第十四話「神器との戦い」
「セシルが暴走って、どう言うことだよ」
「ちょうど今朝シェードの部下から、セシルが街で暴れていると連絡があってね。自我はあるみたいだけど、今までと違って急に攻撃的になったらしい。僕から話をしようにも、どうやら彼女は自分に向けた通信魔術を遮断しているみたいで連絡が取れないんだ」
ヴェンデルに問われてマグスは部下から聞いたシェードの現状について話し始める。
ヴェンデルがマガノ・マテリアに帰ってくる少し前に通信魔術で報告が来た。
突如としてセシルが街で破壊行動を始め、ほとんどの建物が破壊されてしまっているらしい。
シェード支部の会員たちが住人を集めて電車で街の外に避難させたが、セシルの攻撃範囲や威力が大きく、避難の間に負傷者が何人も出てしまった。
今はシェード支部の会員が一人だけ残り、潜伏しながらセシルの様子を監視している。
彼女が外に出る恐れもあったのだが、何故か今のところシェードから全く出る気配がない。
「セシルが何の理由で、何が目的で破壊行動を起こしているのかは分からない。会員が話を聞こうにも、すぐに攻撃されて話に応じてくれないみたいでね。君たちに力づくでも彼女を止めてもらいたい」
「俺らが、神器の相手をですか……」
セシルの現状を聞いて、会議室にいた会員たちは不安げな表情になる。
皆が畏怖するのは当然のことだった。
神器というのは神の遣いに相当するものという共通認識があり、普通のヒトが戦いを交えることになれば即死する可能性もあり得る存在である。
陰鬱とした空気を弾き飛ばすように、会議室の扉が大きな音を立てて蹴破られた。
「なーにー? このジメジメした空気―。良いじゃん、ヒトからヒトならざる者への下克上。ワクワクするじゃん」
ドアを蹴り押した足を下げ、黒い短髪を揺らして十代後半ほどの女性が会議室に入ってきた。
赤い目は嬉々として輝き、その口角は気持ちを表に押し出して吊り上がっている。
「神器と戦えるなんて久々過ぎてボク、火照っちゃうよ」
女性は前の方に歩いてきて、自分の唇に手を当ててヴェンデルの方へ視線を向けた。
「……マギア」
喜の色に歪む彼女の目を嫌がってヴェンデルは眉を寄せる。
彼女こそ、先の話に出ていたマギア・マギノスである。
マギアが現れて他の会員たちも顔に険を浮かべる。
「そりゃ、アンタは強いから楽しめて良いよな。俺らが神器を相手にしようものなら死の痛みが待ってんだよ」
「死の痛み? どうせ疑似魂だから本当に死ぬわけじゃないんだし怯えても意味なくなーい? ダイジョブ、ダイジョブ。君らがどれだけ死にかけても、ボクが魔力を作って君たちの肉体を再生してあげるから、いくらでも復活できるよ。戦い放題! やったね!」
「何がやったねだ! 毎回毎回ヒトが死にかけるまで待ちやがってこの畜生女!」
どれだけ死にかけの肉片になっていようとも、マギノス族は生成した魔力で他者の肉体を再生・回復させることができる。
その力は激戦の場において有力なものだが、マギアは毎回他の者たちが死んで街に転送されるギリギリを狙って回復してくるのである。
いっそのことそのまま死を迎えて街に転送された方が良いという者も多いが、マギアは分かっていてわざと死なせない立ち回りをしてくる。
彼女は死にかけて苦しみながらも死ねずにまた戦わされて嘆く会員を見て楽しむ、という悪趣味を嗜好としていた。
「俺たちは力の差を考えて撤退も視野に入れるからな!」
「ええへっ? 逃げるのー? ザッコッッ」
「なんだとこのクソガキ!」
「ざんねーん。ボクは君らより人生の先輩だからー」
マギアが鼻で笑って会員たちを煽り、会員たちがそれにキレて部屋が一気に騒がしくなる。
マグスは額を押さえて大きくため息をついた。
両手で二度手を打ち、部屋の喧騒を弾き消す。
「君たちが束になっても勝てるか分からない相手なんだ。ちゃんと仲良くやってほしい。マギア、分かってるね?」
「……はいはい。分かってますよ」
マグスの表情はいつもと変わらぬ爽やかなものだったが、その目は鋭くマギアを射抜いていた。
彼女は小さくため息をついて言葉を返した。
会議を終え、一同は会議室から出て行く。
マギアは最後の方まで残ったヴェンデルのもとに来て笑みを浮かべて彼を見おろした。
「神器と対決なんてそうそうないイベントごとだね。ボクは君の活躍に期待しているよ。せいぜい神器との殺し合い頑張ろうね、魔王様」
「殺し合いじゃない。セシルの鎮静化だ」
見世物を楽しみにするようなマギアに、不快を低い声に乗せてヴェンデルは強く睨む。
それを聞いてマギアは鼻で笑った。
「彼女が本気でくれば、そんな生ぬるいことできないって分かってるくせに」
一瞬少し呆れたような表情になり、しかしすぐに笑顔に戻ってマギアは部屋を出て行った。
駅に集合した会員たちは、重々しい空気のなか電車内へと入っていく。
パセリケパークは普段と違い機体に直接、防護効果のある魔法陣が描かれていた。
他の車両の緊張感が一両目にも広がっており、マルテはソファーに座って気まずそうに静かな車内を見回した。
ヴェンデルが屋根の玉座に座って結界が張られ、窓からでも薄い半透明の結界が視認できる。
しかしいつもと違っていくつか結界が重ねて作られていた。
「三、四……五重。ずいぶん用心深いですね」
「そりゃあね。今回対峙するのは何と言っても神器なわけだし。ただの結界一枚張ったところで、簡単に砕かれて破壊されるのよ」
マルテの疑問に横にいたファンファニフが答えた。
普段の玉座の結界は対人間用である。
ヒトや勇者の魔術を防ぐことはできるが、神器の魔術には一枚では耐えられない。
対神器戦においては、結界を複数重ねて効力を増幅させることでやっと防護壁の役割が果たせるのである。
電車が走り始めてヴェンデルは車内に戻り、マルテの対面に座った。
誰も一言も話さず、冷めた空気が流れていく。
マルテは脳内にセシルと会った時の事を思い浮かべ、疑問を持ってヴェンデルへと視線を向けた。
「あの、今までもこういうことってあったんですか? 安全地区での対立とか……」
「一応、あるにはある。だが、シェードがこんな事態になるのは初めてだ」
皆が今回のことに驚いている一番の原因は、神器が暴走したからではない。暴走したのが、セシルだったからである。
六人の神器が全員、平穏な街を築いているかと言えばそんなことはない。
神器のうちヴェンデルやマグス、セシルはヒトの住む都市の統治を行うことができる。
しかし残りの三人は、戦闘狂ですぐヒトを殺傷する神器と、他者に無関心な神器、自分一人の空間を欲する神器である。
「ヴェンデルとマグス、セシル以外の三人なら、自分の管理してる街を破壊することもあるからね」
前の席に座っていたマギアが座席の上から顔を出して会話に入ってきた。
「マガノ・マテリアでも、ヴェンデルとボクらマギノス族の亀裂から街で戦闘が起きることがあったりするよ。でもシェードはセシルと住人にわだかまりとかなくて、一番安定して統治ができている場所だからビックリだね」
「神器と戦うこと自体はあるんですね……でも私たちは疑似魂がありますけど、街にいるセシルさんは本来の魂なんじゃ」
「そうだね。だからいくら神器が強くても、彼女がこの戦いで死ねば終わり。どちらかと言えばボクらよりは、セシルの方が本当の意味で死ぬ可能性が高いんだよ」
マルテは彼女の返答を聞いてグッと拳を握った。
分かっていたことだが、しかしヴェンデルはマギアへ鋭い視線を向ける。
「セシルは殺させない」
「ボクはあくまで可能性の話をしているだけだよ。君の身内びいきと違って冷静に、ね」
「お前はセシルと戦えるのが楽しみなだけだろ」
「あ、バレた?」
マギアはニコニコ笑っていたが、一両目の車内は冷え切っていた。
「ま、うまくセシルの力を抑えられて鎮めることができれば文句はないさ。そんな高等なテクニックできる人いたら、の話だけどね」
マギアは小さくため息をついて窓の外を眺めた。
再び会話がなくなり、マルテは魔術で魔導書を出す。
手元で開き、その中のあるページに目を落として黙って文字を見つめていた。
数時間、草原を走って氷中都市シェードに辿りつく。
しかし氷に入り込んだ先にあったのは、荒廃した世界だった。
建物の多くが大きく破壊され、巨大な瓦礫が地に散在し辺りを煙が占領している。
パセリケパークは瓦礫を避け、必要に応じて魔術で砕きつつ駅のある場所にやってくる。
しかしそこにあるはずの駅は姿を消していた。
高いアーチは粉々に砕けて地面を埋め尽くす砂塵になり、駅構内の時計台は時計部分が消失し柱はへしゃげている。
壁の低い部分が少しだけ見えて駅の面影を残していた。
ところどころで火が上がっており、列車から降りれば焦げ臭さが鼻の奥を刺激する。
皆、鼻の前に手をやって険のある顔で辺りを見回した。
ここに残っているというシェード支部の会員へ通信魔術をつなぐが、応答なく術が切れてしまう。
ヴェンデルは部隊をいくつかのグループに分けて街の探索に移った。
ファンファニフとレドッグは他の班のサポートを任せ、ヴェンデルはマルテとアスティを連れてセシルを探す。
地面に転がるガラスを踏みしめ、硬く軽い音が空気を震わせた。
煙が冷たい風に流されて視界を遮る。
その中に人影が見えてヴェンデルは足を止め、手を横にやってマルテとアスティを制止させた。
風に揺れる煙と影を押し出し、白く細い足と長い水色の髪が姿を現す。
「……けた。見つけた」
赤い虹彩は変わらぬ様子でヴェンデルたちを見つめ
「邪魔物、要らない者、捨てるモノ。見つけた」
冷めた声を吐き出し、巨大な氷の槍の刃を突き向けた。




