第15話 ハイエルフの秘伝のタレ★
【side:マシアス】
私の名前はマシアス。
ハイエルフの女だ。
ハイエルフというのは、古来より存在する由緒ある種族で、エルフよりも何倍も長生きだ。
ハイエルフと人間の混血が進んでできたのがエルフだという説もある。
とにかく、普通にイメージされる長寿で魔法が特異というイメージは、私たちハイエルフの特徴だ。
ハイエルフたちは基本、プライドが高く、エルフや人間を見下している。
まあ、生きている時間もなにもかも違うのだから、無理もない。
それは私も同じだった。
私は、ハイエルフの街で暮らしていて、老舗の料理屋で働いていた。
そこではなんと、5000年にもわたって継承されてきた秘伝のタレを使っているのだ。
そんな長い時間伝統を守ってこられるのは、私たちハイエルフの寿命が長いからだ。人間だと、50年の伝統ですらすごいと言われるからな。
5000年にもわたって、私たちの店「長耳亭」は同じ味を守り続けてきた。
それは新人である私にとっても誇らしいことだった。
しかし、ある日のことだ……。
私は、その秘伝のタレをすべて台無しにしてしまったのだ。
私は昔からドジでのろまで、いつかとんでもないことをしでかすんじゃないかと思っていたけど、まさかこんなことになるとは……。
秘伝のタレは何重にもわけて保管してあったのに、私の不手際でそれらすべてをダメにしてしまった。
あり得ない……。
「わあああああああああ!?」
「おいお前、なにやってんだ……!?」
当然、そんなことをしでかした私はクビになった。
それどころか、ハイエルフの伝統と名誉を汚したということで、裁判にまでかけられた。
わざとやったのだとか、ダークエルフのスパイだとか、さんざんないわれようで、友達や家族にも罵倒された。
当然だ。私も自分のしでかしたことの大きさをわかっている。
だって5000年もの伝統を汚したのだから。
私はハイエルフの国を永久追放されることになった。
しかも、私の大事な舌を切り落とされてだ。
料理人を目指していた私にとって、舌を切り落とされることは死ぬよりも辛いことだった。
ハイエルフたちはプライドが高く、基本は他種族と一緒には暮らさない。
私は他の国にいこうにも、行く当てがなかったし、どうしたらいいかわからなかった。
そうして放浪しているうちに、奴隷狩りにつかまったのだ。
「へっへっへ、ハイエルフの奴隷なんて珍しいぜ」
私のような綺麗なハイエルフの奴隷は、たとえ舌がなかろうと、それなりの高値で売れるのだろう。
もう人生に絶望していた私は、どうにでもなれと思っていた。
◆
【side:エルド】
ある日知り合いの奴隷商人から連絡があった。
なにやら珍しい奴隷が手に入ったようなのだ。
しかも、かなり高額で売りにだすつもりなのだとか。
俺は興味を持って話をきいてみた。
すると、その奴隷は舌をなくしたハイエルフの奴隷なのだという。
ハイエルフの奴隷なんて珍しい。
俺の回復魔法なら、そいつの舌を治してやれるかもしれんな。
それに、俺の回復魔法がハイエルフに通用するのかも試してみたい。
ハイエルフは魔法についてとても詳しい。
もしハイエルフに恩を売ることができたら、いろいろと魔法について教えてもらえるかもしれないしな。
俺の回復魔法が、さらにレベルアップするかもしれない。
ということで、俺はそのハイエルフを買うことにした。
少々値ははるが、ハイエルフの奴隷なんてめったにお目にかかれるものじゃないしな。
俺がハイエルフのマシアスを家に連れて帰ると、彼女は絶望に満ちた表情で言った。
「くっ……殺せ……。それか、慰みものにするつもりならそうするがよい。私は人間なんぞに犯されても、このハイエルフの高潔な魂まではけがれないことを知っている」
「なにを言っている。そんなことはしない。舌を出してみろ」
「え……? 舌……?」
「いいから、治してやる」
俺が回復魔法をかけると、マシアスの舌は綺麗に治った。
「驚いた……人間なのにこんな回復魔法を……。ハイエルフの私にすら、ここまでのものは無理なのに……。と、とにかく、ありがとうございます。私の舌を治してくれて……」
「俺は回復魔法が得意なんだ。お前はなにが得意なんだ……?」
「わ、私は……料理が得意です。けど……」
「けど……なんだ?」
「それが……」
すると、マシアスは自分がこうなった経緯を俺に話してくれた。
マシアスはハイエルフが5000年守り継いだ秘伝のタレを失わせてしまったのだ。
それはまあ、仲間たちも怒るだろうな……。
なにも舌を斬るのはやりすぎだと思うが……。
「だから、私はもう料理はしないほうがいいと思うんです……」
「なぜだ?」
「また同じような失敗をしてしまうかもしれません。せっかく助けてもらったのに、エルド様の脚をひっぱるようなことはしたくありません……」
「だめだ。お前は料理を作れ」
「なぜですか……!? 他のこともできます」
「奴隷にはそれぞれ役割があるからな。得意なことを得意なやつにやらせるのが一番効率がいいんだ」
「でも……」
それに、秘伝のタレがなんだという話だ。
ここは人間の国なんだから、ハイエルフの国とは違う。
人間の寿命は短いんだ。
「なあ、お前は何歳まで生きられるんだ?」
「人間でいうと……あと200年は生きられます」
「なら問題ない。今からお前が新しいオリジナルのたれをつくればいいだけだ。そうすれば、数年後には50年の伝統のタレになる。それもお前一代でな。もしこぼしたりしたら、また作り直せばいい。人間の寿命は短い」
「ご、ご主人様……。あ、ありがとうございます。そうですよね。私はもうハイエルフの国では暮らせない。だったら、人間の国で生きるしかない。なら、今からでも遅くない……!」
「ああ、そういうことだ。お前の新しい伝統を作っていけばいい。人間にとっては10年でも20年でも長い年月だ。だから、お前にとっては短い伝統でも、人間にとっては価値がある。ハイエルフのつくる料理なんて珍しいから、きっとみんな喜ぶぞ」
俺はマシアスにしっかりものの奴隷たちをサポートでつけて、料理屋をひらかせることにした。
マシアスのハイエルフ料理専門店「温故知新」はたいへん繁盛した。
俺もおかげで、たくさん儲かった!




