第二十四話「神との確執」
セシルがヴェンデルと連絡を取り、街の安全を確認してから皆でマガノ・マテリアに帰還する。
街の中のほとんどは破壊されていて、形を残している建物の方が少ない。
駅も全壊していたためパセリケパークたち機械種は瓦礫の少ない場所で停車して住人たちを降ろした。
辺りにはまだ土埃や煙が充満しており、ところどころで火が残っている。
セシルはヴェンデルを見つけて駆け寄った。
彼のそばでマグスが地面に横になっているのを見て、その体に傷が一つもないことに驚く。
「! マグスは無事……なんですね」
「ああ。色々手間はかかったがな」
「やはり最後は、あなたの神術があれば何とかなりますね」
「アレはそこまで万能な術じゃない。できれば使いたくないくらいなんだ」
「それって……あなたの神術はいったいどういう」
「その話はまた今度な」
セシルが神術について聞こうとするが、ヴェンデルはあからさまに避けるようにして話を切る。
辺りを見回せば住人たちが破壊された街の中で路頭に迷っていた。
今まで街をまとめていたマグスは意識がないため、他の者が取りまとめなければならない。
「セシル、悪いがここの指揮をとってくれないか。俺は先に協会本部の様子を見てSシステムの消却停止処理をする。さっきの戦闘でシステムの一部が破壊している可能性があって少し時間がかかるかもしれない」
「分かりました。マグスは私が見ておきます。シェードでの騒動と今回のことについて話しがあるので、システムの復旧が終わってひと段落着いたら聖堂に来てください」
セシルはマグスを見送り、術を発動させて空中に仮設の聖堂を生成する。
広場を覆うほどの大きさのソレは重さなど感じさせないように浮遊していた。
その周辺の空中に人の休める建物もいくつか創り、住人たちの一時的な避難所を設ける。
マギノス族が我先にと大きい建物を占拠し、住人たちは不満をこぼしながら建物へと入っていった。
セシルは聖堂の奥に寝具を設置し、マグスを寝かせる。
現場の指揮を取り、魔術の得意な者を主に招集し、瓦礫の撤去や家々の修復再生作業に取り掛かった。
「A班は、手分けして道路の割裂の修復をお願いします。B班は周囲の建物が崩壊する危険がないか確認して、瓦礫を移動させてください。そこの瓦礫は、まだ元の建物に修復できそうなので一度こっちに置いてください。奥にあるものは細かすぎるので一度消して建物の材料を再生成しましょう。C班は安全が確認できた場所から建物の修復にかかってください」
皆セシルの指示通りに動くが、少し離れた聖堂前で数人集まって小声で話し始める。
「……セシル様、本当に大丈夫なんだろうか」
「以前シェードで破壊行動を起こしていたみたいだけど、それ何だったんだろうね。結局は何か掛けられてた術が解けたってこと?」
「いや、それが術で操られてたわけでもなかったって聞いたけど」
「え。じゃあやっぱり、マグス様の次はセシル様が暴れ出すんじゃ」
シェードの一件から、セシルに対して不信感や反感を抱く者も少なくはなかった。
彼女がまた暴れ出す可能性もあるため、皆の中で不安が広がる。
それは苛立ちに変わり、この都市のもう一人の神器であるヴェンデルに矛先が向けられた。
マルテは話が聞こえてしまい止めに行こうとする。
しかし隣にいたレドッグが彼女の腕を掴み、微笑んで制止した。
「大丈夫だよ」
「でも……」
ほら、とレドッグは聖堂前に集まる者たちの方へ視線を向ける。
マルテも不安げな表情でそちらを見る。
そこにいる者たちは相変わらず不満を口にしていた。
「あの魔王はどこ行ったんだよ。何でこんな危ない人なんかに指揮を任せて」
「はいはい、どいたどいたー。配給係が通るわよー」
不満を漏らす男の後ろからぶつかるようにしてファンファニフが聖堂に歩いてきた。
隣にマギアもいて、二人とも配給用の食事やら日用品の入った箱を持っている。
男は肩を押されて眉を寄せ、ファンファニフを怒鳴り付けようとする。
しかしマギアを見て面倒くさそうな表情を浮かべた。
「げ。マギア、さんまで」
「げ、とは何だ。げ、とは。辛気臭い顔しちゃってまあー。カルシウム足りてないんじゃない? ねー、ファンファニフ」
「そうよねー。せっかくこの私が、辛気臭い顔してるアンタたちに配給の一つでも配ってあげようって言うのに」
「いや、んなこと言ったって……セシル様もついこの間シェードで暴れてたんだろ? そのとき戦いに行ったアンタたちなら危険だって分かるだろっ」
男の言葉を聞いてマギアが大きくため息をついた。
「アンタら馬鹿なの? 今セシルにそれだけの力は残ってないって分かんないわけ? あの人の姿見ればすぐに気づくでしょ」
通常、術の鍛錬を積めば人の魔力量が波動として目に見えるようになる。
セシルの周囲の魔力は確かに普段より格段に減っていた。
しかしそこにいる住人たちには魔力量が見えないようで困惑しておりファンファニフが説明を加える。
「セシル様はシェードでの戦いで神術を発動させて大幅に神力を消耗したの。マグス様から街を守るために魔力を使いまくっていたし。それに加えてマグス様の神術で大量に魔力を持っていかれているわ。この状態じゃ、戦うための魔術なんてそうそう打てないわよ」
「魔力量も見られない奴がギャイギャイ騒いでんじゃないの」
「分かったらこんなとこ突っ立ってないで、とっとと復旧作業を手伝いにでも行きなさいよ。聖堂は配給受け取り場所なの。散れ散れ」
「いたた。ちょ、分かったから蹴るなって」
ファンファニフに軽く蹴り退けられ、不満を言っていた者たちは慌てて作業の手伝いに行った。
ファンファニフとマギアは男たちの愚痴を言いながら仲良く聖堂に入っていく。
その様子を見てマルテは少し驚いていた。
「二人とも意気投合してますね……なんだか意外です」
「まあ、俺たちは何度もセシル様に助けられてるからね。ファンファニフも、なるべくあの人を支えたいと思ってるんだよ。あと二人とも、何だかんだヴェンデルのこと好きだから、ちょっとムカついたんじゃないかな」
俺もそうだし、とレドッグは呟き二人の背を見て眉を下げて笑った。
しばらくしてヴェンデルがシステムの処理を終えて戻ってくる頃には、聖堂近辺の道路や建物の修繕が完了していた。
セシルは協会の職員に作業を引き継ぎ、ヴェンデルやマルタたち掃除屋の会員、マギノス族を聖堂に集める。
自分がシェードで破壊行動を起こした時のことを話した。
「あれは、決して私の意思でやったことではありません……いえ、正確に言えば私の意思ではあるのですが、それは捻じ曲げられたものです。あの日、天啓のような形でアリシア様の声が直接脳内に響いてきたのです。そして私は、『この世界を、全て破壊する』という使命を受けました」
会員たちが驚愕してざわつき始める。
ヴェンデルは眉を寄せて苦い顔をした。
普通のヒトはおろか、神が神器に言葉をかけることすら滅多にない。
その上、そこで与えられたものがこの世界の破壊ともなれば皆、平静ではいられない。
「使命を受けたものの、私には皆さんを傷つけることなどできず……愚かにも神の使命を拒みました。ですがその拒絶意思が捻じ曲げられ、『世界を破壊する』という思考に強制的に書き換えられてしまいました」
おそらくこの世界の創造者たる神アリシアの力だろう。
彼女はセシルの意思を変えてでもこの世界を全て破壊し、ゼロから創り直そうとしていていた。
セシルは今は、神器の核にヴェンデルの防護術を刻印しており、本来の意思を保つことができている。
「おそらく、マグスも同じでしょう。彼は私と同じように人を愛する神器ですから。ですが神への信仰もひと一倍強い。相当悩んだはずです。そこで拒絶してしまったから、意思ごと変えられてあそこまで暴れていたのでしょう」
「つまりこの一連の事件は……アリシア様の意思によるもの、だということですか」
会員の一人が不安げな声で尋ね、セシルはうなずいて返した。
室内の空気が一気に冷え込み、陰鬱さを生んで人の心を底から揺さぶりかける。
「こんなことになったのは全て魔王のせいではないか」
「アリシア様とうまく交渉できず、あろうことか我らと神との間に亀裂をつくって帰ってきたお前の責任だ」
「そう、だよな。あのとき魔王がちゃんと和解できてたいらこんなことにはならなかった」
マギノスたちがヴェンデルを非難し、徐々に周りの会員たちも同調し始める。
しかし当のヴェンデルは特に気にした様子もない。
何の話か分からないマルテは怪訝そうにレドッグへ視線を送る。
「和解って?」
「ああ……実はアリシア様は、もう何千年も前から何度かこの世界を破壊して創り直そうとしていたんだ。ヴェンデルは唯一アリシア様と話ができるから、アリシア様が世界崩壊を引き起こそうとする度に彼が交渉に出ていてね。いつも何だかんだ説得できていたんだけど……ある時、二人の間で大きな喧嘩が起きたんだ」
数百年前、二人の仲は険悪なものになってしまった。
そこで起きたのは喧嘩というよりは、戦闘と呼ぶにふさわしいものである。
創造神アリシアと神器ヴェンデルによる壮絶な戦いが勃発し、力の衝突の影響で世界の空間が歪むまでに発展した。
ヴェンデルが何とか言葉で神を鎮めたものの、それからアリシアは彼との交渉を拒絶し、この世界の生物全てをも拒絶して対立するようになってしまった。
そのときヴェンデルがもっとうまくやっていたら、今回のように神は人々を見放さなかったかもしれない。
ヴェンデルを責め立てる騒がしい声が聖堂を占拠し、ファンファニフは眉間にしわを寄せる。
「確かに不仲になったのは事実かもしれないけど。ヴェンデルだってわざわざ喧嘩を売って世界滅亡に近づくようなことをするほど馬鹿じゃない。きっと交渉でアリシア様の意見を飲むには何らかの問題があったから対立してしまったんでしょ。あのとき何があったのか、私たちは何一つ知らないのよ。あのとき私たちはヴェンデルに責任を押し付けるだけで何もできなかった。それなのに……」
「落ち着けって」
ヴェンデルへの罵倒が飛び交う中、ファンファニフは拳を握って武器を出そうとした。
レドッグが呆れて制止し宥める。
聖堂の騒がしさにセシルがため息をつく。
「今は誰かを罵っている場合じゃありませんよ。何にせよ、アリシア様がこの世界を一度すべて破壊しようとしているのは確かです。これから本格的に襲撃が始まるかもしれません。その対応を考えないと……ッ!!」
セシルが話している途中、外で轟音が鳴って地面が大きく揺れる。
すぐに聖堂から出て外を見れば、遠方から魔術攻撃が放たれていた。
真っ赤な血でできた鋭利な棘が何発も襲いくる。
「!! あれはヘルの魔術」
都市を護る結界が術を防いでいるが攻撃を受けるごとに結界に亀裂が入り、ところどころに穴が開き始める。
「マグスとの戦闘で結界が壊れかけていたのか!」
術の攻撃は止むことなく放たれ、結界を食い荒らして叩き壊した。
攻撃が街に降り注ぎヴェンデルやセシルたちが広範囲の結界を張る。
しかし血の術ひとつひとつに込められた魔力が強すぎて結界に貫通していた。
棘が地面に衝突した瞬間に破砕し、真っ赤な血を辺りに巻き散らす。
近くにいた者はその血を浴びてしまうが、血の付いた服や肌が熱を持ち溶けて焼けただれ始めた。
「あつッッ!! ひい! 腕が!!」
「あああ!! 口が! 舌が焼ける!!」
血を受けた者たちが叫び始め、ヴェンデルはすぐさま治癒魔術を発動させる。
「ヘルの血毒か。クソッ、あいつこのまま姿を見せずに殺す気で」
「!! ヴェンデルさん!!」
マルテが敵の魔力を察知してヴェンデルを庇うように飛びつき結界を張る。
直後、地面から巨大な血の刃が出現し、マルテの結界を打ち砕いて二人の胸部を貫いた。
『かはッ!!』
二人とも口から血を吐き出して脱力するが、刺さった刃のせいで倒れず強制的に立たされる。
地面に落とされた二人の血がひとりでに動き出し、ヴェンデルたちを囲うように魔法陣を描き始めた。
セシルはその陣を見て目を見開く。
「! あの陣はッ、二人とも今すぐそこから離れ」
セシルが助けに入るよりも早く、魔術が発動して二人の姿は消え去ってしまった。
* * *
真っ暗な夜闇の支配する世界に、ヴェンデルとマルテの姿が現れる。
先ほどの陣は転移術のようで、強制的に連れてこられたらしい。
二人とも荒い息を吐き、口の血を手で拭って辺りを見回す。
「はあ、っはあ……こ、ここは……」
黒い空に覆われる広大な荒野の中、目の前に一つ巨大な城がそびえたっていた。
全てが血のように真っ赤な半透明の水晶で造られており、遠くからでも強い魔力の気配を感じる。
ヴェンデルは眼前を占める赤に眉を寄せた。
「赤ノ城、ヘル・ヘヴン……五大安全地区の内の一つだ」




