第20話 回復魔法を教えよう★
アーデは俺の専属奴隷、つまりメイドのようなものだ。
その扱いは、普通の奴隷とは全然違う。
普通の奴隷たちは過酷な肉体労働が基本だが、アーデの主な仕事は俺の身の回りの世話。
つまり家事とか掃除だ。
俺はいつもアーデにお世話になっていて、本当に助かっている。
それにアーデは俺が初めて自分で契約した奴隷ということもあって、思い入れ深い。
こんな可愛い女の子に献身的に世話してもらって、うれしくない男子などどこにいる。
俺はすっかりアーデのことが気に入っていた。
それにどこかアーデには懐かしい感じがあって、はじめて会った気がしないのだ。
そんなある日、アーデが俺にこんなことを言ってきた。
「お願いします、ご主人様! 私にも回復魔法を教えてください!」
「アーデが、回復魔法を?」
「はい! 私もご主人様みたいに、回復魔法が使えるようになりたいんです……!」
「どうしてまたそんなことを? なにか必要な場合は、俺が力を貸すが……」
俺が使えるのだから、わざわざアーデが回復魔法を覚える必要はない。
いや、待てよ……。
もし俺になにかあって、回復魔法が使えない状況になったら……?
まあ、そんなことにはならないに越したことはないが……。
けど、万が一という場合がある。
信頼できる人に、回復魔法を教えておくのは悪い手じゃないな。
「私も、ご主人様のように人の役に立ちたいんです! なによりも、ご主人様の役に立ちたい……! 私の手で、ご主人様のことをもっと癒してさしあげたいんです……!」
まあ、アーデにはいろいろと、十分癒してもらってはいるんだけどな……。
けど、確かにアーデの言うことは悪い提案ではないな。
俺が不在のときでも、ちょっとした怪我ならアーデに治してもらえる。
「よしわかった。なら教えよう!」
「本当ですか!? ありがとうございます!」
俺は自分がメルダに教えてもらったのと同じように、アーデに回復魔法を教えてやることにした。
まずは蛙の腕を生やすところからはじめてみる。
しかし、アーデがいくら唱えても、腕はまったく生えてこない……。
「うーん、ダメですねぇ……」
「おかしいなぁ……俺のときはこれでいけたんだけどなぁ……」
「それは、エルド様が天才だからですよ」
「そうなのかなぁ……」
腕を生やすのは無理だとわかり、今度は簡単な傷で試してみることにする。
傷を負ったマウスを用意して、回復魔法をかけてみる練習だ。
しかし、今回もダメだった……。
傷はいっこうにふさがらない。
もしかして、アーデには回復魔法の才能がないのか……?
「私……全然だめですね……」
「そう落ち込むなって……」
人にはそれぞれの才能がある。向き不向きというやつだ。
俺には回復魔法の才能があった。
けど、アーデにも他になにか才能があるはずだ。
「なあ、アーデ、ためしに俺にヒールしてみてくれないか? それでなにかわかるかもしれない。俺が身をもって体験すれば、きっとなにか感覚的な説明ができるかも!」
「わかりました……!」
「じゃあさっそく……」
俺は、自分で自分に傷をつけようとナイフを取り出した。
するとアーデは全力でそれを止めた。
「な、なにをするおつもりなんですか……!?」
「なにって、回復魔法の練習のために傷を……」
「や、やめてください……! いくら練習だからって、エルド様の大事なお身体……。私のために傷つけてしまうなど……」
「でもなぁ……傷がないと練習できないだろ?」
「大丈夫です。イメージトレーニングです。傷がなくても、とりあえず試してみましょう」
「お、おう。そうするか」
「えい……!」
アーデが魔力を込めると、俺の身体がぽうっと光って、暖かくなる。
すると、俺の身体がなんだか気持ちよくなってくる。
「もしかしてこれは……!?」
◆
アーデには意外な才能があったのだ。
もちろん、俺みたいに手足を生やしたりはできない。
だが、特殊な回復魔法の習得に成功したみたいだった。
「ライトヒーリング……!」
アーデが俺の腰に魔法をかけると、俺はなんとも心地よい感覚に包まれる。
そう、これこそがアーデの特殊な回復魔法。
傷を負っていない部分にでも、余剰回復を与えることができるのだ。
つまり、なにも怪我をしていないところにこの回復魔法をかけると、めちゃくちゃ気持ちよくなれる……!
癒しの効果が半端ないのだ。
「きもちぃいいいいい…………」
アーデに身体中をマッサージされながら、ヒーリングしてもらう。
すると、身体がとろけるような感覚に包まれて、めちゃくちゃ気持ちがいい。
まじで溶けちゃいそう……。
俺の回復魔法とは全然性質が違うが、これはこれで便利だな。
これなら、めちゃくちゃ安眠できそうだ。
疲労回復にはばっちりだな……。
アーデに疲労回復してもらえれば、俺も一日に使える回復魔法の回数がさらに増えるかもしれない。
永久機関が完成しちまったなぁ~~~!!!
「あ、エルド様……ここ、硬くなってます。いまほぐしますねぇ~」
「あ、ああ……頼む……」
アーデは俺の身体のこっている部分を重点的に攻める。
マッサージとヒーリングがあわさって、めちゃくちゃ気持ちいい。
「ああ~~~めちゃくちゃ気持ちいい~~」
「ふふ……よかったです。私も、エルド様のお役に立ててうれしいです!」
◆
それからも、アーデは頻繁に俺にヒーリングをかけてくれるようになった。
おかげで、俺はさらに以前よりも忙しく動けるようになって、かなり商売に時間をさけるようになった。
ある日の夜のこと――。
「エルド様、無理しすぎです……」
アーデが俺の額に手を当てる。
「え?」
「最近、ずっとお忙しいでしょう? 毎日、たくさんの奴隷を治療して、お仕事もして、休む暇もなくて……。私はずっと、それが気になっていました」
そう言って、アーデはぎゅっと俺の手を握る。
「……ご主人様には、ずっと元気でいてほしいんです。私の、たった一人のご主人様だから」
……そんなことを、誰かに言われたのは初めてだった。
いや、違うな。前世も含めて、こんなふうに自分を気遣ってくれた人なんて……いなかった。
「わかった……。無理しすぎるのはやめるよ……。ありがとうな」
「ええ、今夜はこのまま、私のひざの上で寝てください……」
「ああ…………」
俺はそのまま、気持ちよくて寝てしまった。
寝ぼけていたのかわからないが、夢の中で、アーデに名前を呼ばれている気がした。
しかも、その名前は「エルド」じゃなく、前世の名前――「九条 朔夜」だった。
『さくやくん…………会いたいな…………』
おかしいよな。
アーデが前世の俺の名前なんか知っているはずがないっていうのにな……。
きっと、俺が寝ぼけてて夢を見たんだろうな。
ていうか、前世の名前なんて、さっきまで俺も忘れていたくらいだ。
どうして、今そんな夢を見たんだろう……?
◆
もう一つ、意外なことがあった――。
「アーデちゃん、その魔法、俺にも試してくれないか?」
ある日、冒険者のドミンゴがアーデに頼んだ。
「あ、はい! もちろんです!」
アーデは嬉しそうにドミンゴに近づく。
その瞬間、俺の心が妙にざわついた。
「待て」
無意識に声を出していた。
「……エルド様?」
「いや……その、アーデの魔法はまだ不完全かもしれないだろ? 俺で試してる途中なんだから、他のやつに使うのは後にしろ」
「……そ、そうですね!」
アーデは納得してくれた。
「す、すみませんエルド様……奴隷の身分で出すぎた真似を……」
ドミンゴも謝る。なんか、俺が謝らせたみたいで、少し申し訳ないな……。ドミンゴは悪くないだろう……。
「いや……大丈夫だ……」
だけど、なんで俺はこんなにイラついているんだ?
それを考えたとき、ハッとした。
まさか俺は……アーデが他の男に触れるのが、嫌だったのか?
俺としたことが、まさかメイドに本気になっているっていうのか……?
いや、まさかな……。




