第十八話「天黒門パンドラ」
それから数日間は特に今までと変わらない日々が続き、他の神器が暴れ出すことはなく時は過ぎる。
マグスの説得によりマギノス族に魔力生成の協力が得られるようになり、セシルの核を封印する準備が進んでいた。
そんな折、他の安全地区から勇者討伐の依頼が届いた。
「ニノスから依頼……?」
ヴェンデルは怪訝そうな声をマグスに投げる。
彼は呼び出されてマギノス統治会本部のマグスの執務室に来ていた。
「あの一帯は彼が全て一人で討伐を引き受けていますが、最近勇者の数が増えているようで一人で捌ききれないみたいです」
マグスはデスクに座り、魔術で空中に電子ウィンドウを開いて依頼書を見せる。
そこには、パンドラ周辺の一斉清掃を手伝ってほしいとの旨が書かれていた。
天黒門パンドラ――五大安全地区のうちの一つだが、他と違って別の空間に存在している。
危険特区の荒野にポツンと巨門がそびえており、そこを抜けると入ることができる変わった都市である。
異空間ということもあり、人間や勇者の攻撃が都市に及ぶことはない。
そのためパンドラ周辺の人間討伐は、管理者であるニノスという男が一人で担っていた。
しかし最近になってなぜか門周辺に人間や勇者たちが多く出現するようになり、一人で対処するのが厳しくなっているのだという。
ヴェンデルは依頼書の内容に目を通して少し眉を寄せた。
「勇者たちの出現数が増えたのは、セシルが破壊行動をしたのと同時期か」
「偶然ともいえますが、セシルの件と関連性がないとも言い切れません。敵の強さも増している可能性があります。今回の依頼、ニノスが君とマルテ、ファンファニフとレドッグ、アスティにマギアも指名しているくらいですから」
「マギアもか……」
依頼書の下方に必要な戦力が書かれているが、列挙されているのはマガノ・マテリアの主戦力の面々である。
ヴェンデルたちは普段から仕事で都市を離れることが多いが、マギアは一応ここの防衛の役割を持っていて街に常駐している。
他にもマギノス族が大勢いるので防衛に関しては申し分ないが、神器とも渡り合えるマギアの存在が住民にとって安心材料となっているのは確かだった。
セシルの一件では神器の暴走ということで彼女を外に駆り出したが、今回はいつものような勇者討伐である。
「アスティとマギアはここに残した方が良いんじゃないか? セシルも、いつ目覚めるか分からない状況だからな」
「それもそうだね……ただ現状、今までになかったことが起こってもおかしくない。何かあったらすぐにマギアを送れるように準備はしておきます」
「今回はニノスもいるから大丈夫だとは思うが。頼んだぞ」
ヴェンデルは本部から出て駅に向かう。
駅には既にマルテたちが待っていて、パセリケパークが到着し四人を乗せてパンドラへと走り始めた。
電車に揺られながら、マギアはヴェンデルへ怪訝そうな視線を向ける。
「あの、パンドラっていうところは異空間? なんですよね」
「ん? ああ、そういえばお前はシェード以外に行くのは初めてだったな。危険特区に一つデカい門があるんだが、それには転移魔術が組み込まれていてな。それが異空間に隔離されたパンドラと繋がっているんだ」
「術で隔離されているなら、多少は倒しきれなくても大丈夫なんじゃないですか?」
「いや。確かにパンドラは勇者たちが魔術攻撃を仕掛けても直接、街には当たらないから大丈夫なんだが、門を攻撃されると話は別だ。門を壊されると、異空間の魔術が崩壊してパンドラが危険地区に移送されるようになっている。移送されるとパンドラの街がむき出しの状態になってしまうから、門が破壊されないように勇者たちは無視できないんだ」
「そうなんですね……でもいつもはそこの管理者の神器が一人で討伐しているんですよね」
きっと住民思いの素敵な人なのだろうな、とマルテは心の中で呟き口元をほころばせた。
その様子を見たファンファニフは、マルテの考えていることを察して苦い顔をする。
「マルテ、あんまりニノス様に期待しない方が良いよ」
「え? な、なんでですか?」
「神器に対してあんまり不平を言うべきじゃないんだけどねえ。ニノス様は悪い人ではないんだけど、別に優しい人でもないから」
ファンファニフに続けるようにレドッグが苦笑いして言った。
ニノス・グレゴリー。
古代六神器の一人であり、一応は、人の生活できる街を築ける神器ではある。
静かな性格で対人間以外の争いに積極的ではなく、他者に対してあまり攻撃的にならない。
客観的に物事を見られる人物である。
ただし、決して善人というわけではない。
ただ単純に、周りに対してそこまでの興味と執着を持っていないのである。
ヴェンデルもニノスを脳内に浮かべて眉を下げた。
「パンドラも普通に人が生活できる場所だが、ニノスはそこにいる住人のことなんて全く考えていないからな」
「え、でも街を守るために人間討伐はしているんですよね」
「街だけは、ね。神器は神からの命で、振り当てられた安全地区を守る義務がある。だからニノス様は、天命に従って街を守るような行動をしているにすぎない」
「あの方は街の治安悪化で住人が死傷しても、住人が人間に食われても特に気にしてないの。というか、眼中にすら入ってないんじゃないかしら。要するに、パンドラという神から託された街が無事であれば、他はどうでもいい、って感じのヒトなのよ」
ファンファニフは小さくため息をついた。
ニノスはヒトが住む観点として街を管理しているわけではない。
そのためパンドラはマガノ・マテリアやシェードに比べて治安は悪く人口も少ない。
「あそこに住もうとするのは物好きか、治安が悪くても他人に干渉されずに一人で生きていきたい人だけだよ。そいつらは皆、街が壊れたら別のところに移るって感じで全く防衛に興味示さないし。正直、俺は今回の依頼あんまり乗り気じゃないんだよね」
レドッグはニノスはともかくとして、パンドラに住んでいる者たちのために働くのは忌避していた。
「……もしかして人間討伐をニノスさんが一人で担っているのって」
「そ。他に担ってくれる人がいないんだよ。あそこに住む奴らは皆、ニノス様がやってくれるから自分たちはしなくて良いやって感じでね」
「まあもっとも、ニノスが都市守護のために他人の援護を必要としてるかは分からないけどな」
レドッグの言葉にヴェンデルが付け足した。
基本的にニノスは全て一人でやろうとするため、普段はヴェンデルたちにすら支援を頼まない。
「でも今は、そんな人が援護を要請しているってことは……」
「相当、敵の数が多いってことだろうな」
ヴェンデルは窓の外へ視線を向けた。危険特区を進んでいくと、前方に門が見え始めた。
広い荒野の中に巨大な白い門が一つポツンとそびえ立ち異質さを醸し出している。
門には薄い白の半透明の結界が張られていた。
周辺に人間たちが大量に群がっていて、パセリケパークは人間の群れに突っ込む前に一旦停車する。
勇者が一体と戦士が複数体暴れており、その中央で一人戦っている者が戦っていた。
黒いコートのフードで顔は見えないが、小柄な男性のようである。
彼は戦士を一体倒し、飛躍して巨門の上に飛び乗った。
手を前に出して魔法陣を展開させ、人間や戦士たちに黒い電撃魔術を放つ。
空気が割れる音が響くなか、少し離れた後方から勇者が光の魔術を発動させた。
男は勇者の魔術を転移で避ける。しかし転移した先で戦士二体が挟み撃ちで彼に拳を振り下した。
すぐに結界を張るが、拳が打ち当たるより先に横から魔力砲が差し込み、轟音を立てて戦士たちの拳を破壊した。
魔術の放たれた方へ目を向けると、ヴェンデルが列車の屋根の上で立っているのが見えた。
彼の足元には白い魔法陣が展開されている。
勇者は敵が増えたことを認識して、男とヴェンデルたちの両方に向けて魔術を放った。
壊掃電車に張られた結界が勇者の攻撃を弾き飛散させる。
男は勇者の魔術を避けながら戦士の腕に乗って上にのぼり、跳躍して頭上に手を触れた。
彼が頭に触れた瞬間、戦士の身体に強圧が走り亀裂が入って巨体が大きな音を立てて爆破する。
もう一体の戦士が片手を振るうが、男はパセリケパークの上空に転移して回避した。
マルテはファンファニフたちと共に降車し、上空の男を見上げる。
男は飛行魔術を解き勢いよく降下した。
屋根に靴を打ち付けてガンと硬い音を鳴らし、ヴェンデルの後方に降り立つ。
風にフードが外れてその下の素顔が見えた。
少し長めの灰色の髪が揺れ、感情のない紫の目がヴェンデルを射抜く。
十代後半ほどの若い青年で、耳が短く尖っている。
そこに付けたピアスの水色の装飾が日の光を受けて眩しく煌めく。
しかし彼の目に光はなく、顔に無表情を張り付けていた。
冷めた目を車両横にいるマルテたちに移す。
「おかしいな。君たちだけなの? 僕、マギアも呼んだはずだけど」
「セシルの件もある。今のこの混乱した状況下で、マガノ・マテリアにある戦力をゼロにするわけにはいかないからな」
「……まあ、それもそうか」
ヴェンデルが答えるが、男は聞いておいてあまり関心のなさそうな声で返した。
マルテは彼が誰か分からず、先ほど電車で話していたことを思い返してファンファニフへ視線を向ける。
「もしかしてあの人が……?」
「ん? ああ、そう。あの人が天黒門パンドラの管理者、ニノス・グレゴリーだよ」




