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理は呪いで

 







 こうしてあたしは勇者(オッドん)のお役目に立ち会うべく。

 バケモノが出現しそうなとき―――あたしはバケモノ予報と名付けた―――は例え深夜だろうとも早朝だろうともオッドんの傍へと駆け付けた。

 確かにそこで出現するバケモノはゲームやアニメなんかとは違う生々しい不気味さと恐怖さを持っていて。

 毎度あたしの足は竦んだ。思わず狼狽えるし震えはいつまでたっても止まらなかった。


「―――爛々と燃ゆる炎の精霊よ、我が剣にその猛りを宿し給え」


 けれど、あたしの傍にはいつもオッドんがいた。オッドんの隣にいれば、なんにも不安になることなんてない。

 流石は魔王を倒した勇者ってだけあって、どんなに凶暴そうなバケモノが出現してきても、彼はあっという間にそれらをなぎ倒していった。

 

「いつ見てもカッコイイよね、その魔法? みたいなの」


 塵芥のようにバケモノが消えていくのを確認してから、あたしはオッドんの傍へと駆け寄る。

 オッドんは汗一つ流していない何食わぬ顔で、手にしていた大剣を何処かへと消し去った。


「魔法、か…確かにこの世界の言葉だとそうとも呼べるかもしれないが……俺が使っているこの(スキル)は、それとは少し意味合いが違う気がするな」


 そう言いながらオッドんはあたしが手渡したペットボトルを受け取るとキャップを外して一口、水を飲み込む。


「魔法の詠唱というのは平たく言えば発動条件であったり契約の合図だったりすると思うが……俺が元々いた世界で使っていたこの(スキル)は何よりもその()()に心を込めることが重要なんだ」

「言葉に?」


 説明するより見て貰った方が早いと、オッドんはおもむろにペットボトルを逆さまにした。

 キャップが外れていたペットボトルからはタプタプと水が地面へと零れ落ちていく。

 少しだけ無言でそれを見つめるオッドん。

 しかし次の瞬間―――。


()()()()()!」


 オッドんの掛け声と同時に零れ落ちていた水はピタリと、まるで時が止まったかのように動きを止めた。


「すごっ!」

「言霊という言葉があると思うが、要は文言自体に決まりはない。強い願いを言葉に乗せて発することで(スキル)が発動される。だから魔法というよりは«呪文»や«(まじな)い»と呼ぶ方がしっくりくるんだ」


 時間が経つとペットボトルの水は動き出してビチャビチャと地面を濡らした。

 地べたに広がっていく水溜りを眺めた後、あたしは顔を上げるなり歓喜に湧いた。


「なんか『言葉に心を込める』とか、ファンタジーっていうよりはメルヘンよりな感じだけど…でも凄いじゃん! じゃあさ、オッドんの世界に行ったらあたしも『いたいのいたいのとんでいけー』って心を込めたらホントに傷とか治しちゃえる?」


 あたしは至って真面目に聞いていたはずなのに、オッドんにしたらあたしの言動は可笑しかったらしく。

 何故だか突然破顔して彼は笑い始めた。


「俺の(スキル)じゃなくて俺の世界の方に関心を持つ者なんて…お前が初めてだったから…つい、な……」

「えー、だって『空を飛べ』って叫んだら空だって飛べるってことでしょ? それって楽しそうだけどすっごいヤバい世界かもって思うじゃん」


 あたしは少しだけ口先を尖らせてそう呟く。すると、オッドんはその笑顔を解いて、言った。


「俺としてはこの異世界の方がもの凄く恐ろしい。感情も願いも心も無い言葉が、人を意図も容易く貶められるだからな…」


 静かに歩き出していくオッドん。

 その真剣な横顔を見て、あたしは慌てて隣に並んで叫んだ。


「あ、あたしはそんな言葉使わないからね! 人傷つける発言とか絶対しない!」


 後々冷静になってみればこんなタイミングで言う台詞じゃなかったなって、思う。何を考えてたんだか、あたしは。

 多分、彼のその顔が何処か怒っているようにも見えたからかもしれない。

 突然の、脈絡のないようなあたしの言い訳に、流石のオッドんも『何を言っているんだ』という少し呆れた顔をしていた。

 けれど、オッドんのその表情は少しだけ意味合いが違っていた。


「何を言っているんだ…出会った当初は散々俺に言っていただろう」

「え、えっ!?」


 思わずあたしは足を止める。

 自分の胸に何度聞いても、このときのあたしには心当たりなんて一つもなくて。


「もしかして…()()()()てあだ名ホントは気に入らなかったとか!? ご、ごめん…だったら今すぐ改名するから」


 そう言って頭を下げて謝罪することしか出来なかった。


「いやそこじゃないんだが……あだ名の件に関してはもう過ぎたことだ。それに、今となってはそのあだ名があって良かったと思っている」


 意外なオッドんの言葉に、あたしは急いで顔を上げた。


「え?」

「その過去があるおかげで、今こうして«友達»になれたんだからな」


 その言葉と微笑みは、まるで大爆発のような衝撃をあたしに与えた。

 破壊力がありすぎて、自分がどんな表情で、どんな顔色になったかなんてもう覚えてはいない。

 てか、彼がイケメンだってことをあたしはそのときまですっかり忘れていた。


「友、達…」

「先にそう言ったのはお前の方だぞ、花濱咲寿。自分で言った(まじな)いには責任を持て」

 

 彼は至って真面目なんだろうけれど。あたしにしては意地悪にしか聞こえなくて。

 あたしは顔中どころか耳の先まで真っ赤になりながら、オッドんと一緒に深夜の町中へと消えて行った。









『―――あと、もう少し』


 どこからともなく聞こえてきた、そんな空耳を心の片隅に残しながら。







   

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