第18話 冒険者組
【sideドミンゴ】
ある日のことだ。俺たち冒険者組三人が、クエストから帰還し、酒屋で祝勝会をあげていたところ――。
「カンパーイ! いやぁ、今日も頑張ったなぁ。オットーのあの弓は最高だったよ」
「いやぁ、ドミンゴさんの動きもすごかったですよ」
「リバイアサンの脳天に直撃! あれはすごかったなぁ」
そんな話をしていたところ、口を挟んできた男がいた。
「……リバイアサン? あの化け物を倒したってのか?」
隣の席から、低くしわがれた声が響いた。
振り向くと、口ひげをたくわえた男がいた。車いすに座っている。
「へぇ……あいつの脳天をぶち抜いたって? 俺も昔、リバイアサンとやり合ったことがあるが……随分と無謀な奴らだな」
「ああ、そうだが……。あんたは? あんたも冒険者なのか?」
「いや、俺も昔は、あんたらみたいな冒険者だったんだが、この通り、ひざに矢を受けてしまってな……。今はこうして、飲んだくれをやっている」
「そうか、よかったら一緒に飲むか? いっぱい驕るよ」
「お、それはいいね。どれ、昔話を披露しよう」
それから、男は酒を飲むと、冒険者だったころの話をし始めた。
男の話はどれも興味深く、まるで神話に出てくる英雄の話をきいているみたいだった。
彼の名は、マードックといった。
マードックの話によると、彼は昔Sランクの冒険者だったという。
俺たちが今てこずっているモンスターについても、話をしてくれた。
ブラッディグリズリーの弱点を教えてくれたり、実のある話がたくさんきけた。
マードックが足を失う羽目になった事件についても、教えてくれた。
ゴブリンアーチャー・エリートが放った毒矢が、マードックのひざに直撃したのだそうだ。
普通の回復魔法もきかずに、切断を余儀なくされたらしい。
マードックほどの冒険者が、足を洗う羽目になったというのは、残念に思う。
彼ほどの冒険者なら、Sランクのもっと上、SSランクすらも目指せただろうに。
しかもマードックの腕は、話をきくかぎりだと、かなりの猛者だ。
俺たちは3人でAランクだが、マードックはソロでSランクまで上り詰めたらしい。
話をきいているうちに、俺はだんだんマードックに感情移入していって、彼のことがたいそう気の毒に思えてきた。マードックはいまだに飲んで、冒険者だったころの昔話をするくらいだ。冒険者に対して、まだ未練が残っているように思えた。
そこで、俺はある提案をしてみることにした。
「マードック、もしよければ、その足を俺たちの主人に見せてみないか? きっと、エルド様なら力になれるはずだ」
「おいおい、お前たち奴隷なんだろ? そんな、主人を使うような真似していいのか? 主人に命令するとはなにごとか! と怒られるんじゃないか?」
「いや、エルド様なら、そんなことは大丈夫だ。きっと、話をすれば回復魔法をかけてくださるはずだ。エルド様はまるで天使のようなお方だからな」
「そうか、そこまで言うなら、お願いしようかな」
「ああ、今日帰ったら頼んでみるよ」
俺はマードックにそう言って、約束をした。
◆
エルド様にマードックの話をすると、二つ返事で快く引き受けてくださった。
「なるほどな、事情はわかった。たしかに、それはもったいない話だ。その男を連れてこい」
「エルド様……! ありがとうございます!」
やはり、持つべきものは理解のある主人だな。
◆
【sideエルド】
ある日のこと、クエストから帰ってきたドミンゴに、変な話をきかされた。
マードックとかいう、酔っ払いの話だ。
きくところによると、その酔っ払いは元Sランク冒険者で、たいそう腕がたつらしい。
ドミンゴは、そのマードックの足を俺に治してほしいというのだ。
その話をきいて、俺は考えた。
なぜ、俺がそんな赤の他人の治療をせねばならないのか……!
しかも、なぜ奴隷のいうことをきかねばならないのか……!
金がもうかるわけでもないし、俺は医者じゃないんだ。
俺は最初、断るつもりでいた。
(だが、待てよ……)
そのとき、俺の脳裏にある考えが浮かんだ。
そのマードックという男、Sランク冒険者だったということは、かなり腕がたち、おまけに知識やノウハウもあるはずだ。たしかにそんな男を、酒場で腐らせておくのは、もったいのない話だろう。
きっと、その男を治したら、かなり感謝されるはずだろう。そうなれば、今度は俺の要求も通るかも……?
(よし、その男をドミンゴたちの師匠にしよう!)
そうすれば、きっとドミンゴたちは今よりさらに高みへ到達できるはずだ。Sランク冒険者ってのも、夢じゃない。
最近のドミンゴたちは、一生懸命にやってくれているのはいいが、少しリスクをとりすぎていた。俺は危険だからやめろというのだが、奴らはどうにももっと強敵と戦いたいらしい。そのほうが俺のためになるとでも思っているようだった。
このままでは、いずれ誰かが命を落としてもおかしくない。とくに、Aランクのうちはいいが、のちのちSランクを目指すとなると、命のやりとりとは無縁ではいられない。
とにかく、ドミンゴたちにはもっと安全が必要だった。
(そのマードックとかいう男なら、安全に狩りをする方法もしっているはずだ。マードックを指南役にすれば、ドミンゴたちはさらに安全に狩りができるようになるし、さらに成長も期待できる……!)
俺は一瞬のうちに、方針を固めた。
「なるほどな、事情はわかった。たしかに、それはもったいない話だ。その男を連れてこい」
「エルド様……! ありがとうございます!」
俺は、マードックに会うことにした。別にこれは、そのオッサンに同情したわけでも、ドミンゴの提案に従ったわけでもない。俺はたんに、長期的な利益を考えて結論を出したまでだ。
◆
「あんたがマードックか」
「あんたがエルド様か、今回はほんと、ありがたい話をいただいて、よろしくたのむ」
「ああ、俺に任せておけ」
俺はマードックの足を回復魔法で再生してやった。足の再生はもう何度もやってきたことなので、お手の物だ。いまでは、ほんの数分で済むようになっていた。
施術が終ると、マードックは息を呑んだ。
「…………あっ」
震える手が、ゆっくりと足を触れる。
そして――。
「……こ、これは……!」
立ち上がった。ぐっと足を踏みしめる。
まるで、夢のように。
静寂。
次の瞬間――マードックは大声で叫んだ。
「――うおおおおおおおおおお!!!!! マジで治ってる……! 俺の足が……俺の足がぁぁぁ!!!」
ドミンゴたちは思わず拍手し、マードックはその場に崩れ落ちた。
マードックは立ち上がると、その足で大地をしかと踏みつけて、足がある喜びを実感していた。
なんだかそこまで喜んでもらえると、俺も治したかいがあるというものだな。
「それで、あんたは冒険者に戻るのか?」
「いや、俺はさすがにもう歳だ。現役は無理だろう」
「だが、冒険者魂がうずくんだろう? だから、酒場で冒険者たちに武勇伝を語っていた……。ということで俺から提案なんだが、今回のお礼にといってはなんだが……ドミンゴたちの師匠になってくれないか?」
俺はマードックにそう提案する。
「お、俺が……こいつらの師匠……? はは、それは面白い話だ。たしかに、ここまでしてもらったんだ。なにか礼はしないとな。だが、俺が師匠ったって、なにも教えられることはないぜ? 買いかぶりすぎだ」
「いや、あんたなら、ドミンゴたちを正しく導いて、今よりももっといい、最高の冒険者にできるはずだ」
「……なぜ、そう思う?」
「あんたは、ひざに毒矢を受けた。しかもソロだ。普通なら、そこで死んでいてもおかしくないだろう。元冒険者っていう人間が少ないのは、冒険者はそのまま続けるか、途中で死ぬかだからだ。だが、あんたは生きて帰った。つまり、生き残るだけの力がある。そういう生存能力の高い冒険者だからな。いい指導者になってくれるはずだ」
「はは……そういうことか。まあ、まちがっちゃいねえ。よし、いいだろう。ここまでしてもらったんだ。後輩の指導くらい、おやすいごようさ!」
「そうか、それはよかった……!」
ということで、マードックをドミンゴたちの指南役として雇うことに決めた。
「じゃあ、マードック。報酬はこのくらいでいいか?」
俺は適当な額をマードックに提示する。
すると、マードックは鳩が豆鉄砲を食ったように驚いた。
「はぁ……!? ちょ、ちょちょちょっと待て。俺はあんたに足を治してもらった礼で、指南役をやるんだよな? なのに、金までもらえるのか……!?」
「当然だろう? 指南役を引き受けてもらうまでが礼だ。実際の指南にはちゃんと報酬が発生する。指南はなにも一回限りじゃないんだからな」
「ま、待ってくれ。俺はそんなつもりじゃ……。ただでやるつもりだったんだぞ?」
「いや、それじゃだめだ。これはちゃんとした仕事として依頼している。報酬はきちんと受け取ってもらわないと困る。ただでやるってのは、責任をとらないって意味だからな」
「っへ、しっかりしてるな。そこまで言うんなら、酒代の足しにでもさせてもらうよ……」
マードックは、しぶしぶ金を受け取ることに同意した。
俺のみたてでは、マードックに指南をしてもらうことで、パーティの稼働効率は劇的によくなるはずだ。このくらいの金は、すぐに取り戻せる。先行投資だ。
それに、安全は金では買えないからな。多少損をしてでも、ドミンゴたちの命優先だ。これでドミンゴたちの生存能力が上がるのなら、なにも問題なしだ。いくらでも払おう。
「よし、じゃあ来週から頼むよ」
ちなみにだが、マードックに指導をしてもらうようになってから、ドミンゴたちはめきめきと力を伸ばしていった。今まではどうしても、奴隷パーティということもあって、他の冒険者たちからの情報交換とかで不利な目にあってきた。だが、マードックにいろいろ教わることで、よりよい狩りの方法や、穴場などがわかったのだ。
それにともなって、俺の利益もぐんぐん伸びていった。
◆
【sideドミンゴ】
俺とオットー、アカネは奴隷の仲間の中でも冒険者組と呼ばれていた。
エルド様の命令で、冒険者として働いているからだ。
俺たちの取り分は2割。
これは奴隷としては破格の給料だった。
基本的に、俺たちの普段の生活費はすべて主人であるエルド様が出してくれている。
だからまあ、生活費はかからないわけだな。
あと、武器や防具の手入れや新調のさいも、エルド様が支払ってくれているわけで。
つまり、この報酬の2割というのは完全にお小遣いとして使えるわけだ。
そう考えると、いかに破格かわかるだろう?
普通の奴隷だと、いくら雑用をしても自分の財布を持たせてもらえるなんて到底ありえないからな。
俺は今日も、意気揚々と冒険者ギルドにやってきた。
俺とオットー、アカネはいいチームだった。
まあ、俺たちが奴隷だってことで、よく思っていない連中もいるけどな。
「お、今日も奴隷組がやってきたぜ」
「はは、せいぜい頑張れよな」
最初のうちは、そういう風に砂をかけてくる連中もいた。
中にはいじわるして、ギルドのカウンターをつかわせないように邪魔してきたやつも。
しかし、そんなのは実力でねじ伏せた。
そのうち、俺たちが高ランクになってくると、そんな連中はいなくなった。
なにせ、俺たちの取り分の2割ですら、そいつらの給料より高いんだからな。
恥ずかしくて、もはやなにもいってこれなくなったのだろう。
今は、俺たちのことはそっとしてくれている。
もちろん、中には俺たちが奴隷であるにも関わらず、好意的に接してくれるやつもいた。
受付嬢のリーシャはその中の一人だ。
「ドミンゴさん、今日も頑張ってくださいね!」
「あ、ああ……ありがとうリーシャ」
リーシャはいい子だった。
俺たちが奴隷であると知っていながら、態度を変えない。
「ドミンゴ、顔が赤くなっているわよ」
「うるせえ」
アカネがそう茶化す。
正直、リーシャはくそかわいい。
だけど、俺なんかはしょせん奴隷だから、恋心を抱くなんていうのは許されない。
俺はこうしてカウンターごしにただみているだけで十分だった。
冒険者には、ギルドとは別に冒険者組合なるものがある。
しかし、冒険者組合に所属するには、住民票などが必要で、俺たち奴隷には不可能なことだった。
冒険者組合に入ると、組合員だけのお得な情報や、狩りに必要なアイテム、情報が得られる。
しかし、俺たちはながらくそれを得られずに苦労していた。
だが、マードックが指南役としてついてくれたおかげで、それもなくなった。
マードックはもと組合員だし、それにマードックの経験は下手な組合の情報筋よりも精度がよかった。
マードックにいろいろな狩場を教えてもらった。
おかげで、俺たちの稼ぎはさらに増えた。
今日のクエスト目標は、毒怪鳥の討伐だった。
俺たちは毒怪鳥を狩るのにいい場所をマードックから教わっていた。
今回のクエストも楽勝だ。
毒怪鳥は口から大量に毒を吐く化け物だ。
正面から挑んだんじゃ、毒をまともに喰らって、やれたもんじゃない。
マードックは上から撃つといいと教えてくれた。
毒怪鳥が出没する地点に、ちょうどいい高台があった。
マードックはそのポイントを正確に把握し、教えてくれた。
オットーとアカネが高台で待機する。
高台は小高い丘の上に岩場になっていた。
俺は下に降りて、毒怪鳥を釣る役目だ。
毒を喰らわないように、少し離れた位置から毒怪鳥を惹きつける。
盾で身を守りながら、毒怪鳥をおびきよせる。
そこをすかさず、高台からアカネが魔法で攻撃する。
――ズバババン!
「キュエエエエエエエエエエエエ!!!!」
さらに、オットーが弓でトドメをさす。
――ズシャ!!!!
「ギャアアアアアアアアアアアア!!!!」
――バタン。
毒怪鳥はその場に倒れた。
やった!
俺たちの連携はばっちりだった。
あとは毒怪鳥の毒袋を浴びないように、綺麗に切り取る。
それから死体をはぎとってクエスト終了だ。
これもすべてマードックの指導のたまものだ。
クエストから帰ったおれたちは、酒場で酒を飲む。
クエスト報酬の2割がおこづかいなので、酒くらいは楽に飲める。
酒を毎日飲んでも、クエスト報酬はまだまだありあまっている。
やはり、奴隷といえども自分で働いて食う飯は最高に美味い。
「ねえドミンゴ、あんたリーシャちゃんをデートに誘わないの?」
とアカネがきいてくる。
「そうですよ、さっさと誘えばいいのに」
とオットーまで言う。
「馬鹿野郎そんなことできるかよ。俺は奴隷の身なんだぞ」
「愛のもとには関係ないですよ」
「ううう……そうじゃなくても、俺みたいな無骨なオッサン、誘えねえよ……」
「いくじなし……」
俺だって、ほんとうはできるならそうしたいさ。
だけど、金があるとはいっても女と付き合って養えるほどじゃねえ。
だいいち、奴隷の身分で結婚なんかできねえしな。
俺は先に金を払って、酒場を出る。
「おや、また風俗ですか?」
「うるせえよ」
オットーのやつは童貞ぼうやだからわからんが、男にはこういうのも必要なんだ。
俺は今日稼いだ金を持って、街の娼館によって帰るのだった。




