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96:ビューティフルマインド

「わかったことがあるから、聞いてほしいの」

 しばらく考え込んでいたと思っていた蝶子が、そんなことを言い出して、一部を除く全員を二階の工房へと集めた。清十郎は高橋の見張りに当たっている。

「やはり高橋京極の意識は戻っていましたか。……気づけないとは、情けない限りです」

「気にすることじゃないよ、柊さん。今回は相手が上手だった……それだけだ」

 切子のこぼした言葉に、神木は苦笑を交えて首を横に振る。

「で、キョウゴ……高橋京極は、何をしゃべったんだ」

 工房の時計盤の側に立ち、盤面に目を落としていた蝶子は暗い表情で顔をあげた。

「いくつかは憶測になる部分があるのだけど……まずはこれ」

 蝶子は時計盤にセットしていた帳簿を手に取った。表紙まで復元され、用紙に傷みもなく、つづられた文字もくっきりと分かるほど修繕されていた。

 そして、中に挟まっていた写真を手に取った。今現在の姿を持った、天宮一式が写っている写真である。

「……あれ?」

 忌まわしい仇が写る写真を目にして、巳影はふと違和感を覚えた。画質がわずかに上がっているような気がした。少なくとも、天宮一式の両隣にいる人物の顔はくっきりと見て取れた。

「これにも修復をかけてみたの。もとの写真が昔のカメラで撮られたものだから、それ以上の鮮明度にはならないけど……劣化による汚れなんかは回復できたから」

「……手に取ってみてもいいかな」

 神木が一歩前に出た。蝶子は無言でうなずいて、写真を手渡した。それを隣から巳影と切子がのぞき込む。

「私はもちろん面識はないわ。当時の写真がほかに残っているというのも聞かない。でも、分かった。同じにおいがするの。私と同じ……腐肉のにおい」

 蝶子の細い指先が、天宮の隣にいる人物を指す。その人物は天宮よりも背が高く、肩幅も大きい体躯の持ち主と見て取れた。軍服に身を包み、深く帽子をかぶり、表情までは見えない。

 だが、今改めて見たこの写真には、帽子では隠しきれていない相貌が目立った。まるで猛禽類を思わせる鋭く厳しい目つき。

(……?)

 なぜか。巳影はその面立ちにデジャヴのようなものを感じた。もちろん全く知らない人物だ。はて、と一人首をひねっていると、蝶子の肩に乗っていたチクタクと目が合った。

 もとはビーズで作られた、つぶらな瞳。チクタクは何を言うでもなく、こちらを見ていた。その視線を受け、また写真の人物に目を移す。見比べてみても、まったく違うものであった。だが。

(なんで……「同じ」だと思ったんだろう)

 感覚の先にもやがかかったようなもどかしさを覚えた。それをうまく言葉にできずにいると「いいかしら」と蝶子から声を掛けられる。巳影はひとまず謎の違和感をよそに置き、蝶子の言葉に神経をとがらせた。

「名前は、黛時啓。旧日本軍『月輝ル夜ノ部隊』所属……私の曾祖父にあたる人物なの」

 神木と切子の顔がわずかにこわばる。場に張り詰めた緊張感が生まれるが、巳影だけ一人ついていけずにいた。

「曾祖父ってことは……黛さんのひいおじいさん、ってことですか?」

 巳影の言葉に蝶子は無言でうなずいた。写真を手にした神木と隣にいる切子はまだ押し黙っている。

「神木くんと切子ちゃんなら聞いたことあるよね……黛時啓の名前と意味を」

 水を向けられ、神木は小さくうなずき、切子はわずかに目を曇らせた。

「どういう、ことですか……?」

 巳影は二人のリアクションに戸惑い、思ったことをそのまま口にしてしまう。

「この人はね。「鬼」なの」

 答えたのは蝶子だった。目を伏せて、手のひらを強く握っていた。

「人を食うため人を辞めた、文字通りの「鬼」。その人が封印されているの。あの地下室で」

 ふり絞るように言葉をこぼす蝶子に、巳影は思わず「え……」と間の抜けた声を漏らした。

「そして……『月輝ル夜ノ部隊』は「とある力」を研究する、歴史には決して姿を現さない特殊部隊。知っている人は限られてるわ」

「旧日本軍にそんな部隊があるというウワサは聞いたことがありましたが……よくある都市伝説のようなものかと」

 切子の顔にはいつもの余裕がなかった。額には汗が浮かんでいる。

 蝶子は切子の言葉にゆっくりと首を横に振ったあと、目を伏せたままでつづけた。

「確実に存在したその部隊が行った研究は……「とある力」とは、『土萩村』に生まれ、そして封印されていった「鬼」のことなの」



□□□


「この町を……『土萩村』を、高純度かつ高濃度の狂気で満ちたフラスコ瓶だと思ってください。ヒトを食らい、「鬼」が生まれ、また「鬼」をヒトが食おうとする……美しい循環だと思いませんか?」

 つるされた高橋は鼻歌交じりで語っている。向かいの壁に背を預け、立っている清十郎はくわえた煙草に火をつけられずにいた。理由は二つ。脂汗がにじむ血なまぐさい空気を少しでも吸い込みたくないことと、そして片方とはいえライターで手がふさがらないようにするため。

 右腕にはいつでも蒼い太刀を発現させられるよう、闘気を巡らせていた。

「おや、顔色がすぐれませんが」

「……狂人の言うことにいちいち取り合ってりゃ、気持ち悪くもなるわ」

「あらあら。せっかく上で話されているだろうことを予想して、あなたにも話をしているというのに」

 屈託なく言う高橋の笑顔は、無邪気なものと言える部類だった。それだけに、清十郎の気力は乱暴に削られていく。

「しかし忘れてはならないのは……「鬼」と定めたこの村の(システム)です。元はただの疲弊した一村人であることを、忘れてはなりません。罪を擦り付け、罰を与え「鬼」という役割にし、厄災の象徴として封印する……」

「……それに、その『月輝ル夜ノ部隊』ってのが目を付けたってか」

 正解、と言わんばかりに高橋はにこりと笑顔を浮かべた。

「つーか。そんなにベラベラしゃべくっていいのか? てめーらの秘密じゃねえのか」

「別に隠してるわけでもないですからね。それに、誰かにこんな話しても、まともに取り合わないでしょう?」

 清十郎は手で顔を覆いそうになるのを必死にこらえた。何とか荒いため息にして、体の外へと不快感を押し出す。

「狂ってるぜ、てめえら」

「その狂気を……狂気として理解できるのは、あなたたちだけですよ」

 つるされた男の笑顔は、まるで能面のように模られた作り物に見えた。


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