第二十三話「マギノス族に相応しい神術」
「凄い……」
マルテは列車に揺られながら窓の外に釘付けになる。
煙が舞い上がるマガノ・マテリアを、様々な色が染めては上から他の色に塗り潰されていた。
魔術の色鮮やかな光が虹彩に流れていく。
目の前の光景に思わず綺麗だと呟きかけて、マルテは口元を手で覆って言葉を飲み込んだ。
見惚れると同時に術に使われている魔力が遠くからでも察知できて、その異常な量に心配になって顔をこわばらせる。
「ヴェンデルさん、術に注ぐ魔力がいつもよりかなり多い……」
「相手は神器で、しかもマグスですからね」
セシルがマルテのそばに来て同じく窓の外へ視線を向けた。マギノス族であるマグスと戦うとき、一番注意しなければならないのは攻撃の威力と速射性である。
自分で魔力を生み出せる以上、術にいくらでも魔力を込めることができる。
注がれる魔力の量が多ければ多いほど術の威力は高くなる。
しかしその分、発動者の体内にある魔力を大幅に消耗するため、たびたび魔力生成をしなければならない。
近くの座席に座っていたマギアが退屈そうに、組んだ足に頬杖をついてマグスの力のことを話した。
「マギノス族の魔力生成は個人差があって、皆が皆すぐに沢山魔力を生成できるわけじゃない。どれほど生成が得意な人でも、魔力生成の所要時間や一度生成してから多少のクールタイムがあるんだ。ボクにもね」
クールタイムは鍛錬を積めば積むほど短くはなるが、なくすことはできない。
いくらマギノス族といえども魔力を大量に消費する術を連発するのは難しい。
「でも、マグスにはそれがない」
マグスが本気を出した場合、魔力消費が多く一撃で即死する可能性が高い術を延々と連射してくるのである。
彼の術を結界で防御するにも、術を発動させて相殺するにも、マグス以上の魔力を使わなければ押し負けてしまう。
マグスに一撃食らわせようとしても、彼は結界にも多量の魔力を注いでいる。
それを貫くには防御時と同じように、マグス以上の魔力を術に込めなければならない。
車窓の外でヴェンデルが今そうしているように、莫大な魔力を消費しなければ彼とはまともに戦えないのである。
マルテは納得した半面、少し疑問が残っていた。
「でもさっき、ヴェンデルさんは魔力が多いと不利になるって言ってました。今の話を聞いているとよりいっそう魔力量の多い方がいい気がしますが……」
「マグスが『アレ』を使わなければね」
「アレって……?」
マギアの言葉にマルテは不思議そうに首をかしげて尋ねた。
「アイツの神術だよ。特に魔術都市マガノ・マテリアなんかで使ったら、周辺に存在するモノ全て消し去るほどの破壊力を持つ……本当に、マギノス族の神器に相応しい術さ」
状況は最悪であっても、マギアは心底嬉しそうに、どこか羨ましそうに口角を引き上げて窓の外を眺めていた。
耳をつんざく強烈な音が止むことなくマガノ・マテリアに広がっていく。
多量に魔力を含んだ術がマグスから放たれた。
ヴェンデルは回避し、同量の魔力を込めて術を撃ち返した。
マグスは結界を多重に展開させ、ヴェンデルの術がそれに食らいつく。
しかし残り二枚を残して術が消滅してしまった。
ヴェンデルは剣を生成し、結界を使わず飛行して術を回避しながらマグスに接近する。
同時に術を発動して防御に意識を向けさせ、間合いに入り込んで斬りかかった。
しかしマグスは拳銃のバレルで刃を受け止める。左手にも銃を出し、銃口をヴェンデルの腹部に向け引き金を引いた。
ヴェンデルは即座に剣を離し、マグスの左手に蹴りを入れて軌道をそらす。
マグスは体勢を崩すが、そのまま右手の銃を撃ち放った。
ヴェンデルが剣で弾丸を弾き、生まれた隙を埋めるようにマグスに向かって魔術で電撃を放つ。
マグスは体をそらして電撃を避け、彼と同じように術を放ちながら片手で銃を撃った。
それを避けたヴェンデルが蹴りを入れ、マグスが腕で受け止める。
それぞれ至近距離で攻防を続けながら、マグスが口を開いた。
「やっぱり僕は、君には勝てない」
「この状況でそれ言うって、煽ってんのか?」
ヴェンデルは冷や汗を流しつつ口角を上げる。
マグスの術がかすり、頬が少し切れて血が流れる。
端からではヴェンデルが劣勢のようにしか見えない。
「事実を言ってるだけだよ。君は僕より強い。でも、君は間違っている。アリシア様は君のために動いてくれているんだよ。それは君も分かってるはずだ」
術を回避し、ヴェンデルは目をそらすように彼の言葉には応えず剣を振るう。
マグスが再び刃を銃身で受け止めるが、すぐには反撃に出ない。
「ヴェンデル。僕は……アリシア神を助けたい」
「助ける? 神の創造物が、神をか?」
「物凄く不敬な考えだとは思う。でもこれ以上、彼女の辛そうな顔を見たくないんだ。それは神器みんなが思っていることだよ。なのに君は、あの方を見ようとしない……いつまでも、彼女を苦しめないでよ」
うつむいて奥歯を噛み締め、悲痛な声をこぼれした。
マグスは一度銃を引いて離し、回し蹴りでヴェンデルを後ろに飛ばして距離を取る。
「アリシア様の意思に背くようなら、あの方を苦しめ続けるなら……君も消えるべきだ!」
マグスはいっそう強く言葉を吐き捨て、空に手の平を突き上げた。
天空に巨大な金色の魔法陣が描かれ、ヴェンデルは顔を引きつらせる。
(きたか……)
マグスの体内に収められていた莫大な量の魔力が外界に一気に放出され、強風を生んで陣へと吸収されていく。
「神器マグスの名に置いて、穿て創世の光玉――マギ!!」
陣が眩しく光り、ドンと重い衝撃音を鳴らして周囲に強烈な重圧がのしかかった。
ヴェンデルだけでなく離れた場所にいるマルテたちも皆、圧に負けて地面に体を押し付けられる。
それと同時に大気中の魔力が全てマグスの陣に吸い取られていき、天空から巨大な魔力砲がヴェンデルに向かっていくつも降り注いだ。
砲撃の雨に避ける隙間もなく、ヴェンデルは自身の魔力を大幅に消費して結界を二十層、三十層と惜しみなく重ねて展開する。
しかし結界内部の魔力が分解され、外側から順に結界が破砕していった。
分解された魔力はヴェンデルのもとに還ろうとしたが、強制的にマグスの陣に吸い込まれてしまった。
結界が次々と砕かれ、指先からも魔力が漏れマグスの陣に吸い込まれてヴェンデルは舌打ちをする。
神術の影響はそこだけに留まらず、結界を張っているはずの壊掃電車内の者もみな魔力を吸収されていた。
中でもマルテとセシル、マギアやマギノス族からは他と比にならない程に多量な魔力が持っていかれてしまう。
「ま、魔力がっ!!」
「ッ、ここからでも吸収されるんですね。パセリケパークさん!! もっと遠くへ!!」
『分かってます!! けど私の力も吸い取られてうまく前に進めないんです! このままじゃ結界も壊れます!!』
セシルが声を張ってパセリケパークへ指示を出すが、彼女も魔力を吸い取られて身動きができない。
壊掃電車を覆う結界の魔力が分解されていき、亀裂が入り小さく音を立てていた。
同じようにして、マルテの金のブレスレッドに亀裂が入り壊れそうになる。
マギアが手で、ブレスレッドごとマルテの腕を押さえ込んだ。
「っ……これが、マグスの固有神術だよ。大気中の魔力や周囲の生命体が持つ魔力を強制的に吸収して魔力砲を放つ」
マグスの神術の吸収量には際限がない。
そこにいる生命体が魔力枯渇で死ぬことなど関係なく吸い取ってくる。
そこまで多量の魔力を吸い込んだ砲撃は、文字通り大地を消滅させてしまう。
窓の外で魔力砲がマガノ・マテリアに降っては消え、辺りを光に染めていく。
眩しさの反動で、光が収まった後の景色が闇の中のようにも思える。
「ボクらマギノス族の巣になってるマガノ・マテリアじゃ、一番発動しちゃいけない類の術だよ。そんなもの前にして、君のコレが壊れると余計に厄介だ」
マルテは規定量以上の魔力が漏れ出ないよう、ブレスレッドで内側に魔力を抑え込んでいる。
それを壊されてしまえば、今まで押さえ込んでいた魔力が全てマグスの陣に奪われることになる。
暴走したセシルとの戦いのとき、マルテはブレスレッドを外していた。
そのときマギアも、抑え込まれているマルテの魔力が並みの量ではないことに気づいていた。
「だからヴェンデルさんは、私が残ることを許可しなかったんですね……でも疑似魂も使えなくて、ヴェンデルさん本当に死んじゃうんじゃ」
マルテは窓の外を眺めて不安げにギュッと両手を握る。
しかし、セシルが優しく彼女の頭を撫でた。
「彼なら大丈夫ですよ。力の差はそこまでなくても、ヴェンデルはマグスや私たちよりは強いですから」
「そもそも、ヴェンデルが勝てないようだったら端から一人で行かせたりしないからね」
なにを根拠に言っているのか分からないが、セシルもマグスもヴェンデルが死ぬ心配はあまりしていないようだった。
外で炸裂するマグスの魔力砲を目にすれば余計に、二人の考えがマルテには理解できず怪訝そうにする。
「この状況で術を使っても魔力が吸い取られるのに、どうやって……?」
「……さあ、どうやってだろうね」
「それは私たちにも、分からないんですよ」
二人ともマルテの疑問に答えを出すことができず、眉を下げて窓の外へ視線を向けた。
ヴェンデルの結界が魔力砲に打ち砕かれ甲高い音を響かせて破片を散らす。
同時にその下の結界の魔力が分解されて崩壊し、魔力が陣へと吸い込まれていく。
ヴェンデルは結界を削られる度に新しく結界を生成するが、魔力を外に放出した瞬間にマグスに奪われてしまった。
魔力砲は止むことなく降り続け、地面が抉れて轟音と揺れを生む。
マグスの猛攻に結界の生成が間に合わず、最後の一枚が打ち砕かれた。
光の粒が舞い、手を前に出して術を放とうとする。
そこに注ぎ込むための魔力も吸い取られ、ヴェンデルは奥歯を噛み締めた。
「これで、終わりだよ」
マグスは連射を止めて可能な限りの魔力を陣に込め、手を振り下ろした。
天から巨大な魔力砲が降り注ぐ。
砲撃が眩しく世界を照らし、ヴェンデルごと一帯を飲み込もうとする。
しかしヴェンデルがフッと口角を上げ、マグスは驚いて目を見開く。
ヴェルデルが何か言葉を口にしているが、突風と轟音で何にも聞こえない。
だが、最後に一瞬だけ声が聞こえた。
「ーークス……マキナ」
ヴェンデルが口にした直後、地面に巨大な金色の魔法陣が発現する。
その陣は襲いくるマグスの魔力砲の魔力を分解し、吸収していった。
「!! まさか、それは僕の……!!」
彼の言葉を遮るように、ヴェンデルの手から巨大な魔力砲が撃ち放たれた。
マグスは結界を多重に張るが、いとも簡単に破壊される。
砲撃はマグスを飲み込み、その先の空に突き刺さって雲を穿った。
光が収まってヴェンデルは一つ息を吐き、空を見上げる。
そこには魔力砲が直撃したはずのマグスが気を失っていて浮遊していた。
その体には傷ひとつなく、地面へと落下してきてヴェンデルが受け止める。
ガラス片や瓦礫のない平らな場所にマグスを寝かせ、体を預けるようにドサッと座り込んだ。
「さすがに、疲れた……」
そのまま上半身を地面に倒して脱力し、眩しい太陽に眉を寄せて腕で顔を覆った。
* * *
「どうやら、終わったみたいだね」
マグスの魔力反応が薄くなり、マギアがそれを口にすると皆、安堵して脱力した。
魔力吸収から解放され、電車の中にいる者たちは疲れ切ったように地面や座席にもたれかかっている。
しかしマルテは、今の状況に困惑していた。
彼女はずっとマガノ・マテリアの方を見ていたが、魔力吸収が収まる前に一瞬、目の前が真っ白になっていた。
視界が戻ったと思ったら、急にマグスの魔力反応が薄くなっていた。
つまるところ、戦いの決着した瞬間が見えなかったのである。
そのとき何があったのか、どうやって勝ったのかがわからない。
「あの、今のって……」
「何も見えなかったでしょう?」
セシルが心を読んだかのようにして言う。
「あれが、ヴェンデルの神術ですよ。発動する度、周囲の人の視界が真っ白になって、いつの間にか戦いが終わっている」
「皆からしてみれば、何が起こったか分からないまま、都合のいいように収拾している……ほんと、ズルい力だよ」
マギアはどこか呆れたように眉を下げて笑った。




