第1話 メルダの思い
そういえば、昔俺に回復魔法を教えてくれた奴隷がいたっけ。
たしか名前はメルダだ。
あれからパンを多めにやったり、いろいろしたけど、元気だろうか。
俺はこれまでに、回復魔法でかなりいろいろいい思いをしてきている。
メルダにも、その恩をもっと返すべきだろう。
ということで、俺はメルダに別の仕事をやることにした。
メルダは、父の奴隷だ。
だから、父にいつも虐げられている。
そんなことは、俺が許さない。
とりあえず、父にメルダを俺にくれと言ってみた。
「お願いです御父様、どうしてもこの奴隷を俺のものにしたいんです!」
「ふぅむ、こんなババアをか? お前も若いのに妙な趣味をしているな。まあ、いいだろう。別にこんなおばさん奴隷のひとりくらい、もっていけ。可愛い息子のたのみだからな」
父ドフーンは、最悪な性格をしていたが、それでも息子である俺にはけっこう甘かった。
まあ、俺がおはDだと思われたのは心外だが……。
「ということでメルダ。今日からお前は俺の奴隷だ」
「あ、あの……おぼっちゃま、私がなにかしたでしょうか……?」
メルダは少し困惑しながらも、怯えている。
まさか俺がなにか罰を与えるとでも?
「いやな、お前には回復魔法を教わったし、いろいろと世話になった。その恩を、少しでも返したくてな」
「そんな、奴隷に恩だなんて……いいですのに……」
「いや、いいんだ。これは俺が勝手にやってることだからな」
メルダは、俺の部屋の掃除など、身の回りのことをやってもらうことにした。
俺の周りのことをやらせることで、そばにおけるからな。
そばにおいておいて、父からの横暴から守ってやらねば。
それに、俺の周りにいれば、俺と同じ食事もとらせられる。
部屋も俺の部屋の近くにして、いい待遇にしてやろう。
家事を分担させることで、アーデの負担も減らせるしな。
メルダももうけっこう初老と呼べるような歳だ。
外での過酷な肉体労働なんかよりは、こっちのほうがいいだろう。
メルダのもともとの専門は、もちろん回復魔法だ。
だが、回復魔法には精神力も、体力もかなり消耗する。
深い傷を治そうと思えば、それだけ体力を消耗する。
メルダには、もう回復魔法もきつい仕事だろう。
だから、メルダにはほんの簡単な雑用だけをやってもらうことにした。
それだけで、メルダには十分働いてもらってるからな。
あとは俺の食事をわけてやったり、ふかふかのベッドを用意したり、返せるだけの恩を返そう。
「おぼっちゃま。本当にありがとうございます。私はほんの少し回復魔法の基礎をお教えしただけなのに……。すべてはおぼっちゃまの才能ですよ」
「いやいや、それでも、俺が勝手に感謝するだけだ。受け取ってくれ」
メルダは、その後晩年まで健康に暮らした――。
◆
【side:メルダ】
私メルダは物心ついたときには奴隷でした。
幸い、母がこれだけは覚えろと回復魔法を幼いころに叩き込んでくれていました。
回復魔法が使えたおかげで、私は奴隷の中でも比較的いい待遇で暮らしてこれたと思います。
しかし、シュマーケン家の当主であるドフーン様は、ひどいお方でした。
私たち奴隷のことを人とも思わず、蹴る殴るは当たり前。
ろくにパンも貰えない毎日でした。
回復魔法という仕事がある私でさえそうなので、他の雑用奴隷がどういう扱いを受けていたかは想像にかたくありません。
そんな毎日から救い出してくれたのが、エルドおぼっちゃまでした。
エルドおぼっちゃまは、回復魔法を教える代わりに、私にたくさんのあたたかい食事と、満足のいく待遇を用意してくれたのです。
はじめてまともに人間あつかいされて、ほんとうにうれしかった。
また、エルド様に回復魔法を教えるのはたのしかった。
まるで自分の子供をもったかのような気分だったというのは、奴隷としてはさすがにおこがましいだろうか。
とにかく、エルドおぼっちゃまは恩人だった。
そんなエルドおぼっちゃまは、回復魔法を覚えたあとにも、私によくしてくださった。
なんと御父上に言って、私をおぼっちゃまの奴隷にしてくれたのだ。
ドフーン様のところにいては身が持たないからと、おぼっちゃまの奴隷にしてくれた。
おかげで、私はいつもいい待遇を得られた。
奴隷としては、破格といっていい待遇だった。
エルドさまは私の身体を気づかり、簡単な雑用の仕事だけにしてくださった。
私も、もうかなり年も若くないので、身体にいろいろとがたがきている。
しかも、部屋もふかふかのベッドで、食事もエルド様とほぼかわらないものをいただけた。
「いやな、お前には回復魔法を教わったし、いろいろと世話になった。その恩を、少しでも返したくてな」
「そんな、奴隷に恩だなんて……いいですのに……」
「いや、いいんだ。これは俺が勝手にやってることだからな」
エルドさまはそういうが、奴隷に恩を返そうなんて、不思議な人だった。
エルドさまが優しいのは、私に対してだけではなかった。
最初、なぜ貴族であるエルド様が回復魔法なんかを覚えたいと言ったのか不思議だった。
なんとエルド様は、私から教わった回復魔法を、自分のためではなく、奴隷を治すためにつかっていたのだ。
エルド様は欠損のある奴隷を買っては、それを治療していた。
まるで、聖女のような人だと思った。
なぜわざわざそんなことをするのだろうか。
エルド様は、これは欠損奴隷を安く仕入れて高く売るためだという。
だけど、それだけのために、回復魔法を覚えるなんて苦労をできるだろうか。
エルド様は口ではそういうけれど、本当は本当に優しい方だ。
きっと、世の中からけが人をなくそうと努力しておられるのだと思う。
そんなエルド様は、奴隷を回復させ、回復させた奴隷からの信頼も厚い。
おまけにその回復させた奴隷を売るだけではなく、仕事をあたえ、いい待遇を与えて働かせているのだ。
本当に、最後まで奴隷のことをよく考えた、すばらしいご主人様だと思う。
そんなエルド様のもとで働けて、本当にしあわせだ。
私は、回復魔法をつかって仕事を得ることまで許可されていた。
冒険者の仕事から帰ってきたドミンゴさんたちを回復することで、ドミンゴさんたちから少なからずの報酬をもらっていた。
もちろん、エルド様が回復したほうがはやいので普段はそうしている。
だけどエルド様がどうしても忙しい時などは、私が回復魔法をかけてお金を得ることを許してくれていた。
おかげで、私はお金にも困らなかった。
ドミンゴさんたちは冒険者としてかなり儲けているようで、お金に困っているようすはなかった。
ドミンゴさんたちから冒険の話をきいたりするのもおもしろかった。
晩年は、静かに暮らすことができた。
私のために特別に、エルド様ははなれに小屋をたててくださった。
なぜそこまでしてくれるのかと問うと、気まぐれだと返された。




