第1話 破滅しかない
「くそぉ……!」
転生したのがゲームの悪役だったなんて、最悪だ。
しかも、どのルートでも死ぬ運命の悪役に――。
よりによって、破滅必死の悪役……ふざけるな……!
そのことに気づいたのは、12歳の朝だった。
鏡に映った顔を見て、俺は思わず呟く。
「……あれ、この顔、知ってる」
ひどく人相の悪い顔だ。悪人が染みついている。目つきが悪い。
俺はそんな自分の人相に見覚えがあった。もちろん、前世での記憶だ。
「そういえば、死ぬ前によくプレイしていたゲームのキャラに似てるわ……ああ、あいつだ」
朝、鏡で顔を洗いながら、そんなことに気づく。
しかしゲームのキャラとはいっても、それは決して主人公などではなかった。
【エゴイスティック・ファンタジー】――リアルなグラフィックと多岐にわたる深いシナリオが評判の、本格ダークファンタジーRPGの金字塔的タイトルなのだが……。
エルド・シュマーケンといえば、その中に出てくる、破滅フラグ必死の悪役貴族キャラなのだった。
ラスボス直前に出てくるボスで、厄介な魔法を使ってくる。なので、ラスボスよりも強いんじゃないかと噂されるほどの強キャラだった。
「あ、じゃあ俺もそのうち死ぬのかな……?」
齢12歳にして、俺は自分の死期を悟った。
「このキャラ、どのルートでも悲惨な目にあって死ぬんだよなぁ……。まあ、そういう奴だししゃーない……」
エルドはゲームの中で、プレイヤーがどのルートを選んでも、死んでしまう運命にあった。
主人公に対する最凶の悪役として現れ、見事に倒され、死んでいく。まさに噛ませ犬としては、ばっちりな死にざまのキャラだった。
いわゆるヘイトキャラというやつだ。
主人公を散々追い詰め、汚い手を使い、最後は壮絶に散るヘイトキャラ。まさに悪役の鑑みたいな奴だった。
だがしかし、そんなエルドに転生してしまった今、俺は死ぬわけにはいかない。
せっかくこうしてゲームの世界に転生したんだから、当然だよな?
「だったら、いっちょ破滅回避めざしてみますか!」
俺は、小説とかでいろいろと読んだことがある。
こういう破滅ルートしかないキャラに転生した場合でも、やりようによっては生き残れたりもするもんなのだ。
まだ前世の記憶が戻ったのが、この歳でよかった。
エルドが死ぬのは、もっと大人になってからのはずだからな。
考えよう。自分がどうすれば、生き残れるのかを――。
◆
世は大奴隷時代――。
あらゆる貴族が奴隷を買い、あらゆる商人が奴隷を取り扱っている――そういう時代だった。
そんな中において、シュマーケン家は、代々奴隷商人の家系だった。
ゲームの中のエルドは、それはもう酷い男だった。
いくら奴隷とはいえ、普通扱いってもんがあるだろう?
ましてや商人からすれば、奴隷も大事な商品だ。そんな商品を自ら傷つけたり、その管理を怠ったりするようなやつは商人失格。だけど、エルドはまさにそういうやつだった。
そのせいで、エルドは最後、破滅してから、元奴隷たちからひどい扱いを受けるんだ。
手足がちぎれても治療してもらえずに、死ぬまでこきつかわれる。
最後は悲惨な欠損奴隷として、その生涯を終えることになる。
俺は、そんな未来はごめんだ。
「そういえば、エルドってどのルートでも欠損奴隷になってたっけ……」
ということは、自分で手足を治療できれば問題ないのでは……?
俺は、単純にそう考えた。
「そうだ!死なないために、今から回復魔法を修行しよう!」
まだ俺は12歳だ。魔法の適性なんかも固まっていない。
今からなら、そこそこの回復魔法を身に着けられるんじゃないのか?
ゲームのエルドは、暗黒魔法や奴隷魔法、その他悪さに使えそうな魔法ばかりを使うキャラだったっけ……。
まあ、元のエルドの性格からすればそうなるんだろうな。
だが、俺は死にたくないから、自分のために回復魔法を勉強することにするぜ!
エルドのもともとの魔法適正や才能を考えれば、それくらい容易いだろう。
これでも一応、ボスの中では最強格として登場するんだ。そんじょそこらのモブよりは才能もあるだろう。
まして攻撃魔法とかに費やす才能を、全部回復魔法に費やしたりなんかしたら……いったいどうなるんだ……!?
もしかしたら、俺は最強の回復魔法使いになれるかもしれないじゃないか!
その日から、俺の回復魔法の修行が始まった。
◆
幸いなことに、シュマーケン家はけっこう――いや、かなり裕福な家庭だった。
奴隷商として、かなりの成功を収めていた。
そのおかげもあって、家にはたくさんの本があった。
一度大人まで人生をやってる俺にとって、本の内容を理解することはそれほど難しいことではなかった。
まずは試しに、回復魔法を実際に使ってみることにする。
とはいってもそのためには怪我をする必要があるよな。
「よし、自分で腕を切ろう」
俺はナイフで腕に傷をつけてみた。
このくらい、別に死にはしないんだから、かまわない。
破滅回避の修行のためなら、なんてことのない痛みだ。
元々の俺は別にそれほど痛みに強いほうではないのだが、これはエルドの性格なのかな?
なんだか血を見ても、なにも動揺しないし、痛みもそれほど恐怖に感じない。
これは便利な身体だな……。
俺は手首から血を流しながら、本を読み進める。
回復魔法を使うには、祈りの力が重要らしい。
祈る気持ちが強いほど効果が増すとも書かれていた。
とにかく治したい人のために、祈るのだそうだ。
と言っても、俺ってそんなに善人じゃないからな。
治ってほしいと他人のために祈るのは、あまり得意じゃない。
「だったら、自分のために祈ればいいんじゃないか? 別に、治ってくれという祈りじゃなくても、違う祈りでもいいんじゃないか……?」
そう考えた俺は、『なにがなんでも、破滅回避できますように……!』という風に祈った。
俺のその強い祈りが通じたのか、傷はみるみるうちにふさがった。
血が逆流するように傷口が閉じていった。
ピリピリとした痛みが走るが、確かに治っていく。
「よし……! これならいける……!」
俺は絶対に破滅して死ぬのなんてごめんだった。
だから、その祈りを利用したのだ。
これなら、俺でも回復魔法を使えるぞ……!
本来のエルドの性格なら、祈るなんてキャラじゃないし、絶対に回復魔法なんて使えなかっただろうな。
俺はそのちょうしで、自分で自分を切りつけては、治してを繰り返して、日々練習を積み重ねていった。
12歳から回復魔法だけに専念しているおかげで、サクサク学習が進む。
正直、初めて勉強を楽しいと思えた。
「あれ、もしかして俺、回復魔法の適性けっこうあるな?」
ゲームのエルドにこんな回復魔法の適性があるとは、思わなかった。イメージが違いすぎる。
これはエルドのもともとの魔法適正自体が優れているということなのかな。
まあ、元のエルドは性格的にも絶対回復魔法なんか覚えようとはしなかったのだろう。
それにエルドは真面目に修行するような奴でもないしな……。
だが俺がこうやってちゃんと回復魔法を身に着けておけば――将来破滅したときに、自分で自分を治せる!
正直、この作戦は完璧だと思った。最強クラスまで回復魔法を身につけておけば、あらゆる状況に対処できる!
◆
「自分だけじゃ回復魔法の修行も限界だな……」
それに、祈りの力が他人を治療するときにも使えるのか、試してみたい。
そう思った俺は、誰かけが人を探すことにした。
シュマーケン家では、とにかくけが人に事欠かない。
どういうことか――。
「このウスノロめ! 使えない奴隷だ! 死ね!」
「ひぃ! 旦那様、お許しを……!」
ちょうど、今日も奴隷の一人が父に虐待を受けている。
エルドの父であるドフーン・シュマーケンも、またひどい性格の持ち主だった。
いくら奴隷とはいえ、まるで人間扱いしていない。ストレスのはけ口に、自分の奴隷を使っていた。
俺は殴られていた中年の奴隷に、あとから話しかける。
たしかこいつは、ハンスという名前だったっけな……。
「おい……ハンス」
「ひぃ……エルド坊ちゃま……! 殴らないでくださいまし……!」
「殴らないよ……」
まったく、元のエルドはいったいどんな行動をしていたんだよ……。まだ12歳だってのに、邪悪なもんだな。ま、そんなんだからロクな目にあわなかったんだけど。
「俺が回復魔法で治療してやるよ。動くな」
「え……? あ、ありがとうございます……?」
俺が『破滅回避のために、この奴隷を治したい!』と強く念じると、ハンスの傷は綺麗にふさがった。
やった! 成功だ。
どうやら俺のために祈ったとしても、他人を治療することも問題なく可能らしい。
「ほい、これで動けるか……?」
「坊ちゃま……お優しいのですね……」
「俺は優しくない。これは自分の練習のためだ」
そうだ。俺は別に優しくなどない。本当に優しいやつなら、今すぐ奴隷をここから逃がしてやるだろう。
だけど、そんなことができるような状況でもないし、するつもりもない。
父に奴隷を殴るのをやめさせるような面倒なことをする気もない。
ただ、これは将来の俺のために、回復魔法の練習台にしただけだ。
だから、俺は決して優しくなどはないのだ。
不思議なことに、元のエルドの性格が乗っかっているのだろうか。俺の中から、優しさや同情といった感情が薄れているのを感じた。
まあ、そんなことはどうでもいい。俺は、俺が生き残るためにベストを尽くすまでだ。
ふと、治療してやったハンスの顔を見て思い出す。
そういえば……破滅したあとにコイツに仕返しされるんだったよなぁ……。
本来ならエルドは破滅して奴隷の身分に落とされることになる。
そのときに、エルドは今までの仕返しとばかりに、奴隷仲間たちからひどい仕打ちをうけるのだ。
まあ、回復魔法でそうならないようにはするつもりだけど……。
一応、媚びを売っておこう。
「おい、また父に殴られたら、俺のところにこい。治してやる」
「あ、ありがとうございます……! やっぱり坊ちゃんはおやさしい!」
こうして、俺の回復魔法はすくすく成長していった。
◆
【side:奴隷のハンス】
その日も、俺はいつものように旦那様から酷い仕打ちを受けていた。
俺はただ少しいつもと違う順番で作業をしただけなのに、それが旦那様の不興を買ったようだ。
「このウスノロめ! 使えない奴隷だ! 死ね!」
「ひぃ! 旦那様、お許しを……!」
俺が旦那様に殴られるのは、いつものことだった。
文句を言ったり反抗すれば、より酷い目に合うだけだ。
俺はいつもただ黙って耐えた……。
日に日に、俺の中で奴隷商人たちに対する憎しみが募るのを感じていた。
こいつらは俺たち奴隷を人間とは思っていない。最低の奴らだ。
俺のほうこそ、こいつらなんかは人間とは思えないね。悪魔だ。
俺は奴隷商人が憎い。
もし自由を得たら、あいつらに復讐してやると誓っていた。
あいつらを地獄に堕として、同じ目に合わせてやるんだ。
そうやって頭の中で復讐の方法を考えていると、辛い毎日もなんとか耐えることができた。
その日は殴られたあとに、旦那様の息子であるエルド様から声をかけられた。
最悪だ……また殴られる……。しかも、こんな子供に。惨めだ。
「おい……ハンス」
「ひぃ……エルド坊ちゃま……! 殴らないでくださいまし……!」
「殴らないよ……」
だが、その日はなんとも不思議なことに、坊ちゃまは俺を殴らないと言ったのだ。
いったいどういうことなんだ……?
そして、それどころか、坊ちゃまは俺の腕を見て、こう言った。
「俺が回復魔法で治療してやるよ。動くな」
「え……? あ、ありがとうございます……?」
なんと、坊ちゃまはまだ子供だというのに、回復魔法で俺の傷を治してみせたのだ。
性格が悪いだけのクソガキだと思っていたが、まさかこんな才能があったとは……。
それにしても、なんで俺のことなんかを治してくれたのだろうか……?
もしかして、本当は優しい子なのか……?
そうだよな、こんな子供が、あんな邪悪なはずがない。
親がアレだから、ちょっと生意気に育ってしまっただけなのだ。
きっと大きくなってきて、正義の心が目覚めたのに違いない。
「ほい、これで動けるか……?」
「坊ちゃま……お優しいのですね……」
「俺は優しくない。これは自分の練習のためだ」
坊ちゃまは、そんなふうに言うが、きっと俺に気をつかわせないために言っているのだろう。
そういったところも、本当にお優しい方だ……。
それに、仮に練習台でもなんでもいい。
傷が治って、俺は今すごく身体が楽なんだ。
これで明日も働ける。
「おい、また父に殴られたら、俺のところにこい。治してやる」
「あ、ありがとうございます……! やっぱり坊ちゃんはおやさしい!」
その言葉を聞いて、俺は確信した。
この方は、将来きっと素晴らしい奴隷商人になる。
こんなふうに奴隷を気遣い、人間扱いしてくれる人こそ、奴隷商人になるべきなのだ。
旦那様、いや……ドフーンのような悪魔には、奴隷商人の立場はふさわしくない。
きっとこの子があとを継いだほうが、いい待遇になる。
それまで、もうしばらくの辛抱だ……。
そして俺は誓った。
もしこのエルド様になにか危機が訪れたら、そのときはきっと俺が力になろうと。
他の奴隷たちがエルド様に牙を剥くようなことになろうとも、俺だけは最後まで味方になろうと思う。
なんとかこの優しさに報いたい。
普段奴隷は優しくされることなんて一切ない。
だからこそ余計に、この優しさが俺に染みたのだ。
それだけで、俺は明日も元気に働ける気がした。
お読みいただき、ありがとうございました!
少しでも面白い! 続きが読みたい! と思っていただけたら、
『ブックマーク』と広告下の【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】にしていただけると幸いです!
評価ボタンは、モチベーションに繋がりますので、何卒応援よろしくお願いします!