかなか恵まれない。

 俺はこの屋敷を出る気には、なれなかった。


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