第二十七話「魔王の神術」
意識が再起するとともに暗闇を認識し、黒い世界に光が差し込む。
指先に冷たさを感じて、マルテは勢いよく体を起こした。
「ッ!! はあ、はあ、はあ……」
荒い息を吐き出し、こぼれる冷や汗を手で拭う。
辺りを見回せば玉座の間だったが、穿たれて風穴の開いていた壁は綺麗に元に戻っていた。
ヴェンデルやヘル、大勢いた街の人々の姿は見えず、それどころか人の気配すらない。
「ヴェンデルさんはッ、街の人はッ?」
「安心しろ、マルテ。全部終わった」
焦燥に支配される彼女に、後ろからヴェンデルの声がかけられる。
彼は部屋の入口に背をもたれさせ、手に持っていた瓶を少し上にあげて見せる。
瓶はニノスの時と同じように魔法陣が描かれていて、中でヘルの核が輝いていた。
「ヴェンデルさん!」
マルテは核を見て安心し、嬉しそうにして立ち上がりヴェンデルのもとに駆け寄った。
しかしふらついてしまいヴェンデルがすぐに支える。
「治療はしたが魔力も体力も完全には戻っていない。あまり無理はするな」
「あ、はい……あの、ヴェンデルさん。あの状況からいったいどうやって勝ったんですか? もしかして、また神術を使ったんですか?」
「ああ……まあな」
ヴェンデルが歯切れ悪く視線をそらして答え、マルテは怪訝そうにした。
彼が言うには神術を使ってヘルを倒したあと、住人たちは安全なところで眠らせているらしい。
しかしマルテの覚えている範囲では、自分は肉体を刺されて致命傷を負ったはずである。
(あの状態から、私を死ぬ前に治療しながら戦って勝つなんて……そんな都合のいいことがあるのかな)
疑念の膨らむマルテの脳内に、セシルとマギアの言葉がよみがえる。
『あれがヴェンデルの神術ですよ。発動する度、周囲の人の視界が真っ白になって、いつの間にか戦いが終わっている』
『皆からしてみれば、何が起こったか分からないまま、都合のいいように収拾している』
マギアや他の者たちだけでなく、同じ神器であるはずの彼女もヴェンデルの神術について把握できていない様子だった。
「ヴェンデルさんの神術って、いったいどういうものなんですか? マグスさんとの戦いのときは、目の前が真っ白になって何も見えなかったんですけど」
ヴェンデルはマルテを見おろして少し黙り込む。一度目を閉じて小さく息を吐いた。
「……お前になら教えてもいいか。話をするのも、帰るのも少し長くなるからちょうどいい。このまま帰りながら説明する。ついてこい」
ヴェンデルはマルテを連れて部屋の外に出る。
今回はヘルの特殊な強制転移術でこの都市に連れてこられたが、通常は転移術を使って他の都市に入ることができないようになっていた。
都市の距離や、それぞれの都市に張っている結界の術式、転移術の機能的制限などが主な原因である。
なので掃除屋は壊掃電車を使って移動しているのだが、電車がないと飛行して帰るしか手段がなくなる。
ヴェンデルは背中の黒い羽を出し、マルテにも角と羽を出させて飛行でマガノ・マテリアに向かった。
空を飛びながら風を切り、マルテの疑問を解消するように神術について話し始める。
「俺の神術の名前は、デウス・エクス・マキナ。俺が元いた世界では『機械仕掛けの神』とかいう呼び方もされている言葉だ」
「! 私がやっていたゲームとか見ていたアニメの中でもその名前が出てきたことはありますけど、それって……」
「神とか力を持つ存在が手を加えて状況を解決し、物語を収束させる。最近じゃご都合主義とも言われているが……つまるところ俺の神術は、全てを丸く収めるための術だ」
ヴェンデルはどこか呆れたような顔をしてため息をついた。
正確に言えば、彼の神術は『目の前の現実を捻じ曲げ、強制的に発動者の利になるような状況にする』ものである。
その捻じ曲げられた状況が、ヴェンデル以外にとっては不利益となる場合もある。
ヴェンデルの考え次第では、他者を都合よく支配できてしまう脅威的な術だった。
「デウス・エクス・マキナで起こる変化は基本的に発動者と、その近くにいる奴らにしか見えないようになっている。だが術を見た奴も、目の前で起きたことや見たものが記憶から全て消されてしまう。だから誰も俺の神術について深くは知らないんだ」
マグスとの戦いでマルテたちが見たように、遠くにいる者はデウス・エクス・マキナで歪められる景色を見ることができない。
さらに見た者も記憶を消されるので、マグスや今回のヘルも、彼の神術が発動した時のことは覚えていない。
ヴェンデル自身が話さない限り、他の人々は彼の神術について知ることが許されていないのである。
「凄い術ですね。それこそ、都合がよすぎるというか」
「そうだろ。他でもない神が、俺に絶対的な力を与えるためだけに作ったものだからな」
「使い方によってはかなり危険ですけど、便利でもありますね……でもヴェンデルさん、苦戦しているときでもあまり使おうとしないですよね。自分の身を守るためなら良いんじゃないですか……?」
これまで神器たちと戦ってきたとき、ヴェンデルは神術を出し渋っていた。
マルテが怪訝そうに尋ねれば、彼は目をそらして言葉を詰まらせる。
「俺の場合、他の神器と違って神術を発動するのに代価が必要なんだ」
神器はそれぞれ、神に与えられた力である「神力」を持っている。
神力は神器の核の中に収められており、神術はそれを使うことで発動できる。
しかし、ヴェンデルは神力に加えて、もう一つ発動に材料が必要だった。
「その代価が、記憶だ。それも、この世界で蓄積したもの以外のな」
「え、それってまさか」
「俺の神術は、前の世界で生きてきた記憶を材料として発動する術なんだよ」
マルテは目を見開き、事を理解して眉を下げ苦い表情を浮かべた。
「代償となる記憶はランダムだが、一度の発動で複数の記憶が消し飛ぶ」
マルテが前進するのを止めて空中で停止し、ヴェンデルも止まって振り返る。
彼女は視線を下げて表情を隠しているものの、垣間見える目が悲痛の色に染まっていた。
「……ヴェンデルさん。今まで何回、神術を使ってきましたか」
「……少なくとも十は超えているな」
マルテが静かに尋ね、ヴェンデルは顔色を変えずに淡々と答える。
「前の世界のこと、まだちゃんと覚えていますか」
「どうだろうな。どちらにせよ、こっちの世界に来てからの時間はかなり長い。何もしなくても前世記憶が抜け落ちて、今世のに生え変わって、更新されていくさ」
「それでも、長い時を経てもまだ、神術を発動するための前世の記憶が残っている。それは、抜け落ちてほしくない大事なものなんじゃないですか」
ヴェンデルは目をそらして閉口した。
マルテは彼の前まで行き、まっすぐにヴェンデルを見据える。
「なるべくヴェンデルさんが神術を使わなくてもいいように、もっと強くなります」
ヴェンデルが視線を戻せば、マルテの真っ赤な目が誠実さと眩しさを突き刺してくる。
彼は眉を下げ、小さくため息をついて微笑んだ。
「ありがたいが、俺なんかより自分や街の奴らを守るために精進してくれよ」
「自分も街の人も、ヴェンデルさんも、守ります」
「……強欲なこって」
マルテが先に行ってしまい、その背を見つめてつぶやく。
どこか満更でもなさそうに笑っていた。
飛行で移動するのにも多少の魔力と体力を使うため定期的に休憩を挟みつつ、二人はマガノ・マテリアに戻ってきた。
結界は既に完全に修復しており、それを抜けて中に入ると修復途中の駅が見えた。
壊掃電車用を早めに出せるように先に改札部分が直され、駅全体の半分ほど元に戻っている。
「ヴェンデルさんが帰ってきた!!
「良かった! ヘルに勝ったんだな!!」
「魔王様のお帰りだ!」
すれ違う者たちがヴェンデルを見て嬉しそうに声を上げて手を振る。
ヴェンデルはそれに応えて手を振り、セシルのつくった仮設聖堂のある広場まで向かった。
中央のマギノス統治会本部庁舎は修復済みで、仮設聖堂を中心として街の整備が行われている。
広場に着くとファンファニフとマギア、レドッグやアスティが駆け寄ってきた。
「ちょっとヴェンデル、帰ってくるの遅いわよ。復興作業、アンタの担当分もあるんだから手伝いなさいよね」
「はいはい、分かってるって」
「ファンファニフ、めちゃくちゃヴェンデルのこと心配してたよー。マルテのこともね」
「え、私も?」
レドッグがニコニコ笑って言うが、マルテは驚いて自分を指さす。
ファンファニフは特に他者に対して淡白な性格である。
その上マルテは元人間であるため、心配されているとは自分でも思っていなかった。
「もうずっと不安そうにしてたよ。『マルテはまだ半人前だし全部を助けようとするから、眷属を使うヘルとの戦いには向かないんじゃない? 大丈夫なのかしら』って。それこそ全然、復興作業に手がつかない感じでさあー」
レドッグは両手を顎下で合わせ、ファンファニフの声真似をして喋り方を少し誇張する。
ファンファニフはそれを見て怒りと恥ずかしさに青筋を浮かべた。
「ちょっと、レドッグッ!! 嘘言わないでよ!!」
「えー? 俺が嘘をつくような人に見える? ほら見てこのキラキラな純な瞳」
「ムカつく!! 武器出しなさい! 普段からの鬱憤、ここで晴らしてやるんだから!」
ファンファニフとレドッグが騒がしくなるなか、横からマギアがヴェンデルの腕に飛びついてきた。
「ねえねえ、ヘルに勝ったの? アイツって眷属を盾にするけど、どうやって勝ったの? また神術使ったの?」
「気になるなら落ち着いてからヘルに聞け」
「えー、だってヴェンデルが神術使った後だと近くにいる人なんにも覚えてないんだもん。今回だって絶対ヘルも記憶飛んでるってー。教えてよー!」
「おいこら、離れろってッ」
引き剥がそうとしてもマギアが強い力で腕を締めてきて全然離れない。
わいわいやっていると、前方からセシルが歩いてくる。
その隣には、マグスがいた。
「お帰り、ヴェンデル」
殺気は見えず、前までのように優しい声が空気を撫ぜる。
ヴェンデルはフッと柔らかい笑みを浮かべた。
「ただいま。お前が元に戻ったみたいで良かったよ。ここには世話のかかる奴らが多すぎる」
「僕は引率の先生じゃないんだよ、まったく」
少し呆れながらもマグスは優しく微笑み返した。




