第19話 Homunculus★
ある日俺のもとに、これまたとんでもないものが持ち込まれた。
持ち込んだのは知り合いの奴隷商人。
彼はなんと、俺のもとへ瓶に入った「指」を持ち込んだのだ。
「おい……これはなんの冗談だ……?」
「なにって、これは指だ」
「それは見ればわかる……。あのなぁ。いくら俺でも、死人の指から人を蘇生するなんて芸当、できやしないぞ……?」
「それが、こいつはまだ生きているんだ」
「なんだと……?」
またか……。
生首のときと一緒だ……。
でも、それにしたって、指だぞ?
指から人間を蘇生するなんて……さすがに無理だろ……。
「さながらホムンクルス……瓶の中の小人だな……」
よく見ると、たしかに指はまだぴくぴくと動いていた。
まあデュラハンがいる世界だ、このくらいのことあってもおかしくはない……か?
だがそれにしても、指だけで生きていられるような存在って、どんなんだよ。
まさか神の化身かなにかか?
「よし、とりあえず……回復魔法を使ってみるか……」
奴隷商人が去ったあと、俺は一日かけて指に回復魔法をほどこした。
すると、徐々に人間の身体が作られていって、すっかり一人の人間ができあがった。
これもはや回復魔法とかじゃなくて、人体錬成だよなあ……。
俺の回復魔法どうなっているんだ。
もしかしたら、髪の毛の一本からでも人間を蘇生できるかもしれん――いやもしほんとにそれが出来たら怖すぎるからやらないけど……。
髪の毛一本から人間に戻せるなら、それこそ無限にクローンがつくれちまう。
指から復元した「そいつ」は裸のまま大きく伸びをした。
真っ赤な長い髪の毛をもった、スレンダーな女性だ。
彼女は俺のほうを見ると、
「あんたが僕をここまで戻してくれたのかい?」
「ああ、そうだが……。お前はいったいなにものなんだ……。指だけで生きていたなんて……神の化身かなにかとしか思えない……」
すると女性は笑いだした。
「はっはっは、僕が神か。面白いこというね。まあ、逆……むしろ僕は悪魔に近いかな。僕は魔神デッカー。いやぁ、人間との戦いに負けて、指だけはなんとか生き残ったんだけどね、力を大幅に封じられて、このままだと死ぬところだった。礼をいうよ」
あれ、これもしかして、蘇生させてはいけなかったような奴?
魔神とか……面倒ごとはごめんだぞ……。
まさか襲い掛かってきたりしないだろうな。
俺が警戒を強めると、
「そんな警戒しないでくれよ。君は恩人だ。なにもしないって。そうだな。お礼がしたい……。なにかできないかな? 僕は願いをかなえる魔人なんだ。なんでも願いをかなえるよ」
「願いか……。そうだな、じゃあ、俺と俺の大切な人たち、それらの幸せと安全を願うよ」
俺にはもはやそのくらいしか願いはなかった。
金ならいくらでもあるしな。
すると、魔神は俺におでこをくっつけてきた。
「君の記憶を見せてもらうね。今の君の状況とか、君の大切な人とやらについて……」
「あ、ああ……」
しばらくして、魔人はためいきをついて、あきれてこう言った。
「はぁ……。どうやら、僕の出番はなさそうだ」
「え……?」
「だって、その願いなら既にかなってるじゃないか。君も、君の大切な人たちもずいぶん幸せそうだけど?」
俺はしばらく考えて、頷いた。
俺の頭の中には、幸せな記憶ばかりだ。
そして俺のイメージの中のアーデも、幸せそうに笑っている。
「はは……たしかにな……。そうかもしれない」
「ま、願いは置いておくよ。もしまたなにか願いたいことがあったら、そのときいってくれ」
すると、魔神は俺のベッドに横になった。
まるで自分の家にようにくつろぎやがる。
「……って、お前……そのいいぐさ。まさかここに住むつもりなのか?」
「どうやら君はおもしろい男のようだからね。暇つぶしに、君を観察するのも悪くないかと思って」
「はぁ……。勝手にしてくれ」
どうやらまた、面倒なことがはじまりそうだ。
「それと、君たちはまだ気づいてないみたいだけどね……」
と魔神デッカーは言い出した。
「なんだ……?」
「君の前世での大事な人なら、君のすぐそばにいるよ……?」
「え………………?」
前世……そんなものはもう考えないようにしていた。
だって、振り返れば悔しい思い出ばかりだからだ。
俺は今が幸せだった……。
アーデといる今が。
しかし……前世での大事な人……?
そんなこと、今更……。
だって、彼女は俺が救えなかった人間じゃないか……!