第7話 商業ギルドからの圧力★
ミンディの工房の作った製品は、大好評だった。
しかし、それをよく思わない連中もいた。
それは、同じく鍛冶師工房をやっている男ドワーフたちだ。
うちにも何件か苦情が届いていた。
やれ、
『奴隷の作った武器など信用できない!』
だの、
『女が鍛冶師になるとは何事か!』
などと……。
それだけなら無視しておけばよかったのだが、問題はさらに大きくなった。
なんとうちの交易路で略奪があったのだ。
街からミンディの工房へと素材を運んでいる馬車が、何者かに襲われた。
さすがにこのまま放っておくわけにはいかないだろう。
俺はすぐに対策を考えた。
そうだ、うちにはうってつけの護衛がいるじゃないか……!
俺はフェンリルのフェンに話をした。
「なあ、うちの交易路の護衛を頼まれてくれないか? おまえが一緒にいるだけで、相手はびびって襲ってこないと思うんだ……」
「む……。主よ……我を使いにするつもりか……。まったく、我はこれでもフェンリルなのだぞ? そのようなくだらぬこと……」
そう言うだろうと思って、俺はとっておきのものを持ってきていた。
シンシャーニサンドだ。
「ほい。これ……!」
「む……。なんだこれは……!?」
「ローリエの作った新作料理だ。食べたいか?」
「も、もちろんだ……! はやくくれ……! へっへ……」
フェンはまるで犬っころのように、舌を出して喜んでいた。
しかし……。
「待て」
「む……」
「護衛をやってくれたら、これを食べてもいいぞ」
「なら、やる」
「よし、ありがとう」
俺が許可を出すと、フェンはうれしそうにシンシャーニサンドを平らげた。
ほんとうに犬みたいなやつだな……。
フェンリルっていっても、ここまで食事に弱いと全然威厳がない。
でも、俺の作戦通り、フェンのおかげで、略奪はそれ以来発生しないようになった。
さすがはフェンリルだ。護衛としては最適だな。
あとは肉料理をたくさんあげておけばいいだけなので、そう考えると安い投資だな。
しかし、略奪がおさまると、他にもすぐに別の問題が起こった。
略奪による妨害ができないとなって、今度は妙な噂が流れはじめたのだ。
商人たちの間で「ミンディの工房製品は質が悪い」だのなんだの。
もちろんそんなのは俺たちも否定した。
そして、世界樹ギルドのザコッグは、逆にミンディの工房製品がいかに優れているかをみんなに話して回ったのだ。
しかし、悪い噂は広がるばかりだった。
そのせいで、ミンディは最近すごく落ち込んでいる。
「どうせ私の作ったものなんて……。認められないんですよ……」
「そんなことはない。少なくとも、俺はちゃんとわかっている」
「エルド様……ありがとうございます」
ミンディに工房をまかせた俺の考えは、間違いだったのだろうか。
いや、そうじゃない。
ミンディはなにも悪くない。
悪いのは古い習慣や偏見にまみれたドワーフたちなのだ。
俺はミンディのために、対策を講じることにした。
「ミンディ、最高の一品を作ってくれ」
「ど、どういうことですか……?」
「俺がそれを持って、直接商業ギルドの統括長にかけあう。だから、みんながあっと驚くような一品を仕上げてくれないか?」
「わ、わかりました……! やってみます!」
「相手も職人だからな。向こうが文句を言えないほどの物をつくれば、きっと認めてくれるはずだ。みんなを驚かせよう!」
「はい!」
◆
最終的に出来上がったのは、一本の剣だった。
ミンディが鍛冶場から取り出したその剣は、まるで生きているかのようだった。
漆黒の刀身が炉の光を受けて鈍く輝き、まるで吸い込むように光を飲み込んでいる。
「……エルド様、できました」
ミンディの声は、どこか誇らしげで、それでいて僅かな緊張を孕んでいた。
彼女の鍛冶師としての全技術と想いを込めた、まさに最高傑作。
俺はそれを受け取ると、柄に手を添え、ゆっくりと抜刀した。
刃が空気を裂く音がした。
静謐な黒が、深紅の紋様と共に現れる。
その瞬間、鍛冶場の温度が一瞬下がったような錯覚すら覚えるほど、異様な存在感を放つ剣だった。
「すごいな……。まるで手に馴染むような感覚だ。これは見事だ……」
「ありがとうございます……!」
「これは、なにをモチーフに作ったんだ? 今まで以上に実力が発揮されているような気がするが……。なにか特別な意思を込めたのか?」
「……エルド様です。この剣を持って戦うかっこいいエルド様を想像したら、できました」
「俺か……」
「はい、だからこの剣はエルド様に持ってもらいたいです」
「わかった……。そうしよう。ありがとうな」
俺は試しに剣を振ってみた。
軽い――だが、その一撃の軌跡はまるで黒い軌道を描くように、鋭く空を切った。
まるで、そこにあるはずの空間すら削り取るかのように。
「……これは、本当にすごい。こんな剣を持つと、俺がとんでもない剣士になった気分だな」
「エルド様なら、どんな剣でも使いこなせますよ。でも、これは特別な一本。あなたが振るうために作った剣です」
俺は微笑みながら、鞘に収める。
カチリと収まる音が心地よい。
「はは……。ありがとう、ミンディ。この剣、大事に使うよ」
ミンディの頬が赤らむ。彼女は不器用に帽子を引き下げながら、小さく頷いた。
◆
俺はその剣に、煌黒の覇剣と名付けた。
そしてその剣を持って直接商業ギルド統括のもとまで行く。
商業ギルドを統括しているのは、ドワーフの男――バルド・ガントレット。
俺はバルドを訪ねた。
「バルドさん、今日はお願いがあってきた」
「これはこれは、シュマーケン家のエルドくんじゃないか。お願いというのは……?」
「実は……うちで奴隷に工房を持たせているんだが……。ミンディ工房という」
「ああ、知っているよ。どうやら酷い噂が立っているようだねぇ」
「そうだ……」
「だが、仕方ないだろう? 女ドワーフの……しかも奴隷のやるような工房……とうてい認めるわけにはいかんからねぇ……」
やはり、バルドもドワーフというだけあって、そういう考えらしい。
これは素直に協力はしてもらえそうにないな……。
だったら、物を見せればいいだけだ。
俺は、ミンディの打った剣をテーブルの上に置いた。
「これは……?」
「いいから、確認してみてくれ。本当にこれでも認めるわけにはいかないというのか……」
「うむ……どれどれ……。こ、これは……! すごい……! なんだこの剣は……!」
「うちのミンディが作った剣だ。どうだろうか……? ミンディ工房を正式に、工房ギルドとして認めてもらえないだろうか? そうすれば、変な噂もなくなると思うんだ……」
「ううむ…………」
今のところ、ミンディ工房はあくまで非正規の工房だ。
所属はうちの奴隷商人ギルド――シュマーケンにある。
だが、正式に工房ギルドとして独立した組織として認めてもらえれば、話は変わってくる。
正式なギルドとなれば、受けられるサポートも増えるし、販路も広がる。
なんといっても、商業ギルド統括が認めたというお墨付きがあるのだから。
そんなギルドに表立って変な噂を流したとなると、向こうも処分の対象になってくるからな。
ミンディ工房を正式なギルドにしてもらって、ミンディたちはそこに出向してるということにすればいい。
バルドはしばらく考えたあと、答えを出した。
「うーむ……。たしかにこれは認めざるを得ないな。わかった。よかろう。ミンディ工房を正式なギルドとして認める!」
「よし……! ありがとう」
「そこで……相談なんだが……この剣、わしに譲ってくれないか?」
バルドの狙いはどうやらそれのようだ。
どうやらよほどこの剣を気に入ったらしい。
だが……。
「残念だが……それは無理だ。これはミンディが俺のために作ってくれた剣なのでな。お望みとあれば、別の剣をつくらせよう」
「そうか……それは残念。だが、まあいい。では私のための剣を最初の依頼としようかな」
「ああ、そうしてくれ」
「それにしても……君は奴隷を大事にしているんだな」
「ああ、当然だ。たくさん儲けさせてもらっているからな」
「若いのにずいぶんと羽振りがいいときくねぇ。ぜひその経営手腕を教えてもらいたいほどだよ。商業ギルド統括としてはね」
バルドはそう言って俺を持ち上げるが、俺は別に大したことはしていない。
「俺はただ……奴隷を普通に扱っているだけですよ」
◆
正式なギルドとなった話をミンディに伝えると、彼女はたいへん喜んでいた。
「ほんとうにありがとうございます……! めちゃくちゃうれしいです……! これでやっと私も一人前の職人として認められたって、そう思います!」
「なに、ミンディの腕がいいからさ。俺はなにもしてないよ」
「でも……この剣が打てたのはほかならぬエルド様のおかげです……! ほんとうになにからなにまで、ありがとうございます!」
ミンディの工房は正式なギルドとなった。
これまでは奴隷市場でついでに売らせてもらっているだけだったが、これで販路も増える。
ミンディ工房の武具はすぐに商業ギルドの流通網に乗って、いろんな街に出回るようになった。
それによって実際に使う人も増え、次第に変な噂は消えていった。
「女性職人の工房」というブランドのおかげで、女性冒険者や農家の女性にも人気だった。
ミンディも、「私は鍛冶師なのだ!」と自信を取り戻したようで、本当によかった。
◆
【side:鍛冶師のドワーフたち】
ミンディ工房が世間を賑わせ始めた頃、ドワーフたちの間では苛立ちと困惑が広がっていた。
「奴隷が工房を持つなんざ前代未聞だろ……! しかも女のドワーフが鍛冶師だと!? 冗談じゃねえ!」
ドワーフたちが集まる鍛冶師の酒場では、連日ミンディ工房の話題でもちきりだった。
「なんでも、アイツらの作る武具が市場でやたらと売れてるらしいぞ」
「バカな! 俺たちの鍛えた鋼よりも、奴隷の作った武器が売れるなんて、そんなことがあってたまるか!」
「だが、事実だ。女どもが作った装飾入りの剣や鎧が、妙に評判になってる……」
誰かが酒を煽りながら、憎々しげに吐き捨てた。
「畜生……、俺たちの鍛冶のプライドを踏みにじりやがって!」
ドワーフにとって鍛冶とは誇りそのものだ。
しかし、その誇りを持つ男たちが、女の鍛冶師に後れを取るなど考えたくもない。
「俺たちの方が技術は上のはずだ……なのになぜ……!」
しばらくして、問題は表面化する。
ミンディ工房の交易路が襲撃された。
だが、それすらもエルドの機転によってすぐに収束し、今度は悪評を流すことで商売の邪魔をする者たちも現れた。
「だがよ……おかしくねえか?」
あるドワーフが、ふと呟いた。
「確かに最初は信じられなかったさ。だが、実際にミンディ工房の剣を手に取ってみたら……わかったんだよ。アイツら、確かな腕を持ってやがる」
酒場の空気が一瞬静まる。
誰もが、その言葉を否定したいのに、できないでいる。
「俺も見た。あの工房の剣……確かに、見た目は華奢で女が作ったみてぇな細工がされてるが……」
「だが、振ってみるとどうだ? 手に吸い付くようなバランス、軽いのに強度は抜群。しかも、なぜか刃持ちがいい」
ゴクリと酒を飲む音だけが響く。
「おいおい……まさか、お前らまであの女鍛冶師を認めるってのかよ?」
「チッ……気に食わねえが、事実は事実だ。あの工房の武具は、確かに売れる理由がある……」
不満げな顔をしながらも、皆、内心ではわかっていた。
自分たちが過去に縛られている間に、ミンディたちは新しい風を吹かせたのだと。
◆
そして、ある日。
ミンディの工房が商業ギルドに正式に認められたという話が、ドワーフたちの間にも広まった。
「……マジかよ」
「バルドのジジイが認めたって話だ……」
「アイツが認めるってことは……本物ってことか……?」
その事実に、誰もが言葉を失う。
商業ギルドの統括長、バルド・ガントレット。
あの頑固で金にうるさい男が、正式にギルドとして認めたというのなら、それはもう揺るぎない証明だった。
「……負けたのか、俺たち……」
誰かが呟く。
「違ぇよ」
ふいに、奥で静かに酒を飲んでいた老鍛冶師が、グラスを置いた。
「負けたんじゃねえ。アイツらが俺たちより努力しただけだ」
男は立ち上がり、ゆっくりと外へ向かう。
「……俺は工房に行く。負けっぱなしはごめんだからな」
その言葉に、ドワーフたちは顔を見合わせる。
やがて一人、また一人と、席を立ち、同じように歩き出していった。
「だな……俺たちも、こんなところで飲んだくれてねぇで……もっと努力するか……」
「そうだな……負けてらんねぇ……」




