第16話 動物も治そう★
ある日のことだ。
屋敷の裏庭に、一匹の子犬が迷い込んでいた。
それを発見した奴隷が、俺に報告してきた。
「エルド様、こんな子犬を見つけました……どうしましょうか」
俺は子犬を受け取って、見てみることにした。
子犬はひどく汚れていて、弱っていた。
よくよく身体を調べてみると、怪我をしていることがわかった。
怪我をして、逃げてきたのだろう。
そういえば、と思う。
俺はいままで、かなりの数の人間を治療してきた。
けれども、動物を治したことがないな……。
俺の回復魔法は、動物にも有効なのだろうか。
物は試しだ。
俺はその弱った子犬に、回復魔法をかけてやることにした。
「えい! ヒール!」
すると、子犬の身体が発光し、傷が癒えていった。
「よかった……」
どうやら俺の回復魔法は、ちゃんと人間以外にも作用するようだ。
まあ、デュラハンの首すら生やせたくらいだしな……。
と思ったのもつかの間、今度は傷が癒えただけではなく――。
どんどんとその子犬の身体が、大きくなっていくではないか!
子犬の身体が発光し、毛が逆立ち始めた。
その瞬間、骨が鳴る音がして、体躯が一気に膨れ上がっていく。
小さかった四肢がどんどん長くなり、体毛が光を帯びて伸びていく。
まるで、一瞬にして何年分もの成長を遂げるかのようだった――。
「なななな、なんだこりゃ……!?」
子犬の巨大化は止まらない。
みるみるうちに、子犬は人間の大人くらいのサイズにまで成長した。
「ど、どういうことなんだ……?」
そこにいたのは、もはや子犬ではない。
美しい、白狼。
ふかふかの毛並みが美しい、巨大な白狼がそこにはいた。
そして白狼は黄色の鋭い目つきで俺のことを見下ろすと、
喋った。
「人間よ……我を治療してくれて、誠にありがとう。御礼もうす」
は……?
なんで犬がしゃべってんの?
「キェェェェェェアァァァァァァシャァベッタァァァァァァァ!!!」
「そりゃあしゃべるくらい、我には造作もないことだからな。我は銀神白狼――まあ、フェンリルといったほうがわかりやすいだろうか」
「ふぇ、フェンリル……!!!!?!?」
フェンリルっていったら、ゲームとかでもかなり強い上位の魔物だ。
さっきまで子犬だったのに、こいつがフェンリルだっていうのか?
「ど、どういうことなんだ? さっきまであんなに小さくて、かわいらしかったのに……」
「ケガをしていてな。そのせいで魔力が弱まり、元の身体を維持することが難しかったのだ。エネルギーを節約するために、子犬の身体になっていた」
「そういうことなのか……」
「ところで……そんな我を回復させてくれた人間よ……貴様は何者だ?」
フェンリルの金色の瞳が鋭く光り、俺を見据える。
「え、えっと……ただの奴隷商人……?」
「……我をここまで回復させるとは、ただ者ではないな」
重厚な声が響く。
しかし、次の瞬間――。
ぐぅぅぅぅ~~~。
フェンリルの腹が鳴った。
「む……」
凛々しい顔のフェンリルとのギャップがすごい。
さっきまで清ました顔をしていたフェンリルが、少しうつむいて恥ずかしそうにする。
「腹が減っているのか」
「むぅ……どうやらそうみたいだ……恥ずかしいな……」
「よし、ちょっと待ってろ」
俺は屋敷の調理場へ行って、ローリエに簡単な肉料理を作ってもらった。
ローリエの料理は相変わらずはやくて美味い。
そして、俺はローリエ特製のシンシャーニをフェンリルのもとへもっていく。
「よし、食え」
「いい匂いだな……。本当にいいのか? 身体を治してもらったうえに、食料まで恵んでもらってしまって……」
「ま、ついでだ。いいってことよ」
「ふふ、親切なのだな、人間よ」
フェンリルはローリエの肉料理にうまそうにむしゃぶりついた。
一瞬で肉を平らげてしまったあと、フェンリルはしばらく考えこむと、こんなことを言い出した。
「大変美味かった。……よし、我は決めたぞ」
「なにを……?」
「おぬしを主と認めよう。しばらく、主に恩を返すために尽くさせてもらうぞ」
「えぇ……!? 俺に……!?」
「なに、フェンリルの寿命は長い。ほんの暇つぶしさ」
ということで、フェンリルが仲間になった。
奴隷以外で初めて出来た仲間だ。
フェンリルにはフェンと名前をつけて、屋敷の庭で放し飼いをすることになった。
でも、寝るときのために小屋でもつくってやらないとな。
俺はさっそく建築作業をやっている奴隷たちにフェンの小屋を制作するように命令した。
「主よ。またあの美味しい肉をたのむぞ」
ペロリと舌なめずりをしながら、フェンはいう。
「結局それ目当てかよ……」
まあ、あとでローリエにもお礼を言っておくか。
ローリエにも、フェンのことを紹介しないとな。
◆
フェンリルを治療したことで、わかったことがある。
どうやら俺の回復魔法は、動物やモンスターにも有効らしい。
ということは、この能力はまだまだ使えるな。
そういえば、これまでにはあまり動物を治すなんていう発想はしてこなかったな……。
動物も治せるなら、さらに稼ぐ方法はいろいろ思いつく。
俺は家畜を専門に売っている商人に連絡をとった。
「欠損や怪我をした家畜を、殺すまえに俺に売ってほしい。金はそれなりに出そう」
「怪我をした家畜なんて、なにに使うんだい? 食肉にするなら、こっちで殺してからもっていくけど?」
「いや、殺さないでくれ」
「わかったよ。いったいどうするつもりか知らないけど……。まあ、うちは金さえもらえればそれでいいけどね」
俺は、商人から怪我をした家畜を通常より安値で譲ってもらえることになった。
家畜商人のもとには、毎月怪我をした家畜なんかが大量に送り返されてくるそうなのだ。
馬なんかは足をやるともう走れないので、殺されてしまう。
そういった家畜の処分なども、家畜商人の仕事だった。
乳の出が悪くなった牛なんかも、家畜商人がひきとっているらしい。
だが、そんなのはもったいない。
今後は家畜商人が、怪我をした動物を俺のところにもってきてくれるはずだ。
家畜商人としても、食肉として売るよりも儲かるので、喜ばしいことだろう。
俺は家畜商人から家畜を大量に購入し、奴隷たちに運ばせた。
そして屋敷の家畜小屋につなぎ、一斉に回復魔法をかける。
「えい! ヒール……!」
足をやってしまった馬はふたたび走れるようになり、乳の出がわるくなった牛は健康そのものになった。
他にも足を狼に咬まれて失ってしまった犬なんかもいた。
みんな、俺の回復魔法で元通りだ。
「やった!」
それをみていたフェンリルのフェンが、感動のあまり涙を流す。
そして俺にもふもふの身体で抱き着いて来た。
「主……あなたはなんと尊いお方だ……動物たちのためにこんなことをしてくれて……。同じ獣族として、感謝感涙の極み……! さすがは我が見込んだお方だ……!」
「おいおい……大げさだなあ……」
そして俺は、健康になった家畜たちを売ることにした。
別の家畜商人に販売ルートをつくったところ、かなりいい儲けになった。
他にも、馬なんかはそのまま奴隷を買いに来た貴族におまけで売ってやったりもした。
買った奴隷を馬にのせて帰れば、一石二鳥だからな。
なによりも、動物が傷ついているのは、見るに堪えない。
俺はたくさんの動物を救えたことで、少し気分がよくなった。
家畜の世話は、たくさんいる奴隷たちに任せておいた。
奴隷たちも父のもとで怒声をあびながら雑用をさせられるより、家畜の世話のほうがいいみたいで、みんな楽しそうにやってくれている。
犬なんかと触れ合うと、奴隷も心が落ち着いて、気の紛れになるようだ。
「エルド様、この犬……昔、私の村で飼っていた犬とそっくりです」
奴隷の少年が犬の頭を優しく撫でる。
「こいつも傷ついていたが、もう大丈夫だ。お前が世話してやれ」
「はい……ありがとうございます……!」
大型の犬は躾けると、奴隷たちの手伝いまでしてくれるようになった。
他にも、馬は資材を運んだりに使えるので、安く大量に入手できて、かなり助かった。
奴隷たちの仕事も、かなり効率化できて、楽になったみたいだ。
みんな、家畜の充実に喜んでいた。




