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第13話 鼻のない料理人★


 市場にて。

 鼻のない奴隷がいた。

 名前はローリエ。


 顔の中央にぽっかりと穴が開いていて、肌は焼け爛れた跡が残っている。

 鼻がないだけでなく、片目もほとんど塞がっており、まともに見えているのかすらわからない。


 俺は店主に話しかけて、ローリエについて詳しくたずねた。


「この奴隷にはなにができる?」

「へぇ。なにもできませんよ。料理人だったとか言ってますけどねぇ」

「料理人?」

「ええ。でもね、ご主人様、考えてもみてくださいよ。料理人ってのは、香りや味を確かめるのが仕事でしょう? 鼻がきかねぇんじゃ、まともな料理なんか作れるわけない。」

「たしかにな……」

「しかも、こいつの言うことが本当かどうかも怪しい。たまたま本で読んだだけの知識を並べてるんじゃないかって話ですよ。一応、スパイスの種類には詳しいみたいですが……」


 スパイスを得意とした料理人はさまざまな種類のハーブを嗅ぎ分けて、それによってハーブの種類や状態を確認するという。

 他にも調合には鼻や目が大事だ。

 けど、ローリエは目も鼻も潰れていて、ほとんど見えていないのだろうし、ほとんど臭いもしないのだろう。

 それなら、役に立たないのも仕方ないと思うが……。

 

 ふと、俺は確かめてみたくなった。


「ローリエ、お前、本当にスパイスのことを知っているのか?」


 すると、ローリエは静かに頷き、ボソッと呟いた。

 

「……知っています」

「ほう?」

「スパイスの調合も、香りの組み合わせも……ちゃんと覚えています」

 

 店主は鼻で嗤っていた。

 まあ、俺が治して真実を確かめればいいだけのこと。

 それに、こいつの目はつぶれているが、その奥に光る眼光は、いい眼をしている。

 こいつの作る料理とやらが、どんなものか、俺は食べてみたくなった。


「ほらね、怪しいもんですよ」

「まあ、そうかもな。それでもいい。買おう」

「いいんですか? ありがとうございます。まいどあり!」


 俺は見てみたくなったのだ。

 ローリエのスパイスの知識がどれほどなのか。

 もし鼻が生きていれば、どれほど役に立つのだろうか。


「ローリエ、よろしく」

「よろしくお願いいたします。ご主人様」


 


 

 俺はさっそくローリエを屋敷に連れて帰る。


「もし鼻が治ったら、うれしいか?」

「もちろんです。それはもう、涙を流すほどに」

「では、治そう」

「え……?」


 俺は静かに手をかざし、ヒールの光を放った。

 眩い光がローリエの顔を包み込む。


「……あ……あぁ……?」


 震える声が漏れた。


 目の前で、ローリエの肌が再生していく。

 失われた鼻が形成され、塞がっていた瞼がゆっくりと開いていく。

 彼女の瞳が光を映し始めた瞬間――。


「あ……! 見える……見えます……!! それに、鼻も……!」


 彼女の頬に、大粒の涙が次々とこぼれ落ちる。


「あ、ありがとうございます! ほんとうにありがとうございます!」

「礼はいい。それよりも、スパイスの知識があるのは本当なんだろうな?」

「もちろんでございます」

「よし」


 俺はローリエを倉庫に連れていった。

 そこで、試すことにする。


「ローリエ、この倉庫にはさまざまなハーブが備蓄されている。だが、どこになにがあるかわからん。この中から特定のハーブを持ってこられるか?」

「はい、可能です。おかげさまで、鼻が完全に治りました」

「よし、ユリモネク草をとってきてくれ」

「はい……! これです」

「はやいな……」


 なんとローリエは一瞬でユリモネク草のありかを見つけ出し、俺に手渡した。

 たしかに鼻がきき、スパイスの知識があるというのは本当らしいな。

 これは使える。


「試しに料理を作ってみてくれ。この倉庫にあるものならなんでも使っていい」

「わかりました」


 ローリエは真剣な目をして、倉庫を見渡した。

 すると、すぐに香辛料やハーブを手に取り、次々と香りを確かめ始める。


「なるほど……この国の食材は、少し甘みが強いですね」


 そう呟くと、彼女は迷いなく肉を仕込み始めた。

 スパイスをすり潰し、肉にすり込む。

 香ばしい匂いが、部屋中に広がった。


「シャンシャーニ、完成しました」


 目の前に置かれたのは、見たこともない異国の料理。


 黄金色に焼かれた肉は、スパイスの香りが立ち上り、鼻をくすぐる。

 ナイフを入れると、肉汁がじゅわっと溢れ出す。


「ほう……これは期待できそうだな」


 俺は一口、肉を口に入れた。

 途端に、複雑な味わいが舌の上で踊る。

 甘さと辛さ、酸味と香ばしさが絶妙なバランスで調和している。

 これは……すごい。


「これは美味しいぞ……!」


 俺が驚きの声を上げると、ローリエは涙ぐんだ。


「よかった……私、料理をして、こんなに褒められたのは、久しぶりです……」

「よし、ローリエ。お前はこれから奴隷たちのまかない料理を担当してくれ」

「え……? そんな……いいんですか……? 私を……?」

「もちろんだ。これならみんな喜ぶだろう」


 奴隷たちのモチベーションを保つのも奴隷商人の立派な仕事だ。

 ローリエの料理なら精もつくし、みんなのやる気につながるだろう。


「うれしいです……。私、本当に料理が大好きだったんです」

「これからは、たくさん料理ができるな」

「ありがとうございます……ありがとうございます……」


 どうやらローリエは、昔、料理に失敗して、炎魔法で大けがを負ったそうだ。

 そのせいで、鼻や目が焼けただれていたんだな。

 自分の料理で怪我をして、一時は料理そのものを恨んで、ものが食べられなくなったりもしたそうだ。

 けど、これでそのトラウマが解消されたなら、本当によかったと思う。

 失敗した経験は、大好きなものまで失わせてしまうからな。

 これからは少しでもいい料理を作って、いい思い出に変えていけばいいだろう。


 こうして、ローリエは屋敷の料理人としての役割を得た。


「私、本当に料理が大好きだったんです」

「これからは、たくさん料理ができるな」

「はい……! もっと、もっといろんな料理を作ります!」


 彼女の瞳には、久しぶりに光が宿っていた。


 もう、自分の料理を恐れない。

 これからは、たくさんの人を笑顔にするために、料理を作っていく。


 そんな決意を込めたような、眩しい笑顔だった。

 

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