第二十六話「ブラッディ・ロード」
住人たちが術を放ってきてマルテは結界で防ぐ。
続けて剣や銃で襲いかかられ後ろに回避した。
ヘルが接近して血の鎌を振るい、ヴェンデルは刀を生成して受け止める。
「なあ魔王、これはアンタがつくった世界だろ? だったらアンタもこの世界の神といえる存在だ。なのにこの世界の奴らはお前を虫けらの如く扱いやがる」
(ヴェンデルさんがつくったってどういう……)
マルテはヘルの言葉に引っかかって疑念を抱いた。
ヴェンデルに別世界の前世の魂があるとはいえ、この世界において彼はあくまでも神につくられた神器のはずである。
住人たちの術と物理の攻撃を結界で防ぐが、四方を囲まれてしまい身動きが取れなくなる。
住人を攻撃して傷つけるわけにもいかず、マルテは空中に浮遊して回避と結界の防御でその場をしのいでいた。
ヴェンデルは住人たちの攻撃を結界で防ぎ、ヘルがマルテを狙わないように牽制する。
彼の鎌を刀で受け止めて横に流してこちらも斬りかかった。
しかし住人が盾となって、ヘルの前に割って入りヴェンデルはとっさに刀の軌道をそらす。
その隙にヘルが鎌を振るってきて、結界で防御するが圧に押されて横に飛ばされてしまった。
「ッ、相変わらず嫌な戦い方をするなお前」
襲いくる住人の攻撃を受け止めて傷つけないように横に吹っ飛ばして離し、ヘルが接近してきて攻防を繰り返す。
しかしヘルは間近に住人がいるのにも関わらず魔術を発動しようとした。
ただでさえ神器の術は他の者に比べて威力が高く、このままでは周囲を巻き込むことになる。
ヘルに眷属にさせられ操られた者は自主的に結界を張る能力がなく、疑似魂に入替ているわけでもないため術が発動されれば確実に死んでしまう。
「お前ッ。ふざ、けるなッ!!」
転移術を発動させる暇もなく、ヴェンデルは多少荒くも周囲の住人たちを薙ぎ払う。
ヘルに急接近して、術が発動する前に彼を勢いよく蹴り飛ばした。
ヘルは建物の壁にぶつかり、勢いが消えずに壁を破壊してその先の外まで飛ばされる。
地面に足をついて摩擦で勢いを殺し体勢を立て直した。
彼のもとに行こうとしたヴェンデルに住人たちが武器を振るう。
しかしマルテが術を使ってその者たちを拘束した。
「マルテ、こいつらとヘルを引き離したい。悪いが一人で住人たちを抑えられるか」
「数が多いですが……やってみます。でもそうなるとヴェンデルさんが一人で神器と戦うことになりますよ」
「大丈夫だ。こっちは何とかなるだろ。それよりも絶対に防御結界を緩めるなよ。血が出たらすぐに治癒魔術で止血しろ。いいな」
「分かりました」
ヴェンデルは結界でヘルとの自分だけの空間を作り、住人がこちらに来られないようにする。
ヘルは先ほど強く蹴り飛ばされていたが平然として手で服のホコリを払っていた。
「いいのか? いくら魔王の眷属とはいえ、あんな数の多対一は厳しいんじゃないのか」
「お前が近くにいる方が危険だ。それより住人を元に戻せ」
ヴェンデルはヘルを睨む。普段より低く冷めたい声が空気を凍らせた。
ヘルは呆れた顔で肩をすくめる。
「そんなに怒るなよ。たかが人、アリシア様から力を与えられなかった哀れな下等種だろ」
「お前がそういう考えなのは前々から知ってはいたが、自分から人を殺しにいくようなことはしてこなかっただろ」
今までもヘルは眷属を盾にする戦法を取っていた。
しかし一応は街の運営を正常化させるためとして線引きし、自分の術は人に当たらないように動いていた。
先ほどのように、人混みの中で術を発動することなどなかったのである。
「アリシア様が世界の破壊を望んだから街を維持する必要もなくなった。そんな状況で人の命がどうなろうがどうでもいいだろ」
ヘルが魔力を解放して背中から赤い羽が生え始め、服の布を引きちぎって外界へと姿を見せた。
血の鎌を手の中で回して構え直す。
地面を踏み込み、一気に距離を詰めて鎌で薙いだ。
ヴェンデルは刀で受け止め、強く圧されて少し後退して圧し返す。
「ヴェンデル。お前が人に都合よく使われ、悪に仕立て上げられるのを楽しむマゾだっていうなら知らないが。アリシア様の考えも少しは分かるはずだ」
ヴェンデルが鎌を横に流し、ヘルに蹴りを入れる。
ヘルは後ろに跳び避けて再び鎌を振るった。
刀と鎌の衝突が続き、甲高い音が連続して鳴り響く。
互いに一歩も引かず、武器を振るいながら術を放っていた。
「この世界の奴らは薄汚れている。神に創られておきながら、神に汚泥を塗るようなことばかりしやがる。見ていて気持ち悪い。反吐が出る。俺にはお前がこの世界を守りたいと思う気持ちが分からん」
「別にみな神を冒涜しているわけじゃない。そんなに怒ることでもないだろ」
「神が力を分け与え寵愛している神器のお前を世界の悪だと槍玉にあげておいて、神を冒涜していないだと? 笑わせる」
「寵愛ってお前な……仕方ないだろ。皆、必死に生きているんだ。不満のやり場がなきゃ壊れる。それで人の平穏が築けるなら最適解だ」
「仕方ないだと。そんな生贄を出して作られたものが平穏だって言うのか。ふざけるな……大事な身内を貶されて、快く暮らせるわけねえだろうが!」
ヘルの声は怒りをはらみ、その苛立ちと憤懣が攻撃に加わって重い一撃を何度も叩き込んだ。
ヴェンデルの多重結界が強圧に耐えられず一気に砕かれ、甲高い音を鳴らして破片を散らす。
「ッ! しまッ」
ヴェンデルが結界を再生成するよりも早く、鎌の刃が左腕を切り付ける。
皮膚が裂けて血が流れ、その血が即座に凝結し大きな棘となってヴェンデルの体内に突き刺さった。
「ゲホッ!! ッはあ、はあ……」
棘は脇から胸部を貫き、口から大量の血が吐き出される。
その血がまた棘に変わり猛進してきた。
ヴェンデルは腕を押さえ転移で回避する。
術を即時発動させて体内の血の棘を破壊した。
続けて治癒魔術の陣を展開し、通常より魔力を多く注いで発動時間を短縮し治癒効果を増強させる。
しかし先ほどの血の棘に毒性物質が混ぜられていたのか、体の内側から焼かれるように熱が襲ってきた。
全身が痺れて視界が歪み、目の前のものが分裂して見えるようになってしまう。
ヘルが接近して鎌を振う。ヴェンデルは視界がぶれて目元を押さえ、上に飛行して回避し距離を取る。だがヘルも転移術で彼を追い攻撃を繰り返した。
ヴェンデルは視力が正常に働かず防御も難しく、ひたすら攻撃を避け続ける。
術を発動させようとするが視界不良の影響で、描く魔法陣は歪んでいた。
うまく描かれなかった魔法陣は発動せず砕け散る。
視力の治癒すらままならない状況だった。
「どうした魔王様。避けてばっかじゃ終わんねえぞ。その状態じゃ普通の術は打てないだろ。出し惜しみしてねえで、さっさとあの神術を使えよ。今度こそ俺がねじ伏せてやる」
「出し惜しみなんかしてねえよ。アレはそんな便利なものじゃない。お前らの神術と違って発動に対価がかかるんだよ。そうそう乱発できないんだ」
「……そうかよ。だったらこのまま滅殺してやる!!」
ヘルは空に手の挙げ、巨大な金色の魔法陣を展開させた。
これまで幾度か見てきた、神術の陣である。力を全て開放し、膨大な量の魔力を陣へと注ぎ込んだ。
(コイツの神術はマグスと同じ、一撃の威力が高い攻撃を連射するタイプだ。しかも出血すればそこから追撃が来るオマケつき。一発でも当たれば近距離から致死的攻撃をされるが、他の神術と違って発動時間が規定されていて術範囲が小規模だ。規定時間までうまく回避すれば何とか振り切れるはず)
ヴェンデルはヘルから距離を取り、回避に専念するため刀を放り捨てた。そんな彼をヘルは冷めた目で見おろす。
「神器ヘルの名に置いて、食らい尽くせ終焉の紅血――ブラッディ・ロード!!」
ヘルの声に応えるように、金の魔法陣が強く発光する。
直後、後方から赤い光が差し込み大きな破壊音が鳴り響いた。
「!! まさかッ!」
ヴェンデルが驚いて振り向けば、先ほどの建物の上部に巨大な血塊が浮遊していた。
そこから血の礫がいくつも降り注ぐ。
轟音が鳴り続け、土煙が建物を覆いつくした。
ヴェンデルはすぐに転移しようとするが、陣が歪んで転移術もまともに起動しない。
奥歯を噛み締め、時間はかかるが転移ではなく飛行で建物の方へ向かおうとする。
しかしヘルが目の前に転移し鎌を振り下ろしきた。ヴェンデルは寸でのところで避けて後退した。
「ッ……そこを退け!!」
ヴェンデルは手の中に大量の魔力を蓄積し、ヘルに急接近して彼の腹部に魔力の塊を打ち当てた。
魔力のエネルギーが衝撃で暴発してヘルを後方へ勢いよく吹き飛ばす。
ヴェンデルは肩で息をしてすぐに建物に向かった。
土煙が充満する建物の中、マルテは結界を何重にも生成して神術を防いでいた。
彼女は自分だけでなく、周囲の住人たち一人一人に多重結界を張っている。
しかし住人たちは結界を張られながらも未だにマルテを攻撃してきていた。
(ここの街の人たちは操られていて逃げられないし結界も出せない。このままだと神術でみんな死んじゃう)
神術は並みの結界では防ぎきれず、多重結界であれば多少は身を護ることができる。しかしそれも長くはもたない。
そのうえ大量にいる住人たち全てに結界を張ると、必然的に結界に注げる魔力量が減ってしまう。
そうなれば結界の強度が下がり、破壊されやすくなる。
血の礫に結界が一枚砕かれるたびにマルテは魔力を消費して結界を再生成していた。
結界が打ち砕かれて住人の肌が少し切れてしまう。
マルテはすぐに結界を張り直し、術で住人の傷を治療する。
しかし住人の流した血が凝結して礫となってマルテに襲いかかってきた。
マルテは自分の結界を増やして礫を受け止める。
(ッ、油断してると攻撃の数が増えちゃう。でも結界を張り続けていれば何とかなるはず)
遠くからヴェンデルのマルテを呼ぶ声がする。
マルテは驚き、少し安心して声のした方へ視線を向けた。
しかし降り続ける血塊の礫と土煙が視界を占領して何も見えず、ヴェンデルの声は遠くて何を言っているのか分からない。
徐々に距離が近づき、声が大きくはっきり聞こえてくる。
だがその声は焦りを含んでいた。
「マルテ! ダメだ!! 今すぐそこから離れろ!!」
「え? だ、大丈夫です! 血が出て攻撃が増えても結界で防ぎきれます!」
「違うそうじゃない!! その血は」
ヴェンデルが言い切る前に、結界から物の焼けるような音がする。
先ほどまで結界に衝突すると破砕していた血の礫が、当たる瞬間に液状に戻り結界に張り付いていた。
付着した血は結界に込められた魔力を溶解して内側の層へと入り込む。
「え……な、なんで。魔力が」
戸惑う間にも血の礫は止まらず、雨のように降り注いで結界に血で覆いつくした。
血が音を鳴らして結界を次々と溶かしていく。
マルテは周囲を見回し、慌てて内側に結界を再生成する。
しかし血の浸食の方が速く、結界の生成が間に合わない。
ヴェンデルがようやくマルテの姿を捉えた頃には、血が一番手前の結界にまでしみ込んでいた。
血の隙間から彼が見えてマルテはそちらへ視線を向ける。
安堵して口元に笑みを浮かべた。
「ヴェンデルさ」
直後、結界を溶かした血が一気に凝結し、いくつもの針となってマルテを四方から突き刺した。
マルテは目を見開き、口から大量の血を吐きだす。
肉体を貫いた針が地面に突き刺さり彼女の肉体を固定させていた。
「マルテ!!」
ヴェンデルは焦って駆けつけようとする。
しかしマルテの吐いた血が礫と化し襲いかかってきて上に浮遊し回避した。
(! マルテの魔力が)
マルテの張っていた結界が全て消滅し、彼女の魔力の気配が薄れていく。
神術は止まずに血の礫を放ち住人たちを容赦なく貫いた。
眷属の住人たちは悲鳴を上げることなく倒れていき、目の前で血が大量に舞い散る。
ヴェンデルが結界を張ろうとするも、術は正常に発動しない。
後ろから気配がして、ヘルが鎌を振り下ろしてきた。ヴェンデルは鎌を回避し、毒に歪む目で彼を睨みつける。ヘルは睨まれても気にした様子なく、空気中に溶け消えるマルテの魔力を眺めた。
「お前の眷属も消滅するだろうな。そんなに怒るなよ。また作ればいいだろ」
「命は、そんな簡単に扱っていいものじゃないんだよ」
ヴェンデルはうつむいて奥歯を噛み締め手を前に出す。
「神器ヴェンデルの名に置いて、世界を鎮める神となれ」
その詠唱を聞いてヘルは目を見開く。
口角を引き上げ、血の鎌を構えてヴェンデルに斬りかかった。
「――デウス・エクス・マキナ」
地面に巨大な金色の魔法陣が描かれ、周囲の時が停止した。
斬りかかっていたヘルも、彼の神術も風も止まり静かな世界が生まれる。
そしてヴェンデル以外の時が逆行し始めた。
血がうごめき吸い込まれるように、元あった主の体内へと還っていく。
神術の陣の線や文字が溶け消え、上空の血塊や血の針が消滅していった。
貫かれた人々の肉体が再生し、マルテの魔力も空中に再生して彼女の体内へと流れ戻っていく。
そして、ヘルの身体が足の先から光の粒となって消え始めた。
彼の肉体が砕ける様を目にしてヴェンデルは眉を寄せる。
ヴェンデルの体内の毒も消えていき視界が明瞭になる。
しかし彼は頭を押さえて地面に膝をついた。
視界に小さい映像のようなものがいくつか浮かび上がる。
『見て見てお兄ちゃん! 桜、満開だよ!』
『はいはい。引っ張るな、引っ張るな』
映像の中で、中学生くらいの少女が男子高校生の手を引いている。
別の映像では、女性が家に帰って来てキッチンで先ほどの二人が料理をしていた。
『ただいまー。あれ、今日は部活じゃなかった?』
『今日母さんの誕生日だろ。早めに帰ってミツキと飯作ってた』
『ハンバーグ私がつくったんだよ! こっちの焦げてるのはお兄ちゃんのね』
『うるせ』
次々と映像が浮かび上がり、その一つ一つがひび割れ始める。
『えー。俺、昨日いびきかいてた?』
『昨日ってか、父さんは毎日いびきかいてるでしょ』
他愛もない会話の中に、ガラスの割れる音が混ざって映像が砕け散っていく。
目の前にあった映像が全て壊れてカケラが空へと消えていった。
それに呼応するように、ヴェンデルは今見た映像が何だったのか分からなくなってしまう。
「……クソ。また使っちまった」
苦悶に頭を押さえ、地に伏せて小さく声をもらした。
その前方で、ヘルの身体が全て消滅する。
神器の核が光を放ちながら地面に落ちて静かな世界に音を響かせた。




