第十一話「二人の神器」
駅近くでタクシーに乗って三十分ほど走り、前方に黒い巨大な建物が見えた。
ビルの立ち並ぶ魔術都市の中でも、その建物は大きさゆえに一つ突出して目立っている。
そこの周辺だけ広く開け放たれており、タクシーは建物の前のロータリーに停車した。
「ここが俺たちの雇い主、マギノス統治会の協会本部だ」
ヴェンデルと共に車を降りたマルテは、目の前にそびえたつ建物を見上げた。
五大安全地区にはそれぞれマギノス統治会の拠点が置かれている。
その中でも魔術都市マガノ・マテリアには統治会の上層部が集まっていて、ここがマギノス統治会の本拠地ともいえる場所である。
建物の入り口には大きな薄いガラスのドアがあるが、警備システムとして赤紫の魔法陣の光が動いており結界を張っていた。
ヴェンデルは目の前まできて魔法陣に手を触れる。
触れた瞬間にヴェンデルの魔力が少量、魔法陣に吸い取られていった。
マルテとヴェンデルの足元に赤紫の魔法陣が出現する。
ドアと地面の魔法陣が読み込みを示すように揺れ動き、女性の声が聞こえてきた。
《会員番号M01、ヴェンデル・スレイズ認証完了。会員未登録の生命体を感知。認証コードを開示してください。コードをお持ちでない方は入館できません》
「え、認証コードって」
マルテが自分のことだと察して不安げにヴェンデルへ視線を向ける。
「コードはUL-M01だ」
彼がコードを口にすると、ドアの魔法陣が揺れ少しして電子音が鳴った。
《認証完了しました――伝令。ヴェンデル様、マグス・マギノス様が自室にてお呼びです》
言葉が止むと同時に、魔法陣が縦二つに割れてガラスの扉が左右に開いていく。
中に入れば藍色の無機質な壁床が二人を出迎えた。
エントランスを抜けて中央の広間には円形の受付が設けられて、その周辺には等間隔でソファーが並べられている。
受付にたむろする者やソファーでくつろぐ者たちの視線が、一気にヴェンデルへと集中した。
「出た。魔王様のお帰りだ」
「なんでも人間を眷属にして持って帰ってきたらしいぞ」
「じゃあ、あの娘が例の?」
皆が一様にこそこそと話し始める。
中にはわざと聞こえる声を出す者もいるが、ほとんどが声を押さえている。
しかし魔族は聴覚が優れているためヴェンデルたちには、はっきりと聞こえていた。
マルテは居心地の悪さと罪悪感を覚え、眉を下げて彼を見る。
「あ、あの……」
「アイツらは、いつもあんな感じだから気にするな」
ヴェンデルは表情を変えずに言い、中央のスケルトンエレベーターに乗る。
三十二階のボタンを押して扉を閉め、エレベーターが上昇を始めた。
外装が透けているためエントランスにいる者たちの視線がいまだにこちらへ向いているのが分かり、マルテは慌ててうつむいた。
「……悪いな。変に目立って居心地が悪いと思うが少しの間は我慢してくれ。全員が全員、お前を敵視しているわけじゃない。お前の存在は初めてのもので、皆少し警戒しているんだ。物珍しくもあるだろうが」
「そう、ですよね。人間社会じゃないなら、当然のことだと思います」
「たぶんお前の存在をよく思わない者もいるだろう。だがわざわざ俺の眷属の首を狙う奴はいない。安心しろ」
「……分かりました。ありがとうございます」
マルテはヴェンデルの気遣いを察して眉を下げ、嬉しそうに柔らかく微笑んだ。
三十二階まで上り、奥の一室の前まで来る。
ヴェンデルがノックをすれば、「入っていいよ」と若い男性の声が聞こえてきた。
言葉に従い、ドアノブを掴んで扉を開く。
中はかなり広い執務室になっており、窓辺の机に若い男が座っていた。
二十代後半ほどだろうか、藍色の髪に黄色い瞳を持っている爽やかな好青年である。
彼は書類に向けていた目をヴェンデルたちに移した。
「話は聞いているよ、ヴェンデル。初めて眷属を従えたんだってね。それも元人間の」
視線がヴェンデルからマルテに流れるが、その目には敵意も警戒も見えない。
彼は椅子から立ち上がり、マルテの前に来て彼女に手を差し出した。
「初めまして。僕はこのマギノス統治会の管理者、マグス・マギノスだよ。よろしくね」
「え……あ、はいっ。こちらこそよろしくお願いします。ヴェンデルさんの眷属の、マルテ・スレイズです」
マグスが他と違い柔和な態度で対峙してきて驚き、握手を求められ慌てて彼の手を握った。
「他のマギノスたちがやいのやいの言うかもしれないけど、僕がサポートするから安心してね」
「あ、ありがとうございます……あの、マギノスって?」
「ああ、確か君も異世界から来た子だったね。マギノスっていうのは種族名だよ。僕らマギノスはこの世界で唯一、自分たちで魔力を生成できる種族なんだ」
この世界の種族は基本的に魔力を消耗すると、自然回復を待つか空気中の魔力を吸収して自身の魔力を回復させる。
しかしマギノス族は自分で魔力を生成することができる性質を持っており、生まれながらにして莫大な魔力の蓄積許容量を持つ。
古代六神器を除いてマギノスに勝る種はないと言われており、実質的なこの世界の支配者となっていた。
彼らがその強大な力のもと、この世界の代表として人間討伐の組織を創った。
それがマギノス統治会である。マギノス族は統治会の経営管理こそ行うが、実際の人間討伐は掃除屋として雇った他種族の会員に任せている。
身内びいきなところがあり、マギノス統治会の上層部はマギノス族で占められ、他の種族が管理体制に関わることはかなり難しくなっている。
「って、いうことは……マグスさんはこの世界を統治する組織の、最高管理者ってことですよね。しかも、神器の」
マルテは握手をしていた手を見つめ顔がこわばる。
マギノス族は神器より劣るが、マギノス族かつ神器であるマグスは必然的に頂点に君臨することになる。
対してマルテは元人間という忌避される存在であり、目の前の彼の考え一つで生命活動に終わりを告げるかもしれない。
緊張した面持ちの彼女を見てマグスは少し困ったように眉を下げた。
「まあ、一応はそうなるね。でも安心して。そうそう簡単に君を殺したりはしないから。というより、そんなことしようものなら魔王様と闘わなきゃいけなくなるしね」
ヴェンデルへ視線を向けて微笑むが、ヴェンデルは肩をすくめて小さく息を吐いた。
マルテは怪訝そうに二人の様子を見る。
「え……でもマグスさんが一番強いんじゃ?」
「いや、僕がこの世界で一番ってわけじゃないよ。本当に僕が一番強いなら、今頃は僕の方が魔王と呼ばれているだろうから。どこも昔から一番の強者を決めたがる風習があって、僕はとある神器と戦ったんだけど、見事に負けちゃってね。今はその人が魔王の称号を持っているんだ」
「え、それって……」
マルテは驚いて目を見開き、ヴェンデルへ視線を向ける。
彼は少し嫌そうにして顔を背けた。
古代六神器はそれぞれ一人ずつ、五大安全地区を管理している。
しかしこの魔術都市マガノ・マテリアだけは例外として神器が二人いた。
一人はマグス、もう一人は
「ヴェンデル・スレイズ。古代六神器の中でも破格的な強さを持っている彼の方が、世界で一番強いと言って差し支えないんじゃないかな」
にこにこと笑みを浮かべて賛美され、ヴェンデルは溜め息をついて頭を掻いた。
「え、ヴェンデルさんも神器だったんですか!?」
「……まあな。だが神器ってのは、六人全員が同じような強さでつくられている。誰と戦っても互角になるだろ」
「それでも僕が君に劣るという主張は変わらないよ」
「客観性に欠ける主張だな……」
ヴェンデルはマグスの発言を聞いて呆れた様子でいた。
神は彼ら六神器を生み出すときに、分け与える力を等分していた。
肉体の見た目や思考回路はそれぞれ違っているが、魔力量も身体能力も回復速度なども、全て同じものをコピーして張り付け構築されている。
戦い方の違いだけで六人全員が同じ能力のため、一概に誰が一番強いとは言えないのである。
同じようにして、神器であるマグスがヴェンデルより劣るとは断定できない。
しかしなぜかマグスは意地でも自分は彼より下だと主張していた。
「さて、それはそうとお爺ちゃんたちが待ちかねて吠え始めちゃうから、そろそろ行こうか」
「お爺ちゃん……?」
「端的に言えば同族以外、自分たちの派閥以外を嫌う怖い人たちだよ」
怪訝そうにするマルテに苦笑いを返し、マグスは二人を連れて上の階の会議室に向かった。




