第12話 本当の気持ち
「――ぜひ、娘のクレアと結婚してくれ」
「はい…………?」
あ、これ詰んだわ。
俺は自分の耳を疑った。
まじか……王様マジか……。
クレアと結婚って……。
ちらっとクレアのほうを見ると、向こうも乗り気な様子で、俺のことをキラキラと期待に満ちた目で見つめてくる。
さすがにこれ、断れないよな……。
いやこれ、アーデがなんていうか。
アーデの方を見ると、アーデは虚空を見つめて、ものすごい神妙な顔をしていた。
これ、絶対後でアーデにめっちゃ嫉妬されるぞ。
奴隷だから大丈夫だとは思うが、アーデに刺されるのだけはごめんだ。あとで絶対フォロー必須だな。
王様から娘を貰ってくれって言われて、それ絶対断れないじゃん。
まあ、クレアは美人だし、姫さまだし、それはうれしいんだけど。
姫様と結婚すれば、いろいろと安泰にはなるかもしれない。破滅フラグ回避の一助にもなるか?
いや、いろいろと王族ってのもめんどくさそうだな。
だが、そもそも断れないからな……。うーん。
クレアに普通に告白されたとかなら、まだ断る手はあった。
だが、これは断れない……。まさかの断った方が死亡フラグっていうね……。
あれぇおっかしいなぁ……。
「わ、わかりましたぁ……よ、よろこんでぇ……(震え声)」
「うむ!」
俺は仕方なく、OKの返事をするしかなかった。
うわぁアーデがすごい目でこっちを見つめてくるよぉ……? これ、後で刺されないよね? マジで。
しかも、ミレイのことも気になるな。ミレイとクレアは友達でもあったはずだ。
クレアとの婚約が知れたら、絶対ミレイから恨み買うよな……。
くそ、どう転んでも安全地帯がない。
幸い、お姫さまと結婚して王族になれば、社会的地位も確立される。
変な噂を流されたりして社会的に死ぬことにはならなさそうだが……。
まああくまでまだ婚約だ。
そのうちなんとかうまくいくだろう……。
だがこれで、いよいよ引き返せなくなったな。
クレアと婚約したら、そのまま魔王討伐させらるに決まってる。
一応、魔王は討伐する気ではいたけど、本当に大丈夫なのか?
俺、まだ戦闘経験とか全然ないからな。
魔王復活までに、いろいろとやっておかないとだな……。
「それでなんだが、ぜひエルドくんには魔王討伐にも参加してもらいたいのだ。きみが魔王討伐の英雄となれば、クレアとの結婚に反対するものもいまい。もし本当に魔王を倒せた暁には、この王座を譲ってもいいと考えている」
「お、王座を……!? も、もちろんです」
待てよ、それなら悪い話じゃないかもしれないな。王とまでなれば、外的要因で破滅されらることもそうそうないだろう。
まあ、国が傾いてクーデターとかでもおこされれば別だが。幸い、今の国の状況は安定しているし。
とにかく、これは破滅フラグ回避へとまた一歩近づいたかな。
◆
「すみません、父が勝手なことをいって」
俺はクレアの部屋にいた。クレアは俺にそうあやまってきた。
「いや、別に……。姫様と婚約なんて、光栄な話だよ」
「お嫌でなければいいのですが。私としては、エルド様と婚約できてうれしゅうございます」
「お、俺も……別に嫌じゃないさ。うれしいよ」
クレアは最高に美人だ。それに姫さまだし、願ったりかなったりだ。
ただまあ、いろいろと問題はあるけど……。
もう他に選択肢はない。逃げることはできないのだ。
それに、さっきからクレアの胸の谷間に目が釘付けになって、俺の気持ちが揺れ始めている。
なんのつもりか、クレアはめちゃくちゃ露出のある部屋着を着ていた。
しかも、なんかいい匂いが部屋中に充満している。
「ねえ、エルド様」
「ひゃ、ひゃい……!?」
俺は思わず素っ頓狂な声を出してしまう。
クレアは胸を俺の腕にひっつけて、甘い声で囁く。
あの……顔が近いんですが……!?
正直、俺はこれまで、あまり女性経験が多くない。
もちろん、奴隷とそういうことをすることは多々ある。
だが、奴隷以外とは、まだあまり経験がない。
しかもあいては姫様だ。
「既成事実、作っちゃいません……?」
「ふぇ……!?」
そういうと、クレアは俺をベッドに押し倒した。
なんて積極的なお姫様なんだ……。
俺はそのまま、なすがままに服を脱がされる。
くぅ……この胸板に当たるおっぱいの感触のせいで、抗えない。
既成事実……これはなんとしても俺に魔王討伐させるつもりだこの親子。
ええい、ままよ。
俺はそのまま、クレアの唇を奪――。
◆
あれから、自分の家に帰ったのは翌日のこと。
アーデは先に家に帰らせておいた。
俺がふらふらで家に帰ると、真っ先にアーデに出迎えられる。
「ゆうべはお楽しみでしたね?」
――ゴゴゴゴゴゴゴ。
「ひぃ……!?」
アーデはものすごい目で俺を見てくる。
って、もしかして泣いてた?
「アーデ……お前もしかして泣いてた……?」
「うぇん……ぐす。そうです……。そうですよ! だって、ご主人様……かえってこないんですもん!」
アーデはばかばか!と俺の胸板を叩く。
いじらしくてカワイイ。
「すまん……でも、仕方なかったんだ。断れないだろ……」
「わかっています。でも、さみしゅうございます……」
「アーデ……」
そうだよな……。アーデになんて説明したらいいか……。
アーデはそこまで俺を、思ってくれているんだもんな。
そんなアーデに、中途半端な態度を見せるわけにはいかない。
「ご主人様、クレア姫には興味ないっていってたじゃないですか! 嘘つきです……」
「ごめん……」
「私だけのご主人様でいてくれるっていってたじゃないですか!」
「ほんと、ごめん……」
俺はもうなにも言えなかった。
アーデは一晩中泣きはらしていたようで、眼が真っ赤に腫れている。
女の涙には勝てない。
「すみません……ご主人様。私、奴隷失格ですよね。こんな、わがままな女……嫌ですよね」
「そんなことない」
「奴隷は主人の所有物なんです。だから、私情を挟んじゃいけないって、よくわかってます。だけど……! 私、どうしてもご主人様のことが大好きなんです! 私をどん底の地獄から救い出してくれた、ご主人様が……! だから、だから……!」
アーデは堰を切ったように泣き出した。
確かに、奴隷が主人に恋をして、主人を束縛するなんておかしな話だ。
分不相応だ。
だけど、俺にはアーデの気持ちがよくわかった。
そして、俺も、アーデと同じ気持ちだった。
「アーデ、よく聞いてくれ」
「なんですか……? ご主人様……」
「俺は昨日、クレアの唇を――奪わなかったんだ」
「え……?」
そう、俺は昨晩、クレアに既成事実を作ろうと迫られた。
そして、あと一歩のところまでいった。
だが、俺はどうしても、クレアを抱くことはできなかった。
◆
昨晩のこと――。
俺はクレアの唇を――奪えなかった。
「……エルド様……? どうされましたか……?」
ようすのおかしい俺に、クレアが問いかける。
俺は密着しているクレアの両肩をつかんで、自分から引き離す。
「……クレア、やっぱりこんなのは、ダメだよ」
「エルド様……」
そう、俺がつかんだクレアの肩は、震えていた。
それは決して薄着の寒さによるものでなく、緊張によるものでもない。
おそらく、不安によるものだ。
「クレア……本当はこんなことしたくないんだろう?」
「エルド様……そんなこと……」
「いいんだ。大丈夫、魔王は俺が倒すよ。だから、こんなことはしなくてもいい。王様はああいったけど、別にクレアは俺のことそんなに好きじゃないだろう?」
「エルド様……そんなことは……!」
「王様には一応、このまま俺たちが部屋で過ごしていることにしておこう」
そう、おそらくクレアは、本心ではまだそこまでの覚悟は決まっていない。
だが、父の意向を自分なりに汲んで、こんなことをしたのだろう。
魔王討伐の鍵である俺を、囲い込むために。
それだけ、彼ら王族にとって、魔王討伐は最重要なのだ。
「エルド様……私、エルド様のことをお慕いしております! それでも、ダメですか? 抱いていただけませんか……?」
クレアは、潤んだ目でそう訴えかけてくる。
たしかに、口では俺のことを慕ってると言っている。そしてそれはおそらく、半分は事実なのだろう。クレアは俺のことを、嫌いじゃない。
だけど、まだ抱かれるほど覚悟は決まっていないのだろう。
なにせお姫様だ。まだ男をほとんど知らない。箱入り娘だ。
そんなクレアが、いきなり婚約させられて、いきなり男と寝るなんて、ハードルが高すぎる。
クレアの好きは、せいぜい幼稚園がいう好きのレベルだろう。
「はは、ありがとうクレア。……だけど、こんなに震えてるじゃないか。……まだ、そのときじゃないよ。もっと自分を大事にしてほしい。そして、もし本当に俺のことが好きなら――その上で、本当に覚悟が決まったなら、そのときはあらためて、自分の言葉で思いを伝えてほしい。こんな政略結婚みたいな形じゃなく、ね」
「エルド様……」
俺は、その晩クレアを抱かなかった。
クレアにとっても、アーデにとっても、そんな不誠実なことはできなかった。
王はなんとしても俺に魔王討伐させたいのだろうけど、クレアをそれに巻き込むのは違う。
だいいち、そんなことなくても俺は魔王を倒す。
◆
【sideクレア】
私は、必死の思いでエルド様に迫ります。
父は、言いました。
エルド様と私が婚約すれば、きっとエルド様は魔王を全力で倒してくれると。
なかば政略結婚のような形ですが、仕方がありません。
王の子供は、私以外にも10人ほどいます。私はその中でも継承順位が下の方なので、このくらいの使い道しかない。しかたのないことです。
私とエルド様は密着し、今にも接吻をしそうなまでに迫ります。
ですがそのとき、エルド様は急に私を引き離しました。
「……エルド様……? どうされましたか……?」
「クレア……本当はこんなことしたくないんだろう?」
「エルド様……そんなこと……」
エルド様は、私のことをそう諭します。
事実、私の身体は震えていました。
これまで、同年代の男性と接したことがありませんでしたし、こんなふうに迫ったのも初めてです。
私は、男性が苦手なのでしょうか。
とにかく、私は無意識のうちに震えていました。
ですが、私には使命があります。
王である父の意向を汲んで、なんとしてもエルド様と既成事実を作らねばなりません。
それは、頭ではわかっているのですが……身体がいうことをききません。
どうしても、今は男の人が、怖いです。
決してエルド様のことが嫌いというわけではありません。
むしろ、私の病気を治してくれたエルド様のことは大好きでした。
ですが、どうしても、男性というものがまだ怖いのです。
今まで男性と全然接したこともありませんし、どうすればいいのかもわかりません。
覚悟は、できていたつもりだったのですが……。
「はは、ありがとうクレア。……だけど、こんなに震えてるじゃないか。……まだ、そのときじゃないよ。もっと自分を大事にしてほしい。そして、もし本当に俺のことが好きなら――その上で、本当に覚悟が決まったなら、そのときはあらためて、自分の言葉で思いを伝えてほしい。こんな政略結婚みたいな形じゃなく、ね」
「エルド様……」
エルド様はそういって、私をやさしく引き離します。
なんと、お優しい。なんと誠実な方なのでしょうか。
エルド様のことが、ますます素晴らしい方だなと思います。
そのあとも、エルド様は一晩中、震える私に優しい言葉をかけてくださいました。
たしかに、こんな形でエルド様の心をもらっても、うれしくありませんね。
私が間違っていました。
いづれ、覚悟ができたら、そのとき改めて、エルド様に思いを伝えよう――そう思いました。
ここまで女性を大事にしてくださる、誠実な方はそういません。
それと同時に、私は自分のことを恥じていました。
王族という立場を利用して、エルド様に断れない状況を作り出すなんて……。
それは、男女として、いえ人間としてフェアではありませんね。
私が本当にエルド様に思いを伝えたいと思った時、エルド様に一人の人間として、思いを伝えようと思います。
◆
【sideエルド】
「――と、いうわけなんだ。だから俺とクレアにはなにもなかった。はは……情けない話だろ。男としてさ。据え膳食わないなんてな。だけど……これでよかったんだ」
俺がそう言うと、アーデは俺の胸に飛び込んできた。
「うぇええん。よかったです、本当に。私、このままエルド様がどこか遠くに行ってしまうような気がしていました……。エルド様ぁ……エルド様ぁ……!」
「おいおい……泣くなよ。もうなにもなかったんだから……」
俺はやれやれと思いながら、アーデの頭をなでてやる。
アーデはそれほど、俺を誰にもとられたくなかったんだな……。
奴隷であるという身を差し置いても、それだけ一途に俺を思ってくれてるんだ。
そんなアーデに、俺も不誠実なことはしたくない。
「なあ、アーデ。今回のことで、俺、気づいたんだ」
「え……? なにをですか?」
「俺、本気でアーデの事が好きだ」
「……そ、それは……奴隷として、ですか?」
アーデは泣きはらした赤い目で、上目遣いできいてくる。かわいい。
「いや、一人の女の子としてだ」
「でも、私、奴隷ですよ? ご主人様と奴隷が恋に落ちるなんて……そんなの……」
「いいじゃないか。禁断の恋だ。ロミオとジュリエットみたいで、燃えるだろ? それに、アーデは一応王族の血を引いているんだろう? だったら、むしろ身分が低いのは俺のほうだ」
「ロミ……なんですか? それ」
「あ、いや……なんでもない」
そうか、異世界だからロミオとジュリエット通じないのか。てっきり中世ヨーロッパ風な世界だから通じるかと思ってしまった。
「奴隷でも関係ない。俺は、きっと、アーデのことが最初から好きだったんだ。もうはっきりしない態度はやめるよ。俺はアーデのことが好きだ。それが、はっきりわかったんだ」
それが、俺の心からの本心だった。
俺はアーデを失いたくない。一番一緒にいてほしいのは、他でもないアーデだった。
破滅フラグ回避のめどがたってきて、ますますそれを思い知る。
転生したこの世界で、俺は破滅フラグ回避を目的に生きてきた。
だけど、破滅フラグ回避したとこで、その後になにがあるっていうんだ?
ただ生き残って、その後は?
ただ生き残るだけじゃ意味がないと、俺は気づいた。
その後、この世界で、俺はまだまだ生きていかなきゃならない。
そのときに、隣にアーデがいてほしいなって、思ったんだ。
奴隷商人が奴隷に恋をするなんて、おかしな話かもしれない。
だけど、俺にはアーデだけが特別なんだ。
「アーデ、おいで。今すぐ奴隷紋を解除してあげよう。もう奴隷扱いは終わりだ。俺は、アーデと対等になりたい」
俺は、そういってアーデを抱き寄せ、奴隷紋に触れる。
これを解除すれば、アーデはいつでも逃げられる。
だけど、アーデがそんなことしないことはわかってる。
アーデと俺の信頼関係があれば、もうこんなものは必要ない。
俺が奴隷紋に触れ、解除しようとすると――。
アーデは俺の手を振り払った。
「だ、ダメです……! これは、私とご主人様の絆の証なんです。これがなきゃ……私……。あの、ご主人様。ご主人様のお気持ちは、とてもうれしいです。だけど、いやだからこそ……私をまだご主人様の奴隷でいさせてくれませんか?」
「アーデ……。でも、奴隷はあくまで奴隷なんだぞ? それは、嫌じゃないのか?」
「ご主人様の奴隷なら、嫌じゃありません。むしろ、ずっとご主人様のものでいたいんです」
アーデは、かたくなに奴隷解放を拒んだ。
そのくらい、アーデの中で俺の奴隷であることがアイデンティティになっているのだろう。
だけど、俺は対等な立場でアーデに接したい。
ただの普通の女の子として、アーデにそばにいて欲しいんだ。
「……奴隷じゃなくても、絆はあるさ。こんなもの、もう必要ないだろう?」
「だったら、代わりをください」
「代わり?」
「私を、ご主人様のお嫁さんにしてください。そして、私に、証を深く刻み込んでください!」
「アーデ……。もちろんだ。結婚しよう」
俺はアーデに深く口づけをした。
そして、アーデ奴隷紋を消し去る。
「エルド様……♡」
◆
事が終わって、俺はアーデとベッドでゆっくりと手を握る。
ああ、すべてが完璧だ。とても、幸せな気分だった。
「ご主人様……私、ご主人様と本当に結ばれて、とても幸せです」
「アーデ、もう奴隷じゃないんだから、ご主人様はやめてくれ」
「じゃ、じゃあなんて呼べば……」
「ふ、普通でいいんじゃないか?」
なんだか、ちょっと恥ずかしい。今まで奴隷とご主人様として接してきたので、それ以外の方法がわからない。お互いに、なんだかぎこちなくなってしまう。
「じゃ、じゃあ……エルドくん……?」
「は、はい。アーデ……」
「ふふ……なんだか変な感じです」
「ま、そのうち慣れるさ」
こうして、俺はアーデと結ばれた。
ミレイやクレアを振る形になってしまったわけだけど、まあ仕方ないよな。
ミレイやクレアから、恨まれたりするかな……。
いや、でももう気にしない。
仮に、ミレイやクレアから恨まれて破滅フラグが立ったとしても、俺はそれをぶち折ってみせる!
アーデと幸せになるためなら、なんだって立ち向かってやるさ!
魔王でもなんでもこいってんだ!
俺は、そう決意した。
だって破滅フラグだけ回避しても、そこにアーデがいないんじゃ意味ないからな。
俺は本当にほしいものがなんなのかを、やっと理解した。
俺は、ようやく見つけたんだ。
この世界で、俺が大好きなたった一人の女性を――。




