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第二十五話「ヘル・ヴィンチェヴァイス」

 二人が連れてこられたのは、安全地区の一つであるヘル・ヘヴンの結界の中だった。


 ここの居住区域は目の前の城だけで、城外には荒野が広がるのみ。

 巨大な城の中は何千人もの人が住めるようになっていた。


 人の気配がなく静かな空間に、定期的に上から魔術の発動の音が聞こえてくる。

 城の上空に巨大な赤い魔法陣が展開されており、どこかに向かって魔術を放っていた。


 ヴェンデルはその陣に向かって術を撃とうとする。

 しかし発動する前にヴェンデルの出していた陣が砕けて消えてしまった。


 マルテは不思議そうにして城の上の陣を見上げる。


「あの、あれってもしかして」

「ああ。マガノ・マテリアを襲ってきていた魔術だ。陣を破壊しようと思ったが……どうやら魔術妨害がかけられているらしい。術が発動できなくなっているな」

「まだマガノ・マテリアは攻撃され続けているってことですか? なら早く戻らないと」

「ここからじゃ転移魔術も使えないし飛んで帰るには数日かかる。マガノ・マテリアにはセシルもマギアもいるから大丈夫だ」


 ヴェンデルは慌てて帰ろうとするマルテを制止した。


「それに」と言葉を続けて赤い城へ視線を戻す。


「いくら都市を防衛しても元凶を叩かなければキリがない。俺たちはこのまま、あの術を発動している奴を止めるぞ」

「それって……」

「この地区の管理者の神器だ」


 ヘル・ヴィンチェヴァイス――古代六神器の一人であり、この赤ノ城ヘル・ヘヴンの管理を任されている。


「し、神器と二人だけで戦うんですかっ?」


 マギアは驚愕して思わず声を上げた。


 これまで神器のセシルやニノス、マグスと戦ったときは、それぞれマギアやファンファニフ、セシルたちがいた。


 神器相手には複数の仲間がいてこそ勝てるものだろう。

 二人で挑むなど厳しい戦いになることは容易に想像がつく。


「なに言ってんだ。相手なんか一人だぞ一人。そっちの方が多対一で可哀想だろ」

「い、いや。そういわれると否定できないんですけど」

「どの道アイツは俺たちを逃がさないだろうしな」


 ヘルは戦闘狂でヒトへの殺傷をためらわず、自分の管理している街を破壊することもある。


 ニノスともう一人と共に、「平穏な街を築けない三神器」として知られていた。

 おそらくここに強制転移させられたのも、彼がヴェンデルと戦いたかったからなのだろう。


 ヴェンデルは面倒くさそうに頭をかき、ため息をついてマルテを連れ城の方へ歩き出した。


 近づけば城の外装がはっきりと見えてきて視界を赤に染め上げていく。


 同時に鉄臭いにおいが鼻を刺激し、そのにおいは城との距離が縮まるごとに徐々に強くなる。

 マルテは苦い表情で鼻を手で覆った。


「な、なんだか凄いニオイ……まるで血みたいな」

「ああ。これは血のにおいだぞ」

「えっ!? でもどこから……」

「城からだ。この城、というかこの地区の建物は全部、血で造られている」


 城門前に来てヴェンデルは城を指さした。城の血のような赤は、本当に血だったのである。


 マルテは驚愕して目を見開き数秒、言葉を失う。


「こ、これ全部、血なんですか!? え、や、でも誰の?」

「……入れば分かる」


 ヴェンデルは答えず、閉ざされた血の城門に手を触れる。

 すると急に門から赤い棘が出現して彼の手に突き刺さった。


「ヴェンデルさん!!」

「大丈夫だ」


 マルテが慌てて治癒魔術を発動させようとするが、ヴェンデルはもう片方の手でマルテを掴んで制止する。


 彼の手からあふれた血が門まで伝って染み込み、硬いはずの城門に水紋が生まれた。

 棘が消滅し、門が重低音を立てて開き始める。


 ヴェンデルは自分の手に治癒魔術をかけ、マルテを連れて城の中へと足を踏み入れた。


 広い敷地内を赤と黒だけが支配している。


 巨大な真紅の柱や時計塔がそびえたち、いくつか点在する噴水が赤い液体を勢いよく噴いていた。


 マルテは眉を寄せて口元を手で覆い、地に敷かれた石畳の道の上を進む。


「う……凄い。これって全部、血ですよね」

「ああ。基本的に赤いのは全部血だが、黒いのも酸化した血だ。さすがにニオイがきつすぎて、一応は管理者のヘルが魔術で異臭を抑えているらしい。そこまで面倒なことをするなら環境を変えろと思うがな」


 周囲にある黒と焦げ茶に近い色の柱や壁などは何日、何年、何十年と経過した血塊らしい。


 さすがに快適な生活を乱されてしまうため、ヘルは魔術で異臭と腐敗を防いでいた。


「こんな大量の血を一人でどうやって……」

「一人じゃないからできることだ。悪趣味な採血と言うのが正しいだろうな」


 ヴェンデルは城の渡り廊下を歩き、左方に設けられた建物の前に来た。

 血でできた赤い円状の建物からは何人もの声が聞こえてくる。


 中に入ると中央に円状のフィールドがあり、それを囲むように観客席が設けられていた。


 中央のフィールドでは二人の男が戦い、観客席に大勢の見物人が詰めて歓声や野次を投げている。


「これって、闘技場ですか?」


 闘士が相手を剣で斬り付け血が吹き出る。


 マルテは特に斬り合いを忌避することはなく、平然と眺めていた。

 しかし地面に飛び散った血は下へと吸い込まれるように消えていった。


 空中に飛散する血も体を流れる血も、ひとりでに動き出して上空へと消えていく。


 殺し合いをしているはずなのにその場に血は一滴も残っていない。


「血が、勝手に……」

「この領域内は全て、管理者のヘルの支配下にある。この結界内で流れた血は全て、アイツの思いのままに動かせるんだよ。戦いが好きな奴らを集めて殺し合いをさせ、そこで流れた血をヘルが吸い取って街の維持に活用する。それがこの地区の仕組みだ」

「どうりで皆さん楽しそうなわけですね」


 闘技場で戦う闘士はどちらも楽しそうに笑っていて、観戦者たちも盛り上がっている。


 ヴェンデルは彼女の反応を見て少し拍子抜けしていた。


「てっきり嫌がるかと思ったが」

「まあ、私のいた世界もゲームでこんな感じでしたからね。こういう光景は割と慣れています。かくいう私もこのタイプですから。にしても、楽しそうですね……いいなあ」

「……そういえば今まで人間相手で忘れていたが、お前もそんな感じだったな」


 眉間を押さえて小さくため息をつく。


 戦いに目を奪われているマルテの腕を引き、闘技場から出て城の奥へと向かった。


 奥にひと際大きな建物があり、その周りを血柱が囲んでいる。

 その建物の中へ進み、最奥の玉座の間へと出た。


 部屋の両壁には、上から下へと血の流れる水路が一定間隔で設けられている。

 巨大な赤い血柱を背に、赤と黒の玉座に男が座していた。


 二十代後半ほど、この城に同化する赤黒い髪を持ち、両耳にシンプルな丸型ピアスをつけている。

 両手に黒い皮手袋をはめており、頬杖をつき足を組んでいた。


 その金色の目が嬉々として来訪者を出迎える。


「よお、やっと来たか」

「相変わらず悪趣味な街だな」

「人の趣味をとやかく言うのは嫌われるぞ。にしても余計な子犬が一匹ついてきているな」

「お前の術のせいだろ」


 男がマルテへ目を向け、ヴェンデルは彼女を自分の背中の後ろに隠す。

 彼女は男の冷たい眼差しに眉を下げ、ヴェンデルを見上げた。


「あの、この人って」

「こいつがヘル・ヘヴンの管理者、ヘル・ヴィンチェヴァイスだ」

「そう警戒するなよ。そいつが例の眷属か? ……気にはなるが、安心しろ。俺の邪魔をしなきゃ殺さねえから」

「残念ながら、お前の邪魔はせざるを得なくなりそうだ。アレを止めろ」


 ヴェンデルは上を指差した。

 アレとは、外の上空に展開されている巨大な赤い魔法陣のことである。


 今も稼働してマガノ・マテリアを攻撃し続けていた。


「無理だな」


 ヘルは考える間もなく拒否した。


 ヴェンデルも、もとより彼が言うことを聞いてくれるとは思っていないのか動じた様子はない。


「お前もアイツから使命を受けて動いているのか」

「まあそれもあるが、俺はお前と闘えらればそれでいい。ついでに殺してアリシア様の命を遂行できれば良好だな」


 ヘルは玉座から降りて周囲の血を操り、血の鎌を生成する。


 彼はニノスと同じく、神に思考を変えられているのではなく素の状態だろう。

 戦いが好きな彼にとって、世界の破壊など願ったり叶ったりである。

 ヴェンデルと戦う機会ができてむしろ喜んでいた。


 マルテは応戦するため剣を生成して構える。

 しかしヴェンデルが彼女の手を抑えて武器を下げさせた。


「マルテ、接近戦はなるべく控えて術をメインに使え。あとは自分の周りに常に多重結界を張っておけ」

「え、どうしてですか?」

「ヘルは血を操ることを得意としている神器だ。自分が怪我を負って血を流せばそれすらも攻撃に転用される」


 ヘルが壁に流れる血で槍を生成して放ってきた。

 ヴェンデルはマルテを含む範囲で結界を張って槍を防ぐ。


 負傷して血を流せば間近から攻撃されることになる。

 身体に伝っている血すらも操作できるため、ヘタをすれば肉体が貫かれてしまう。


「それにヘルと戦うのはちょっと厄介なんだよ」

「厄介って……ッ!?」


 マルテは背後から魔力を察知してとっさに結界を張る。


 直後、電撃魔術が複数襲いかかってきて結界に激突した。

 煙が舞い広がり、その中にいくつもの人影が揺らぐ。


 煙が晴れた先で、この街の住人たちが大量に群れを成していた。


「アイツは眷属を盾にして戦う、吸血鬼なんだ」


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