第十二話「神の世話役」
会議室前について中に入れば、大きな円卓を何人もの男たちが囲んでいた。
全員がマギノス族であるが、そのほとんどが威厳のある風格をまとった老人ばかりであった。
「来おったわ。人間分子を都市に入れ込んで世界秩序を乱す若輩が」
「わしは頭の悪い若い思想にはついていけん」
「私ならもっとうまくやって見せるものを」
「やはりこんなガキが統治会管理者などおかしいではないか。今こそ罷免すべき時!」
入った瞬間からマギノスたちはマグスへ視線を向けて囁き始めた。
その声は最初は小さかったものの聞こえるくらいのもので、場に乗じた者が声を張って罷免を申し立てる。
マグスに向かい風が吹き荒れ、マルテは心配そうに彼の顔を覗いた。
しかし、マグスは爽やかな笑みを携えたままで。
「……うん。みんな今日も元気そうで良かったよ。でも、ガキとは不思議だね。僕は君たちより歳が上のはずだけど」
彼の発言で一気に場が静まり返り、マルテは驚きの声が少し大きく聞こえた。
目の前の老人衆と比べても、明らかにマグスの方が若いように見える。
彼は円卓の後方中央に座り、魔術で椅子を二つだして自身の後ろに置きヴェンデルたちを座らせた。
「まあ、年齢で優位性を取るつもりはないよ。でも……わざと皮膚を老化させて老年に見せて、力がない代わりに威厳だけは立派に生やして胡座をかく君たちには、僕は負けないよ」
マグスがにっこりと笑って皮肉を流す。
円卓の者たちは言葉に詰まっていたが、前方中央の四十代後半ほどの男が咥えていたタバコを手に戻して口を開いた。
「だが貴様が神器でありマギノス族だというのに、ただの魔族に負けているというのは事実だ。そんな奴が己より強い部下を従え、元人間の稀少個体を眷属にしたとして……それはお前の管理下にはならない。魔王がただ力を増長させただけだ」
男の渋く低い声が静かな部屋を刺し、鋭い目がマグスを射抜く。
彼、グリム・マギノスはマグスに次ぐ存在であり、統治会の運営陣でも厳格な人物だった。
他と違い容姿は弄っていないが、強面であり他の会員からも畏怖されている。
隣にいた同年ほどの糸目の男、ヘクセレイも賛同するように疑念を投げかけた。
「そこの元人間が暴走したらどうする。主である魔王に影響が出て主従共に我々の敵となった時、そいつに負けた貴様が鎮められるというのか」
「いや、無理でしょうね」
問われてマグスは顔色一つ変えずに即答した。
その返答に周りはざわつき、「何をそんな当然のように!」と何人も声を荒らげる。
しかしグリムとヘクセレイは動じた様子なく騒がずマグスを見据えた。
「どちらにせよ、前からずっとヴェンデルが暴走すれば止められる者がいない。ならその彼が元人間の眷属を従えようとも大して危険度は変わらないよ。ヴェンデルがやろうと思えば、眷属なしでもどうせ僕らは皆死んでしまうんだからね」
「ふざけるな! この崇高なマギノス族であれば、ただの魔族相手に勝つ者もおるわ!」
「己が種を軽んじるとは、やはり貴様は魔王に傾倒した身か」
「文句を言うのならヴェンデルと戦って彼を殺すか、ヴェンデルからマルテの眷属契約の魔術を引き剥がしてみればいい。きっと神器以外、この世界にそんなことができるのは誰一人としていないだろうけど」
眷属の身体には、契約者の魔力が幾重にも張り巡らされている。
契約を引き剥がすには、それに相当する魔力を使わなければならない。
しかしヴェンデルの魔力はマギノス族からみても膨大で、魔力自身に防衛機能があり簡単に破壊することができなかった。
「神器であってもヴェンデルとは互角かそれ以下でしかない。だったら、僕ら全員でヴェンデルと眷属を監視することが、今できる最善の策なんじゃないかな。うまく制御すれば、対人間の戦力として有効活用できるかもしれない」
とはいえ、とマグスは立ち上がってヴェンデルたちのいる後ろへ振り向く。
少し硬い表情に変わって彼を見据える。
その視線にヴェンデルも立ち上がって正対した。
「元人間の眷属という存在を見なかったことにはできない……魔王ヴェンデル・スレイズ。主である君が責任をもって、しっかりその眷属を制御・教育するように」
「……了解」
先ほどまでは優しかったマグスの声も、低く冷めたものになる。
ヴェンデルに何でも自由にさせるという訳ではないという牽制だろう。
もし何か危険な事が起きれば、その時はマルテに対してそれ相応の処置をするつもりだった。
ヴェンデルもそれを承知の上で、しっかりと言葉を返した。
その後の会議中も、終始マギノスたちはヴェンデルやマグスに小言を言っていた。
会議を終えて三人が部屋から出ると、ヴェンデルは頭を掻いてため息をつく。
横にいるマルテは少し疲れた表情をしていた。
下階の執務室に戻り、棚から新入社員用のマニュアル本を出してマルテに手渡した。
「マルテ。君はこれからヴェンデルの監視のもと、このマギノス統治会で働いてもらう。痛みを伴う仕事だけど、それでも逃げずにできるかい?」
「! はいっ。慣れてますから!」
問われた彼女は目を少し煌めかせて嬉々として答えた。
マグスはそんな反応をされるとは思わず驚き、少し口角が引きつる。
困惑してヴェンデルへ視線をやった。
「この子、君と同じようにあまり戦わない世界の子なん、だよね……?」
「あ、ああ。まあ……ちょっと変わった奴なんだよ」
苦笑いを浮かべる二人をよそにマルテはワクワクしてマニュアルを見ていた。
マニュアルには、掃除屋は死のリスクを回避するために疑似魂の使用を義務付けられていると示されていた。
疑似魂は協会の会員登録をした際に肉体データを読み込んで作るのだという。
それをしていないもの、非会員は壊掃電車に乗ることを許されない。
今のマルテは本来、あの電車に乗ってはいけない者だったのである。
マグスは通信魔術で事務員らしき女性を部屋に呼んだ。
「ヴェンデルの眷属だから持ち帰ってくるときは目をつむったけど、これから正式に働いてもらうことになるから、先に協会の会員登録をしておいで。案内は彼女がしてくれるよ」
「あ、分かりました」
マルテは女性に連れられ部屋を出て行った。
ヴェンデルが先ほどの会議のことを思い出し「それにしても」と言葉をこぼす。
「お前、相変わらずあのオッサンどもに小言いわれてんのな」
「オッサンって。君は彼らより年上じゃないか。アレがおっさんなら君は死体だよ死体」
「お爺ちゃん扱いもされないのかよ」
「お爺ちゃん層は君より何千年も若いよ。年齢詐称はダメです」
「外見は二十八相当なんだがなァ」
マグスに軽口を叩かれて困ったように笑みを浮かべる。
しかし内心では彼が非難される現状に納得していないようで。
「だがグチグチと周りから突かれ続けるのも嫌だろ。やっぱ『魔王』なんて肩書きはお前に渡した方がいいんじゃないか」
「ダメだよ」
「何でだよ。魔の王なら魔力生成できるお前の方が似合ってるだろ」
称号を譲ろうにも、毎回こうして即拒否されてしまう。
神器としての戦力は二人とも同等である。
実際のところ、神器の六人であれば誰でも魔王と呼んでも間違いではない。
一時期は民の者たちが信仰心を込めて魔王の座を六席にし、六人全員を魔王と呼ぶ風習が生まれたこともあった。
しかし神器たち自身がそれを嫌がったことで、今では魔王一席主義が主流となっている。
神器たちの中には好戦的な者もいるが、それでも魔王と呼称されるのを嫌がるのには理由があった。
「君の本当の強さを見たら、『僕は世界最強』とは言えないよ。あの破天荒なマギノスの戦闘娘だって、君なら倒せるでしょう? ちょっと戦うのに苦悩しそうだけど」
「アイツの話をするな、頭痛くなる……お前らは俺を買い被り過ぎだ。さっきも言っていたが俺たち神器は大して変わらんだろ」
「……君、本来の力を隠しているでしょ」
真っすぐに見つめてくるが、ヴェンデルは表情を変えず彼の言葉に返答しない。
「君は二種の力を持っているはずだ。一つは神に作られた生命体が、生まれながらにして持つ魔力。もう一つは、この地の生命体が本来持つはずのない力」
この世界の物質は、全てが魔力によって形成されている。
しかし、ヴェンデルはそれ以外に特殊なエネルギーを体に有していた。
彼と戦い、追い詰めたことのある神器なら気づくだろうが、他の者たちは誰一人として知らないことである。
「さすがは『神の世話役』をしていたことだけはあるね。世話役なんて言い回しではあるけど、そんなことができるのは君以外いない。だってそもそも、世界神アリシア様には……近づくことも触れることも、喋ることもできないんだから」
マグスは片腕を押さえて少し視線を下げた。
髪の影が顔に落ち、その声は寂しげに空を切る。
世界神アリシアはもともと不可視のエネルギー体だが、可視の女性体を受肉して顕現している。
今でこそ安全地区から離れた場所に一人でいるが、昔はよく人々の前に姿を現していた。
しかし彼女は他の生命体に関わってしまうと、その莫大な魔力のエネルギーで目の前の生命体を破壊してしまうのである。
近づけば心臓を締め上げられ、触れれば接触部分が粉砕する。喋ることに関しては、アリシアと対峙した生命体は喉から音すら出なくなる。
それはアリシアの意思に関係なく、自然現象として勝手に起きてしまうもの。
彼女が止めようと思っても止められない。
避けるには、彼女自身が生命体に関わらないようにする他なかった。
それは神の力を分け与えられている神器でも同じである。
しかし神器の中でもたった一人だけ、アリシアに難なく接することができる人物がいた。
それが、ヴェンデルである。
彼は唯一、神と接することができる人物として羨望と嫉妬の意味を込めて「神の世話役」と呼ばれている。
「僕は君が羨ましい。見えはするのに何もできない。ただ見て崇めるだけ……彼女を笑顔にすることすらできない」
はるか昔に見た、悲しそうな表情をするアリシアが消えずにずっとマグスの脳内を支配していた。
「今回、マルテという意思のある人間が初めて生み出された。そして彼女は君と同じように異世界の住人の魂を挿入している。僕はそれが、もしかしたらアリシア様が人間への対抗措置を構築しようとしているんじゃないかと思っているんだ」
「対抗措置、ね……」
ヴェンデルは少し渋い表情をして視線を窓の方へ向けた。
生命体は全て神アリシアによって生成されているが、人間に関しては全て自然発生だとされている。
大気中にある魔力が反応し合い、アリシアの制御に反して勝手に物質が生成されてしまうのだとか。
それは自然の摂理という訳ではなく、皆がその説を信じている、と言った方が正しい。
「崇高なる神があのような下賤なものを生み出すはずがない」と。
(……アイツのしていることが、この世界の皆にとって良いことだったらいいんだがな)
ヴェンデルであればアリシアの意思を確認することはできるのだが、ワケあって今は彼女に会えない状況にあった。
憂うように窓の方へ目を向け、小さくため息をついた。




