第十話「魔術都市マガノ・マテリア」
巨大な薄黄色の結界の中に高層ビルの立ち並ぶ街が見える。
広い高原を走り、結界の先へ入り込むと電車は結界内の線路に乗り上げてその上を走った。
「ここがヴェンデルさんたちの住む街……魔術都市マガノ・マテリア!」
マルテは車窓から外を眺めて目を輝かせた。
ビル群は外側にだけ見えるように窓ガラスに映像が投影され、空中にもいくつか映像があり様々な番組が流されている。
そんな音が入り混じる空を、白い鉄の棒に乗った者たちが飛び交っていた。
地上にも大勢の人が行き来し、自動車や一人用の球体小型車両が走っている。
壊掃電車は灰色の屋根に覆われた駅へ入り停車した。
マルテは期待に胸を躍らせ、皆と共に車両から降りる。
シェードと違って駅の天井は高くない代わりに構内が広く、いくつも車両の乗り場が設けられている。
低い天井に下げられた案内板には文字が敷き詰められ、電光掲示板が頻繁にその光の羅列を変動させていく。
周囲は大勢の雑踏と改札機の電子音で占められ、朝の冷たい空気を押し流すように人々が電車へと乗り込んでいた。
「あ、うわっ」
マルテはヴェンデルたちについて行っていたものの、人の波に揉まれて進む方向とは別のところに流されていた。
ヴェンデルはそれに気づいて、彼女の方まで戻り腕を引く。
「ここ人多いから気をつけろ」
「す、すみません。ありがとうございます」
通勤ラッシュのようで改札は人であふれていて、ヴェンデルやファンファニフたちと端に寄り少し待った。
ラッシュが引いて周囲が落ち着き改札を抜ける。
が、改札から出た瞬間に全員がその場に倒れ込んだ。
「え!? ちょ、皆さんどうしたんですか!?」
「あー、またそんなんなってる」
マルテが戸惑うのとは正反対に、呑気な男性の声が横から聞こえてくる。
そちらへ目を向ければ、白衣を着たサメがそこにいた。
白衣の下に見えるのは人間の足ではなくサメの尾ひれで、手は胸びれのようである。
サメの身体をしている魚人だが、尾ひれで歩いているらしい。
そのサメはヴェンデルたちのところまできて魔術でキャスター付き担架を出し、三人を乗せて魔術で担架を動かして運びだした。
「あ、あのっ。どこに?」
「ん? 病院だけど……君は?」
「あ。えっと、ヴェンデルさんの眷属? のマルテ・スレイズです」
まだ眷属というものになじみがないマルテは疑問符をつけて返した。
サメはその返答を聞いて目を見開く。
少し考え込んで、胸びれの手を顔へと持っていった。
「ふーん、ヴェンデルがねえ……僕は医療師のセイニム。これからこの人ら治療しに行くから、君もついてきなよ」
「あ、はいっ」
セイニムと共に駅を出るが、魔術で動かしているとはいえ街中で担架を引き歩く光景に苦笑いした。
救急車などもあるらしいが、近いから魔術でこうして運んでいるのだとか。
説明通り、数分歩けばビルとビルの間に挟まれた小さな病院に辿りついた。
セイニムは療魔術に長けているため医者を営んでおり、マギノス統治会からの要請で掃除屋たちの治療役を任されていた。彼はヴェンデルの掛かりつけ医でもある。
マルテを連れて病院に入り、治療室のベッドに三人を移す。
三人とも息はあるようだが意識を失っていた。
「君は初めて見るのかな。これはね、疑似魂の遅効疲労が原因なんだよ」
「疑似魂の、遅効疲労……?」
心配した様子のマルテに、セイニムが軽く三人の容態を説明した。
掃除屋は壊掃電車に乗って人間討伐に行く際、自分の魂を肉体から剥離している。
その魂の代わりとして魔法で作られた疑似魂が体内に埋め込まれ、魔法効果により身体能力が向上し疲労が感じなくなるようになっていた。
ただし肉体を保護・強化しているといってもシステム上の限界として、少なからずの疲労は返ってくる仕様になっている。
魂の剥離と返送は改札機を使って行われており、改札を出た瞬間に疑似魂が抜けて本物の魂に戻る。
その際に、戦闘で蓄積した疲労が一挙に押し寄せてくる。
それが遅効疲労と呼ばれるものである。
「遅効疲労に徹夜と連勤が重なると、肉体の疲労回復が間に合わないことがあるんだ。そういった人は大抵、こんな感じで改札を出た瞬間にぶっ倒れるんだよ。特にこの魔王様の場合は、毎回ね」
セイニムは呆れた表情を浮かべてヴェンデルへ視線を向ける。
ファンファニフとレドッグは部下に治療を任せ、ヴェンデルの治療にかかった。
最初に通常の治癒魔術で肉体の皮膚や細胞を回復させ、疲労回復の魔術をかけて身体の神経・筋肉を修復・再構築していく。
しばらくしてヴェンデルが目を覚ました。
彼は頭を押さえて起き上がり、セイニムが目に入ってすぐに彼の病院にいることを認識する。
「また倒れちまったのか。セイニム、いつもすまん」
「別に僕は良いけど。君の骨、もうボロボロだよ。一回肉体全部を壊して再構築した方がいいんじゃない?」
セイニムはデスクに座ってパソコンの画面を見る。
そこにはヴェンデルの肉体情報が映されていたが、至る所が赤字で「大破域」と書かれていた。
彼に現状の改善を勧められ、ヴェンデルは渋い顔をする。
「肉体情報の更新が面倒くさい」
「確定申告よりは簡単だと思うんだけどなあ。疑似魂が入ってるときは大丈夫だろうけど。普通に街を歩いてたら急に体がバラバラになる、なんてこともあるかもしれないし。年末の検診の時には肉体のスクラップアンドビルドも前向きに考えときなよ」
「体のスクラップアンドビルド……?」
後ろで話を聞いていたマルテだったが、肉体のスクラップアンドビルドという言葉に怪訝そうにした。
「肉体が古くなるとどれだけ治療しても、蓄積した損傷が完全に治ることはないんだ。だから魔術を活用して、定期的に新しい肉体を作って入れ替えているんだよ」
「神経に触るから物凄く痛いけどな」
ヴェンデルは眉を寄せて不満げに呟いた。
特に掃除屋は肉体の再構築が必要不可欠と呼べるほど過酷な仕事である。
魔術を使って肉体の構成情報を保存し、一度肉体の全てを破壊して魂のみの状態にしたものに新しい肉体を張り付ける。
麻酔魔術を併用するため肉体破壊の痛みは低下するが、完全に痛みが消えるわけではない。
魂だけの状態にしたとき神経も壊して再構築するが、神経系の再生が一番痛いのだという。
「まあヴェンデルに関しては、今はまだもつかな、ってところだけど……骨の一部は今やらないとダメなものもあるよ。さ、手出して」
「この間、手の骨を再構築したばかりな気がするが」
「うん。今度は肋骨ね」
「……肋骨かあ」
セイニムがニコニコして胸びれの手を出し、ヴェンデルは溜め息をついて少し渋りつつ右手を彼の手に乗せた。
地面に白い魔法陣が出現し、二人の手を通してヴェンデルの魔力がセイニムに移される。
セイニムは彼の魔力も併用して空中に肋骨を形成していった。
「す、すごい、骨が……」
目の前で徐々に骨が生成されていく光景にマルテは思わず声をもらす。
しかし一つ疑問が出てきて二人の手元を見た。
ヴェンデルの魔力がセイニムに流れているのはマルテにも認識できているらしい。
「でも、わざわざヴェンデルさんの魔力を使っているんですね」
「魔力っていうのはヒトの体内を巡って、それぞれ体の持ち主に合わせて波長というものを形成しているんだ。波長が合わなければ拒絶反応が出て肉体が破損し、最悪は死ぬことだってある」
魔力の波長反発が起きないように、こうして本人の成分である魔力を使って肉体の入替を行っていた。
骨を形成し終え、魔術でヴェンデルの体内にある古い肋骨を分解させ代わりに新しいものを彼の体内に転送していく。
「ま、入替の時に物凄い痛みがくるけどね」
「うぼっ、ゲホッ!」
体内の古い肋骨を消滅させる過程で強烈な痛みがヴェンデルに襲い来る。
彼は激痛に眉を寄せ口から血を吐いて片手で口元を押さえた。
消滅の痛みが落ち着いたあとには、新しい肋骨を挿入される気持ち悪さに冷や汗が出る。
底からくるような嘔吐感に、口から濁った声と唾液をこぼした。
入れ替えを終えてセイニムが手を離し、ヴェンデルはベッドに倒れ込んで荒く乾いた息を吐く。
「っはあ、はあ……あれだけ血反吐を吐いて働いて、こんだけ苦痛にさいなまれても給料は少ないし本当に割に合わない仕事だ」
「今まさに追加で血反吐を吐いていたところだしね、物理的に」
治療を終えてヴェンデルはベッドから降りる。
先ほど吐血したが特にふらつきもせず、しっかり立ち上がった。
セイニムはマルテへ視線を向け、すぐにヴェンデルに戻した。
「マギノスたちに仕事を分担しろって言ってもいうことを聞いてくれないだろうから。その子に少しでも引き継ぎして負担を減らしなよ。君が戦えなくなったら一気に平穏が終わるんだから」
「分かってる。精々こいつがここの常連にならないように調整して訓練していくわ」
ファンファニフやレドッグはまだ休養が必要らしく、マルテを連れて先に病院から出た。
「セシルにも説明しに行けって言われてたし、協会本部いくか。ジジイどもがうるさく叫び散らかすのが目に浮かぶ……」
雇い主であるマギノス統治会の上層部を脳内に思い浮かべて悩ましげに眉間を押さえる。
大きくため息をつき、マルテと共に都市の中心へと向かった。




