第7話 奴隷狩り
俺はまたあのスリザーク爺さんの店で、奴隷を買うことにした。
奴隷の名前はオットー。
奴隷狩りにあって捕まった村人らしい。
右腕を失っていて、かなり安値がついている。
だがスリザークの話によると、オットーは弓の名手らしい。
俺は遠距離攻撃ができるやつを探していた。
だから、こいつはちょうどいい。
ドミンゴは近距離戦闘が得意な冒険者だ。
ドミンゴと冒険者パーティーを組ませるなら、遠距離型がいいなと思っていたのだ。
オットーに弓で援護してもらえれば、ドミンゴのクエスト達成はさらに効率的なものになるだろう。
オットーを治してやって、さっそくクエストにいかせてみたところ、その成果は十分すぎるものだった。
お互いの弱点を補って、二人はいいパートナーという感じだ。
今はまだ低ランクのクエストしかこなせないが、成長すれば……遠距離攻撃要員として、俺の奴隷部隊の切り札にもなり得る。
オットーにはもっと成長してほしい。
どうやらドミンゴの話によると、基本は優秀だが、たまに危ういときがあるそうなのだ。
だから、俺はオットーに新しい弓を買い与えることにした。
そうすることで、オットーのモチベーションが上がって、集中力も増すだろうと考えたのだ。
結果はばっちりで、オットーの弓はさらに上達していった。
やはり先行投資は大事だな。
◆
【side:オットー】
僕の名前はオットー。
小さいころから、弓を射るのが大の得意だった。
ムラノセ村に住んでいる。
普段は狩りをしたりして過ごしているのだ。
僕は弓を射て、獲物を狩るのが本当に好きだった。
矢が獲物に当たる瞬間、なんとも言えない気分になるのだ。
「オットーの弓は村一番……いや、この世界で一番だな!」
父もそう褒めてくれた。
今日も、いつものように僕は森で狩りをする。
風の流れが変わる――左から、微かな獣の臭い。
獲物がいる。
狙いを定め、ゆっくりと息を吐く。
指先に神経を集中し、弦を引く音すら敵に悟らせないように――。
僕はいつも、そうやって狩りを楽しんでいた。
――ただ、今日は僕も狩られる側になってしまった、それだけだ。
「はぁ……はぁ……」
僕は森の中を逃げ走っていた。
追われているのだ。
「くそ……こんなところまで奴隷狩りが……」
奴隷狩り、最近多いときく。
なんの罪もない村人を攫い、奴隷として売るのだ。
それだけ、世の中で奴隷の需要は上がっていた。
貴族たちは奴隷をゴミのように使い捨て、次から次へと所望した。
そんな需要にこたえるように、奴隷商人たちは奴隷狩りの範囲を拡大していった。
「そっちにいったぞ! 逃がすな!」
「っく……」
森へ一人で入ってしまったのは迂闊だった。
僕は複数の奴隷狩りに囲まれていた。
こちらは弓一本では太刀打ちできない。
村のほうはどうなっているのだろう。
僕はふと気になった。
反撃しつつ、村のほうを目指す。
「くらえ……!」
僕は弓を放つ。
「ぐわ……!?」
さすがは僕の弓だ。
人に向けて矢を射るのは初めてだったけど、そこそこ戦える。
だが相手はかなりの人数いる。
距離をつめられてはどうしようもない。
僕は持ち前の逃げ足で、じりじり距離をとりながら、村を目指す。
「そんな……」
しかし、僕が村に帰りつくと、そこには信じられない光景が待ち受けていた。
村には火が放たれ、見る影もない。
ほとんどの村人は、奴隷狩りにつかまってしまったようだった。
何人か、抵抗したものたちが殺されている。
黒煙が空へと昇る。
あちこちに炭のように焦げた死体が転がっていた。
焼け焦げた木材がパチパチと爆ぜる音が耳を刺し、どこかからくぐもったうめき声が聞こえる。
生きている人がまだいるのか、それとも……。
「うぅ……くそ……」
僕は思わず吐き気とめまいに襲われる。
その瞬間、僕の後ろから刃物を持った男が現れた。
「へっへっへ……捕まえたぜ……!」
「はなせ……!」
「この! あばれるな……!」
僕は必死に抵抗する。
矢を手にもって、男の腕にぶっ刺す。
「くそ……! おとなしくしろ……!」
「がぁ……!」
男は刃物を振り上げると、僕の腕を斬りつけた。
僕の腕はあっけなく地面に切り落とされてしまう。
「あ……? 僕の腕……?」
腕の感覚がない。
地面に転がる自分の手を見て、時間が止まったような感覚に陥る。
頭が理解を拒む。
熱いものが滴る。
痛みが、あとから波のように襲いかかってきた。
「がぁあああああああ!!!!」
叫び声と同時に、視界が揺れる。
世界がぐるりと回るほどの苦痛。
「このクソガキ! 大人しくしねえからだ!」
誰かの罵声が聞こえるが、それどころではない。
ただただ、燃えるような痛みだけが、意識を支配していた。
そして、僕は奴隷狩りにつかまってしまった、というわけだ。
僕は絶望していた。
奴隷にされてしまうことにではない。
――もう二度と、弓を射て野山を駆け巡ることができないからだ。
◆
僕は奴隷市場の、欠損奴隷ばかりが売られている店に並べられた。
正直、僕は売れ残り品だった。
そりゃあ、得意の弓も撃てないんじゃね……。
くそ、せめて腕が残っていればな。
「くそ……僕がもっと強ければ……あのとき、村を守れたかもしれないのに……!」
僕は焼けてしまった村の光景を、なんどもフラッシュバックで思い出していた。
無残に殺されて、犯されて、連れていかれる仲間たち……。
僕はまだ、あいつらに復讐するまでは、死ねない。
ここで終わりたくはない。
けど……僕にはもう弓を射る腕がない……。
奴隷の身分だとしても、弓の腕を買われて、弓を撃つ仕事ができたかもしれないのに。
もう人生に投げやりになっていた。
暗い顔をしているし、誰も僕なんか買おうとしない。
このままじゃ、近いうちに廃棄処分だ。
「彼をもらおうか」
そんな中、僕を購入する人物が現れた。
名をエルド・シュマーケン。
まだ僕より年下の子供だった。
なにを考えてるんだ?
そう思いながら、僕はエルド様のお屋敷に連れていかれる。
「じゃあ、治療するから」
「はい……?」
そういうと、エルド様は僕の腕に回復魔法をかけはじめた。
「あ、あの……なにを……?」
「なにって、腕を生やすんだけど」
「う、腕を生やす!? そ、そんなこと、回復魔法では無理ですよ!」
「いや、無理じゃないけど……」
僕はわけがわからなかった。
この人はいったいなにを言っているのだろうか。
回復魔法といえば、村にも使えるお爺さんはいた。
だけど、せいぜい風邪を治したり、擦り傷を治療するくらいなもんだ。
「ヒール!」
光が眩しくて、思わず目を細めた。
エルド様の手から溢れる輝きが、僕の腕の断面を包み込んでいく。
そこから、じわじわと熱を感じる。
それは痛みではなく、まるで春の陽射しのように優しく、心地よい温もりだった。
筋が、骨が、肉が、ゆっくりと形作られていくのを、確かに感じる。
「これ……本当に……!?」
指が、動いた。
僕の意志で、確かに、動いたんだ。
「ほら、だから言っただろ」
エルド様は軽く笑っていた。
「すごいです……! エルド様、本当にありがとうございます!」
僕は涙が出る思いだった。
もう二度と弓は撃てないものと思っていたのに、再び腕をもらえるなんて。
本当に僕は運がいい。
なんていい人に買ってもらったんだ。
◆
「それで、オットー。お前弓が得意なんだろう?」
「はい……! 得意というか、大好きなんです! 腕を失ってもう二度と触れないかと思っていましたが……エルド様のおかげで、今なら存分に射ることができると思います!」
「そうか、ならちょうどいい」
エルド様はそういうと、俺に街へいって冒険者ギルドへいくように命令した。
「冒険者……って、それが僕の仕事なんですか……?」
「そうだ、適当にクエストを受けてきてくれ」
「は、はい……」
奴隷っていうから、もっとキツイ仕事や、ひどい目にあうのだとばかり思っていた。
だが、エルド様は腕を治してくれた上に、冒険者になれというのだ。
冒険者……実はひそかに憧れていた。
村にいたころは獣を狩るか、スライムなどの村周辺の雑魚を狩るばかりだったけど、もっと強力なモンスターと戦ってみたかったんだ。
僕は自分の弓の腕を、限界まで試したかった。
「クエストの報酬は8割でいい。残りの2割は好きにつかえ」
「えぇ……!? いいんですか?」
「うちはそれでやっている」
「ありがとうございます!」
しかも待遇もかなりいい。
奴隷でありながら、こんな待遇なんて。他ではなかなかないだろう。
「お前のほかにも、ドミンゴという奴隷がいてな。そいつとペアを組んでクエストをやってもらおうと思っているんだ。構わないか?」
「もちろんです」
「ドミンゴは近接の戦士だ。お前の弓でサポートしてやってくれ」
「はい……!」
それから、僕はドミンゴと合流して、一緒に街へいくことになった。
「ドミンゴさん、よろしくお願いします」
「ああ、よろしくな。それにしても、お前も運がいいな」
「え……?」
「エルド様に拾ってもらってよ」
「ああ。そうですね。本当に、いいご主人様です」
僕はドミンゴとエルド様をたたえながら、街を目指した。
それから街へついて、ドミンゴにいろいろ教えてもらった。
冒険者登録のやりかたとか、クエストのうけかたとか。
僕は生まれてこのかた、あの村をほとんど出たことがなかったから、こんな都会は新鮮だ。
まさか奴隷になって、こんなふうに人生に転機が訪れるとは。
「じゃあ、クエストといくか!」
「はい!」
僕はドミンゴといっしょに、クエストへ出かけた。
正直、クエストはめちゃくちゃ楽しかった。
弓を好きに撃てるし、モンスターと戦うのは楽しかった。
今まで持て余していた弓の実力が、ここぞとばかりに存分に発揮された。
森の中、獲物を追うあの感覚――それが戻ってきた。
風の流れを読む。葉の揺れ、地面を踏みしめる音、獣の気配。すべてが僕の世界に溶け込んでいく。
「……そこだ!」
矢を放つ。
空気を裂く鋭い音がして、一直線に飛ぶ矢はモンスターの急所を正確に貫いた。
ゴブリンが一瞬のけぞる。
そして、そのまま倒れ込んだ。
「オットー、やるじゃないか! 弓の名手だな」
ドミンゴが感心したように笑う。
「ありがとうございます!」
全身が高揚感で満ちている。
これだ……この感覚を、僕はずっと求めていたんだ。
僕は弓を射るのに夢中になっていた。
久しぶりにこの感覚が戻ってきたのだ。
当然だ。
最高の気分だった。
そして僕はモンスター――ゴブリンを弓で追い詰める。
ゴブリンたちはどんどん逃げていく。
まるで自分が強者になったように錯覚する。
そのときだった。
僕の中で、襲われたときのことがフラッシュバックする。
僕も、こんなふうに襲われたっけ……。
まるで今の僕は、あのときの奴隷狩りの様相だ。
けど、相手はゴブリン……遠慮することなんかない。
はは……!
いいぞ、もっと逃げろ……!
僕は夢中でゴブリンを追いかけた。
今は僕が狩る側なんだ。
容赦はしないぞ。
いつか、こんなふうにあの奴隷狩りたちを追い詰めてやりたい。
あいつらに、復讐するんだ……!
それまで僕は、死ぬわけにはいかない。
そのときだった――。
いきなり、僕の真横から、イノシシモンスター――チャージボアが突進してくる。
死角になっていて、近づいてきているのに気付かなかった。
僕はあまりにもゴブリンを追うのに夢中になりすぎていたんだ。
「やばい……死ぬ……!」
僕は死を覚悟した。
一瞬の油断が命取りになるこの森で、僕は油断をしてしまった。
避けることはできない……。
そう思った。
だが、そのとき、いきなりチャージボアが真っ二つになって、勢いを止める。
助かった……。
けど、どうして……?
振り返ると、そこにはチャージボアを斬り捨て、剣をさやにしまうドミンゴがいた。
僕は、ドミンゴに助けられたようだ。
「あ、ありがとうございます……ドミンゴさん……」
「弓を射るのに夢中で、周りが見えていなかったぞ……。危ないな……。気をつけろよ」
「はい、今度から気を付けます……」
「冒険者に一番大事なのは、冷静さだ。忘れるな」
危なかった。
僕一人だったら、死んでいたところだったな……。
けど、これが仲間と戦うってことか……。
僕は、肝に銘じた。
復讐心のあまり、我を忘れてはいけない。
頭はクールに、心はホットにだ。
ドミンゴの脚を引っ張らないように、がんばろう。
いつか僕がドミンゴを助けられるようになればいいな……。
◆
クエストが終わると、ドミンゴは僕を飲みにつれていってくれた。
「ドミンゴさん、ありがとうございます。僕、まだまだ未熟ですけど……これからも頑張ります!」
「おう、今後ともよろしくな!」
「でも、いいんですか? こんな自由に飲み歩いちゃったりして……はやくお屋敷に帰ったほうが……」
「いや、エルド様は寛大なお方だ。俺たちの仕事はクエストだけだからな。それが終わればあとは自由なんだ。金さえおさめれば、エルド様は好きにさせてくれる。最高のご主人さまだろ?」
「はい……! ほんと、そうですね……!」
クエストでいっぱい汗を流したあとに食べるご飯は、とてもおいしかった。
これで奴隷だっていうんだから、不思議なもんだ。
むしろ、奴隷になるまえよりも僕は生き生きしていたし、ワクワクしていた。
エルド様の寛大な処置は、これで終わらなかった。
僕が冒険者の仕事について数週間したころだ。
突然、エルド様から呼び出しをうけた。
とうとう奴隷らしくひどい目にあわされるのかと思いきや――。
◆
「オットー、いつも頑張ってくれているようだな。それに、弓の腕がすごいのだとか。ドミンゴからきいている」
「は、はい……それは、おかげさまで……」
僕は失敗してばかりだったんだけどな……。
ドミンゴはエルド様に、そんなふうに言ってくれてたんだ……。
全然だめなやつだと思われてるんじゃないかと思ってたけど……。
ドミンゴは僕のことを認めてくれているようだった。
素直に嬉しい。
「これはささやかな品なんだが、ぜひ使ってほしい」
「はい……?」
すると、エルド様は僕に新品の弓を手渡した。
漆黒の木材に、金の装飾がほどこされた見事な弓。
手に取ると、しっとりと馴染む感触。
弦を軽く引けば、しなやかで、しかし確かな弾力があった。
「これは……すごい……!」
思わず息を呑む。今まで使っていた弓とは次元が違う。
「新しい弓だ。今のものより、かなり性能がいいだろう」
「こんなもの、僕にはもったいない……」
「お前の腕なら、十分に使いこなせるはずだ」
「お、お金は……すごく高いんじゃありませんか……!?」
「いや、これは先行投資だ。気にするな。これがあれば、もっとクエストの効率がよくなるだろう?」
「は、はい……!」
エルド様のその一言で、僕は決意した。
この弓に恥じぬよう、もっと強くなるんだ。
「ありがとうございます……!」
心が震えた。今までにない、強い使命感と共に。
僕はよろこんでそれを受け取った。
僕はその弓に影縫いの弓と名付けた。
かっこいい、自分だけの弓だ。
正直、その弓の撃ちごこちは最高だった。
どんどんモンスターを狩れる。
おかげで、高難度のクエストを受けて、収入も倍になった。
少しはエルド様の期待に報いることができただろうか。
僕はこれからもこの最高の生活を続けるべく、がんばっていくつもりだ。