第18話 オットーの矢★
僕、オットーは、相変わらず冒険者を続けていた。
もちろん、アカネとドミンゴも一緒だ。
魔王は倒れた、けど世の中にはモンスターがまだまだいっぱいいて、冒険者の仕事が尽きることはない。
エルド様にとっても、冒険者稼業は安定して稼げる収入源だ。
僕たちは相変わらず、エルド様のために日々仕事をしている。
僕の村――ムラノセ村は、数年前に奴隷狩りによって滅びた。
僕もそのときに怪我をしてつかまり、そしてエルド様に拾われたのだ。
ある意味、奴隷狩りのおかげで、エルド様に拾ってもらえたんだけど、でも……それでも、故郷の村を焼かれた怒りは、残っていた。
もちろん、エルド様に対しては感謝の気持ちしかない。
ただ、僕が恨んでいるのは、あのとき僕らの村に火を放った、あの奴隷狩りたちだ。
奴隷狩りは、基本は違法に行われている。
奴隷の取引は合法だし、貴族が合法的に奴隷狩りを行うという制度もある。
けど、僕らの村を焼いたのは、ただ金儲けがしたいだけの、下っ端奴隷狩りたちだ。
彼らのやったことは、問答無用で違法行為。
ただ、奴隷狩りで安く奴隷を仕入れられるからと、ある程度国から黙認されているだけのこと。
僕はいつかこの手で、あのときの奴隷狩りたちを、逆に狩ってやろうと思っていた。
冒険者ギルドにやってきて、いつも確認するのは、クエストボードだ。
クエストボードにはたまに、盗賊団の討伐依頼が貼られていることがある。
奴隷狩りなんてのを違法にやるのは、だいたいが盗賊団の副業だ。
だから、盗賊団の討伐クエストをこなしていれば、いつかはあいつらと戦えるかもしれないと、そう思っていたのだ。
今日も、僕はやつらを探して、クエストボードを眺める。
「あった……!」
盗賊団の討伐依頼が貼られていた。
僕は迷わず、それを手にとる。
ドミンゴが言った。
「オットー、また盗賊団の討伐依頼か……? お前、盗賊潰すの好きだなぁ」
「ちょっと、個人的に恨みがあってね」
「復讐か……。復讐はなにも産まねぇぜ?」
「わかってる……。けど、どうしても……自分の腕を試したいんだ」
「なるほどな、わかった。付き合うぜ」
「ありがとう」
あのとき、もっと僕に力があれば、村を守れていたかもしれない。
家族を失わずに済んだかもしれない。
僕にもっと弓の腕があれば……。
けど、今の僕には、その力がある。
エルド様が与えてくれた力が……。
待っていろよ、盗賊団……。
僕がハントしてやる……。
◆
盗賊団のアジトは、東の森の奥地――《黒茨の谷》にあるという情報だった。
名前の通り、そこはトゲのある黒い蔓が絡み合い、獣すら寄り付かないと言われる危険地帯だ。
だけど、僕たちは迷わなかった。
アカネが魔法でルートを照らし、ドミンゴが罠を解除しながら前進してくれる。
「さすが盗賊の根城だな。地雷原かってくらい罠だらけだぜ」
ドミンゴが苦笑する。
「でもこれって逆に言えば、やましいことをしてるって証拠よね」
アカネが冷静に言う。
僕は、言葉少なにただ前を見ていた。
あのときの火の手。
逃げ惑う村人。
焼け焦げた実家の柱……。
そして、何もできなかった自分。
今の僕は、違う。
「……あった。あれが、アジトだ」
森を抜けた先、崖の中腹に木造の砦が築かれていた。
野営地というよりは、ちゃんと整備された拠点だ。
それだけ奴らが、長く活動していた証拠だろう。
見張りの盗賊が二人。
あのシルエット――間違いない。
ようやく見つけたぞ……!
あの日、僕の村を焼いた奴の一人――
片目に黒い眼帯をつけた、斧使いの男。
僕の腕を切り落とし、奴隷商に売り飛ばしたやつ……。
名は……たしか、【ザム】。
僕は静かに、弓を構えた。
「アカネ。魔力視で、砦内部の人数を確認して」
「了解。……合計十三人。ほとんどが中級クラスだけど、一人だけ魔力が突出してるわ。多分、ボス」
ボスがいるのか――
じゃあ、そいつも……あのときの火付け役かもしれない。
「ドミンゴ、突破口を頼める?」
「合図くれよ。お前が撃った瞬間に、派手に暴れてやる」
「……よし」
僕は、深呼吸した。
風を読み、重力を感じ、弓に魔力を込める。
静かに、しかし強く――
――弓を放った。
「――っ!? がっ……!」
ザムの頭部に、音もなく矢が突き刺さった。
即死だ。音すら届かない速さで、彼は崩れ落ちた。
「いっけぇぇぇえええええ!!!!」
ドミンゴが咆哮し、前衛として突撃する。
僕は次々と矢を放つ。
すべての矢が、確実に急所を射抜いた。
盗賊たちはパニックに陥った。
仲間が一瞬で五人、六人と倒れていく。
「や、やべえ! あいつら、冒険者か!?」 「逃げ――ぐあっ!!」
逃がさない。
僕の弓は、逃げる背中を許さない。
「アカネ、援護魔法! ドミンゴをサポートして!」
「了解。加速魔法展開!」
ドミンゴが倍速で動き、残った盗賊をなぎ倒す。
「おい、ボスを呼べ! こいつら、ただの冒険者じゃねえ!!」
そのとき、砦の奥から、重々しい足音が響いた。
現れたのは、仮面をかぶった男。
筋骨隆々の体格で、手には黒い大斧を持っている。
「お前が……ボスか」
「ふん、名乗るまでもないがな。俺は【赤焔のヴァリク】。この黒茨の谷を仕切ってる。貴様らが誰の差し金かは知らんが――」
「僕の村を焼いた盗賊団の一人だな?」
僕が言うと、仮面の男は静かに笑った。
「へぇ、なるほど……復讐か……。おもしろい。ただなぁ、村なんて一生のうちで数え切れんほど焼いたからなぁ……。どの村のこといってっかわかんねぇなぁ」
「下衆野郎が……!」
僕は弓を引いた。
心の底から、力が湧いてくる。
「お前を『狩』る……!」
ヴァリクは大斧を構えるが、僕はそのわずかな隙を見逃さなかった。
「鷹の目の雨――!」
無数の光矢が空に浮かび、雨のように降り注ぐ。
そのすべてが、ヴァリクの四肢と急所に突き刺さった。
「が、あああああっ……ぐっ、馬鹿な……!」
ヴァリクの膝が折れ、前のめりに崩れる。
「復讐なんて、なにも生まないって言われたよ。けど……」
僕は、歩いて近づき、最後の矢を放った。
「僕の中では、これが『始まり』なんだ……!」
矢は、迷いなく、ヴァリクの心臓を射抜いた。
◆
砦は、無事に冒険者ギルドに報告され、取り潰しとなった。
僕たちは大きな報酬を受け取り、静かに帰路につく。
「やれやれ……オットー、お前マジで怖かったぜ」
ドミンゴが笑って言う。
「……ありがと。二人がいてくれて、助かった」
僕は、空を見上げた。
――ようやく、過去に決着をつけられた気がした。
けど、これで終わりじゃない。
僕の矢は、まだまだたくさんの人を救える。
それを教えてくれたのは、エルド様で――
そして、仲間たちだった。




