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第三十話「神との対立」

 遠い昔、アリシアは神器とも人とも、話し触れ合うことのできる神だった。


 人間や戦士、勇者など危険な化け物が存在しない世界で、五つの都市は活気よく発展していた。

 今では五大安全地区と呼ばれているものだが、都市の外も安全だった頃はそんな名では呼ばれていない。


 天黒門パンドラや聖剣ノ塔アテネは、今よりも多くの人々が暮らす活気ある街だった。


 赤ノ城ヘル・ヘヴンに関しては、もともと赤い鉱石が豊富に取れる鉱山があり、それを資源として栄えている。

 住人は少し気勢の荒い鉱夫が多かったが、血が出るような争いは起きていない。

 当時の赤い城も、血ではなく鉱石で造られていた。


 アリシアもこの草原、もとい神の領域で暮らし「彼」と共に下界を管理している。


『もう少ししたら昼食なんだ。あまり菓子を食べ過ぎると飯食えなくなるぞ』


 茶会をしていたアリシアたちに後から男性が声をかける。

 その声を聞いてアリシアは嬉しそうに顔を明るくし、声のした方へ視線を向けた。


『ヴェンデル! ふふ、ちょっとくらいは良いでしょー。ヴェンデルも一緒に食べよ? そこ座って』


 声の主、記憶の中のヴェンデルはアリシアに促されて肩をすくめ、困ったように笑って椅子に座る。

 このときの彼はマガノ・マテリアではなく神の領域で暮らし、神アリシアの右腕の役割を担っていた。


 ヴェンデルはアリシアが世界を構築する前に最初につくった神器であり、彼女と共に世界を創ったものとして敬われている。


 少ししてマグスやニノス、ヘルも集合して昼食を取る。神と六神器で宅を囲み他愛もない話をしていた。


 定期的に会議を開き、それぞれの管理する地区の現状や課題などを共有する。

 神アリシアは神器と連携し、世界管理の一環として定期的に下界に降りて人々と触れ合い、穏やかな日々を過ごしていた。

 しかし時が流れ、人口が増えるにつれ、人々の間で争いが起こるようになる。


 いつものようにアリシアと神器六人で会議を開くが、いつもと違い空気が重くなっていた。


『近頃パンドラの住人たちが領地を拡大したいと言って門と結界の外を開拓し始めている。その開拓用に、マガノ・マテリアの資材を盗んでいたことが分かった。代表して僕から謝罪する。申し訳ない、マグス』


 ニノスは書類を手にして現状を説明し、椅子から立ち上がって頭を下げた。

 マグスは困ったように眉を下げる。


『頭を上げて。確かに管理者の責任ではあるけど、こちらの住人も中から手引きしたようだから。不正を見抜けなかった僕の落ち度でもある』

『……ありがとう。関係者は既に処分を下しているけど、不満があれば見直すよ。あとで目を通しておいて』

『分かった』


 二人が話し終えると、アテネが手を挙げた。

「続けて嫌な話にはなるんだけど」と一つ断りを入れ、持っていた資料を皆に配る。


『この間ヘル・ヘヴンの住人がうちの住人と揉めて、こっちに攻撃を仕掛ける事件が起こったの。今回の件は、ヘルが部隊を出して私とヴェンデルが収拾させたわ』


 ヘル・ヘヴンの鉱夫たちが新しい鉱物を使った事業拡大のため、手あたり次第に外の鉱山を採掘していた。


 ヘルは最初、非管理地区ならと大目に見ていたようだが最近になって他の都市を侵略する動きも出てきたのだという。


 ヘルに従わない鉱夫たちがヘル・ヘヴンの結界外に出て独立し、どの都市にも属さず非管理地区に拠点を作っていた。


『このままじゃ他の都市にまで、今以上の危険が及ぶかもしれない。アリシア、必要に応じて奴らの拠点を潰し鎮圧しても構わないか。それにはおそらく人の死が伴う可能性もあるが』


 ヘルに問われてアリシアは困って眉を下げ、しばらく黙り込んだ。


 アリシアの理想とする世界は、皆が笑顔で居られる場所である。

 人を傷つけるようなことは、なるべくしたくないと思っていた。

 拠点鎮圧の件は一旦、保留として会議を終え解散する。


 白いテーブルにはアリシアとヴェンデルだけが残った。

 アリシアは椅子に背をもたれ、目元を手で覆って大きくため息をつく。


『最近、人の争いが増えてきたね。前まではちゃんと規律を守って、皆が誰も傷つけることなく過ごしてたのに。どうして……? 私が生命を生成するとき不純物を取り込んでたのかな。いい世界を創るって約束したから、ちゃんと良い人たちを生み出したはずなのに……』


 悲痛な声を吐き出して、アリシアは唇を噛んだ。

 泣くのを我慢しているのか、ギュッと力が入る。


『……大丈夫だ。お前のせいじゃないから気にするな』


 ヴェンデルはアリシアのもとに行き、優しく頭を撫でる。

 アリシアは疲れた表情から、口元を綻ばせて優しく微笑んだ。


『ふふっ、もっと良い世界にしないとね。ヴェンデルも一緒に手伝ってくれる?』

『ああ。皆が笑っていられる世界をつくろう』


 アリシアはヴェンデルの言葉を受け取り、なるべく人を傷つけないやり方を模索していった。


 何とか神器たちが協力して人の争いを鎮静化していたものの、火種がどんどん増えていきヴェンデルたちでは抑えられなくなっていく。

 そこでアリシアも下界に降り、人々を説得して回った。


 しかし人の負の感情がなくなることはなく、無理やり押さえ込まれ、風向きを変えただけとなった。

 その風の行く先は――


『アリシア様はやはり我らの崇高なる神だ』

『だとしたら何故こんなに争いが頻発している? 神の右腕は何をしているんだ』

『平穏が乱れたのはヤツが統制を取れない無能だからなんじゃないのか』

『ヴェンデルの魂と魔力の波長は他の神器と比べて異質だ。奴のせいで大気の魔力バランスが崩れて人々に呪いがかかっているに違いない!』

『奴は悪魔だ!! 世界転覆の陰謀を企てている! 神器ヴェンデルを封印すべきだ!』


 騒動が起こる度、ヴェンデルへの風当たりが強くなる。

 ちまたではアリシア神を信仰し、ヴェンデルを魔神や悪魔とする認識が流行していた。


 アリシアが下界に降りるとヴェンデルへの非難や口撃、敵意に包まれてしまう。

 彼女はその音を耳に入れる度に不快感に襲われ、耳をふさいだ。


 不協和音の不快感が苛立ちを生み、嫌悪に変異する。

 心の底にあったそれは人々の負の感情に共鳴して増幅し、上へと導かれ体を浸食していった。


 神の領域の草木は全て枯れ果て、青く綺麗な水が浅く足場を埋め尽くす。

 もともとあったテーブルは水に浸かった部分から煙を出して溶け始めていた。


 神の領域の中央に、白い巨大な結晶が突き刺さっている。

 まるで他者を拒絶するように、結晶には鋭利な棘がいくつも生えていた。

 その結晶の平面に片膝をついて、アリシアは疲れ果てたように遠くを眺める。


 水を弾く音が鳴り、水面を波紋が広げてヴェンデルが彼女のもとに来た。

 アリシアは相手に目を向けず、言葉を吐く。


『どうして、ヴェンデルが悪く言われてるの』

『……俺はお前と共にこの世界を創り上げた神器だからな。神への非難は許されないが、同じように世界創生に関わった神器なら不満のはけ口にできるんだろ。だが大丈夫だ。お前がいれば皆が心穏やかに過ごせるようになる』

『なってない!!』


 静かな空間にアリシアの荒々しく大きな声が響く。


『なってない……なってないよ。私がいて皆が平穏に過ごせているように見えても、その裏で、やっぱりヴェンデルを悪く言う声が止まないの。人の声が、心の音が全部、聞こえてくるの。私はあの声が嫌なの、辛いの』


 先ほどの怒りを含んだ声とは真逆の、弱く悲痛な音がこぼれる。


 アリシアは苦しそうに耳を両手で塞いで丸く縮こまった。

 耳を塞いでも、人々の願いと思いは神の領域にしみ込んでアリシアの脳内に注がれる。


 世界の管理者たる者の宿命か、否定しても拒絶しても負の騒音は止まずに雪崩れ込んでくる。


『ねえ、ヴェンデル……あんな人たちを庇護する意味が、どこにあるの……?』


 水色の目から涙がこぼれてアリシアの頬に轍を作る。


 ヴェンデルは彼女の涙に何も言えなくなってしまい口を閉ざした。



 明くる日、アリシアは六神器を招集して会議を開いた。

 神の領域を浸していた青の水は消えているが、白い結晶は残ったままで。


 アリシアは結晶の上に座り、足を組んで神器たちを見おろした。


『これからこの世界の全ての生命体を殲滅し、白紙に戻して世界を作り変える』

『なっ!?』


 ヴェンデルとセシル、マグスは驚愕するが、残りの三人は当然とでもいうような表情でアリシアの言葉を受け入れていた。


『待てアリシア! 殲滅ってお前、それの意味わかってるのか!』

『分かってるよ。人を殺す。全て。この世界から人を消し去るの』


 アリシアは平然と言い、ヴェンデルに冷めた視線を向ける。


『私は、アリシアに協力するよ』

『俺もだ』

『右に同じ』


 アテネはアリシアのもとへと歩いていき、ヘルとニノスも後に続く。


 現在軸でアリシアの使命に従ったアテネたち三人と、それを拒絶したセシルたちの同じ対立構造になっていた。


『下界を血の海に変えるっていうなら、俺は全力でお前らを止める』


 ヴェンデルが術で剣を生成して構え、セシルとマグスも氷槍と銃を出す。

 対峙するアテネたちも武器を取り、神器に神アリシアも含んだ壮絶な戦いが始まった。


 ヴェンデルがアリシアと対峙し、セシルとマグスが神器三人を抑える。

 しかしそう簡単にはいかず、セシルたちは三人に押されていた。

 アテネは通常サイズの聖剣を振り下ろし、セシルが氷槍で受け止め後ろに薙ぎ飛ばす。


『セシル! 抵抗しないで! 私はアンタと戦いたくないの! こっちについてよ!』

『それは、できません。人を傷つけるのは嫌なんです!』

『じゃあ人を傷つけない代わりにヴェンデルが傷つけられても良いって言うの!』

『違うッ! そうじゃない、けど……』


 セシルは即座に否定したが、アテネの側につくこともできず眉を寄せて悲痛な声を上げる。

 苦しげに叫びながら戦うアテネたちを見てヴェンデルは苦い表情を浮かべた。


 アリシアは刃のついた金色の杖を生成し、ヴェンデルに向かって術を放った。

 彼はすぐに転移で回避するが、術は神の領域の空間を砕いて歪みを作る。

 そのまま術が下界に降り注ぎ、巨大な落雷となって地面に打ち当たった。


 それは魔術とは比べ物にならない絶対的な術。

 膨大な魔力を込めた結界でなければ防ぐことができない、神の力を使った神術である。


 避けるしかないが、避ければ下界に術の影響が出てしまう。

 ヴェンデルは険を浮かべてアリシアへ視線を向けた。


『アリシア。アイツらを対立させてまでやることじゃない』

『対立させてるのは君の方だよ。神器は皆、君を心配しているんだ。セシルやマグスは人の殲滅に思うところがあるみたいだけど、人に貶されている君自身が賛成すれば付き従ってくれるよ』

『馬鹿言え。俺自身が、人を殺されるのが嫌なんだよ』


 アリシアはうつむき、歯を噛み締めてグッと杖を握る手に力を込める。


『……ヒトなんて、また作り直せるじゃない』

『お前は、生命を軽視し過ぎだ。神としていくらでも生み出せるからといって、命は簡単に扱っていいものじゃない。俺は人に傷ついてほしくないんだよ。分かってくれアリシア』

『それはこっちのセリフだよ。私たちだって、ヴェンデルに傷ついてほしくないのに……』


 アリシアはマグスの方へと視線を向ける。


 ニノスとヘル相手に苦戦しているのか、血を流しながらも魔術を連発していた。

 しかし彼の魔力の注入が中途半端になっていて、術の効果が最大限発揮されていない。


 それはセシルも同じだった。

 まるで迷っているように、魔力波が不安定に揺れている。


『ヴェンデルは皆のこと、全然わかってない。君は自分が負担を負えば良いと思ってるかもしれないけど。自己犠牲で世界を守ることで、ヴェンデルは私たちを傷つけてるんだよ!!』


 マグスがニノスたちに術を発動させる瞬間を狙い、アリシアは巨大な転移魔法陣を発現させた。


『!! よせ、アリシア!!』


 ヴェンデルの制止も間に合わず、アリシアの術が発動される。

 彼女は自分と神器六人をまとめて下界に強制転移させた。


『ッ!? しまッ』


 マグスは転移させられて驚愕する。

 彼の術のターゲットであるニノスとヘルの後方には、マガノ・マテリアがあった。


 慌てて術を止めようとするが制御が効かず、強力な魔術が発動されてしまう。

 ニノスとヘルが転移で回避し、術はその先のマガノ・マテリアの結界に打ち当たった。


 轟音と強烈な光が生まれ、結界を粉砕してマガノ・マテリアに術が降り注ぐ。

 巨大な爆発が発生して街を炎の渦に沈めていった。


『そんな、皆が……』


 セシルは燃え上がるマガノ・マテリアを目にして呆然としてしまう。

 後方から魔力反応がしてそちらへ振り向く。

 そこではアテネが魔法陣を生成し、大量の魔力を込めていた。


『一度壊してしまえば、全部を壊しても変わらない!!』


 アテネは聖剣ノ塔に向かって、巨大な魔力砲を撃ち放った。

 結界では防ぎきれないほど膨大な魔力が渦巻き猛進する。


 セシルは無理だと分かっていたが、間に割って入り結界を多重生成した。


『バカッ!! 何やってッ』


 アテネは焦燥して声を上げる。

 その声に重なって、セシルの結界が破壊されていった。


 セシルの赤い虹彩に、魔力砲の光が強く差し込む。

 しかしヴェンデルが彼女の前に来て抱き寄せ、術を発動させて魔力砲を相殺した。


『ヴェンデル……』

『もういい。人が苦しむのも、お前たちが傷つけ合うのも見たくないんだ……全ての歯車を、俺の都合に噛み合わせる』


 ヴェンデルは手を前に出す。


 足元に巨大な金色の魔法陣、神術デウス・エクス・マキナの陣を展開させた。

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