第二十話「器から溢れた不満の行く先」
マガノ・マテリアの上空で大きな爆発音が鳴り響き、煙の中からマギアとマグスが姿を現す。
マギアは黒い鎌を、マグスは黒い自動式拳銃を手に浮遊して対峙していた。
背後では建物がいくつも破壊され、炎上して黒煙を上へ吐き流している。
マギアは冷や汗を流して口角を引き上げ、マグスを見つめた。
彼の黄色い瞳は普段通りだったが、今まで都市の中で戦うなど有り得なかったことである。
「優等生ぶってた君も、心の中では戦いたかったのかい」
「……返す。全てを白に還す」
「あらまあ人形みたいになっちゃって。腹黒いお顔はどっかいっちゃったの? おっと」
笑って言えばマグスがこちらに発砲してきて右に避ける。
少し困ったように眉を下げ、一つ息をついて彼に急接近した。
鎌が振るわれ、マグスはその刃を銃のバレルで受け止める。
そのまま鎌を横に押し流してマギアの腹を蹴り、後ろに飛ばして距離を取った。
手を前に出し魔法陣を展開させてマギアへ術を放とうとする。
しかし横から炎の魔術が来て術の発動を中断し後方へと回避した。
マギアは少し驚いた表情をして、炎の術がきた方へ目を向ける。
そこにはアスティがいて加勢に入るつもりのようだが、マギアは苦い顔をした。
「マギア様! 援護します!!」
「……必要ない。ボクはマギノスなんだ。一人で何とかなるよ」
「マギノス族が特別な種族だったとしても、神器相手に一人じゃ無理です!」
「じゃあその特別な種族以外の奴らの安全は誰が守んのさ!!」
荒く大きな声が上げられ、アスティはハッとして目を見開いた。
マギアは小さくため息をつき、下方の街を見おろす。
煙が上がる街には多くの人々が叫び声を上げて逃げ回っていた。
ここの管理者であるマグスが暴れたことで皆、混乱状態に陥っている。
指揮系統が崩れて協会が機能せず四方八方に人々が行き交い、まともな避難ができていなかった。
協会上層部の老い顔のマギノスたちは、マグスより実力も劣るため恐怖して我先に別の安全地区へと逃げようとしている。
そんな同族を見て情けなさにマギアは大きくため息をついた。
「アスティ、ここにいったい何人住んでると思ってるの。今まともにコイツの攻撃を防げるのはボクと君しかいない。だったらここの人たちに避難誘導でもして守るのが、今の君の最優先事項だよ。分かったらさっさと行きな」
「ッ、はい……マギア様に、神のご加護がありますように」
アスティは唇を噛み、武運を祈って走っていく。
彼の言葉を聞いてマギアはフッと笑った。
マグスも逃がすつもりはないのか、アスティや住人たちのいる方へ魔術を発動する。
しかしマギアが転移して術の進行方向に割って入り、結界を張って術を消し飛ばした。
「神のご加護、ねえ。そんなもの与えられたら、ただの神様のマッチポンプになっちゃうよ。ねえそうでしょ、マグス」
「……退きなさい。あなたは、ただ戦いたいだけのはず。全て消し飛ばした後に相手をしてあげるよ」
「いやあ、どうにもキミと戦えることに興奮しちゃってねえ。ボクは今すぐ相手してほしいんだよ。それに、どうしても気持ちが引くに引けなくてね。一応ボクもこの街に住むヒトの一人だからさ、なんか愛着湧いちゃって。壊されると――困るんだよね」
マギアは魔術で鋭い氷柱を生成しマグスに放つ。
前に結界を張って防がれるが、その隙に彼の背後に転移して鎌を振るった。
しかしマグスは鎌が当たる前に、下の住人のいる方へ手を向けて魔力砲を撃つ。
マギアは慌てて攻撃を止め、魔力砲の前に転移して結界で受け止めた。
大きな衝突音が鳴り響き、煙が立ち込める。マグスの術に込められた魔力に結界が破られて煙が充満し、むせて手を振った。
視界を煙が占領する中、二発の銃弾が煙を切って彼女の腕と腹を穿った。
マギアは口から血と濁った声を吐き出す。
風が吹き荒れて煙が飛ばされ、明瞭になった視界でマグスが銃口をこちらに向けていた。
「いつもならともかく、こんな状況で僕に勝つことはできないよ」
「……そうだろうね。荷物を抱えたままじゃ、戦いにくいのは明白だ。それが神器相手なら、なおさら。弾丸を本来のダメージで受けたのなんて久々だよ……クソ、痛すぎる。アドレナリン、ドバドバで楽しいけど、やっぱ疑似魂に変換しておくべきだったね」
マギアは手で口元の血を拭って腹部を押さえる。
激痛に冷や汗を流しながらも、眉を下げて笑い片手で鎌を回して構えた。
その笑みにマグスは眉を寄せて冷めた目を向ける。
「まだ戦う気なの。愚かなヒトだ。今すぐ楽にしてあげるよ」
一撃で決めるつもりなのか、マギアの周囲に複数の魔法陣を出現させた。
神器の魔術は込められた魔力が多く、一つ受け止めるだけでも並みのヒトには難しい。
近距離で一斉射撃されれば、たとえ結界を複数張ったとしても確殺されてしまうだろう。
転移で回避しようとしたが、上方に魔術制御の陣が展開されていて転移術の発動を妨害されてしまった。
魔術が放たれ、視界が眩しい光に支配される。
痛みもなく死ぬかもしれないと覚悟を決め、マギアは諦めの笑みを浮かべまぶたを閉じた。
しかし痛みどころか衝撃すらこず、代わりに大きな衝突音が耳へと流れ込んでくる。
再び開けた目に、揺れる長い水色の髪が映った。
マギアは驚きで口が半開きになるが、すぐに柔らかい笑みを作る。
「目が醒めるには少し遅いですよ――セシル様」
球状の結界の中、マギアを庇うようにセシルが立っていた。
いくえにも重なる結界は莫大な魔力をはらみ、欠けることなくマグスの魔術を食らいつくしていた。
マギアを背にセシルは表情を変えず、振り向かずに氷の槍を生成し手の中で回す。
「ごめんなさい。最近どうにも朝が弱くて……私がいれば、こんな状況でもあなたに勝てますかね? マグス」
「神の意思を無下にする愚か者が。その腐った自我、叩き直してあげるよ」
マグスは黄色の目に冷気を含んでセシルを見おろし、数十個の魔法陣を展開させた。
* * *
ファンファニフとレドッグが斧とライフルを、マルテが短刀を出して戦闘態勢を取る。
しかし矛先を向けられてもニノスはヴェンデルにしか目を向けない。
「ヴェンデル、今ならまだやり直せる。今アリシア様の使命を遂行すれば、また昔のように戻れるんだよ」
「悪いが、その使命は果たせそうにない。この世界が築かれていくうち、ここに生み出される者たちが俺にとって守りたいものになっていった。だから全て抹消するのは賛同できない。そのやり方が変わらない限り、俺があいつの味方につくことはない」
「……そう。残念だよ、ヴェンデル」
ニノスは視線を下げ、地面を踏み込んでヴェンデルに急接近し勢いよくトンファーを振るった。
ヴェンデルは即座に結界を張って防御し、至近距離からニノスに電撃魔術を放つ。
ニノスも結界を張るが魔術の威力に耐えられず後ろに圧されてしまった。
ニノスの結界が砕かれ、その隙にマルテが炎魔術で追撃をかける。
マルテの魔術を転移で避けるが、その背後にファンファニフが転移して斧を振り下ろした。
同時に離れた場所からレドッグがライフルを構えてニノスを狙撃する。
ニノスは斧をトンファーで受け止めてファンファニフを押し飛ばし、被弾する前にレドッグの目の前に転移した。
彼はニノスの次の行動を予期してとっさにライフルを横にして防御態勢を取る。
そこにニノスのトンファーが放たれ、銃身を破壊してその先の胸へ打ち当たる。
強圧がレドッグを襲い、後ろの建物の壁まで吹っ飛ばした。
彼の肉体が壁に激突して大きな音を立てる。
一瞬呼吸ができなくなったあと、再び肺が一気に息を吸い込む。
呼吸器官が対応できずにレドッグはむせて咳と一緒に血を吐き出した。
「レドッグさん!! ッ!」
マルテはレドッグのもとに駆けよろうとするが、後ろで気配がして慌てて振り返った。
彼女の赤い目にニノスのトンファーが映り込む。
打突の直前、ファンファニフがマルテの前に転移して結界を張った。
しかし防げたのは最初の衝撃のみで結界は簡単に砕かれ、身構えたファンファニフは右腕を殴打されてしまう。
衝撃と勢いを殺しきれず、圧を受けて後ろのマルテを巻き込んで吹っ飛ばされた。
地面を転がる前にマルテがとっさに衝撃緩和の術を使い、ファンファニフを支えて後方に滑り込む。
痛みに声をもらしファンファニフへ視線を移した。
彼女の腕は骨が砕かれて風穴が開いている。
「!! ファンファニフさん、腕がッ!」
「っ、参ったな。利き手が使い物にならなくなったよ」
ファンファニフは苦い顔をして冷や汗を流し、右腕を押さえながら立ち上がった。
マルテが治癒魔術を発動させながら彼女を支える。
「一撃でこんな威力なんて……」
「神器にはそれぞれ得意分野があってね。ニノス様の場合は重力操作で、攻撃した瞬間に重力を変える強圧攻撃を得意としているんだよ」
ニノスは重力操作を攻撃に取り込み、武器が打ち当たる時の衝撃を増幅させることで一撃の威力を高めている。
攻撃を一発食らっただけでも致命傷になり得るうえ、今のファンファニフのように防御したとしてもそれを簡単に打ち破られてしまう。
当たり所によっては即死してしまうため、彼の攻撃はなるべく回避しなければならないのである。
「でもニノス様、動きもかなり速いですし逃げ回るにも限界がありますよ」
「そうだね。けど、一つだけあの人の動きを止める方法がある」
「それって……」
ニノスはファンファニフの治療が終わる前に二人に追撃しようとする。
しかし背後からヴェンデルが剣を振るい、すぐさまトンファーで剣を受け止めた。
重圧をかけて剣を押すがヴェンデルが押し負けることはなく、むしろ同程度の力で圧し返していた。
「ここで足掻いたところで無意味だよ。君たちをここに呼んだのはマガノ・マテリアを手薄にするため。君たちがいなければ、あそこは簡単に瓦解する。予定と違ってマギアが残ってしまったから少し時間はかかるだろうけど」
「まさか、マグスも知っていてわざとこの依頼に俺たちを送り出したのか」
「……いや。マグスとセシルは言うことを聞かなかったみたいだよ。アリシア様が従わなかった二人の感情と思考を塗り替えて都市で暴れるように仕向けたんだ。神器が暴れれば、他の人々には止めようがないからね。そうして、やがて世界は最初の白に戻る」
「世界を創り直したところで、また同じようなことになる。争いが生まれてヒトは神を崇め、創生の一旦を担った俺が悪しき部分の責を負う。それでいいんだ。」
「君が良くても、アリシア様はそれを望んでいない。神がいればヒトは満足するんだ」
「そうはならないこと、お前もよく分かっているはずだ」
ニノスの押す力が少し弱くなり、ヴェンデルはその隙に彼を強く圧して離した。
ニノスは今の言葉を聞いて視線を少し下げる。
「神をまつりすがることで人は苦しみから目を離すことができるだろう。だがヒトはそれだけでは終わらない。神に向けられない不満が器からあふれて、何かを悪にし非難することで精神を保つようになる」
「アリシア様に生み出されたというのに醜く育つものだね。そんなもの、守る価値なんかないよ」
ニノスは奥歯を噛み締め、無感情だった顔を少し歪ませた。




