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第九話「マルテと魔術」

「次はマルテのおもり、レドッグにやらせてよ。私も戦いたいー」


 次の勇者の作戦会議になって、ファンファニフは一つ不満を述べた。


「戦場の全体把握するサポーターの俺が下がって、戦場荒らしのお前が入ったら大惨事になるわ」

「ならないし! 私だってちょっとは周り見て動けるって!」

「まあ確かに、レドッグなしでファンファニフだけだと色々と地盤から歪みそうだな」

「ヴェンデルまで!」


 一両目のメンバーの三人はヴェンデルが高火力で敵を制圧する前衛中心で、ファンファニフは猛攻を特徴として猪突猛進にいく前衛型、レドッグは後方で戦況を把握して危険な者たちのサポートに入っている後衛型である。


 レドッグは中衛も前衛もできる器用さを持つが、ファンファニフにはそこまで器用なことができなかった。


「前衛を削るならヴェンデルくらいしかいないが……アンタこそ居なくなったら勝てる確率自体が減るし。他の車両の連中に元人間のおもりを任せるのもな」

「……仕方ないな、俺が一緒に連れて戦う。一応は俺の眷属だしな」


 ヴェンデルは小さくため息をついてマルテへ視線を移す。


 しかし魔族化させたとはいえ、彼女は別の世界から来た、中身はただの人間である。

 訓練なしに戦場に出してすぐに戦えるわけがない。


「マルテ、悪いが俺と一緒に戦場に来てもらう。その体にもまだ慣れていないだろうから戦わなくていい。結界を張るからそこで戦いを見ていろ。ちょうどいい機会だ。戦いながら魔術の使い方を教えてやる」

「魔術っ! わかりました!」


 マルテは魔術と聞いて表情が明るくなり、わくわくした様子で言葉を返した。


 ゲームの演出でなら魔法の類を見たことはあるが、この世界の魔法というものに期待感を寄せていた。


 しばらく走って四体目の勇者に近づき人間の群れが見え始めると、勇者の魔術射程圏内に入る前に壊掃電車が停まる。

 会員たちが下車して人間や戦士の方へと流れていき、ヴェンデルもマルテを連れて外に出た。


「背中に意識を集中させてみろ。羽が出るはずだ」

「わ、分かりました」


 指示を受けてマルテは目を閉じて拳を握り背中へと意識を向ける。


 熱が背中に集まっていく感覚がして、服の破れる音と共に背中から黒い羽が生え伸びてきた。

 それと同時にマルテの身体が浮遊し、地面から足が離れる。


「凄い、羽で飛んでる! ヴェンデルさん見て! 私飛んで……え、あれ、止まらな、アァァァ!?」


 マルテは浮遊して嬉しそうにはしゃいでいたが、上昇が止まらず羽が勝手に動いて勢いよく上へと飛んでいった。


 彼女の叫び声がする上空を見上げながら、「あー」とヴェンデルは気の抜けた声を出す。


 通信魔術を発動させ、ヴェンデルの前とマルテの耳元に魔法陣が出現した。


「忘れてた。魔族の羽は魔力で制御するか意識で制御するから、けっこう集中しないと降りられなくなるぞ」

「それ先に言ってくださいよ!! 意識集中って、やってるけど全然降りるどころか上ってる! ちょ、助けてええ!」


 上からマルテの叫び声が聞こえるなか、ヴェンデルは溜め息をついて彼女を結界で覆った。


 するとマルテが徐々に下に降りてきて、少し上の方で停止する。

 どうやら結界でマルテの羽に巡っている魔力を制御しているらしい。


「慣れるまではこれで行くしかないな」

「な、なんかシャボン玉の中に入ったみたい……」


 ヴェンデルは羽を出さないまま飛行魔術でマルテの隣までくる。

 他の会員たちの戦況を確認しながら、マルテを連れて戦士の近くまで向かった。


「まずはそうだな、魔法陣を覚える必要がない魔力砲でも教えるか」


 ヴェンデルは戦士から近すぎないところで止まり、離れたところから勇者の魔術が来て結界を張って弾く。


 魔術を防御しつつ実際に戦士の方に手を出し魔力砲を撃ちながら、マルテにこの世界の魔力と魔術について解説をした。


「この世界の生命体には、体の中に魔導と呼ばれる魔力を流す管みたいなものがある。まあ血管の魔力版だと思ってくれればいい」

「け、血管ですか」


 ヴェンデルの手から魔力砲が放たれ戦士たちの巨体に風穴が開き爆音を鳴らす。

 マルテは敵を粉砕しながら説明されて思わず苦笑いしていた。


「一番魔力が貯まりやすい太い魔導は心臓と脳、そして指先だ。マルテ、手を前に出してみろ」


 試しに魔力砲を撃たせるため指示をする。

 マルテはそれに従って手を前にやり、力みすぎずに軽く手の力を抜いて指を開いた。


「目を閉じて意識を手に向かわせ、血液が流れるイメージをそのまま魔力に置き換えろ。指先、人差し指に意識を一点集中させるんだ」


 マルテが目を閉じ人差し指の先へと意識を集中させる。

 すると大気中に飛散していた魔力が波を打ち始めた。


(大気中の魔力が共鳴している……?)


 魔力は不可視だが、ヴェンデルのように一部の魔族は魔力の流れを感知できるらしい。

 周囲の魔力の変化に彼は少し驚きの表情を浮かべた。しかし気を取り直して説明を続ける。


「今から前方にいるデカブツ、勇者を撃つ。勇者の肉体がかければ凄いもんだが、最初は魔力砲を出せて当てられれば良好だ」


 二人の前方の少し離れた場所に勇者がおり、魔術を放ってくるがその度にヴェンデルが結界を張って弾いていった。

 そのままマルテの手を取って勇者の方へと向けさせる。


「このまま、指先が紙で切れた時を思い出せ。そこから出た血液が指先の下で雫が溜まるのを想像しろ。その血の代わりが魔力だ。その雫が魔力の弾丸になって指先から離れる。それが魔力砲として撃ち放たれるものだ」


 彼の言葉に従い、マルテは脳内で自分の血の流れを想起させる。

 すると彼女の右手の人差し指に白い光が集まり始めた。


 しかし次の瞬間、その光と魔力が一気に膨張し、爆音と共に巨大な魔力砲が指先から放たれた。


 それは強風を生み、二人の髪をそこかしこに散らす。

 下方、勇者の近くにいた人間たちもろとも地面をえぐり、砲撃は二体の戦士を穿ち勇者の右腕を破壊した。


 ヴェンデルは驚愕して固まってしまう。


 その前方で勇者の体躯が光の粒となって消えていく。

 どうやら腕に核のクリスタルがあったらしく、他の戦士や人間たちも消滅していった。


「……お前の魔力は、制御するのが難しそうだな」


 パラスの光の粒が大量にマルテへと吸い込まれていく中、唖然としていたヴェンデルは顔を引きつらせ困ったように眉を下げた。


 二人が壊掃電車に下降すると車内では会員たちが騒がしく先ほどの魔力砲の話をしていた。

 一両目に戻り、レドッグが二人を見て労いながら苦笑いして片手を挙げる。


「お疲れ。さっきの魔力砲、凄かったねー」

「あれ、近くに仲間がいたら危なかったわよ」

「フレンドリーファイア要員はこの黒修道服女だけで十分だもんねー」

「うるさい」


 ファンファニフは先ほどの高火力な魔力砲に呆れていたが、レドッグにいじられて不満げな声を返す。


 再び電車が走り出し、今回の任務最後となる勇者のもとへ向かった。


 五体目の勇者のもとに着き、ヴェンデルは先ほどと同じようにマルテを連れて戦士や勇者に接近する。


 数体戦士を倒してからマルテの魔術教育に入るが、先の魔力砲の威力が高すぎたこともあって、仲間からかなり離れたところまで勇者を誘導していた。


「この世界の魔術っていうのは力をこめれば自然に発動できるものじゃなくてな」


 ヴェンデルは勇者の魔術を結界で弾きながら説明する。


 この世界では、世界に規定された魔法陣を外界に描くことで、魔術という能力を発動できるようになっている。


 魔術の数は多いがそれら全てが共通して、陣の形や文字を暗記しなければならない。


「要するに暗記ゲーだな」


 より確実に綺麗な陣を描かなければ世界がその陣を認めてくれず、術が発動しないようになっている。


 魔法陣を正確に出力することで、より高威力かつ高速度の命中率の高い術を発動できるようになっている。


「絵心ない奴はみんな魔術がヘタだが、お前は絵描けるタイプか?」

「い、一応は絵心ないわけじゃないですけど……魔術ってそこで決まるものなんですか。わりとシビアですね」


 ファンタジー感が薄れ現実に引き戻された感じがしてマルテは苦笑いした。


「画力の他にも魔力が必要だがな。さっきと同じ感じで意識を集中させれば魔力が外に放出される。試しにやってみるか」

「え。でも私、魔法陣なんて描いたことないですよ」

「大丈夫だ。威力は弱くなるが、初心者用に魔術書がある」


 ヴェンデルは魔術で一冊の分厚い本を手元に出す。


 魔導書は様々な術の魔法陣を載せた書物であり、ページを開いて魔力を込めれば、そこに描かれた陣の魔術を発動することができる。

 陣を描くのが苦手な者たちが重宝していた。


 ただし印刷した陣や、描いて時間が経過しているものは込めた魔力が飛散しやすくなっており、魔術の威力などが激減してしまう。


 陣を出力する手間は省けるが、自分で陣を描くのが一般的とされていた。


「魔力が飛散するが、魔力が強すぎるお前にはちょうどいいだろ。これは魔導書の中でも年代物、千八百年前のものだ」

「もはや化石じゃないですか。触って大丈夫なんですかそれ」


 魔術で補強されているのか魔導書を開いても破れることはなく、ヴェンデルは基本の炎魔術の陣のページを開いた。


 彼に教えてもらいマルテは魔導書を片手に持ち、もう片方の手を勇者に向けて標準を合わせる。

 目を閉じて手の平に意識を集中させ、魔力を放出して魔導書の陣に注ぎ込んだ。


 勇者の足元に赤い魔法陣が出現する。

 しかしその陣は、通常よりかなり大きいもので。


「まさか……」


 ヴェンデルが顔を引きつらせた。


 直後、陣から猛烈な魔力を帯びた巨大な炎の柱が天へと突き抜け、一瞬で勇者を滅却してしまった。


 離れていても強い熱気と熱風に煽られ、マルテは苦い顔をしてヴェンデルの方へ視線を向ける。


「あ、あの、魔導書は魔力が飛散するって……」

「……お前、いったん魔術使うの禁止な」

「……はい」


 結局いまの一撃で勇者が覚悟と焼失してしまい、今回もまた大量のパラスがマルテに吸い込まれていった。


 壊掃電車に戻るとファンファニフは不満げに、レドッグは苦笑いしていた。


「ちょっと! なんであんなに早く勇者倒しちゃうのよ! 勇者も最後の一体だったからゆっくり中から迷宮攻略して人間倒しまくろうとおもったのに、パラス全然取れなかったんだけどー!」

「他の会員、ノルマ達成できなくてめっちゃ泣いてたよ」

「す、すまん。まさか基礎魔術の一撃で倒せるとは思わなくて」


 二人に詰め寄られてヴェンデルは目をそらし、苦い顔をして頬を掻いた。


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