第21話 闇奴隷オークション★
奴隷たちの活躍によって、俺の名声はどんどん上がってきている。
闘技場でグラディオスがいつもものすごい戦いを魅せてくれているおかげで、俺は今では市場でちょっとした有名人だ。
まあ、欠損奴隷を買っていく変なやつ扱いだけどな……。
他にも、俺の店から奴隷を買っていった貴族たちが、俺の評判をあちこちで上げてくれている。
おかげで、どんどん優良な顧客が増えていっている。
街でも、冒険者組が活躍してくれているおかげで、いろんな話が舞い込んできている。
そうやって、俺はどんどんと奴隷商人としての影響力を高めていっていた。
そのおかげでもあってか、ある日、俺のもとに一枚の招待状と、カタログが届いた。
それは、裏奴隷オークションへの招待状だった。
不定期で開催されている、闇の貴族たちによる裏奴隷オークション――。
そこでは、普通の奴隷市場でも大っぴらには売れないような、とんでもない取引がされていた。
奴隷はこの世界では合法だ。
だが、それにも限度ってものがある。
この闇奴隷オークションでは、この大奴隷時代においても違法となるような、そんな過激な趣向を持ったヤバい連中が集まるような取引がされていた。
具体的には、見世物にされたり、人体実験用にされる奴隷が多い。
魔女の実験材料だとか、噂では食用の人間も取引されているときく。
まあ、これはあくまで噂だけどな……。
ただの噂であることを願いたい。
闇奴隷オークションには、王族や有力貴族も多数関わっていて、かなり闇が根深い。
「ついに俺にもやってきたってわけか……」
まあ、俺はさすがにそんな変な趣味もないから、あまり興味はないが……。
だが、もしかしたら使えそうな欠損奴隷がいるかもしれない。
俺は一応、カタログを開いた。
カタログには名前と顔の絵と、それぞれの特徴などが書かれている。
どれもその奴隷の行く末を思うとおぞましいような、そんなラインナップが並んでいる。
その中で、俺はとある人物を見つけてしまった。
この名前と顔には、見覚えがある……。
奴隷の名前は、ベーゼ・フランシュリン。
歳の若いエルフの女性だ。
かなりの美人だが、足が欠損していると書いてある。
そういえば、アーデの名前はアーデ・フランシュリンだった。
同じエルフということもあるし、なにか関係のある人物なんだろうか。
俺はアーデにカタログを見せ、確認する。
「これは、お姉ちゃんです……! 間違いありません! ベーゼ・フランシュリンは私の姉です……!」
「やっぱりか……」
どうりで似ていると思ったのだ。
しかし、まさかアーデの姉が出品されているのが見つかるとはな……。
かなりの美人だから、裏オークションに出品されているのだろうか。
美人はオークションに出したほうが値段がつり上がるらしいからな。
アーデは故郷の村を盗賊に焼かれて、捕まったと言っていたよな……。
姉のベーゼも捕まり、オークションに出されたようだな。
しかし、見つけてしまったからには、このまま無視するわけにはいかんよなぁ……。
「アーデ、お前はどうしたい……?」
「私は……正直に言います。姉ともう一度会いたいです……! もし、可能だったら……エルド様に競り落としてもらえると、ありがたいです。姉が他の貴族に買われて、もしかしたらひどい目にあわされるかと思うと……耐えられません」
「だよな……。よし、わかった。俺が競り落とそう」
「本当ですか……!? ありがとうございます!」
アーデは俺に抱き着いてきた。
俺はいまのところ、アーデに好かれている。
そもそもの俺の目的は、破滅回避のためになるべく奴隷に好かれることだ。
奴隷に好かれつつ、金を儲けておいていろんなことに備える。
ここでベーゼを見捨てたら、これまでに築き上げたアーデからの好感度が台無しになってしまうからな。
ベーゼを救えば、アーデからさらに信頼を得ることができるだろう。
それに、やはり姉妹というのは一緒にいるべきだ。
俺も、ベーゼを救ってアーデが喜ぶ顔が見たくないと言えば嘘になる。
だが、ベーゼはかなりの美人だ。
しかも、アーデと違ってかなりグラマラスな肉体も持っている。
足が欠損しているとはいえ、これだけの美人だと、その手の物好きからしたら逆に逃げられないということでポイントが高いのだろう。
さらに、ベーゼは青い目をしたエルフだった。
アーデは緑色の目をしているので、親がどっちか黄色い目をしているのかもしれない。
とにかく、青い目のエルフは特に希少で、コレクターの間で人気がある。
オークションがはじまれば、かなり値段がつり上がることが想像できる。
俺もそれなりの金は稼いできているが、これは難しいかもしれないな……。
俺はこういうときのために、金を稼いでいるんだがな。
「なにか手を打つか……」
◆
俺は情報を得るために、奴隷市場にやってきた。
ここでは奴隷だけでなく、表裏を問わず、大小さまざまな情報も売り買いされている。
俺は情報屋の扉を開けた。
すると奥から出てきたのは、なんと……あの欠損奴隷を販売していたスリザーク爺さんだった。
「おや、エルドの坊ちゃん。こんなところでなにやってんです?」
「それはこっちのセリフだ……。お前、情報屋だったのか?」
「ええまあ、はい。実はこっちのほうが本業でさぁ」
「そうだったのか……。じゃあつまり、お前……俺の情報もなにか売ってたりするのか!?」
だとしたら、非常に困る。
俺はこれまでにスリザークと結構世間話とかしてるぞ?
なにかまずいこと話してないだろうな……。
「へっへっへ、そりゃあ大丈夫でさぁ。こっちとあっちの仕事は完全に分けてますからね」
「ほ、本当だろうな……?」
どうにも信用できないな……。
前からやけに胡散臭い男だとは思っていたが、まさかこんな裏の顔があったなんて。
「それで、ここに来たからにはなにか情報が必要なんでしょう?」
「ああ、そうだ。この人物について知りたいんだが……」
俺はカタログを見せ、ベーゼ・フランシュリンを指さした。
「ほう、裏オークションですかぁ……。坊ちゃんもとうとうここまで来やしたか……」
「おかげさまでな。調べてほしいのは、このベーゼというエルフを狙っている客がどんなやつかだ。俺はどうしてもこの女を競り落としたい」
「へっへっへ、好きでんなぁ……」
「そういうのじゃない……。とにかく、俺は敵の懐事情を知っておきたいんだ。できれば、どういう貴族がこいつに目をつけているかだけでも調べてほしい」
「わかりやした。そういうことならお安い御用でんな」
「よし、頼んだ」
「坊さんはいっつも表でも世話になってるんで、特別料金でやってやりますわ」
「お、そうか。ありがとう」
俺はスリザークに依頼をして、いったん家に戻った。
数日してスリザークから連絡があったので、再び情報屋へ……。
「坊さん、あんた……これは諦めたほうがええ」
「は……? なんでだ……?」
「相手はかなりの大物ですぜ」
そう言ってスリザークが見せた資料には、ヘルマン・グレゴールの名前が書かれていた。
「ヘルマン・グレゴール……大物貴族だな」
「でしょう? 相手はかなり金を持ってますぜ」
「大丈夫だ。手は打つ」
スリザークは、他にもヘルマン・グレゴールに関する情報を調べ上げてくれていて、それを渡してくれた。
かなり値は張ったが、まあ仕方のない出費だ。
それに、この情報はかなり使えるぞ……。
ヘルマン・グレゴールは有力貴族で、かなりの大金持ち。
それでいて、変態の奴隷コレクターとしても知られている。
ありとあらゆる珍しい亜人種の奴隷をコレクションしては、それを拷問して痛めつけるのが趣味の変態野郎だ。
やっぱり、こんな変態にアーデの大事な姉を奪われるわけにはいかないな。
他にもベーゼに興味を持っているやつはいたが、その中でもヘルマンが飛びぬけて資金力があり、なおかつベーゼを絶対に競り落としてくるだろう相手だった。
ヘルマンさえ押さえれば、俺の資金力でもなんとか太刀打ちできるかもしれない。
俺は、オークションでちょっとした戦いを仕掛けることに決めた。
そのために、準備が必要だ。
俺はしばらくのあいだ、とにかく欠損奴隷を安く買っては、それを治しては売りさばきまくった。
まるでこれじゃあ奴隷商人ではなく医者になった気分だった。
だが、金のためには仕方ない。
めちゃくちゃ感謝されまくったが、別に俺は人助けでやってるわけではないんだがな……。
◆
さて、オークション当日、俺はアーデを連れてやってきた。
オークション会場は地下にあり、薄暗い道をひたすら進んだ先にあった。
だが、一度開けた場所に出ると、さっきまでとは打って変わって豪華なシャンデリアに彩られたきらびやかな空間が広がっていた。
いったいどうやって地下にこんなものを……と思ってしまう。
オークションは大盛況のうちに始まった。
俺はひたすら、ベーゼが出てくるまで待つ。
「きた……!」
ようやくベーゼが競売にかけられる時間になり、俺は満を持して手を挙げる。
「10000G!」
すかさず、ヘルマン伯爵が値段を吊り上げてくる。
「12000G!」
「20000Gだ!」
俺たちの戦いは長く続いた。
他の参加者も何人か手を挙げてきたが、すぐに振り落とされた。
最後は俺とヘルマン伯爵のデッドヒート。
俺はひたすら値段を吊り上げた。
「2500000G! さすがにこれ以上は出せん……!」
ヘルマン伯爵が先に音を上げる。
さすがに奴隷一人にそれ以上は出せないということか。
だが、俺は違う。
「2600000G!」
「はい! そちらの方、落札です……!」
俺が超高額でベーゼを競り落とすと、ちょっとした歓声が沸いた。
「オオオオオ! すごいぞ! 一人の奴隷につける値段とは思えないくらいだ……!」
「あのエルフにそんなに価値があるのか……?」
みんな、わかっていないな……。
隣で、アーデが涙ながらに感謝の言葉をくれた。
「ありがとうございます……ありがとうございます……ご主人様……。本当に……。うちの姉を救ってくれて……」
「泣くな……。俺はお前の涙を見るために金を出したんじゃないぞ。お前の笑顔が見たくて出したんだ」
俺がそう言うと、涙を流しながらも、アーデは精いっぱいに笑おうとしてみせた。
健気だな……。
「で、でも……あんなに大金……よかったのですか……? 本当に……」
「構わん。お前の家族を救いだせたのなら、安い買い物だ」
本来、人の命なんてのは決して安くなんかない。
大事な家族をとり戻すためなら、みんないくらでも金を出すだろう。
人の命を安いと感じられるのは、それが自分に関係のない人間である間だけだ。
「たくさん働いて、恩返ししますね……!」
アーデはとびきりの笑顔を見せてくれた。
それだけで、俺にとっては安い買い物だったと思う。
まあ、これまでに稼いだ金ほとんど消えてしまったんだけどな……。
でも、また一から稼ぎ直せばいいだけの話だ。
なにせ、俺にはこの回復魔法があるんだからな。
◆
俺は無事にベーゼを競り落とし、家に連れて帰る。
ベーゼとアーデを引き合わせると、二人は涙して抱き合った。
「本当に、本当にありがとうございます……! まさかまた妹と会えるとは思ってもみませんでした……! エルド様はすばらしいお方ですね……! そんな方にアーデを拾ってもらえて、私は幸せです」
「お姉ちゃん、エルド様がすごいのはそれだけじゃないのよ?」
「え……?」
「お姉ちゃん、足を見せて」
「わ、わかったわ……」
ベーゼはスカートをめくって、脚を切断した部分を見せた。
俺は、その部分にヒールをかける。
「ヒール!」
俺の手から眩い光が放たれ、ベーゼの脚を包み込む。
その瞬間――眩い光が爆発するように広がった。
ベーゼの脚は、まるで時間を巻き戻すかのように再生されていく。
肌が繋がり、骨が形を作り、筋肉がそこに重なり、最後に血の巡りが戻る。
「あ、あ……」
ベーゼは驚きに目を見開いた。
「う、嘘……。そんな……。こんなことが……」
震える手で、そっと自分の足を触る。
そして――ゆっくりと立ち上がった。
「立てる……! 私……本当に……!」
その瞬間、アーデがベーゼに飛びつくように抱き着いた。
「お姉ちゃん……!!」
「アーデ……!」
二人は涙ながらに抱き合った。
その光景を見ながら、俺は満足げに頷いた。
(やれやれ……高くついたが、まあ、安い買い物だったな)
「す、すごいです……! なんですかこれは……!? こんな回復魔法は見たこともありません……!」
「でしょ!? エルド様は、素晴らしいお方なんだから!」
「ほんとうね……。エルド様、助けていただいた上に、脚まで治していただけるなんて……。ありがとうございます……。なんとお礼していいか……。姉妹ともども、一生お仕えします」
ベーゼは深々と頭を下げた。
それから二人は同じ部屋に寝泊まりし、俺の専属奴隷メイドとして働くことになった。
やはり、姉妹は……家族は同じところにいるべきだ。
二人の笑顔を見ていると、余計にそう思う。




