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第二十八話「聖剣ノ塔アテネ」

 ヴェンデルたちは聖堂に行き、奥の会議室でそれぞれ状況を確認した。


 マグスが再び暴走を起こさないように、彼の神器の核には精神干渉への防護術を刻印している。


 術を入れたのはセシルだったが、核に術を刻印するためには多くの魔力を注がなければならない。

 完全に回復していない彼女一人では難しく、マギアが魔力を貸して協力したのだという。


 ヴェンデルは少し驚いた様子でマギアを見る。


「へえ……手伝ってくれたのか。ありがとなマギア」

「別に。ボクはマギノス族として当たり前のことをしたまでだよ。この街で平穏に暮らすにはそうした方が利になると思っただけだから」


 マギアは淡々とした声で返すが、少し気恥ずかしそうに顔を背ける。


 ヘルの術攻撃が降り注いでいた際も彼女は前線に出て術を相殺し続けていた。

 建物は破壊されているものの、マギアとセシルたちのおかげで死者は一人も出ていない。


 術攻撃が止んだあとは最初に協会本部庁舎が修復され、マギノス族は一斉にそこにこもっていた。

 しかしマギアは率先して復興作業を手伝っていた、とセシルは嬉しそうに語る。


 マギアは面はゆげに忙しなく体を動かし、唇を噛んで目をそらしていた。


 ヴェンデルも先ほどの戦いについて話し、ニノスとヘルの核が収められた瓶を机に置く。


 セシルとマグスはそれを見て少し悲しげな表情を浮かべた。

 二人の様子にヴェンデルは申し訳なさそうに視線を下げる。


「すまない。お前たちと違ってこの二人は敵対的だ。こうするのが一番安全だと思ってな」

「……いや、謝る必要はないよ。僕が君の立場だったとしても同じことをしていたと思う」

「私もですよ。ただ二人を瓶に収めたとはいえ、これで神器の暴走は四人目。あと一人……アテネが残っていていますね」

「今のところ静観しているみたいだけど、着実に彼女の放出する魔力が濃くなっているね」

「神の使命を受けたんだとしたら多分、俺と戦うために戦闘準備を整えているんだろうな」


 ヴェンデルは悩ましげに頭を押さえた。


 アテネ・ロンド――古代六神器で唯一、現時点でこの騒動中に動きを見せていない人物である。


 自分の名を冠する安全地区、聖剣ノ塔アテネの管理をしている。

 ただ、一人で暮らしたいタイプの神器であり管理する地区に人を住まわせようとしていない。

 そこにいるのは彼女と、彼女の弟分の少年だけである。


 アテネが世界の破壊と人の滅亡を目的に攻撃行動に出る場合、聖剣ノ塔アテネの外、つまりここや人が集まる場所に来る可能性が高い。

 そうなれば被害は甚大なものになってしまう。


「あっちが来る前に、こっちが出向いて話をしようと思う」


 ニノスやヘルと違って、アテネは人の命を無下にすることはない。

 今でこそ自分の地区に人を寄せ付けていないが、昔は人と遊ぶことが大好きだった。


 聖剣ノ塔で人と暮らすだけでなく、「他の地区の人にも会いたい」と弟に聖剣ノ塔アテネの管理を任せて都市を回ることもあったらしい。


 そのためヴェンデルは説得を試みるようだが、彼はアテネと犬猿の仲である。

 マグスもセシルも困ったように眉を下げた。


「……言いにくいですが、彼女があなたの話を聞くとは思えませんよ」

「僕らが行ったとしても説得は難しいしね」

「分かっている。だが、アイツの戦う原動力は俺への怒りが大半のはずだ。それのせいで他の奴らまで争いに巻き込まれることになるのは避けたい」

(人を巻き込んだら後で冷静になったとき、アイツ自身がかなり自分を責めるだろうしな)


 ヴェンデルは内心でアテネを心配していた。


 話を聞いていたマルテは不思議そうにして隣にいるレドッグに小声で話しかける。


「アテネさんと仲が悪いのって、ヴェンデルさんが怒らせたからなんですか?」

「あー……うん。まあね。アテネ様は、神器の中でも特にアリシア様を慕っていてね。『ヴェンデルがアリシア様との交渉に失敗して仲違いしてしまったからアテネ様が怒っている』と俺たちは思っているんだけど……どうもそれだけじゃないみたいなんだ」

「実際のところ、どうしてそんなに二人の仲が悪いのか私たちだけじゃなくてセシル様たち他の神器にも分からないの」


 レドッグが歯切れ悪く言い、ファンファニフが補足する。


 もともとアテネはヴェンデルともかなり仲良かったらしいが、そんなもの想像できないくらいに今では険悪になっている。

 というより一方的にヴェンデルが恨まれている。


 マグスは少し考えたあと、小さくため息をつく。


「まあ、二人のことは二人にしかわからないからね。やってみてもいいけど、アテネと戦う心づもりではいた方が良いよ。彼女は少し厄介だからね。ある程度、人を連れて行きな」

「私もついていきます。アテネとは仲がいいですから、落ち着いてくれるかもしれません」


 セシルが願い出て、マグスは他に十何人か指定会員たちを同行者として任命する。


 ヴェンデルやマルテたち一両目の面々、マギアとセシル、アスティと指定会員たちが任務にあたることとなった。


「ヴェンデル。マガノ・マテリアのことは僕たちに任せて。アテネのこと、頼んだよ」

「ああ」


 マグスや街の人々に見送られ、ヴェンデルたちはパセリケパークに乗って聖剣ノ塔へと向かった。


 マルテは車窓を過ぎていく景色から、車内へと視線を戻す。


 マルテの隣にセシル、向かい合う座席にヴェンデルが座っている。

 隣の座席にファンファニフとレドッグがいて、マギアは少し離れた所で一人くつろいでいた。

 アスティは普段の担当車両とは違い、後方部隊の指揮を任されている。


 普段の人間討伐任務より全体的な人数は少ないが、乗っているのは総じて優秀な戦闘員ばかり。


 マギノス族のマギアや神器のセシルまでいて、戦力過多とも言えそうなほどだった。


 それほど警戒しているのだろうかとマルテは不思議がる。


「なんだか、ずいぶん強固な陣営ですね。アテネさんって、そんなに強いんですか?」

「まあな。アテネ自身も強い上に、周りが厄介なんだ」

「周り?」

「アテネの神術は召喚系。『エインヘリアル』という、戦士と勇者を召喚する術なんです」


 ヴェンデルに続けて、セシルがアテネとの戦いについて話した。


 彼女の言葉にマルテは目を見開き、「え」と短い声をこぼして戸惑う。


「戦士と勇者って、いつも倒してるあの? え、でもアレは自然発生する敵なんじゃ?」

「ええ。でもあの子の神術は、どうやってか戦士と勇者を召喚して操り従えることができるんです。たぶん、大気中に溶けている人間たちのパラスを吸い取っているんだと思いますが」


 アテネの神術の原理を正確に知っている者はいない。

 ヴェンデルはセシルの説明を聞いてどこか苦い顔をしていた。


 アテネが召喚する人間たちの額には紋章がついており、自然発生する人間たちと見分けることができる。

 彼女が操れるのは自分が召喚した人間たちのみであり、自然発生するものは干渉できない。


 アテネが神術を使えば人間の対処に戦力を割かれ、彼女との戦いが難しくなってしまう。

 だからこそヴェンデルたち神器と戦う者の他に、人間たちを対処するための戦力として指定会員を連れているのである。


「でも普段の人間討伐は意図的に時間をかけているだけなので、サッと片付ければ何とかうまくいけそうですね」

「いやー、そう簡単にはいかないんだよねー」


 マギアが浮遊してヴェンデルの隣まできて話に割って入る。

 ヴェンデルの横、座席の背もたれの板の上に腰を下ろした。


 ヴェンデルは「ちゃんと座れ」と呆れた視線を向ける。

 マギアはそんなもの気にせずに話を続けた。


「確かにエインヘリアルを発動されたら、やることは普段の人間討伐と一緒だよ。でも厄介なのが、召喚される数なんだ」

「自然発生する勇者は、一地点で一体のみ。間隔を空けての発生数は、今まで多くて五体です。それに比べて、エインヘリアルは小範囲に複数の勇者たちを召喚することができてしまう。その数は勇者が十体、戦士が三十体、人間はおよそ数千体ほどです」

「勇者が、十体……」


 数としては人間の方が多いが、勇者が複数体いることが最も危険な部分である。

 勇者は魔術を使うことができるため、戦場が荒れるのは目に見えている。


 普段通りどころか、むしろ普段よりかなり難易度が高い。


「大丈夫だ、安心しろ。お前たちが死なないように立ち回る。そのためにセシルとマギアも呼んだんだからな」


 ヴェンデルは術で電子ウインドウを出し、他の車両に通信魔術をつなぐ。

 聖剣ノ塔に着いてからの動きと、仮に戦闘になった場合の作戦を話した。


 マガノ・マテリアを出発してから数時間、強い魔力を感知してマルテは車窓の外を見る。

 外の景色を目にした途端、唖然としてしまった。


 遠くの方で、巨大な剣が突き刺さっているのである。


 勇者たちが持つ巨体よりも大きなそれは、支える台も何もない。

 鞘もなく、生身の刃を外界に晒したまま、折れず倒れずそびえたっていた。


「剣が、突き刺さってる……」

「あれが聖剣ノ塔アテネだ」


 広大な地にポツンと突き刺さる異様なそれを目に映し、ヴェンデルは少し表情を固くした。


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