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97:奈落の淵で笑う

 はぁ、とため息をつく桐谷の様子が電話越しでも伝わってきた。それを天宮一式はカラカラと笑い飛ばす。

「起動実験なら、現地でやってもよかろう。高橋は囚われの身だが、術の発動自体には問題はないはずだ」

『……お前たちには緊張感というものがないのか』

 押し殺すような桐谷の声が聞こえる。それに天宮は肩をすくめて返した。

「かしこまっていれば、できるというものでもあるまい。肩の力を抜いて、万全を尽くす。必要なのは結果なのだ。だからお前も、俺たちに協力しているのだろう?」

 わずかな沈黙の後、スピーカーの向こうで舌打ちする声が聞こえた。それに天宮は苦笑する。

「手伝いばかりさせてすまないが、人手がないのでな。任せたぞ、桐谷」


 □□□


「村が作り上げた……(システム)……」

 蝶子からの説明から、巳影はうめくような声を喉から押し出した。

「実質人柱や生贄と変わらない。封印したのは単なる厄災ではなく、厄災を一人の人間に……何の罪もない村人一人に背負わせ、村が犯した禁忌を封殺する……それが独立執行印なの」

 蝶子は帳簿を手に取りながら、小さな声で言った。

「そんな「鬼」を封じた封印が解かれれば、「鬼」が出てくるだけに終わらず、町には大きく封印解除の影響が出る。疫病、飢饉、災害だけでなく……隣人を飢えた目で見るあの世界が、現代の現実世界になる」

 その場にいた誰もが言葉を発することなく、ただ険しい目でいた。巳影以外、この町の裏側に関わっていた神木に切子、おそらく清十郎も同じだろう、この事実は危機感としてそれぞれの胸の内にあったに違いない。

 重く苦しくなる空気の中、蝶子は声を振り絞って続けた。

「もうそれは、現実世界を侵食する『異界』の現れ。『月輝ル夜ノ部隊』がどこまで研究を進めていたのかまではわからないけど、それを引き継いだのは間違いなく……『茨の会』という組織そのもの」

 条件はそろっている。『月輝ル夜ノ部隊』と『茨の会』。それをつなぐピースは、天宮一式という人物だ。

 沈黙を通していた中、切子が顔を上げて言う。

「その変異性を利用しようとしていたものが、当時現役の軍の機関なら、軍事利用……つまりは、兵器運用に転じようとしていた可能性も高いですね。それこそ「鬼」それぞれが持つ力なんて……」

 来間堂助の言葉を借りるなら、アバターと呼ばれる厄災の象徴化とされた異形……「鬼」が兵器として組み込まれる。敵対する地にでも放てば、それはオカルトを利用した生物兵器となるだろう。

「たぶん、切子ちゃんが言うこともプランの一つだと思う。この帳簿には物資や資源などの出入りの記録が記されているから……相手はおそらく、当時の日本軍かもしれない」

 肝心な部分は黒塗りにされており、その黒塗りまでは蝶子の力でもはがすことはできないとのことだった。

「……これらのことは、高橋京極も知ってるんでしょうか」

 巳影が漏らした言葉に、蝶子がうなずいて返す。

「彼なら……結果を、結末を知っても手を貸しているでしょうね」

「……。少しの間だけ、高橋京極と話をしてみても構いませんか」

 え、と蝶子が戸惑った様子で神木へと視線を送るが、神木は「決めるのは、君だよ」と短く返しただけだった。蝶子はしばし押し黙った後、顔を上げていった。

「……私も、同行していいのなら」

 意を決したように言う蝶子に、巳影は小さく笑う。

「もちろんです、心強いですよ」

 しかし全員が行くわけにもいかず、何かあった時のために神木と切子が上に残ることとなった。巳影は蝶子とともに、独立執行印のある地下室へと入った。

「……おう。もう交代か?」

 つるされた高橋の側、壁に背を預けていた清十郎はひどく疲れているように見えた。

「顔色がひどいですけど……」

 巳影が言うと、清十郎はあごで高橋を指す。高橋はつるされたままだというのに、疲弊も焦りも緊張もなく、ただ笑顔でぶら下がっているだけだった。

「おや黛さんに飛八くん。ごきげんよう」

 両手両足を縛られているにも関わらず、高橋はフクロウのように顔だけを巳影たちに向けてみせた。

「いくつか、質問があります」

 巳影は高橋の正面に回り、用心深く言葉を選んでいく。

「あなたたち『茨の会』の最終目的は……何なんですか」

「村おこし……では、もうはぐらかせませんか」

 クスクスと笑う高橋は、笑顔のままでつづけた。

「とはいえ、我々の共通の目的というか、達成目標はないんですよ。ただ町を『土萩村』にする、というところだけは一致団結していますがね」

「え……それってどういう意味です」

 隣にいた清十郎と蝶子の顔に緊張が走った。高橋は調子を変えることなくつらつらと述べる。

「つまり。『土萩村』を現世に成した後、そこからは各自の目的はバラバラです。それぞれに思うことがあり、成すことがある、というだけなのですよ」

「……んじゃあ、てめえはどんな目的で動いてるんだ」

 清十郎がケンカ腰で、突っかかるように言う。清十郎の威圧を涼しい顔で受けた高橋は、変わらず笑顔のままで答えた。

「僕の理由は至極単純なものです。『土萩村』を現世に成すこと。それ自体が目的(ゴール)です」

 巳影、清十郎の頭が一瞬麻痺する。固まった二人の後ろで蝶子だけは、強く下唇を噛んでいた。

「生まれ故郷をあるべき姿に戻し、そこでつつましく暮らしていく。そんなスローライフが僕の目的ですよ」

「何を、のんきな……「鬼」やらが徘徊するような世界ですよ! そんな世界で暮らすだなんて……」

「ならば、どこへ行けと?」

 笑顔を消し、真顔に戻った高橋の言葉に、巳影は「……は?」と困惑した声を漏らした。

「ならば、僕はどこへ行けと。「絶対悪」である僕の居場所が、この世界にあるとでも思いますか」

 巳影は答えられない。言っていることもそうだが、高橋の意図が読み切れない。

 ただ困惑するだけだった巳影の後ろから、蝶子が一歩前に出た。

「……高橋くん、もう……これ以上は、私たちが争っても……」

「やめていただけますか、その表情……気遣うようなその目……実に不愉快です」

 それに、と。後ろ手に縛っていた高橋の左腕がぬるりと別の生き物のようにしなり、拘束具から抜け出した。

 とっさに清十郎は太刀を呼び出し、巳影も両手に炎を呼び出す。だが、高橋の動きの方が早かった。高橋は口の中から極小の四角いキューブのようなものを取り出す。それを見て清十郎が焦りの声を上げた。

「結界の種か!」

「今連絡がきましてね。とある実験のために結界を張ります。被害のほどはあしからず」

 高橋の指がキューブをつまんで、押しつぶした。瞬間、足元から……地の底から、何かが蠢動するような地響きがせりあがってきた。


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