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第3話 はじめての奴隷市場


 俺はすくすく育って、14歳になった。

 14歳になると、シュマーケン家の掟で、いよいよ自分の奴隷を持つことを許される。

 俺は、初めて奴隷の買い付けに同行した。


 奴隷市場はものすごい盛況だった。

 市場といっても、ここは奴隷商人たちが奴隷を買い付けにくる場所だ。

 世界中のあらゆる場所から、あらゆる人種や亜人たちが売られてくる。


 市場の中は巨大なドームになっていて、まるで高級ホテルのラウンジのように豪華だった。

 なんだかこんなところに子供の俺がいると、場違いな感じすらしてしまう。


 シュマーケン家では独自のルートでも奴隷の仕入れをやっていた――まあようは、人さらいのようなものだ――だが、基本的にはこうやって奴隷市場から仕入れることも多い。

 奴隷市場から奴隷商人に渡り、それから貴族などの顧客に渡るという感じだな。


 あくまで奴隷市場では、無造作に大量の奴隷が売られる。

 俺たち奴隷商人はその中から、めぼしい奴隷を買いつけて、それをきちんとしつけをして、貴族の手に渡っても大丈夫なようにするのが仕事だ。


 買ってきたばかりの奴隷は、どれも躾けがなっていないからな。

 奴隷紋があるとはいっても、やはり逆らわれるとめんどくさい。

 貴族に高値で売るには、奴隷の所作や礼儀も大事だった。


「さて、どれでも好きな奴隷を買うといい。まあ、お小遣いの範囲だがな」


 父はそういって、俺を市場の中で好きに動き回らせてくれた。

 父の奴隷であるハンスが、迷子にならないように俺のおもりをしている。

 ハンスは、父の専属奴隷で、この前殴られてるところを俺が助けたやつだ。


 今回俺が買いに来たのは、売るための奴隷じゃない。

 俺の身の周りの世話をしてもらう、専属奴隷だ。

 シュマーケン家では、売りものにする奴隷の他にも、家のことをしたり、いろいろな目的で奴隷を飼っている。それはこの大奴隷時代においては、ほとんどの裕福な家庭がそうだった。だから、特にうちが特別というわけではないのだが……。

 特に貴族となると、飼っている奴隷の数はかなりの人数になる。


 今までも身の回りを世話する奴隷はいたが、それはあくまで父の所有物。

 今回14歳になったことで、ようやく俺も一人前と認められ、自分の奴隷を持つことが許されたのだ。


「坊ちゃま、先ほどから、何をお探しなのですか? あ、もしかして、かわいらしい年ごろの娘とかですか?」


 ハンスが俺にそんな軽口をたたく。父がハンスを殴るたびに治療してやっていたら、けっこう仲良くなっていた。俺も歳の離れたおじさんという感じで、ハンスにはいろいろ話すことが多い。いざというときには、きっとハンスは俺のことを助けてくれるだろう。


「いや……そうじゃない。まあ、見た目はいいに越したことはないが……。俺が探してるのは、欠損奴隷だ」

「欠損奴隷……って、そうそういないんじゃないです? ていうか、また坊ちゃんもお若いのにすごい趣味してますねぇ」

「なんかすごい勘違いしてないか? お前」


 欠損奴隷なら、相場より安く買うことができる。

 俺には回復魔法があるからな、だから欠損奴隷を買って、そいつを治すことにした。

 腕を生やすくらいは既に慣れっこだが、欠損奴隷ともなるとかなり状態の酷いやつもいる。

 俺の回復魔法でどの程度まで治すことができるのか、それも試してみたかった。

 

 目につきやすい大通りには、やはり見た目のいい奴隷ばかりが並んでいる。いわゆる売れ線の商品というやつだ。

 欠損奴隷なんかの不良品があるのは、もっと地下のほうかな。

 俺は奴隷市場のメイン通りから外れて、地下の売り場に行ってみることにした。


 そこは、人が来るような場所じゃなかった。

 衛生環境も上とは比べ物にならないくらい悪く、鼻がもげるようなにおいがした。

 売人も、小汚く、これではどっちが奴隷かわからないくらいだった。


 だが、ここにこそ俺の求めていたものがあった。

 欠損奴隷を専門に扱っている、偏屈そうな爺さんがいたので話しかける。


「なあ、奴隷が欲しいんだが。女の奴隷がいい。若いやつな」

「へっへっへ、(ぼん)さんもまだお若いのに物好きでんな。若いのはいますが、どれもこれもすぐに死にそうなやつですぜ? 顔も(ただ)れているようなのばっかでさ」

「かまわん。見せろ」


 爺さんはガストン・スリザークという名前で、かなり昔から店を出しているようだった。

 店の中には、歴史を感じさせる調度品などが並んでいる。

 俺は爺さんに案内され、カーテンの奥へ。

 そこには鎖に繋がれた奴隷が、ずらっと並んでいた。


「一応、こっちに繋いであるのは全部処女ですわい。見た目も悪いんで、誰も手をつけなかったんさな」

「それはどうでもいいが……。まあ、参考にしよう」

「性奴隷にはおすすめできやせんぜ? 体力もないですし……」

「うるさい。ちょっと黙っててくれ」


 俺はめぼしい奴隷を探した。やはり、専属の奴隷となってくれる相棒だから、慎重に選びたい。

 ひどくやせ細ったエルフの少女と、目が合った。


「この子は、エルフなのか」


 そのエルフは四肢が欠損しており、顔もひどく焼けただれていた。

 だが、俺はなぜかそいつに強烈に惹かれたのだ。

 彼女は悲惨な状態だったが、その眼はどこか気品を感じさせるようなところがあった。

 不思議だ……。

 

 俺が奴隷商人スリザークに尋ねると、彼はなんのことかわからないといった様子で答えた。


「この子……というのは……? はて、エルフなんぞうちにおったかいな……」

「は……? 見えてないのか? この子だよ、この子」


 俺はエルフを指さして、強調した。

 するとスリザークはようやくエルフのことを認識したみたいだった。


「おかしいな……このエルフ、さっきまでいなかったのに……」


 などと言って首をかしげている。

 どういうことなんだ……?

 普通、エルフなんて珍しい奴隷がいたら、嫌でも目立つだろうに。

 それに、この子は欠損具合も酷いし、一目見たら忘れるはずがない。

 

 もしかして、俺以外にはあまり見えてなかったのか……?

 なにか認識阻害魔法でもかかっているのだろうか。

 それか、なにかそういう呪いのようなものか……?

 

 俺にしか見えない奴隷……面白い。

 なにか、運命じみたものを感じる。


「このエルフについて話がききたいんだが……」

「ええ、そうですね。確かにエルフ、ああ、いたいた。思い出しました。珍しいでしょう? 頭はいいと思いますぜ、顔はこの通りですが」


 などと、スリザークは急に思い出したように言う。

 いったいさっきのはなんだったんだろうか。

 

 俺は、すでにこのエルフが欲しくなっていた。

 別に、同情をしたわけではない。

 ただ、俺になら、この子を治せると思ったからだ。

 自分の力を試したかった――それだけだ。


「けど、こいつは(いわ)く付きでね……」

「曰く付き……?」

「この娘は、呪われているんでさぁ……」

「どういう呪いなんだ?」


 もしかして、さっきのことか……?

 さっき、スリザークにはエルフのことが見えていないように思えた。

 俺にははっきり見えていたのに、まるで幽霊みたいに存在感を無視されていた。

 だが、呪いの内容は違っていた。

 

「この娘には一切の回復魔法が効かないんでさぁ。さすがにこのままだと可哀そうってんで、前の持ち主が宮廷の回復術師に見せたらしいんですがね……けど、どんな回復魔法を使っても、ちっともよくならなかった。で、まあ使い道がないってんで、また売られちまったわけでさぁ」

「そいつは……気の毒な娘だな……」

「でしょう……?」

 

 なるほど……欠損が酷い上に、回復魔法も効かないときたか。

 なかなかに曰く付きだな……。

 しかも存在感がまるでないときた……。

 それも呪いのせいなのかわからないが、とにかく不思議な子だな。

 

 そのせいで、エルフという珍しい奴隷にも関わらず、まったく売れずに、しかもこんなに安く売られているのか……。

 面白い。俺が買おう。

 宮廷魔術師でも治せなかった傷……それが俺になら治せるのかどうか、試してみたい。

 なぜだかわからないが、俺にならなんとかできる気がしていた。

 これまで何度も修行してきた成果を、俺の回復魔法の力を、確かめたかった。


 それに、なぜだかわからないが、この子だけは俺が買わないといけないような気がしたのだ。

 俺らしくもないが……。

 

「こいつにしよう。この子をくれ」

「へい、まいど。50Gになりますんで」

「そんなんでいいのか……!? いくらなんでも安すぎないか?」


 そのエルフ奴隷の値段は、書いてある値段よりも半額ほど安かった。

 やはり呪いのせいでそんなに安いのだろうか。

 

「ま、うちはそういうジャンク品ばっかでやらせてもらってますんで。ご覧の通り、使い物にならない、廃棄寸前の奴隷ですんで、ま、こんなもんでさ」

「そうか。まあ安いのはいいな。よし、奴隷紋の契約を結ぶぞ」


 奴隷とは、奴隷紋で契約して初めて使役できるようになる。

 売り物の奴隷は、売り物の段階ではその店の店主と奴隷契約を交わしている状態になっている。

 金をはらって、改めて買い主と奴隷契約を結び直すのだ。


 ちなみに、奴隷契約といっても、絶対順守の拘束力があるわけではなかった。

 奴隷紋によって飼い主ができることは、奴隷に罰を与えること。

 それから、奴隷が飼い主に危害を加えることができなくなる。


 あくまで奴隷は飼い主に危害を加えることができないだけで、その他のことは自由にできるのだ。

 だから、奴隷との信頼関係は結構大事だったりする。

 うちの父のように、きつい罰で縛り付けたりするのなら別だが……。


 奴隷の飼い主は、いつでも奴隷紋に痛みの信号を送ることができた。

 加減を加えれば、痛みで狂わせることも、あるいは魔力次第では、殺すことだって可能だった。

 父の場合は常に微量な痛みで縛り付け、作業をしている間だけはその痛みを消すというやり方をとっていた。


 俺はそんなことして、破滅したときにどう仕返しされるか考えたら恐ろしくて……。

 だから俺は決めていた。

 奴隷を買ったら、とことん優しくして、媚びを売ろうってな。




 

 エルフ奴隷を家に連れて帰り、俺は自室で二人きりになる。


「えーっと、まずは名前をきこうか?」

「…………」

「なんだ、しゃべれないのか?」


 俺がそう聞くと、エルフはこくんとうなずいた。

 そして、「アー……」とかすれた声ともつかないうめきをあげた。

 おそらく、喉まで顔といっしょに焼け爛れてしまっているのだろう。


「まずはここに寝ろ」


 俺が自分のベッドを指さすと、エルフは怯えた感じでしぶしぶ従った。


「よし、今からお前に回復魔法をかける。これだけの傷だ。かなり時間はかかるが、じっとしていてくれよ?」


 すると、エルフは首を横に振った。

 おそらく、回復魔法が効かないと言いたいのだろう。

 それはあの奴隷商の老人――スリザークからもきいている。

 だがそんなのは俺には関係ない。


 俺は、破滅回避のために、どんな傷でも癒せるほどの回復魔法を身につけねばならないのだ。

 だったら、呪いくらい、俺の祈りでかき消してやる。

 俺は、どんなことをしてでも生き残る。


「ヒール……!」


 そしてエルフに向かって、回復魔法をかけはじめる。

『なんとしても破滅回避のために、この娘を癒したい』

 俺はそう祈った。


 しかし……。

 俺がヒールと唱えるも、光がエルフの体に触れた瞬間に弾かれてしまった。


「効かない……!?」


 やはり、呪いの話は本当だったようだな……。

 だが、せっかく買った奴隷だ。このまま諦めるわけにはいかない。

 こいつは専属奴隷として少ない小遣いを出して買ったのだから、元気になって俺の世話をしてもらわないと困る。

 

 それに、俺はどんな傷でも治せるようにならないといけないんだ。

 破滅回避のために……!

 呪いくらい、打ち破れないで破滅回避なんてできるはずがない。

 エルド・シュマーケンに不可能はないのだ。


 俺は再び、『絶対に治るはずだ』と祈った。


『頼む……治れ……! 俺が助かるために……この娘が必要なんだ……!!』


 すると、光が爆発的に輝き、呪いの膜を貫くように、エルフの身体に吸い込まれていった。

 少しだが、エルフの身体の表面にあった傷が、癒えていく。

 よし……! 効いた……!

 これなら、時間をかければなんとか治せるはずだ……!


 しかし、なんで俺の回復魔法だけが効いたのかは謎だ。

 俺の思いが、それだけ強かったということなのだろうか。

 まあ、仕事で治すやつよりも、俺の場合は自分の運命もかかっているんだからな。

 そりゃあ俺の祈りの力は誰よりも強いはずだ。

 俺は、さらにヒールをかけて、エルフを治療していく。

 一度ヒールが通ると、こんどはすんなりうまくいった。

 

 最初は喉、それから顔。

 まず喉を完全に治すのに、2時間かかった。

 その間、俺は汗ひとつ拭わずに、集中。


 次にエルフに水を飲ませ、名前を聞く。

 エルフはアーデ・フランシュリンという名前だそうだ。

 次はアーデの顔を治療していく。

 顔を元通りキレイにするのには、5時間ほどかかった。


「す、すごい……! 本当に治りました……! ご主人様はすごいお人です……! ありがとうございます! 感謝してもしきれません! まさか本当に治るなんて……」

「まあな……って、おお……なんだ……めっちゃ美人じゃん」

「はわ……わ、私が美人ですか……!? ありがとうございます……」


 アーデは言われなれてないのか、顔を真っ赤にして恥ずかしがった。

 だが、俺は素直にそう思ったから、言っただけだ。

 客観的にみても、アーデの顔はかなりレベル高いと思う。

 そんなアーデの顔を、元通りにできてよかったなと思う。

 アーデのこの幸せそうな笑顔を見れば、なおさらだ。


「じゃあ次、右手から生やしていくぞ」

「は、生やす……!? そんなことまでできるのですか……!?」

「待ってろよ……」


 それからも、俺の治療は続いた。

 もうすでに魔力をかなり使って、体力も限界だ。

 あとは気力の勝負。

 一度休んでもいいが、ここは自分の限界を知っておきたい。

 だから、倒れるまでやる。


 あ、ちなみに、人間の手足を回復魔法で生やすのはかなりの上位術者でも難しいレベルなんだそうだ。

 それこそ、宮廷魔術師でもできないくらいに。

 俺の回復魔法の才能って、思ったよりもさらにすごいらしい。

  

 それに、俺に回復魔法を教えてくれたメルダ……ああ見えてかなりすごい優秀な指導者だったんだな……って、今にして思う。

 この数年で、俺もだいぶ成長したけど……。


 すべての手足を元通りにするのに、15時間ほどかかった。


「う……動く……?」


 すると、アーデは自分の手を見回して、信じられないという顔をしてみせた。

 彼女はまだ現実味がないといった感じで、恐る恐る、ゆっくりと手を開いたり閉じたりする。

 そして、涙を流しながら、何度も自分の指を確かめる。

 それから、アーデはゆっくりと立ち上がった。


「あ…………っ」


 立ち上がるが、数年ぶりに使う足なので、最初はうまく歩けない。

 

「おっと、大丈夫か?」


 俺は慌てて、アーデのことを支えた。


「す、すみません……まだ、歩く感覚が……でも、こんな日がまた来るなんて……!」


 それからアーデは部屋にあった鏡のほうまで歩くと、自分の顔をまじまじと眺めた。


「これが……私……?」


 震える手で頬を触りながら、初めて「自分が戻った」と実感しているようだ。

 なんだか俺のほうまでうれしい気持ちになる。本当によかったな……。


 だがまだ、アーデの肌には細かい傷や痣が少し残っている。

 俺は再びアーデをベッドに座らせて、仕上げの治療を施した。

 それから15分くらいして……。


「はぁ……はぁ……これで、なんとか完治かな」


 俺はそのまま、ベッドに倒れた。

 ふと、アーデの泣きじゃくる声がきこえる。


「どうしたんだ? まだ痛むのか?」

「ぐすんぐすん、うぇっうぇっ。違うんです。私なんかのために、ご主人様がここまでしてくださったのがうれしくて……! またこうやって歩ける日が来るなんて、夢みたいです! 私、ご主人様に飼われて本当に幸せです。一生お仕えします!」

「それはよかった。俺も、アーデとずっといられたらって思うよ(裏切られたくないからな)」


 奴隷に殺されるのだけはごめんだからな。

 いざというときのために、もし奴隷紋がきかなくなっても大丈夫なほど、信頼関係を築き上げておきたい。


 すっかり疲れて動けなくなっている俺に、急にアーデが馬乗りになる。

 なんだ……!?


「ご主人様、お疲れですよね? 私が癒してさしあげます」

「ああそういうことか……じゃあ、頼むよ」

「いえ……もしご主人様がお嫌でなければですが……」

「俺はもちろん、かまわないけど……アーデは嫌じゃないのか? いくら奴隷でも、俺はそこまで無理強いはしないぞ? 俺は別に、お前にそんなことまで頼むつもりはないんだが……」

「いえ、嫌なんてとんでもないです! ご主人様にご奉仕できるのであれば! うれしいです! それに、これも身の回りのお世話のうちに入りますよね? 私は専属奴隷なんですから……」


 アーデは正直言って、めちゃくちゃ美人だった。

 こんな女の子が、俺の専属奴隷で……なんでもいうことをきいてくれるのか……。

 おっと、ただし調子に乗るのはやめておかないとな。恨まれるようなことは絶対にしたらダメだ。

 けど、アーデが俺を好きでいてくれるなら、俺も……。


「アーデ……その、いいか……?」

「もちろんです、ご主人様なら……。来てください……」

 




「ふぅ……」


 事が終わり、二人でベッドに横になる。

 アーデは俺の腕を枕にしていて、腕の中だ。


「ご主人様……私、今本当に幸せです。あのまま奴隷市場の片隅で、誰にも買われずに死んでいくのかと思っていましたから……。ご主人様が見つけてくださって、本当に……ご主人様は神様のような存在です!」


 アーデは潤んだ目で俺を見つめ、キスをしてきた。

 ここまで好かれると、俺も悪い気はしないな。


「なあアーデ。なぜ俺にそこまで感謝なんかするんだ? 俺はお前を奴隷として飼ような立場の奴だぞ? 本当は、嫌なんじゃないのか? 憎みこそすれど、なんでそこまで俺に尽くしてくれるんだ」

「そんな……! ご主人様は命の恩人です。私にまたこの大地を歩かせてくれた。私にまたこの景色を見せてくれた。私にまた言葉を話す機会を与えてくれた……。感謝こそすれど、憎むなんてとんでもないです! 私は、ご主人様のもとで奴隷として働けて、本当に幸せなんです!」

「そうか……それはよかった。だが勘違いするな。俺はただお前を奴隷としてこきつかうために治療しただけだ」

「いえ、それでも……私はご主人様が大好きです……!」


 よし、どうやらアーデはかなり俺のことを好いてくれているようだ。

 これでアーデは完璧に俺に忠誠を誓ってくれるだろう。

 裏切って俺を殺すようなことにはならないだろう。安心安心。

 これからも、いろんな奴隷を味方につけて、破滅フラグに備えよう。


 

 

 

【sideアーデ】


 私の名はアーデ。

 エルフの奴隷として、売られています。

 とはいっても、私には手も足もありません。

 それに、顔もひどく焼け爛れて、とても見れたものではありません。


 私の村は、盗賊たちに焼かれてしまい、仲間たちはみんな奴隷としてさらわれました。

 私も同じように捕まって、奴隷になったのですが、村を焼かれた際に大やけどを負ったのです。

 手足もやけどで、切り落とさざるを得ない重症でした。


 そんな私は、奴隷商人たちに罵られながらも、首輪をつけられたのです。

 曰く、私のような傷ものにはほとんど商品価値がないのだそうです。

 それなのにご飯代がかかったりするので、私のような欠損奴隷はひどく商人たちから嫌われていました。


 でも、泣きたいのはこっちのほうです。

 村を焼かれ、手足をもがれ、それで奴隷の身に落ち、それでもなお不要だと言われ罵られ続けなければならないなんて……。

 

 この運命を、呪うことしかできません。

 それに……呪いと言えば、私にはなぜか、回復魔法が効きませんでした。

 そのせいで、誰も買い手がつかない。

 こんな目にあって、回復する手段もないなんて、神様は酷すぎます……。


「お前のようなのはな、性奴隷にもならねえ。まったく、いらねえんだよ」


 私には口を開いて言い返すことさえできません。喉もやけどで焼け爛れてしまっていました。

 今すぐ舌を噛み切って死んでやろうかとも思いますが、それもできませんでした。


 必要ないのなら殺せばいいのにとも思いますが、それもできないようです。

 奴隷商人は法律上、欠損奴隷でも勝手に処分はできないのだそうです。

 自分の奴隷としてしまえば処分することも可能だそうですが……。

 詳しいことはよくわかりません。


 こんな私でも、一応物好きな人が買って行ったりすることはあるそうです。

 ですが、待てど暮らせど、そんな日がくる気配はありません。

 それに、どうせ買われたとしても、ろくな目にはあわないでしょう。


 そう思っていたある日――。

 私を買おうという、物好きな方が現れました。


 エルドという名のそのお方は、まだ子供でした。

 ですが、なにかに燃える、はっきりとした意思を感じる目線で私を見つめてきます。

 私も、なぜかその方には惹かれる部分を感じていました。私はやけどで半分しか開かなくなった目で、エルド様を見つめていました……。


 最初、家に連れて帰られ、なにをされるか不安でした。

 ですが、その不安はすぐに吹っ飛びます。


「よし、今からお前に回復魔法をかける。これだけの傷だ。かなり時間はかかるが、じっとしていてくれよ?」


 え……?

 回復魔法……?

 それも、奴隷である私に……?

 ご主人様が自ら……?

 最初、言っている意味が分かりませんでした。

 

 それに、私には回復魔法が効かないはずです。

 それはさっき奴隷商人のお爺さんも言っていたはずなのに……。

 なんで……?


 ですが、ご主人様が回復魔法を使いだすと、すぐに心地よくなって、私の身体が癒されていきました。

 まさか、私にも回復魔法が効くなんてことが……!?

 まるで奇跡のようです。

 

 ご主人様は長い時間をかけ、汗を流しながら、私の顔と声を治療してくださいました。

 そのお姿に、私は感謝と感動で、胸がいっぱいになりました。

 奴隷のためにここまでしてくださる方がいるなんて……。

 私には、彼が神様にしか見えませんでした。

 どうしてそこまでして、私によくしてくださるのでしょうか……?


「す、すごい……! 本当に治りました……! ご主人様はすごいお人です……! ありがとうございます! 感謝してもしきれません! まさか本当に治るなんて……」

「まあな……って、おお……なんだ……めっちゃ美人じゃん」

「はわ……わ、私が美人ですか……!? ありがとうございます……」


 私は不覚にも、その言葉でドキッとしてしまいました。

 エルド様は年頃の男性。しかも、お顔もとてもカッコいい。

 それに、私のために命がけで治療してくださいました。

 そんな男性に美人だと言われてしまって、惚れるのはそこまでおかしなことでしょうか?

 今や、私にとってはエルド様は神様……私のすべてなのです。

 私に再び、人生を与えてくださった……。

 

 これまで、私はもう女としては……いえ、人間としての自分をあきらめていました。

 こんな焼けただれた顔では、もう誰も愛してくれない。私は愛を知らずに死ぬのだと。

 しかし、その顔を元通りにして、しかもキレイだと言ってくださったのです。


 ご主人様――神様による奇跡は、それだけではありませんでした。


「じゃあ次、右手から生やしていくぞ」

「は、生やす……!? そんなことまでできるのですか……!?」

「待ってろよ……」


 なんと、ご主人様は私の手足までも生やしてくださったのです。

 ご主人様の回復魔法は、明らかに普通のそれとは違いました。

 まさしく奇跡です。

 普通、回復魔法でここまでの効果を出す人は、エルフにもいませんでした。


 軽い傷を治すなどの回復魔法と比べ、腕を生やすなんていうのは、桁違いに難しいことでした。

 しかも、難しいだけではなく、体力、気力、魔力も相当に消費します。

 下手をすれば、術者の命にもかかわることです。それは、ご主人様にいくら才能があっても……。


 それなのに、自分の身を顧みずに、私にここまで尽くしてくださった。

 奴隷である私が、この方に尽くさないでどうするか。そう思いました。

 私は奴隷として、このご主人様に一生、すべてを捧げてお仕えしようと心に決めました。


「う……動く……?」


 私は自分の手を開いたり閉じたりして、手があるという実感をかみしめます。

 するとなんだか涙が出てきてしまいました。

 本当に、手が動いているなんて……感動です。

 そして、私は脚があることを実感するために、ゆっくり立ち上がりました。


「あ…………っ」


 久しぶりなので、うまく歩けません。

  

「おっと、大丈夫か?」


 エルド様が支えてくれました。

 お優しい……。

 

「す、すみません……まだ、歩く感覚が……でも、こんな日がまた来るなんて……!」


 それから、私は鏡を見ました。

 

「これが……私……?」


 久しぶりに見た自分の顔は、まるで他人のような感覚がありました。

 けど、手で触ってみると確かに自分の顔です。

 なんだか、生まれ変わったような気分でした。


「うう……」

「どうしたんだ? まだ痛むのか?」

「ぐすんぐすん、うぇっうぇっ。違うんです。私なんかのために、ご主人様がここまでしてくださったのがうれしくて……! またこうやって歩ける日が来るなんて、夢みたいです! 私、ご主人様に飼われて本当に幸せです。一生お仕えします!」

「それはよかった。俺も、アーデとずっといられたらって思うよ」


 思わず、私は子供のように泣きじゃくってしまいます。

 そんな私を、まるで恋人のように優しく抱きしめてくれるご主人様。

 奴隷である私を、ここまで大切に、人間扱いしてくださるなんて……。

 しかも、ずっと一緒にいたいだなんて……まるでプロポーズされたみたいです。


 もはやすべてを諦めていた私に、ご主人様はもう一度人生をくださいました。

 この命、すべてご主人様に捧げようと思います。

 私はその後ご主人様に抱いていただき、本当に幸せでした。

 もはや愛を知ることもあきらめていたのに、ご主人様に女として愛され……。

 こんな幸せはありません。

 こんなに幸せでいいのでしょうか。


 しかしご主人様は、決してその行為を誇ることなく、おごることなく、あくまで謙虚なお方です。きっと恥ずかしがり屋なのでしょう。


「勘違いするな。俺はただお前を奴隷としてこきつかうために治療しただけだ」


 そんなふうにおっしゃるご主人様も、また素敵です。

 私が重みに感じないように、そう言ってくださっているのでしょうね。

 本当に、すばらしい方に買っていただけたと思います。





異世界恋愛の短編を書いたので、ぜひこちらも読んでみてください!


愛していますわ――嘘だけど。

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