第5話 奴隷を戦わせよう★
ドミンゴを冒険者としてクエストに行かせることで、俺は定期的な収入を得ることに成功した。
だが、ドミンゴの稼ぎだけではまだ物足りない。
他にも稼ぐ方法はいくらでもある。
それに、やはり奴隷市場内での俺の影響力をもっと高めておきたい。
店によっては、信用のある人間しか立ち入ることのできないエリアもあったりするからな。
奴隷商人として、他の商人に認められることで、得られるさまざまなメリットがある。
普通は売ることのできないような奴隷を紹介してもらえたりもするかもしれない。
そこで、俺は奴隷市場内にある闘技場への参加を決意した。
闘技場というのは、奴隷商人や貴族たちが、それぞれ自分の奴隷を参加させ、強さを競う場所だ。
もちろん、ギャンブルの対象にもなっていて、毎日すごい盛り上がりを見せている。
みんなが奴隷市場に集まる楽しみの一つでもあった。
闘技場に奴隷を参加させれば、ファイトマネーがもらえる。
そして強さを認められた奴隷は、売るときに値段がかなりつり上がる。
さらには、奴隷の持ち主である俺の名声も上げることができる。
そう考えると、闘技場に参加することはメリットだらけだ。
闘技場に参加させるのは、個体として強い存在がいい。
ドミンゴは協調性もありそうだから、今後のことも考えて、冒険者にした。冒険者は普通、パーティーを組んで集団で行動するからな。今はまだドミンゴ一人でソロ冒険者だが、いずれはパーティーを組ませる予定だ。
今回は別に欠損奴隷にこだわらない。強い奴が手に入りさえすれば、長期的には元手を回収できるだろうからな。
なるべく、奴隷の中でもガタイがよくて、やる気のありそうなやつを選ぼう。
ただ、普通の奴はおもしろくない。
せっかくだから、『訳アリ品』でも見てみるか……。
奴隷市場の片隅――『手に負えない』あるいは『売り出し先がない』と烙印を押された厄介者が集められる薄暗い地下の区画がある。大理石で飾られたメインフロアとは打って変わって、そこは陰鬱で湿り気のある空気が漂っていた。
俺はその場所を訪れていた。
俺が求めているのは、『戦える奴隷』だ。
いざというときに俺を守り、破滅フラグを回避する手駒になるような存在。戦わずして生き残るためには、強い仲間を得るのが最善だ。
俺は能力の全部を回復魔法に費やしているからな。だから戦闘はあまり得意ではない。
「坊ちゃま、本当にこんなところでいい奴隷が見つかるんですかねぇ……?」
俺の側にはハンス。俺の世話役兼護衛としてついてきている。口は軽いが役に立つ。
「ここにいる連中は、扱いづらいが見込みがあるやつもいるはずだ」
そんな俺の言葉に応えるように、奥から現れたのは、鼻の下に長い髭を生やした奴隷商人――クレメンス・ガラハッド。
厄介な奴隷をたくさん扱っている男だ。
「おやおや、いらっしゃいませ。シュマーケン様のところの坊ちゃんじゃありませんか。さて、今日はどんな奴隷をお探しで?」
「戦える奴隷だ。単なる雑用や護衛じゃない。俺を守り、戦いに使える存在が欲しい」
「へへっ……じゃあ、坊っちゃんにピッタリの奴がいますぜ」
ガラハッドが案内したのは、鉄格子の奥に鎖でつながれた筋肉隆々の男。
その名を――グラディオス。
獣のようなオーラを放っている。
ライオン系の獣人のようだ。
強靭な肉体には無数の傷跡があり、血が乾いたままの部分すらある。
よほど手が付けられない暴れん坊のようだ。
奴隷は奴隷紋を使って罰を与えることができるが、グラディオスにはそれすらも効かないようなのだ。
グラディオスの強靭な肉体と、その戦闘狂ぷりからすると、奴隷紋で与えられる痛みくらいでは、むしろグラディオスの戦闘意欲を掻き立てるだけのようだ。
「こいつは元闘技奴隷。強さを求める戦闘狂で、檻の中でも暴れ回ってケガばかりしやがる。治療する手間もコストもかかりすぎて、追い出された。今じゃ誰も買いたがらねぇ……まさに厄介者よ」
ガラハッドはそう説明する。
すると、グラディオスが口を開いた。
「……買うのか? お坊ちゃん」
低く響く声。グラディオスは鎖につながれたまま、俺をじろりと睨んでいた。
「お前、暴れるのが好きなのか?」
「当然だ。もっと戦いたい。だが、この鎖が邪魔だ」
グラディオスが鎖をギシギシと引っ張る。
「お前を買ったら、戦わせることになるが……」
「……くだらねぇな。どうせ俺を押さえつけるために買うつもりなんだろ? 俺は暴れたいんだよ。ちんけな護衛任務なんざごめんだ。眠たくなっちまう」
グラディオスが鼻で笑う。
だが、俺はそうではない。
「いや、お前にはもっと暴れてもらう」
「……なんだと?」
俺は微笑み、そっと手を掲げた。
「俺は回復魔法を極めた奴隷商人だ。お前がどれだけ傷つこうと、俺が癒せば、またすぐに戦える。お前が暴れたければ、どれだけでも暴れられるぞ?」
「……は?」
グラディオスが呆けたように俺を見つめる。
「ヒール……」
俺がかけた魔法の光が、彼の無数の傷跡を消していく。
その場にいた奴隷商人たちが息を呑む。
「な、なんだ……!? 傷が一瞬で……!」
グラディオス自身も驚愕し、自分の腕を見つめた。
「ど、どうなっている……!?」
「お前は暴れすぎて、すぐに傷だらけになるんだろう? だが、俺の魔法があれば、傷を気にすることなく、好きなだけ暴れられる。どうする?」
グラディオスは沈黙した。
だが、その瞳が興奮に震えているのが俺には分かった。
「……お前、面白ぇな……」
ニヤリと笑った彼の表情は、まさに野獣そのものだった。
「いいぜ、坊主。お前の手駒になってやる。もっと暴れられるならな」
「決まりだな。お前を買おう」
俺がガラハッドに金貨を差し出すと、彼は信じられないものを見るような目をした。
「……本気ですかい? この男、手に負えませんぜ?」
「手に負えなくて結構。俺はこいつに鎖をつけて飼い慣らす気なんてないからな。好きに暴れさせてやるさ」
グラディオスは鎖を外されると、バキバキと拳を鳴らしながら大きく息を吐いた。
「フン、こんなに自由に動けるのは久しぶりだ……坊主……俺を買ったからには、約束通り存分に暴れさせてもらうぜ」
「いいだろう。だが、一つだけルールがある」
「……なんだ? 窮屈なのはごめんだぜ?」
「俺には絶対に手を出すな。それだけ守れ」
グラディオスは目を細め、しばし俺を見つめると――ニヤリと笑った。
「フッ……まあいい。お前がいないと、俺はすぐボロボロになるからな」
こうして、俺は『最狂の戦闘奴隷』グラディオスを仲間に迎えた。
そして市場では、『シュマーケン家のエルド坊ちゃまが危険な奴隷を奇跡の回復魔法で懐柔した』という謎の噂が広がっていった。
……いや、俺はただ『暴れたがってる奴を、暴れさせてやった』だけなんだけどな。
◆
グラディオスを闘技場に参加させると、それはもうすごい暴れっぷりだった。
「グオオオオオオ!!!!」
グラディオスの獣のような雄たけびが、コロシアムにこだまする。
対戦相手は、巨人のような男で、グラディオスよりもはるかにデカかった。
どうやらサイクロプスとの混血のようで、目が一つしかない。
さすがにあんな化物、倒せるのか……? そう思った。
しかし、グラディオスにはそんなの関係なかった。
グラディオスは対戦相手をわしずかみにすると、観客席まで投げ飛ばした。
「きゃあ……!?」
「うわ……こっちくるぞ……!!!!」
「なんてパワーだ……!」
審判がグラディオスの勝利を告げると、観客席から割れんばかりの歓声が響き渡る。
「うおおおおお!!!! なんだアイツは! 最強だ!」
「まじで獣みたいだな……! 手に負えねぇ!」
さっきまではグラディオスを挑発していた対戦相手も、起き上がることができずに、素直に負けを認めていた。
「くっ……俺の完敗だ……どうあがいても勝てやしねぇ……」
グラディオスはそんな調子で、何連勝も重ねていった。
おかげで、俺の名声もうなぎ上りだった。
「おい、あのすげぇ強い奴隷の飼い主は、まだ子供らしいぞ……」
「あんな奴隷、どうやって手懐けるんだよ……」
俺の名前が広まったことで、これまでに付き合いのなかった奴隷商からもいくつか声がかかった。
今度新しい店を利用してみよう。
このように、長期的にはもっと裏側に存在する闇の奴隷商人とのコネクションが得られるかもしれない。
裏の奴隷商人のほうが、ひどい状態の欠損奴隷や、レアな種族を扱っていることが多いからな。
それに、破滅回避のためにもいろんなところに通じておいたほうが後々いいだろう。
グラディオスはかなり利用できる。感謝だな。
戦闘が終わったあとも、檻の中でまた暴れまくるので、なだめるのが大変だった。
これは、そのうち本格的な戦場を用意してやらないとダメかもしれんな……。
◆
【side: グラディオス】
俺の名はグラディオス。生まれてからずっと、戦うことしか知らねぇ。
百獣の王の血を引く俺にとって、戦いは生きる証。戦場に立ち、敵を打ち砕くその瞬間こそが、俺の全てだった。
だが、俺は戦いすぎた。
強さを求め、戦いに明け暮れた結果、最後には手に負えない奴隷という烙印を押され、ここにぶち込まれた。
――地下奴隷区画。
売れ残り、扱いづらい、あるいは『危険すぎる』連中が押し込められる場所。俺はここに閉じ込められて、どれくらい経ったかもわからねぇ。
檻の中でじっとしていられるタチじゃねぇ。暴れた。檻の中で吠え、鉄格子を蹴り、鎖を引きちぎろうとした。
そのせいで、傷だらけだ。
身体中に裂傷ができ、殴り合った時の打撲が消えぬまま、また暴れ続けた。
しかし、ここにいるのは俺と鎖だけ。俺はずっと『戦えずに暴れるしかない』時間を過ごしていた。
戦場に立ちてぇ。血の匂いを感じてぇ。
だが、俺に与えられるのは、戦う相手もなく、鎖に繋がれた時間だけだった。
そんな時だった。
『エルド坊ちゃん』が現れたのは。
◆
最初は、またつまらねぇ冷やかしかと思った。
どいつもこいつも、強い奴隷を求めるくせに『自分より強い奴は扱いづらい』とかぬかして、最終的には俺を買わねぇでからかうだけだ。
だが、そいつ――エルドと名乗る男は違った。
「お前を買ったら、戦わせてやることになるが……」
普通の貴族なら『従わせる』という言葉を使う。
だが、こいつは 『戦わせる』と言った。
その時点で、俺は少し興味を持った。
「……くだらねぇな。どうせ俺を押さえつけるために買うつもりなんだろ? 俺は暴れたいんだよ。ちんけな護衛任務なんざごめんだ。眠たくなっちまう」
いつものように鼻で笑った。
だが、次の瞬間――。
「いや、お前にはもっと暴れてもらう」
エルドは笑ってそう言った。
「……なんだと?」
「俺は回復魔法を極めた奴隷商人だ。お前がどれだけ傷つこうと、俺が癒せば、またすぐに戦える。お前が暴れたければ、どれだけでも暴れられるぞ?」
瞬間、俺の全身を駆け抜けたのは、戦慄だった。
――こいつは、何を言っている?
どれだけでも暴れられる?
俺がどれだけ戦っても、傷ついても、またすぐに戦えるだと?
そんなバカな話があるか。
……だが、もしそれが本当なら。
俺は――俺は――
「……は?」
呆けたように問い返した。
すると、エルドは微笑み、手を掲げる。
「ヒール……」
――途端に、俺の体が光に包まれた。
俺の腕に刻まれた無数の傷が、みるみるうちに消えていく。
皮膚が新しくなり、痛みが消えた。
「な、なんだ……!? 傷が一瞬で……!」
周囲の奴隷商人どもが息を呑んでいる。
そんなことは、どうでもいい。
問題は、俺の体だ。
本当に、消えた。
この傷が……俺の『戦いの証』が、まるで存在しなかったかのように。
それは少し寂しい気もしたが、いや……違うな。
これなら新しい『戦いの証』が刻み直せるってことよ。
俺はむしろ、ワクワクが勝っていた。
「ど、どうなっている……!?」
俺は呆然と自分の腕を見つめる。
「お前は暴れすぎて、すぐに傷だらけになるんだろう? だが、俺の魔法があれば、傷を気にすることなく、好きなだけ暴れられる。どうする?」
……俺は、考える。
『どこまででも暴れられる世界』が、目の前にある。
『戦い続ける生き方』が、この男の手によって可能になる。
俺は、どうする?
そんなもの――決まっている。
「……お前、面白ぇな……」
俺は笑った。
こんな奴隷商人、見たことがねぇ。
「いいぜ、坊主。お前の手駒になってやる。もっと暴れられるならな」
「決まりだな。お前を買おう」
俺の鎖が解かれる。
久しぶりに、手首が自由になった。
「フン、こんなに自由に動けるのは久しぶりだ……坊主……俺を買ったからには、約束通り存分に暴れさせてもらうぜ」
「いいだろう。だが、一つだけルールがある」
「……なんだ?」
「俺には絶対に手を出すな。それだけ守れ」
俺はエルドの顔を見つめた。
面白い。
『戦え』と言いながら『俺は傷つけるな』とは……。
こいつは『恐れ』ではなく、『信じて』俺を迎え入れた。
……なら。
「フッ……まあいい。お前がいないと、俺はすぐボロボロになるからな」
俺は笑った。
俺の戦場は、ここにある。
エルドが俺を『壊れない戦士』にするなら。
俺は『エルドのために戦う最強の剣』になってやる。
それが――
俺が『生きる』ってことだからよ。
◆
俺はエルド様に言われて、闘技場に参加することになった。
ここならいくら暴れてもいいらしい。
一日に一戦だけなんて、けちなことは言わねぇよな?
そんなの、退屈すぎて死んでしまうぜ。
俺は、一日中試合に出続けた。
そして相手を倒しまくった。
ファイトマネーもがっぽり頂いたが、俺は金なんかには興味ねぇ。
まあ、俺が2割でエルド様が8割だし、エルド様が儲かって喜ぶのならそれでいいか。
闘技場での戦いは、命がけだ。
相手も俺を殺そうとしてくる。
そういう戦いがたまんねぇ……。
向こうも闘技場で戦うくらいだ、それなりの猛者がそろっている。
だから、そのせいで普通は何試合かしたら怪我をして、しばらくは出られない。
運営側も、むやみやたらに死なれたら困るから、怪我人は出させないのだ。
だが、俺は違う。
俺は、エルド様のおかげで、怪我をしてもすぐに復活。
一日のうちに何度も試合に出続けられるんだ。
こんな最高な戦場を用意してくれたエルド様には、マジで感謝だぜ。
俺は徐々に、エルド様に恩義を感じ始めていた。
だからこそ、ちゃんと様を付けて呼んでいる。
まあ、そろそろ本気の戦場も味わってみてぇところだが……。
もうしばらくはここで我慢してやるよ……。
そう思っていたところ、ある日のことだった。
エルド様は俺にこんなことを言ってきたのだ。
「お前のおかげで、かなり闘技場で稼がせてもらった。この金は決して無駄にしない」
「どういうことです? ファイトマネーの2割はすでにいただいてますが……」
おかげで、俺は毎日好きなものをたらふく食えた。
そのくらい、ファイトマネーの2割というのは大きな金額だ。
普通は奴隷にそこまでの金を還元する主はあまりいない。
けど、俺の場合は明日の試合に備えてもっと食っておけということで、多めにもらっている。
まったく、最高の主様だぜ……。
で、金を無駄にしないってのはどういう意味なんだ……?
「この金で、いつか本物の戦場を用意してやる。楽しみにしておけ」
俺はその言葉に震えた。
「いいねぇ……最高だ。エルド様、その言葉、忘れないでくださいよ……」
今から興奮がおさまらない。
これは……明日の試合は相手を殺してしまわねぇか心配なくらいだぜ……。
「エルド様、どうして俺にそこまでしてくれる?」
「決まっている。お前が最高の戦士だからだ」
「そうか……ありがとう…………」
エルド様は、俺のことを道具としてではなく、戦士だと言ってくれた。
たんなる奴隷ではなく、戦士だと俺を認めてくれたんだ。
俺は、どこまでもこの人についていきてぇ……。
俺は『最強の奴隷』じゃなく、『最強の戦士』として、この主のために戦いたい。
そう強く思った。
「グラディオス、お前にはいずれもっと暴れてもらう。それまで牙を磨いておけよ?」
「ああ……いいねぇ……もちろんだ……」
俺の血が沸き立つ。
この主のためなら、どれだけでも戦ってやるぜ。
いつか来る本物の戦場で、俺は牙を剥く。
それまで――もっと、もっと暴れ続けてやるぜ……!
そう思っていたところ、エルド様がまた新たな奴隷を探し始めた。
次はどんな奴が来るのか――俺の戦場は、もうすぐ広がる予感がするぜ……!
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