第19話 鍛冶師を治そう★
冒険者組――ドミンゴ、オットー、アカネの使っている武具も、最近劣化しはじめてきた。
一応、街の武具屋で整備してもらえるだけの金は別途渡してあるんだがな……。
けど、いちいち店を使っていては面倒だし、金も余計にかかってしまう。
ということで、俺は奴隷に鍛冶師をさせられないか考えた。
奴隷市場にやってきて、俺はある種族の奴隷を探した。
それはドワーフだ。
ドワーフは手先が器用で、鍛冶師に向いている。
いつものように欠損奴隷を専門に扱っている、スリザーク爺さんの店を見ていると、その少女はいた。
そのドワーフの少女は右腕を失っていて、包帯を巻いており、うつむきがちな目をしている。
俺がじっと見ていると、顔を上げて、睨み返された。
どうやらかなり気の強いタイプらしい。
気に入った。
俺はスリザークに話を聞く。
「おい、この奴隷はなにができる? 鍛冶はできるか?」
「へい、一応鍛冶の経験はあるみたいですがね……。けど、ご覧の通り、右腕を失っています。これではもう満足に金槌は打てんでしょう」
「構わない。彼女をもらおうか」
「へい、まいどあり! さすがはエルド坊ちゃん。欠損奴隷が好きだねぇ」
「いや別にそういうわけではないのだが……」
ただ、欠損奴隷のほうが安く買えるからそうしているだけだ。
俺は別に、医者でもなんでもないからな。同情心や慈善事業でやっているわけじゃない。
彼女を選んだのには、他にも理由があった。
ドワーフには鍛冶師が多いのは周知の事実だ――だが、その中でも女性の鍛冶師は珍しい。
人間もそうだが、ドワーフの社会はそれ以上に男優位の社会だ。
特に、鍛冶師は男の仕事とされていて、女は工房にすら入らせてもらえなかったりする。
そんな中で、鍛冶の経験がある女性ドワーフということは、それなりに優秀だろうと俺は思ったのだ。
◆
屋敷に連れて帰るも、女性ドワーフはふてくされたまま、口をきいてくれない。
スリザークからきいたところ、名前はミンディというらしいが……。
まあいい、とりあえずさっさと右腕を治してしまおう。
「ミンディ、ここに座ってくれ」
俺が促すと、ミンディはしぶしぶ従った。
そして、俺はミンディの右腕を治療しはじめる。
「ヒール!」
ミンディの右腕はみるみるうちに回復していく。
筋肉の繊維が伸びて、編み物が出来上がるように形になっていく。
まるで木の枝が伸びるのを、早回しで見ているようだった。
ミンディはそれを、目を丸くして驚いて眺めていた。
「こ、これは……」
「俺のヒールで治したんだ。どうだ? 動くか?」
ミンディは驚いたように自分の右腕をじっと見つめる。
指をゆっくりと動かし、手をぎゅっと握ってみる。
それから、震える手で腕をさすり――ふと、青ざめた表情になった。
「……あれ? うそ……治ってる……」
驚き、喜び、そして――絶望が入り混じったような顔をする。
「な、なんてことをしてくれたんだ……!」
「ええ……!?」
「私は……こんな腕、もういらないのに……!」
そう言って、ミンディは左手で右手を殴りつけた。
意味が分からないぞ……。
「ど、どういうことだ……!? 事故で失ったんじゃないのか……?」
「違う。私は……自分でこの腕を切り落としたんだ」
「な、なんでそんなことを……」
「お前にはわからないだろう……。私が女だからだ」
そう言って、ミンディは俺に話をしてくれた。
「私の父は有名な鍛冶師だったんだ。私は父の跡を継いで、一流の鍛冶師になりたかった。けど、父が死ぬと、みんな私が女だからという理由で、工房の跡を継ぐのを反対してきた。そして、壮絶ないじめにあったんだ」
「そんなことがあったのか……。それは、酷いな……」
「私は、工房に通えなくなった……。けど、どうしても夢をあきらめきれなくて、金槌を持ちたい気持ちが抑えられなくて……。だったらいっそ、こんな腕はなくなってしまえばいいと思ったんだ」
「だから……自分で切ったってのか……?」
「そうだ……」
それは、どれだけ辛い選択だったんだろう。
自分の夢を諦めるために、自分から命にも等しいような大切なものを切り落とした。
彼女はそれほど追い詰められていたのだろうが、なにもそこまでしなくても……。
「だから、こんな腕……なくていいんだ……! 性奴隷でもなんでもする。だから、こんな腕はもう一度切り落とさせてくれ! お願いだ。腕があったら、また夢を見てしまう。未練が残ってしまう……!」
ミンディはそんなふうに俺に懇願する。
でもさ、それって……まだそういうってことは、未練が残ってるってことじゃねえか。
まだ、本当は全然あきらめきれていないんだろ……?
だから、無理やり自分でけじめをつけようとした。
でも、本当にあきらめる必要があるのか……?
「ダメだ。お前には性奴隷ではなく、鍛冶師として働いてもらう」
「でも……私は女だ……! いくら奴隷でも、私なんかを受け入れてくれるような工房はどこにもない……!」
「だったら、自分で工房をつくればいい」
「は……? ど、どういうこと……?」
俺は、屋敷の中にあらかじめ作っておいた工房に、ミンディを案内した。
これまでに貯めた金で作らせた、とっておきの工房だ。
まあ、これも先行投資ってことだ。
冒険者組が頑張れば、すぐに回収可能だろう。
「ここが、お前の工房だ」
ミンディは目を見開いた。
入り口から差し込む陽光が、静かに鍛冶場を照らしている。
壁には新品の工具が整然と並び、炉はしっかりと火を灯せるように整えられている。
金床の表面は、まるで誰かが「さあ、打て」と言わんばかりに輝いていた。
ミンディはゆっくりと工房の中央に立つ。
しばらく沈黙したあと――そっと、金槌を手に取った。
「……」
彼女は震える声でつぶやいた。
「……こんな工房が、私のために……?」
ミンディの目に、熱いものが込み上げるのが見えた。
「この工房をお前に任せることにするよ。お前が工房主だ。だから、誰もお前の性別や出自に文句を言うやついはいない。これでどうだ? これなら、存分に作れるだろう?」
「で、でも……そんな、私をいきなり工房主になんて……」
ミンディはまだ戸惑っているようすだった。
「技術はあるんだろう……?」
ミンディの父親は名の知れた鍛冶師だったのだというし、才能のほうも申し分ないだろう。
障害となるのは、偏見だけ。
だったら、それをとっぱらえばいい。
「わ、私はてっきり、すでにある工房に派遣されるものかと……」
「あいにくうちはもともとは工房がなくてな、新規事業なんだ」
親父は工房や物作りを明らかに見下しているからな。
奴隷にやらせるにしても、効率が悪いと軽視していた。
作業に使う道具や武器は、安物を買い与えればいいという考えの人だ。
けど、俺は思うのだ。
自分たちで使うものこそ、自分たちで用意し、整備できるべきだってな。
「ここなら、うちの屋敷内にあるから、他の人にとやかく言われることもない。人を雇いたいんなら、女だけを雇ってもいいし、偏見のないやつを面接してもいい。どうだ……? やってくれるか?」
「ど、どうして買ったばかりの私に、そこまでよくしてくれるんですか……? どうしてそこまで信頼してくれるんですか……?」
ミンディは困惑の表情で俺を見る。
俺のことを信用していいかどうか、悩んでいるようすだ。
「俺は別にお前を信頼しているんではない」
「え……?」
「俺はただ、お前に期待しているんだ」
ミンディは、困惑したように俺を見つめた。
「信頼ってのは、実績があって初めて生まれるもんだ。だから、まだお前を信頼してはいない。でもな、期待することはできる。お前がどんな奴か、どれだけの実力を持ってるのか。俺が金を出す価値がある奴なのか、それを証明してみせろ」
ミンディの目が揺れる。
それは、長年抑えつけていた『本当の自分』が、心の奥底で目覚めようとしている証拠だった
期待外れなら、そのときは別の方法を考えるだけだ。
「期待……」
「お前は偏見や差別のせいで、未来に希望が持てなくなっていた。だから夢をあきらめたんだろう? けど、それでも奴隷商人の親父に鍛冶師の経験があると正直に伝えるくらいには、未練が残っていた。違うか?」
「そうですね……。そうかもしれません……」
「だったら、ここでもう一度やり直せばいい。ここではお前がリーダーだ。お前を咎める男はいない。存分に金槌をふるってくれてかまわない。もしダメでも、他の仕事を与える。どうだ。希望が持てそうか?」
「はい……。私、もう一度やってみます……! ここでなら、エルド様の元でなら、希望が持てそうです……!」
「よし、よろしく頼むぞ……!」
俺はミンディに工房を任せてみることにした。
ミンディは親の跡を継いだとはいえ、一度は工房を任されたこともある人間だ。
つまり才能も技術もあるはず……。
そんな人間が、女性で欠損奴隷だからというだけのつまらん理由で、あんな安値で売られていた。
掘り出し物じゃねぇか。
だったら、俺の回復魔法で癒して、ここで鍛冶師になればいい。
合う環境がなかったのなら、新しく合う環境をつくりだせばいいだけのこと。
「私、もう一度金槌を持ってみます! こんなチャンスを再びもらえたこと、感謝しています。腕を治してくれて、ありがとうございました……! 正直、自分の選択を何度も後悔していたんです……。自分でも意地になっていました」
「そうか、それはなによりだ。頑張ってくれ……! さっそくだが、武器を一つ作ってもらいたい。頼めるか?」
「もちろんです……!」
俺は、オークのドミンゴに持たせるための武器を依頼した。
オットーには新しい弓を買い与えてやっていたが、ドミンゴのは古いままだったからな。
せっかくだから、特注品を与えてやったら、あいつも喜ぶだろう。
◆
翌日、ミンディに呼ばれて工房にいってみると、そこには身の丈ほどもある大きな大斧が置いてあった。
「これは……すごいな……もう完成したのか……?」
「はい! 久しぶりに工房に立ったら、思いのほかうれしくって、熱中してしまいました」
「すごい集中力だな……」
最初の話では一週間ほどはかかると言っていたのにな。
武器の質のほうも十分そうだ。
ミンディにはあらかじめ、ドミンゴの特徴や性格を伝えてある。
出来上がった大斧は、ドミンゴにぴったりの豪快な見た目をしていた。
これなら、あいつのパフォーマンスもさらに上がるに違いない。
俺はさっそくドミンゴを呼んできた。
「なんですか、エルド様。俺に用事って……」
「お前に新しい武器をやろうと思う。これだ……!」
俺は大斧をドミンゴに見せた。
「こ、これは……!?」
ドミンゴは目を丸くして、大斧をじっと見つめる。
まるで、それが自分の手の中で今にも生き物のように躍動しそうな錯覚を覚えた。
「お前のために作った特注品だ。どうだ?」と俺が訊く。
ドミンゴはゴクリと唾を飲み込みながら、ゆっくりと斧の柄を握った。
その瞬間――。
「すげえ……すげえぞ、これ……!」
ドミンゴの手が震える。
「こんな……こんなもん、持たせてもらえるなんて、俺、一生の宝にしますぜ……!!」
どうやらうまく手に馴染んだようだった。
「この大斧を作ったのは、このドワーフ、ミンディなんだ。今後、武器や防具の生産や整備は彼女に任せるからな。なにかあったら言ってくれ」
俺はドミンゴにミンディを紹介する。
「そうだったんですか……! ありがとうな、ミンディさんよ! おかげで、俺の冒険もはかどりそうだぜ!」
「気に入ってもらえて、よかったです……!」
その後、本当にドミンゴの戦闘能力は桁違いに上がったときく。
工房のほうもミンディの要望によって、何人か雇うことになった。
女性のドワーフで鍛冶をやってみたいという奴隷は意外と多く、そこそこ集まった。
やはり、みんな普通の工房では働けないものの、やってみたという女性ドワーフは多かったようだ。
他にも、人間でも鍛冶をやってみたいという女性が意外と多かった。
人間の工房も、ドワーフほどではないにしろ男社会だからな。
興味はあっても、手が出なかったやつはたくさんいるのだろう。
ここに、おそらく世界初の女性だけの鍛冶師工房が誕生した。
ミンディたちの作る武器や防具はどれも管理が細かいところまで行き届いており、好評だった。
主に冒険者組の武器防具の生産と整備を任せている。
他には、奴隷たちが普段の労働で使うようなスコップなどの道具類だ。
もうちょっと人員が増えたら、そのうち武器防具を市場で売ってもいいだろう。
女性工房の製品ということで売り出せば、付加価値にも成り得るはずだ。
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