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第十五話「神の力を与えられたバケモノ」

 セシルは、しっかりとこちらを見ていて正気を失っているようには思えない。


 しかし彼女は普段から自分の力を積極的に使うことがなく、街中でも不用意に武器を出さないようにしていた。


 この状況は、誰かに洗脳されているとしか思えないのである。


「誰かに操られているのか?」

「……いえ、外部からの干渉術は確認できません。つまりこれは、セシル様自身の意思によるものかと」


 隣でアスティが魔術を発動させ、彼女の身体情報を確認した。そのまま通信魔術を使い、今いる場所とセシルの状態を他の者たちに伝達する。

 しかしその声は悲痛な色を見せていた。


 セシルが武器を持っているため、ヴェンデルは魔術をすぐに発動できるよう手元に魔法陣を発現させる。


「どういうことだセシル。何のためにこんなことをしている」

「私は、神の意思を継ぐ者。神の栄華のため、この世界の全てを破壊します」

「止めても聞かないようなら、力づくで鎮めるしかないな」


 神の意思と聞いてヴェンデルは眉を寄せた。


 セシルが槍を構えてこちら向かってくる。

 同時に彼女の後方から氷柱が生成され、ヴェンデルたちの方へと放たれた。

 ヴェンデルが即座に魔術を発動させて氷柱を相殺し、剣を生成してセシルへと接近する。


 巨大な氷の槍が振るわれ、ヴェンデルは剣でそれを防いだ。

 二つが衝突して甲高い音を響かせる。

 薙ぎ倒されないようセシルの力に合わせてヴェンデルも力を込めた。


 押し合う力から、彼女が何一つ加減をしていないことが伝わってくる。


「どうしたんだよオイ。お前、ここを統治し始める時に『皆が平穏に暮らせる街を保ちたい』って言ってただろ」

「そうですね。でもそれは昔の話です。人は変わるものですよ、ヴェンデル」


 セシルは手に力を入れてヴェンデルの剣ごと槍を横に流し彼の体勢を崩した。

 そのまま手を向け、手元に黒い魔法陣を展開させる。


 陣から黒のエネルギー波が放たれ、空気を裂いて電撃のような音を鳴らしヴェンデルに襲いかかった。

 マルテが彼もとまで転移し、手を前に出して即座に結界を張った。


「! 待てマルテ!!」


 彼女では神器の術を受けきれないと思いヴェンデルは焦った声を上げる。


 膨大な魔力を含むエネルギー波が結界に衝突し、圧と衝撃が身体に伝わってきてマルテは唇を噛んだ。

 たった一枚結界を張っただけだが、エネルギー波は結界に弾かれて消滅していく。


(神器の術を結界一枚で防いだ……!?)


 ヴェンデルとアスティは驚愕して目を見開いた。


 セシルも少し驚いた表情をして口を半開きにしたまま、マルテを見おろす。

 その赤い目は冷たさと殺気を帯びていた。


「ヴェンデル、本当に厄介なことをしてくれましたね。この眷属は、予想以上に私の障壁になってしまう……早めに潰さなければ」


 一瞬の間に距離を縮め、マルテを腹部に向けて強烈な蹴りを入れた。


「あがっ!!」


 マルテは冷や汗と共に濁った声をもらし、奥からせり上がってきた胃液を吐き出す。

 強圧に押されて遥か先の建物まで吹っ飛ばされた。


「マルテ!!」


 ヴェンデルは慌ててマルテのところへ行こうとする。

 しかし氷槍が振るわれるのを察知して横に跳び避けた。


 セシルから少し距離を取ってマルテが飛ばされた建物へ視線を向ける。

 建物の壁には穴が開いており、マルテはその奥で倒れ込んでいた。


 普通なら神器の蹴り一つでも即死してしまう可能性がある。

 しかしマルテは咳き込んで地面に手をつき、体を震わせながら起き上がった。

 身体が何か緑色に光っており、彼女は咳と共に血を吐き出しながらも、ふらつく足で建物の風穴までくる。


 荒い息を外に流し、回復魔術と飛行魔術を同時発動して地面に降り立った。


「……攻撃の威力が低減させられた」


 セシルはマルテの周囲を囲む魔力の波長を辿り、離れた所にいるアスティへ目を向ける。

 彼の手元には緑色の魔法陣が展開されていた。


 先ほどアスティは、マルテが蹴られる直前に防御力向上の補助魔術をかけていたらしい。

 それがなければ、おそらくマルテの疑似魂は崩壊寸前だっただろう。


 セシルは彼の背後に転移し魔法陣を展開させた。

 アスティは驚いて目を見開き慌てて振り向く。彼の青い虹彩に、陣の輝く光が眩しく突き刺さる。


 だが、魔法が発動する前にヴェンデルが上空に転移してきて剣で彼女に斬りかかった。セシルは魔術を中断して後ろに跳び避ける。

 ヴェンデルがその先の背後に転移し下から斬り上げた。しかし氷槍で防がれ、再び甲高い音が鳴り響く。


 強く刀を圧しながらセシルは冷めた視線を向けた。


「邪魔をしないでください。いま必要なのは、一度この世界の全てを白に帰すこと。その邪魔をするなら、あなたも消し去ります」

「!! 全てを、白に……」


 ヴェンデルの頭の中に、ある少女の姿が思い浮かぶ。


 長い白髪を揺らす、十代前半ほどの若い女の子。

 楽しげに笑う彼女の笑顔が、崩れていくその瞬間。


『君が幸せになれる世界じゃないと嫌だ。そうじゃない世界は要らない。認めない』


 こちらを見る水色の目は悲痛に揺れていて。


『全部、最初の白に戻すの。君を連れてきた、あの日のように』


 その中に、確かな強い想いが沈んでいた。


「ヴェンデルさん!!」


 マルテの声が突き刺さりヴェンデルは我に帰る。意識が戻ってすぐ、何かが当たる感覚がした。

 下を向けばセシルが彼の手を腹部に当てていて、その手の甲には魔法陣が刻まれていた。


 彼女が陣に魔力を込めた瞬間、ヴェンデルの肉体に強圧が掛かり彼は後ろに吹っ飛ばされてしまった。

 建物に衝突して壁を破壊し、貫通してその先の広場まで飛ばされて地面に叩きつけられる。


 土煙が舞い上がり、衝撃音と煙を見て会員たちがそこに集まってきた。


 マギアは空中に浮遊しながら煙の発生地を見おろす。


「あららー、さっそくやられちゃってんじゃん。やっぱり身内とは本気で戦えなかったりするー?」


 前方から魔力反応を感知し、すぐに煙の中にいるヴェンデルの前に降り立った。


 即座に黒い鎌を生成し、それと同時に煙の中から氷の刃先が見えて鎌で受け止める。

 甲高い音が鳴り響き、衝撃でマギアの足が地面に少しめり込んだ。


 煙で茶色に占領される視界に殺気を持った赤い目が見えて、マギアは口角を引き上げる。


「好戦的じゃない神器とは闘わせてもらえないから困ってたんだよねえ。何とかアンタと一戦交えるためにいろいろ口実を考えてたけど、アンタ自身が方針転換してくれて助かる、よ!!」


 セシルの槍を横に流して近距離から魔術を放つ。

 黒い電撃がセシルを襲い、とっさに出された結界を食い破って後方に吹っ飛ばした。


 セシルは建物に激突し、体内を巡る強烈な痺れに体を震わせる。


 肉体が硬直して身動きが取れなくなっており、マギアはその隙に鎌で斬りかかった。

 しかしセシルの身体を緑の光が覆い、瞬時に氷槍を握って鎌を受け止めた。


「あららー、せっかく麻痺効果付与したのにすぐ解除されちゃった。ずるいねえ」


 セシルの押してくる力が強すぎてマギアは奥歯を噛み締める。

 圧し負けそうになり、一度身を引いて後ろに下がった。


 下がったことでセシルの体勢が一瞬崩れ、マギアはそこに炎の魔術を叩き込む。

 しかしセシルが同じ術を発動させ、マギアの魔力を吸収して強大なエネルギーの炎を押し返した。


(まずい、受けきれない!)


 すぐに多重結界を張るが、ただでさえ膨大な神器の魔力にマギアの魔力も混ざって結界は簡単に砕かれていく。


 最後の一枚が砕ける――その瞬間、マルテがそばに転移してきて片手を前に出し結界を展開させた。

 魔術が結界に衝突して重い音を立てる。


 結界は砕かれていないが、マルテは強圧に濁った声をもらし後ろへと圧されていた。

 このままでは押し負けてしまうからか、結界の前に魔法陣を展開させる。


 陣の中央に魔力が集中し、そこを起点として巨大な魔力砲が放たれた。

 魔力砲は轟音と共にセシルの炎魔術を食らい、転移回避の隙も与えず彼女を飲み込む。

 砲撃がその先の建物や地面に叩きつけられ、大きな音と粉塵が巻き上がった。


 広がった土煙が収まり視界が明瞭になる。

 地面は広く遥か先までえぐれて魔力砲の軌道を明確に示していた。


 先ほどまであった建物には大きく風穴が開き、ただの瓦礫と化している。

 その瓦礫にセシルが背中を預けて倒れていた。

 彼女を囲む結界はボロボロに砕かれ、割れ落ちて高く硬い音をもらす。


 マギアは目の前の光景に驚いて目を見開いた。


「……びっくり。こんなバカでかい魔力砲初めて見たよ。魔王様の眷属だからか、主人の力に影響されて相対的に強くなるのかな……でもキミ、殺さないように手抜いたでしょ?」


 問われてマルテは目をそらす。膨大な魔力を放出したため息を荒くして結界を解除した。

 赤い目に悲痛の色を滲ませてセシルを見やる。彼女の手足は可動域を超えていて折れているのが分かり、マルテは罪悪感に眉を寄せた。


「これで少しは、動きが鈍くなるはず」

「……さあ、それはどうかな」


 「え」とマルテが声をもらすと同時に、マギアは彼女の腕を引き寄せ横に転移した。

 直後、マルテのいた場所を巨大な黒い魔力砲が横切る。それは多量の魔力をもって空を引き裂き地を穿った。


 マルテは驚愕してセシルへ視線を移す。

 彼女の足元には水色の魔法陣があり、折れていたはずの手足が一瞬にして完全に回復していた。


「なんで……治癒魔術でもあんなに早くは治らないはず」

「普通なら、ね。今ボクらが相手にしているのは普通のヒトじゃない。神の力を与えられた……神器(バケモノ)だよ」


 セシルの赤い虹彩が鋭く突き刺さる。


 それは神の遣いに似つかわしくない、禍々しい殺意を持って二人を飲み込んでいた。


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