第二十一話「守りたいもの」
遠方から弾丸が飛んできてニノスは軽く横に身体をそらして避ける。
弾が射出された方向へ黒く鋭利な棘を放った。
狙撃をしてきたレドッグを視界に捉えることはできなかったが、棘は正確に彼のもとへ猛進していく。
ヴェンデルは転移で間に割って入り、剣で棘を斬り壊した。
黒い棘が甲高い音を立てて破片を巻き散らす。
ニノスが背後に回り込み、ヴェンデルに強圧をかけて蹴り飛ばした。
轟音が響きヴェンデルは建物に叩きつけられ血を吐き出す。
マルテが魔術で鋭い氷をニノスに放ち、彼も同じものを発動させて術にぶつける。
衝突音が鳴り響いて冷たい風が吹き荒れ、砕かれた小さな氷塊が飛散した。
しかし術は相殺されることなく、マルテの術だけが押し消されニノスの氷塊が彼女を襲う。
マルテは結界を張るが、彼の氷塊に強圧がかかり結界を破砕して彼女を建物に叩きつけた。
土煙が舞い上がり、ニノスはそちらからヴェンデルへ視線を戻し彼の前に来る。
「しょせん、人は人でしかない。神器と戦う力も身を守るすべもない、ただの荷物だ。何かを守りながらじゃ、神器には勝てない。それは例え神器同士の戦いであったとしても同じこと。そんな荷物なんか、さっさと捨てればいいのに……ヴェンデル、これで終わりだよ」
ニノスが手を上に掲げ、地面に巨大な金色の魔法陣が描かれる。
陣が眩しく光り、莫大な量の魔力が注がれていった。
「神器ニノスの名に置いて、全てを圧壊する摂理をここに――エターナル・ブレイク」
かかげた手を勢いよく振り下ろす。
直後、ニノス以外のその場にあるもの全てに強烈な重圧がのしかかった。
「ぐっ!!」
強圧で体が強制的に地面に押し付けられ、目が開かなくなる。
ヴェンデルの肉体は圧し潰され、捻じ曲がる音と骨折音が不快に耳を突き刺した。
しかし彼は口角を上げ、圧されて動かしにくい口から無理やり声を出す。
「こいつらが荷物とは、随分な言い草だな。お前もそうは思っていないから、わざわざ俺以外も呼んでマガノ・マテリアから離したんだろ」
「そんなわけ……ッ!」
突如マルテのいた方から強烈な光が天へと打ち上がり、ニノスは驚いてそちらへ目を向ける。
何故かマルテとファンファニフはニノスの術の圧の影響を受けず、何とでもないように立っていた。
二人とも、ニノスが先ほど放った氷塊に手を触れている。
「確か、神器の魔力を含む物は神術の影響を受けず無効化するんだったね。そしてその無効化は、それに接触しているものにも及ぶ」
「例えばあなたが先ほど打った、この氷塊のように」
「まあ結構魔力が多くないと触れた時に火傷するらしいけど」
神器の生成したものには強い魔力が込められている。
神器が敵意を持つ相手が触れた場合、魔力が一定量より多くなければ焼け焦げてしまうのだという。
後ろから銃弾が飛んできてニノスの頬をかすめる。
離れた場所で、レドッグは地面に伏せライフルを構えていた。
その口に、先ほどニノスが放ちヴェンデルが砕いた黒い棘を咥えて。
ファンファニフとマルテが氷塊に魔力を注いで魔法陣を描く。
二人の前に氷の礫が生成され、ニノスに向かって放たれた。
氷塊にはニノスの魔力も微量ながら混ざっており、神術の重圧を無効化して猛進する。
ニノスは眉を寄せ、周囲に結界を張って氷を防いだ。
「小賢しいことを。そんなことしたところで、君たちのようなただのヒトじゃ神器には傷一つ付けられないよ」
「……さあ、それはどうかな」
ファンファニフは口角を上げて笑う。
レドッグが周囲に飛び散っている棘の破片を拾い、術で銃弾へと変化させた。
その弾頭に、何かの陣が刻まれる。
それを装填しニノスに照準を合わせて撃ち放った。
「だから無駄だって」
ニノスは転移せずに結界で弾丸を打ち砕こうとする。
がしかし、着弾した瞬間に砕けたのは、彼の結界の方だった。
避ける間もなく弾がニノスの身体を穿ち、そこに刻まれた魔術陣が発光する。
ニノスの神術が反転し、周囲の重圧が彼の肉体へと一極集中し始めた。
「あがッ!!」
濁った声を上げてニノスは体を地面に叩きつけられる。
「僕の神術が、なんでッ!」
「反転魔術だよ」
ヴェンデルは神術が反転したことで強圧から解放され、首を押さえながら立ち上がる。
「触れたもの全ての術の効果対象を逆転させる。便利そうに見えて、わざわざ対象に陣を物理的に触れさせなきゃならんから使いづらくて忘れられた術だ」
「神術にも効果があるかは分からなかったから、一か八かだったけどね」
ファンファニフは眉を下げて笑った。
反転魔術は、陣の触れたもの全てに付随する術効果を反転させる効果を持つ。
人に当てれば、その者が発動している術を反転させる。
結界など術で生成されたものに当たれば、その術式を書き換え、当たったものを反転魔術の発動者の所有下に置く。
(ホントこういう状況だとシュールだよな)
レドッグの周囲を結界が囲っているが立ち上がって歩き出しても消えず、ずっとついてきて苦笑いする。
それは自分が出したものではなく、先ほどまでニノスが発動させていたものだった。
こういった場合、結界が時間経過で自然崩壊していくのを待つしかない。
そのままの状態でヴェンデルたちのもとに合流した。
ニノスは自身の神術に圧されて肉体が破砕していく。
激痛が襲い来るが、彼はそれよりも内にある気持ちに苦悶の色を浮かべた。
無表情が崩れて奥歯を噛み締めヴェンデルを睨む。
「この選択、いずれ後悔するよ。このままじゃ一生、前みたいには、戻れないじゃないか。君だって、彼女のことも守りたい、はずだ」
「それでも俺は、こいつらを見捨てることはできない。すまない、ニノス」
ニノスは手足の先から体の中央へと徐々に肉体が砂状に崩壊する。
やがて全身が砕け、黒く光る球が現れた。
マルテたちにも分かるほどの高濃度のエネルギーを放っているが、それは魔力とは違った波長のもの、神の力だった。
これが、神器の核である。
ヴェンデルは術で瓶を出す。
そのガラス面には魔法陣が描かれており、その中にニノスの核を収めた。
マルテは不思議そうにその瓶を見る。
「あの、それは……?」
「核の力を抑え込む術を刻んだものだ。核封印術の簡易版だからそこまで長くはもたないが、核をそのままにしていると神器の身体が徐々に再生していく。応急処置程度でも封じて監視しとかないと、またニノスに暴れられたら困るからな」
ヴェンデルは瓶を懐にしまい、マルテたちと共にパセリケパークのもとに戻る。
彼女にマグスのことを話し、急いでマガノ・マテリアに帰還した。
数時間してマガノ・マテリアが見え始めるが、何やら煙が空へと上がっている。
結界を抜けて駅に着き列車の扉が開いた瞬間、焦げ臭いにおいが鼻を突き刺し視界が煙たく白んだ。
ヴェンデルたちは眉を寄せて口元を手で覆い、改札を抜けて駅から出る。
駅を囲むようにそびえ立っていた高層ビル群のなか、多くの建物の上層が欠け落ち至る所に大きな瓦礫を落としていた。
細長い信号の茎が折れ曲がり地面に頭をつけ、街道を飾る店の電灯が狂ったように点滅して火花を散らす。
「ひ、酷い……」
ところどころに赤い血が飛んでいてマルテは苦い顔をする。
建物の影から何人か人が出てきて、ヴェンデルの姿を見て駆け寄ってきた。
「ヴェンデルさん! よかった! 帰ってきたんですね!」
「これでひとまず安心だ」
「でも神器であってもマグス様を抑えられるかどうか」
住人の言葉を遮るように大きな破壊音が鳴り、建物に風穴が開いて少し離れた場所に何かが飛んでくる。
土煙が舞い上がり空に消え、セシルが姿を見せた。
身体中が傷だらけで荒い息を整え、口に溜まった血を唾と一緒に吐き出して口元を拭う。
封印されていたはずの彼女にヴェンデルたちは驚いて目を見開いた。
「セシル! なんで」
「はあ、っはあ……遅いですよ。ヴェンデル」
セシルはボロボロの状態になりながらも、ヴェンデルに小さく笑みを向けた。




