第十七話「神器の核」
ヴェンデルがセシルを壊掃電車まで運ぶと、一両目の前方床に刻まれた転送魔法陣が光ってマルテが姿を現した。
「ふー、何とか終わりましたねっ。うまくいって良かったですよー」
明るい声で何もなかったかのように呑気に言う彼女に、ヴェンデルは呆れた表情を浮かべた。
「アレのどこが『上手くいった』んだよ。お前死んだだろ」
「システム上、生き返えるから良いじゃないですかー。私はただ、神器の封印術を本で見つけたから実践してみただけですよー」
マルテが持っていた魔導書には神器を昏睡状態にさせ魔力を封印する術が書かれていた。
ただ理論上はその術で神器の封印も可能だというだけで、気軽に発動できるものではない。
術の発動には封印する神器の莫大な魔力が必要となるため、詠唱の中に神器の魔力を吸収するための言葉が組み込まれている。
しかしその量は、神器が発動し得る最大火力の神術に注がれるものと同じもの。
それだけではなく、術の発動者自身の全魔力と発動者の肉体を糧として捧げなければならなかった。
つまるところ、術の発動者の死亡が必須となる術なのである。
その時に肉体が崩壊する過程で発動者に激痛が襲いかかる。
疑似魂があるとはいえ、決して楽には死ねないものである。
そしてあの封印術は確実に封印できるというものではなく、失敗に終わる可能性も高い。
ヴェンデルは先の封印術の存在は知っていたが、万が一失敗すれば戦力が無駄に減ることになってしまう。
たとえ疑似の魂が壊れるだけでもう一度生き返るとしても、ヴェンデルは誰一人死なずに済む方法を模索していた。
「あんな術を使うなんて、わざわざ自分から地獄を味わいに行くようなものだぞ」
「怪我をしようが体がもげよう死のうが、勝ちは勝ちです。疑似魂ならどうせ完全に死にはしないし、残基とかの概念もないんですから。これが私の世界だったら、とっくに意識ごと死んでますよー」
手をひらひらと振って一両目の座席に座った。
残基と聞いてヴェンデルは眉を寄せる。
「お前なあ、これはゲームじゃなくて現実で」
「セシルさんを助けたかったんでしょう? なら、実行できる方法に賭けるしかないですよ」
マルテはヴェンデルの言葉を遮って話した。
「それに」と言葉を続けて彼の方へと目を移す。
「皆一緒にセシルさんの術を食らって皆で激痛に泣くよりも、一人が痛みを負って収められるならそれが一番です。失敗した時のことも考えて、あの状況で術を発動できるのはヴェンデルさんより私が適任だった。だからやっただけです。全員無傷でなんて無理ですよ……ゲームじゃないんですから」
神器相手に少しの犠牲もなく勝つことはできない。
ヴェンデルもそれを分かっていたため言葉に詰まって目を背けた。
壊掃電車は数時間かけてマガノ・マテリアへと帰ってくる。
駅に着くと、ホームでマグスが待っていた。
普段こんなところに彼が来ることはないのでヴェンデルは少し驚き、セシルを横抱きにして降車しマグスのもとまで来る。
「皆お疲れ様。何とか抑えられたみたいだね」
「なんとかな。セシルは術で意識と魔力を封じている。あのままあそこに放置するのも危ないから念のため連れて帰ってきた」
「へえ……あの術を使ったんだ。意外だね」
「まあ、使ったのは俺じゃないけどな」
ヴェンデルが横にいるマルテに視線を向ければ、彼女は斜め上に目をそらした。
その様子を見てマグスは察して苦笑いする。
「セシルは本部で引き取るよ。みんな疲れていると思うから、少し休憩を取ってから本部に集まるように」
マグスはセシルを受け取って本部に戻っていき、会員たちが解散して帰っていく。
ヴェンデルたちもそれに続くが、マルテは改札を抜けた瞬間、心臓と脳を揺さぶられる感覚に襲われた。
ふらつく彼女にヴェンデルが駆け寄って体を支える。
激痛に眉を寄せマルテは冷や汗をかいていた。
「はあ、っはあ……あの、これは……」
「疑似魂で死ぬのは初めてだったか。疑似魂で死んだら、魂を戻した時に普通の遅効疲労よりもかなり強い痛みが来るんだ。しばらくは立っているのも辛いだろうから家で休むぞ」
ヴェンデルはそのままマルテを抱き上げて家に向かった。
彼女に休養を取らせ、ヴェンデルも数時間ほど睡眠を取る。
召集予定の時刻になる頃にはマルテの体調も戻っており、二人で本部に向かった。
マギノス統治会本部の会議室には先ほどいた者たちが全員集まっていて、前方でレドッグがこちらに手を振っていた。
そちらに行き二人が座って、前方のマグスが会議を始めた。
議題はもちろん、今回のセシルについてである。
「みんな今回はよく頑張ってくれたね。鎮圧自体が難しかったとは思うけど。神器セシルは今、一時的な昏睡状態のまま地下に拘束しているよ」
引き取られたセシルは、本部の地下収容所にていくつかの術で拘束され収容されていた。
ただマルテが使ったあの封印術は、決して完璧に神器を封印できているものではない。
時間経過と共に術の効果が薄れ、いつか昏睡状態が溶けてしまうのである。
会員の一人が「あの」と声を出して手を挙げた。
「現場にいた者から見ればアレは……確かにセシル様の意思によるものでした。操られていたわけではなく、セシル様が自ら望んで破壊行動をしていました。意思がそのまま変わらないのであれば目覚めれば恐らく、また街を破壊する可能性が高いかと」
身を守るためなら、昏睡している間にセシルを始末してしまう方法もある。
しかしそれは簡単にはできないことだった。
神器の体内には、魔力とは別の強いエネルギー、神の力を宿す核がある。
その核を壊さない限り、例え体がなくなったとしても神器は生命活動を維持し続ける。
しかしその核の役割は、神器の命だけに留まらない。
核の神の力は魔力に変換され、定期的に大気中へと放出されている。
人々は皆、その魔力を使って生活を豊かにしてきた。
神器の核は、この世界において魔力の均衡を保っている。
その核が欠けてしまえば、魔力が枯渇してしまう可能性があった。
魔力で全てのものが形成されているこの世界で魔力の枯渇が起きれば、最悪は世界が滅びかねない。
だからこそ脅威となり得る存在の神器を、人々は神の遣いとして崇める形で認めてきたのである。
「これはもう、シェードの神殿にセシルの核を封印するしかないんじゃないの」
マギアが伸びをするように頭の後ろで両手を組んで提案した。
神器が管理する地区には、それぞれ神殿が設けられている。
そこにある封印の間に神器の核を置き、特定の術を発動せれば神器の力を完全に抑え込むことができる。
しかしその術を発動させるには、神器の肉体を破壊して核を取り出さなければならない。
殺さない選択を取っても、セシルが暮らしていくことはできなくなってしまうのである。
そして封印した後も核からは微量に魔力が生成されるが、今までよりは格段に減ってしまう。
マグスは悩ましげに顎に手を当てた。
「過去に神器の核を封印した事例はあったけど……一人分の核を封印しただけでも、かなりの規模で影響が出ていた。今はその時代より人口が増えて、大気中の魔力消耗量も増加している。核の封印に世界が耐えられるかどうか……」
「魔力が欠乏したら私たちマギノスが頑張って魔力生成すればいいだけだよ」
「僕らでも、世界中の人々と現存する物体すべてに魔力を渡すのは不可能だよ」
マギノス族はそこまで人口の多い種族ではない。
たとえ自分で魔力を生成できる種族だったとしても、神器の核が生成する魔力の方が相対量は多い。
欠ける核が一個だったとしても、マギノス族の魔力だけで核の欠乏分を補うことは不可能だった。
「その場しのぎの応急処置程度にはなるでしょ。まあ、ジジ臭い芝居してる同族たちが協力してくれるかは分かんないけど……他の神器が暴れ出す、なんてことがない限りは大丈夫だって」
「変なフラグを立てるなよ」
ヴェンデルはマギアへ呆れた視線を向ける。
しかし実際のところ、彼女が言うようにマギノス族の全員が他種族に協力的なわけではない。
「でも今はそれしか方法がないと思うよ。さてどうする、神器マグス様?」
普段は様などつけないくせに、煽るように仰々しく呼ばれてマグスは小さくため息をつく。
「今はできることをやろう。皆を守るためにセシルの核の封印が必要ならやるしかない。ただ、封印は数日他の神器の様子を見てからにする」
他の神器が同じように襲ってくる可能性もある。
万が一、セシルの核を封印して魔力の均衡が揺らいだときに攻め込まれればこの世界が一気に滅びてしまう。
「セシルの核を封印した後は、みんな大気中の魔力の消耗はなるべく抑えるように」
最悪の事態も考え、マグスは魔力を節約するように指示を出して会議を終えた。




