第9話 入学式
いよいよ俺は16歳になった。そして、16歳になったということは、ハインリヒ貴族学園への入学が決まっている。
まあ、別に俺は学校になど興味はないのだが……。このまま金はいくらでも稼げるしな。だが、貴族は決まって、この学校に通うのだ。それは奴隷商の家も例外ではない。奴隷商ではあるが、うちも一応貴族のはしくれなのだ。
奴隷商人だけでなく、商人の一部は、箔をつけるために、金で爵位を買うことがある。
とはいっても、まともに買える値段の爵位はせいぜいが男爵くらいで、領地も大きなものではない。
それに、金で買った爵位は成金貴族とか言われて、歴史のある名家からは見下されている。
学園に行けば、他の貴族ともいろいろコネをつくれるから、絶対にいけと父が言っていた。主人公に出会いたくないが、まあ、普通にしていれば大丈夫だろう。
エゴイスティック・ファンタジーの主人公、アルト・フランシフォン、やつにだけは絶対に関わらないようにしよう。そのためにも、なるべく目立たずに平穏に暮らしたい。
せっかく学園に通うのだから、女生徒とのキャッキャウフフも楽しみたいが、それ以外は目立たないように、地味な生徒を演じよう。
だが、俺ことエルド・シュマーケンは、けっこうな剣と魔法の才能を持っている。それはこの異常なまでの回復魔法の素質からしても、明らかだろう。
なんといったって、エルドはエゴイスティック・ファンタジーの中でも、かなり強いボスとして知られているからな。
ラスボスの一歩手前のボスとして、エルドは主人公アルトの前に立ちはだかる。
そんなこの俺が、目立たずに学園生活をおくれるのか、そこは少し不安だった。
「この回復魔法はなるべく隠しておかなくちゃな……」
だが、問題は剣や魔法の授業だ。ハインリヒ貴族学園では、剣や魔法の授業がある。といっても、本来それらは奴隷にでもやらせればいいことだ。なので貴族のたしなみとして程度、なのだが。
俺が本気を出すと、どうなるかわからないからな……。力はなるべく隠しておこう。
しかし、そんな俺の計画は、入学式そうそう打ち砕かれることになる――。
◆
学園には、アーデとドミンゴを護衛として連れていくことにした。学園に通う貴族は、みんなそうやって奴隷を連れているものだ。
アーデは身の回りの世話をさせるため、ドミンゴはいざというときの護衛だ。
貴族はみんな、そうやって最低二人の奴隷を連れて歩く。
今日は、ハインリヒ貴族学園の入学式だった。
入学式はつつがなく進行していった。
問題は、入学式の中のあるイベントで起こった。
「さて、次は新入生のレベル測定を行います。名前を呼ばれた方は、前に出てきてください」
進行役の司会が、そんなことを言う。
そこで、俺はあることを思い出す。
そういえば、エゴイスティック・ファンタジーの世界では、レベルというものが存在したな……。
だが、これまで16年生きてきて、レベルなんてものは気にしたことがなかった。
冒険者にでもなれば別だろうが、家で奴隷商をしていただけだしな……。
測るような機会がなかったのだ。
それにレベルを測る機械はものすごい高額で、一般には手に入らないしな。
俺のレベル……いったいどのくらいなんだ……?
「ま、家で回復魔法しか使ってこなかったし、たいしたことないだろ……」
レベルってのは、モンスターとか倒さないとなかなか上がらないものだろ?
まあ、エゴイスティック・ファンタジーでは、戦闘以外でもレベルは上がったけど、やっぱり戦闘で得られる経験値ほどではなかったはずだ。
俺は楽観的に考えていた。
俺がそんなことを考えていると、どんどん生徒たちの名前が呼ばれていく。
そしてついに、あの名前が呼ばれた。
「次! アルト・フランシフォン」
おお、あれがアルトか……。絶対に関わらないようにしよう。
俺は遠目にその姿を確認する。
アルトは平民の出という設定だ。ひょんなことから、このハインリヒ貴族学園に通うことになった。
そんなアルトのレベルは当然――。
「アルト・フランシフォン。レベル1!」
ゲームと同じく、レベルは1からだ。
本編開始時のアルトのレベルは1。本編はこの入学式から始まるからな。
だが、ゲーム通りならあいつはどんどんレベルを上げていって、ボスである俺を倒しにくる。それだけは避けないとな……。
しばらくして、今度は俺の名前が呼ばれる。
「次! エルド・シュマーケン!」
「は、はい」
俺は前に出ていって、レベル測定の水晶玉に触った。
すると――。
驚くべき結果がそこに表示される。
「え、エルド・シュマーケン……レベルは……9999……です」
「はぁ……?」
俺は自分の耳を疑った。わけがわからない。
いったいどういうことなんだ……。
「あ、あの……機械の故障でしょうか……? おかしいですね……。レベル9999なんて、到底到達不可能なレべルのはずですが……。エルドさん、なにか心当たりはありますか? 例えば、幼少期から難しい回復魔法を死ぬほど繰り返し使用したとか」
レベルを測定するお姉さんが、俺にそんなことを訪ねる。
やばい……心当たりしかない。
まさか、回復魔法だけでそんなことになるのか……????
だが確かに、あり得ない話ではないよな……。
才能のあるエルドが、本気で回復魔法を努力しまくったら、そうなるのか……?
いやいやいや……目立ちたくなかったのに、いきなりなんだこれは……。
全校生徒の注目が、俺に集まっている。その中には当然、あのアルトもいる。これは、顔を覚えられたな……。
そうだ。そういえば、エゴイスティック・ファンタジーの世界では、魔法を使えば使うほどレベルも上がっていったっけ。
戦闘をしなくても、あれだけ回復魔法をきわめていればそうなるのか……。
くそ、前世の記憶がもうだいぶ薄れているな。
6歳のころにエルドに転生して、もう10年も経っている。10年前にプレイしていたゲームなんて、ほとんど忘れているよな。
これからいったい、俺はどうなるんだ……???
俺は、誰にでもなくこころの中で叫んだ。
「さようなら……俺の平穏な学園生活……」
◆
入学式が終わって、それぞれクラス分けが発表される。俺は祈った。あのアルトと同じクラスにだけはなりませんように……。と。
エゴイスティック・ファンタジーはストーリーが何重にも分岐する自由度の高いゲームだ。だから、エルドとアルトが同じクラスになることもあれば、ならないこともある。そこはまあ、俺の運しだいだな。
「まじかよ……」
クラス分けの結果、俺は見事アルトと同じクラスになってしまった。
しかも、そのほかにもちらほらと主人公側のヒロインの名前が見える。
さようなら、俺の学園生活……。
これはもしや破滅フラグまったなしなのでは……????
いやまて、別にアルトに変なかかわり方をしなければいいんだ。
俺がアルトにちょっかいかけたりして、ヘイトを買わなければいい。
そもそも今の俺は闇魔法とかも使えないし、ボスキャラになりようがないんだ。
俺はただちょっと回復魔法が得意なそのへんのモブを演じればいい。
そう大人しくしようと思っていた矢先。
俺に変な言いがかりをつけてくるやつが現れた。
「おい、お前。エルド・シュマーケンとかいったな」
「え、なに……?」
俺に声をかけてきたやつの顔を見ると、そいつは俺のよく知る相手だった。
エゴイスティック・ファンタジーにヒロインとして登場する人物。
名前はたしか、ミレイ・アッシュゴールドとかっていったっけ。
ミレイは気の強いキャラで、アルトと一緒に俺を追い詰めることになるキャラだ。
できればこいつにも関わりたくはないのだが……。
「入学式でのことだ。なんだあのレベル9999とかいうでたらめは! 貴様、なにか不正を働いたのだろう! そんなことは、この私が絶対にみとめない!」
「えぇ……なにもしてないんだが……」
まさかまさかの言いがかりだ。
でもまあ確かに、信じられないよな……レベル9999なんて。
エゴイスティック・ファンタジーにボスとして出てきたエルドでさえ、7000レベルくらいだったはずだ。
今の俺はそれをはるかに凌駕するレベル……。信じろというほうが無理な話だ。
ミレイは正義感の強い人物で、こういった不正を絶対に許さない。
いや、俺は不正なんかしていないんだけどな。
ここはきっぱりと否定しよう。だって、俺やってないんだもん。
「俺はなにもしていない。言いがかりはやめてもらおうか」
「嘘をつけ! 貴様、商人の家系のくせに」
ミレイは俺を見下したようにそう言った。そういうことか……。
ハインリヒ貴族学園は、たくさんの貴族が集まる学園だ。
貴族っていうのは、いろいろ階級がある。その中でも、商人の家系というのは、見下されているのだ。貴族であることには違いないが、やはり商売をやっているというので、差別されてる。
貴族の中で位が高いのは、騎士とか王族だな。
商人はいわば名誉貴族とまで言われている。
まあ、表立ってそんな差別をするようなやつは少ない。だけど、ここは学校だ。まだ分別のつかない子供もいるし、それに学校ってのは差別がつきものだ。
「しかも、その顔つき……。悪者が染みついているような邪悪な顔だ。お前、なにかやったに違いない!」
「えぇ……」
たしかにまあ、エルドの顔つきは悪人ヅラだが……。そこまでいうことないだろ……。
エルドの顔は、6歳のころから悪人が染みついているような顔だ。だけど自分では結構イケメンなところもあると思って、気に入ってたのに。
俺がぐうの音も出ないでいると……。
アーデが反論を切り返した。
「エルド様は決して不正なんかしていません! 撤回してください!」
「アーデ……」
急に奴隷が口をきいたので、ミレイはそれを心底驚いた顔で見つめた。そしてアーデを見下したような目つきで、
「ふん、奴隷の分際で! 主人をかばいたい気持ちはわかるが、生意気だ!」
「エルド様は本当にレベル9999にふさわしいだけの経験の持ち主です! エルド様はこうみえて、回復魔法のエキスパートなんですよ!? 疑うのなら、この場で私の腕を切り落として、治療をお見せしましょうか?」
アーデはそこまで言って俺をかばってくれる。なんて忠誠心のあふれる奴隷なんだ……。
だが、アーデの必死の訴えも、ミレイには逆効果だったようだ。
「なに? こんな悪人ヅラの男が、回復魔法のエキスパートだと? 寝言は寝ていえ。ますます怪しいやつめ……。貴族学園に邪悪な奴隷商人はいらない……!」
なんか急に俺、邪悪認定されたんですけど……。まさかこのまま破滅フラグまっしぐら……?
くそ、目立たないようにしようと思ってたのに、入学式のせいで、厄介なのに目を付けられてしまったな。
俺たちが教室でそう言いあっていると、
またこちらに近づいてきて声をかけてくるものがあった。
「なんだか騒がしいですね。なにがあったんですか?」
「姫様……」
ミレイが姫様と呼んだ人物――彼女もまた、エゴイスティック・ファンタジーに登場するヒロインの一人だった。
名を、クレア・グランローズ。グランローズ王家の、正真正銘の姫様だ。いちおう、王族も貴族ってことで、何人かこの学園に通っている。
◆
【side:アルト】
俺の名はアルト・フランシフォン。
平民出身の俺が、この由緒正しきハインリヒ貴族学園に通うことになったのは、まったくの偶然……いや、奇跡みたいなものだった。
俺には剣の才能があった。
その実力を騎士団長に見込まれ、特例でこの貴族学園への入学を許された。
正直、場違いな場所だとは思う。
でも俺には目標がある。俺はここで実力を証明し、平民でも貴族に負けないことを示したいんだ。
「次! アルト・フランシフォン!」
「はい!」
俺は堂々と返事をし、前に出る。
貴族たちの視線が刺さるのを感じる。
中には「平民がなぜここにいる?」というような嫌悪の視線を送ってくる者もいた。
だけど、そんなものに負けるつもりはない。
俺は平然とした顔で、レベル測定の水晶玉に手を置いた。
「アルト・フランシフォン。レベル1!」
当然の結果だ。
俺はまだ学園に入学したばかりで、強敵との戦いも経験していない。
ここから成長していけばいい。
俺は静かに列に戻り、次の生徒を待つ。
――そして、その「次の生徒」が俺の運命を変えることになるとは、このときは思いもしなかった。
「次! エルド・シュマーケン!」
エルド・シュマーケン――どこかで聞いたことのある名前だった。
ふと顔を上げると、一人の男が前に出てきた。
黒髪に鋭い眼光。悪人顔……というか、どこか禍々しい雰囲気がある。
「なんだ、あいつ……」
周囲の貴族たちもざわついている。
奴隷商の家系ということもあってか、彼を見下すような視線を送る者も多いようだ。
エルドは何も言わず、水晶玉に手を置いた。
すると――。
「エルド・シュマーケン……レベルは……9999……です」
「……は?」
会場が一瞬静まりかえり、次の瞬間――。
「な、なんだとおおおおおおおお!?」
爆発するようなざわめきが起こった。
俺は息を飲んだ。
レベル9999――そんな数値、聞いたこともない。
というか、普通の人間が到達できるレベルじゃないはずだ!
学園の教師たちすら「機械の故障か?」と動揺している。
俺も思わず、隣にいる生徒に声をかけた。
「おい……これ、本当に正しいのか?」
「ありえないわ……! 何かズルをしたに決まってる!」
ミレイという名札のその生徒は、疑うような眼をしているが、俺は違った。
エルド・シュマーケンの顔をじっと見つめる。
彼は驚いているようだった。
まるで「こんな結果になるはずがない」とでも言いたげに。
(こいつ、本当に何もしてないのか……?)
もし仮に不正をしていないのなら、こいつはいったいどんな生き方をしてきたんだ?
この学園に入るまで、貴族のボンボンとして暮らしていたはずだろう?
なのに、レベル9999?
俺はそのとき、はっきりと直感した。
――こいつは只者じゃない。
「やべぇ……」
俺の心臓は、異様な速さで鼓動していた。
強敵の気配を感じる。
俺は本能で分かっていた。
エルド・シュマーケンは、かなり強い。
もしかしたら、俺の行く手を阻む、最大の壁になるかもしれん。
でも、負けるつもりはない。
俺はここで貴族に認められ、平民でも最強の騎士になってみせる。
そう、心に誓った。
◆
入学式が終わり、俺たちは自分のクラスを確認した。
「まじかよ……」
エルド・シュマーケン。
やつは俺と同じクラスだった。
「運命、ってやつなのか……?」
いや、偶然だろう。
でも、何か引っかかる。
俺は注意深く、エルドの動きを見守ることにした。
すると、入学式のあの事件のせいで、エルドはすぐに注目を浴びることになった。
そして――。
「おい、お前。エルド・シュマーケンとかいったな」
ミレイ・アッシュゴールドが、エルドに詰め寄っていた。
ミレイは正義感が強く、不正を許せない性格のようだ。
彼女にとって、レベル9999なんてありえない話。
エルドは冷静に対応していたが、ミレイは引かない。
すると、彼の連れている奴隷が、彼をかばい出した。
「エルド様は決して不正なんかしていません! 疑うのなら、この場で私の腕を切り落として、治療をお見せしましょうか?」
俺は息をのんだ。
奴隷がここまで主人を信じているなんて、信じられなかった。
しかし、それがミレイのさらなる怒りを招く結果になった。
ミレイは完全にエルドを「悪」と決めつけている。
これは面倒なことになりそうだな……。
(どうする? ここで俺が口を挟むべきか……?)
俺は少し考えたが、結局静観することにした。
まだエルドのことをよく知らない。
それに、今は情報を集める時期だ。
でも一つだけ、分かっていることがある。
――エルド・シュマーケンは、俺にとって「乗り越えなければならない壁」だということだ。
俺はこぶしを握りしめながら、静かに彼を見つめていた。
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