第2話 奴隷に奴隷を買わせよう
いろいろ奴隷を買ったり売ったりしていたら、俺は15歳になっていた。
これまでに、かなりの大金が溜まった。奴隷たちの忠誠心もかなりのものだし、これはもう破滅フラグ回避したんじゃないのか……? と思うくらいだ。
だが、問題がまだ残っていた。
「本編開始まで、あと1年か……」
そう、俺が16歳になれば、ついに始まるのである。
このゲーム世界、【エゴイスティック・ファンタジー】の本編世界が……!
エゴイスティック・ファンタジー序盤の、主な舞台は【ハインリヒ貴族学園】だ。
そして俺は16歳になる来年から、その学校に通うことになっている。
もちろん、物語の本来の主人公だって、そこにやってくる。
そうなれば、俺はおそらく破滅まっしぐら――そう、なにもしなければ。
だが俺はこれまで、さんざん金を貯めてきた。そして、奴隷たちの信用もためてきた。破滅したときのために、回復魔法も修行してきた。もし破滅して俺が八つ裂きにされても、自分の回復魔法でなんとか復活できるように……!
だから、今の俺なら、もしかしたら破滅フラグを回避できるかもしれない。
だが、なにが起こるかわからないのが世の中だ。念には念を入れて、決して油断はできない。
この世界の運命集積力と、俺の破滅フラグ回避能力、どちらが上か、ためさせてもらおうじゃないか。
一番の問題は、主人公だな。
エゴイスティック・ファンタジーの主人公、アルト・フランシフォン。やつは正義感にあふれる、光の勇者だ。
本来の俺、エルド・シュマーケンは、そんなアルトと関わったせいで、彼に糾弾され、悪者として裁かれる運命にある。
「うん、絶対関わりたくねえな」
俺は、学園に入っても、絶対にアルトとは関わらないと心に決めた。
まあ、それが可能なら、だが。
さて、だがまだ本編開始までは1年ほどの猶予がある。
それまでに、まだまだできることをやっておこう。
念には念を、保険は多いほうがいい。
◆
この数年で、俺の奴隷たちはかなり増えていた。そして、収益もどんどんうなぎ上りだ。
それで、俺はあるアイテムを買うことに成功した。
それがこれ――。
《魔導記録オーブ》
レア度 エピック
値段 50万G
説明 魔法をプログラミングし、オーブに封じ込めることができる
これは魔導記録オーブといって、魔法を記録し、あとで自由に使用することができる特殊なアイテムだ。その値段はかなりの高額だが、俺はこれをいくつか用意した。俺の考えたやりたいことをやるためには、このオーブがどうしても複数必要だったのだ。俺は、このときを待っていた。
このオーブの使い方は簡単だ。まず、記憶させたい魔法を、オーブに向けて放つ。
そうすると、オーブに魔法が記録される。それから、あとはオーブを起動すれば、その魔法と同じ効果になるというわけだ。
つまり、魔法をいつでも取り出せる装置だ。
このアイテムのいいところは、誰でも使用できるということ。オーブを起動させるのは、魔法を使えない人物でもいい。つまり、魔法を他人に貸したりできるというわけだ。
俺はこのアイテムを使って、あることを考えていた。
俺はオーブに、回復魔法を閉じ込める。
そして、ヒールを閉じ込めたオーブを複数個用意する。
それから、専属奴隷のアーデを呼び出した。
「よし、アーデ。俺はお前にいまから任務を授ける」
「はい、なんでもおっしゃってください。ご主人様」
「このオーブをお前に渡す、これで、適当な欠損奴隷を15人買ってきてくれ。そして、それを売りさばいて利益をあげるんだ」
「わ、わかりました! がんばってみます!」
俺はアーデにオーブを15個渡す。
そう。今までは、俺が直接奴隷を買って、それを治して、売っていた。
だが、これからは俺もさらに忙しくなる。
1年後には学園にもいかなきゃいけないし、他にもやりたいことだってある。
破滅フラグ回避のためには、まだまだやらなきゃいけないことがあるのだ。
だが、金は欲しい。今まで以上に金を貯めておきたい。だから、俺は考えた。
そうだ、奴隷に奴隷を治させて、奴隷に売らせればいいじゃないか。
つまりは、奴隷売買の自動化である。俺が直接働かなくても、奴隷売買のラインが自動で動くようになれば、これ以上楽なことはない。
俺はただ、あらかじめオーブに魔法を注いでおけば、あとは寝ていても収益が入ってくるという算段だ。
「ということで、アーデ。あとはよろしくたのむ」
「はい、もちろんです!」
試しに、まずはアーデに仕事を頼んでみる。
アーデには、護衛として別の屈強な奴隷もつけておいた。
これがうまくいけば、アーデ以外にも何人かに同じようにオーブを渡そう。
それで、自動的に奴隷がどんどん、増えていくはずだ。
奴隷に奴隷を売らせて、儲ける。我ながら、すごいアイデアだ。
◆
時は遡ること1年前――。
【sideゲヘナ】
俺の名はゲヘナ・デューク。
とある奴隷市場の一角で、欠損奴隷専門の奴隷商をしている。
まあ、欠損奴隷はあまり高く売れないし、商売にならない。だけど、俺にはなんの後ろ盾もないから、こんな商売しかできない。まともな奴隷を仕入れるようなつてもない。
欠損奴隷を引き取っては売って、処分して……そんな毎日だった。
だがある日、不思議なことが起こった。
俺の店によくくる、変な客。
名をエルド・シュマーケン。まだほんの10くらいのガキだ。
だが、こいつは不思議なことに欠損奴隷を嬉々として買っていく。
なにに使っているのかはわからないが、不気味なことこの上ない。
エルドは、護衛として、いつも奴隷を連れていた。
一人は女のエルフ奴隷で、名をアーデとかっていったかな。
もう一人は男のオークで、名はドミンゴだったはずだ。
ある日のこと、いつものようにエルドが俺の店に買いにきた。
そのときだった、取引中の奴隷が、どこからともなくナイフをとりだしたのだ。
くそ、身体検査は完璧だったはずなのに。いったいどこから……?
とにかく、面倒はごめんだ。
しかし、奴隷はナイフをエルドに向けて振りかざす。
くそ、客に怪我でもさせたら、俺のくびも飛ぶぞ……。
そのときだった。エルドの連れていた奴隷が、主人の前に立ちはだかった。
「危ない! ご主人!」
「アーデ……!?」
なんとアーデは、自らの身を顧みずに、エルドの前に飛び出したのだ。
そして、奴隷のナイフはアーデの腹に突き刺さる。
俺は、その光景に唖然としていた。
なんだって奴隷がわざわざ身をていしてまで主人を守るってんだ!?
いくら護衛でも、普通の奴隷はそこまでしない。
しかも、俺の目に狂いがなけりゃ、このアーデは、本気で主人を心配していたぞ!?
奴隷紋で無理やり動かされたわけでもなさそうだ。
俺はしんじられない思いでいっぱいだった。
このエルドとかいう男、どれだけ奴隷から慕われているんだ……。
ふつう、主人が死ねば、奴隷は解放されるんだから、放っておいてもよさそうなものだ。
さらに、驚いたことに、ドミンゴの方もすぐさま奴隷を取り押さえた。
ドミンゴは男を地面に押し付け、拘束する。
「貴様! ご主人様に……! なにをする!」
「っく……お前らも奴隷のくせに……! なんで俺を邪魔するんだ!」
「ご主人様は奴隷の俺たちでも、丁寧にあつかってくださる。そういうお方だ。ご主人様を傷つけるようなやつは、この俺が許さない!」
ドミンゴの忠誠も、かなりのもののようだった。
アーデもドミンゴも、心から主人を心配している。
俺はエルドというガキに、畏怖さえも覚えた。
奴隷が主人の盾に積極的になった上に、本気で主人慕ってるように見える。
いったいどんな調教をしたらこんなふうになるのだろうか。
このエルドとかいう男、普通のガキに見えて、もしやすさまじい手腕の奴隷商人なのでは……!?
なるほど、それなら欠損奴隷ばかりを買っていくのにも納得がいく。
おそらくこの人物は、欠損奴隷でさえも売りさばくことのできる手腕があるのだ。
それからさらに驚くことが起きた。
なんとエルドは、刺されたアーデの傷を、すぐさま治してしまったのである。
普通、主人が奴隷のためにそこまでするか……?
ますます底の知れない男だ……。
◆
まあ、そんなことがあったのが1年前の話。
それからもエルドは俺の店をよく使ってくれる、いい客だった。
あれからエルドに注目しているが、彼が何者なのかはまだよくわからない。
とにかく、若いのに金をたくさんもっていて、しかも欠損奴隷ばかりを好むということくらいだ。
そんなある日、またまた奇妙なことがおこった。
なんとエルドのところの奴隷である、アーデという女エルフ。
俺の店に、今日はそのアーデ一人だけで現れたのだ。
「あのー奴隷を買いたいんですけど……」
「おやおや、エルド様のとこの奴隷のアーデちゃんじゃないか。どうしたんだ。今日は御主人は……?」
「それが、今日からは私一人で買い付けまで任されまして」
「おいおい奴隷一人で奴隷を買いにきたのか……!? まったく、わけわからねぇ。相変わらず、変わったことをするご主人だなぁ……」
「えぇ、まあ。エルド様は規格外なお方ですから」
俺はますます信じられない思いだった。
だってきいたことがない。奴隷が奴隷を買いにくるなんていう話は。
しかも、主人も同行せずにだぞ……?
奴隷を野放しにして、しかも奴隷を買いに行かせるなんて、どんなだ?
イカれてるとしか思えないだろう、普通に考えたら。
「15人ほど、欠損奴隷が欲しいんですけど……」
「おいおい……それはまた……えらいことだな……」
しかも、アーデは15人もの奴隷が欲しいという。
まったく、欠損奴隷ばかりそんなに集めて、いったいなにをしようというのか。
俺にはまったく想像もつかなかった。
「まあいいけどよ……。それで、アーデちゃんが奴隷契約をするのか?」
「はい、そのようにエルド様からは言われております」
「どんなご主人だよまったく……。奴隷が奴隷を使役するなんて、きいたこともない」
理論上は、可能だ。だがもちろん、そんなことまで奴隷にやらせる奴は、存在しない。
5年前の一件といい、今回といい。エルド・シュマーケンとやらはいったいどうやって奴隷を調教し、使役しているのか……まったくの謎だ。くそ、気になる……。
奴隷からの信頼、忠誠もすさまじいが、エルド自身も、かなり奴隷を信頼しているようだった。
どうすればそこまで奴隷と信頼関係を築けるのか、俺にはさっぱりだ。
奴隷紋は、主人の魔力量によって、その使役できる最大数が変わる。
普通の成人男性の場合、一度に契約できる奴隷はせいぜい100人程度。
まあ、だからそれ以上の奴隷を使役しようと思えば、こうやって奴隷に奴隷契約をさせるのも……ありっちゃありなのか……?
だが、エルド以外にはそんなこと、思いついてもやろうとはしないだろうな。
まったく、前からエルドは謎の多い男だったが、今回のことで、さらに謎が増えたな。
奴隷に奴隷を買わせて、なにをするつもりなんだ……。
俺はこれからも、エルドの動向を注意深く見守っていこうと思う。
◆
【sideアーデ】
私はご主人様に言われた通り、奴隷を15人買ってきました。
私はエルフで、魔力が人より多いので、このくらいの量の奴隷、使役するのは楽勝です。
たぶん、1000人ぶんくらいの奴隷紋までいけると思います。
まあ、私がそこまで奴隷をつかうことにはならないでしょうが……。
いや、規格外なご主人様なら、そういうこともあるのでしょうか。
買った奴隷を屋敷まで運んでもらいます。
そして、それを回復のオーブで回復させます。
いつもご主人様がやっていたように、やっていきます。
回復のオーブを使うのにも、少しだけ私の魔力がいります。
なんだかご主人様がいつもやっていたのを体験できて、感慨深い気分です。
ご主人様はこんなふうに、私たちを救ってくださっていたのですね。
「あの……ありがとうございます!」「ありがとうございます!」
欠損奴隷たちを回復させると、みなさん私にお礼を言ってきます。
ですが、私はあくまでオーブを使っただけです。もともとの魔法は、ぜんぶエルド様のもの。
そしてお金もエルド様のものですし、全部はエルド様の手柄なのです。
「いえ、お礼なら私ではなくエルド様に。私はあくまで奴隷なので」
「え……ご主人様も奴隷なのですか……!?」
「私をご主人様と呼ぶのもやめてください。あなた方のご主人様は、エルド様です」
「じゃ、じゃあ……エルド様ありがとうございます……?」
エルド様はこの場にはいませんが、奴隷たちにエルド様のいる方角に向けてお辞儀させます。
本当はエルド様と引き合わせて、直接お礼を言わせたいくらいですが、エルド様はお忙しい。
お忙しいエルド様の代わりに、こうして私が奴隷売買をやっているのですから、エルド様のお手をわずらわせるわけにはいきません。
「えーっと、じゃあ彼らをカタログに載せてっと……」
あとはエルド様に言われた通り、彼らをエルド様の御父様の商館に連れていき、そこでカタログに登録させます。
これで、どこかの貴族様が彼らを買っていってくれるはずです。
しばらくして、彼らは無事に全員売れていきました。
エルド様の売る奴隷は、どれも忠誠心が高く、品行方正で、とても評判がいいです。それもそのはず、みなさん欠損奴隷のところから、エルド様に命を救ってもらったという認識が強いです。
それは私も同じ。エルド様がいなければ、あのまま奴隷市場で腐っていたでしょう。
あとはこれを何度も繰り返し、どんどん奴隷を売って、どんどん利益を上げていきましょう。
ちなみに、今回の15人分の奴隷で得た利益は98000Gでした。
商館には、奴隷を買っていった貴族様たちから、たまにお手紙が届きます。そのほとんどが、奴隷の調教をほめたたえ、エルド様に感謝する内容です。
エルド様じるしの奴隷たちは、貴族たちの間でも評判になっていきました。おかげで、どんどんと注文が入るようなりました。
私はそれにあわせて、どんどんオーブをつかって仕入れをしていきました。
これで私も少しはエルド様のお役に立てたでしょうか。エルド様に、少しでも恩返しができているといいのですが……。役に立ててると、いいな。




