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93:突破口に潜む

 重たい音を立てて、肩から袈裟斬りにされた首切り地蔵は体を二つにして、地面へと沈み込んだ。

「ふむ」

 これで計四体。けしかけた首切り地蔵は二人の前衛によって『黛書房』にすら近づけずにいた。

 書房の手前に立つ二人の姿を見据え、高橋は顎に指を這わせる。

「柊切子と大場清十郎……現時点でのトップクラス。さすがに他の人間より強さが一つ上にある」

 ナイフが閃き、蒼の稲光が交差する。飛び上がって急襲をかけた首切り地蔵は、切子と清十郎の一閃により四つに体を分解された。地面に落ちるころには重みを失って、灰のような砂となり、春風の中へと消えていった。

 切子も清十郎も、首切り地蔵を迎撃するものの、高橋にまで接近しようとはしない。慎重な姿勢のおかげで、けしかけるために用意した首切り地蔵は、残り数体となってしまった。

 おまけに。最前線に姿を見せていない飛八巳影は……どこにいるのか。

「彼は連中の中で唯一の飛び道具使い。潜ませていますね……」

 高橋もまたうかつには動けず、首切り地蔵を放ち、それを斬り伏せるだけという、単純な小競り合いが続いていた。そのうえ柊切子、大場清十郎ともに疲労した様子を見せていない。

「戦闘力だけでいうなら、中堅クラスの霊媒師じゃ手に負えない相手、なんですがね……」

 高橋が引き連れてきた首切り地蔵たちの数は、十体を超える数だった。だが今となっては、壊滅寸前にまで追い込まれている。

「このままではじり貧で負け、ですね……さて」

 手にしていた錫杖の柄をとん、と地面に打ち付ける。それを合図に、残っていた首切り地蔵が一斉に動き出した。それと同時に、高橋も地を蹴って前へと飛び出した。その先では、柊切子と大場清十郎が改めて構え直し、迎撃の態勢をとっていた。

 いの一番に動いたのは、柊切子だった。上体が地面と水平になるまで倒し、逆手に持ったナイフをそのままに突進する。その足からは稲光のような輝きが、あふれ出るようにほとばしっている。

 『羅刹天』の加護。仏教の天部十二天に属する、別名『速疾鬼』の名を持つ鬼の力。

 全身に電流を走らせることにより、神経細胞をつなぐ電気信号そのものを早め、人間には到達不可能な領域の速度を体現可能とする。

 左側から切子へと迫っていた首切り地蔵を、白く輝く落雷が、真横からその体を射抜いた。高橋の目には、砕け散った首切り地蔵の破片と、その場にいたであろう切子が残した電流の残像しか映っていなかった。

 高橋は反射的に、裾から取り出した三枚の札を握り、左側へとばらまく。

 空気を裂く音を追って、札が爆竹のように派手に広く弾けて鳴った。飛び込みかけていた切子はその弾幕に舌打ちを残し、後ろへと下がる。

 まだ札が弾けて火花を飛ばす中、右側に腹の底を揺らすような轟音が落ちた。

 真上からおろした蒼い太刀が、首切り地蔵を一刀両断する。その太刀は地面に小さなクレーターを作るほどの威力を発揮したあと、すぐに刃を返して真横へと刀身を撃ち出した。切っ先の軌道上には、高橋の首がある。

 高橋は右手に持った錫杖を逆手に持ち直し、柄で迫りくる太刀の腹を突いた。同時に前へと体を投げだした高橋のすぐ頭上を、蒼い風が薙ぎ払った。暴風を背に感じながら、高橋はすぐさま態勢を立て直した。

 切子、清十郎と向かい合い、工房に背をさらした高橋は、背後で撃ち出された炎の塊へと振り返る。工房の屋根の上からは、その火球を放ったであろう巳影が強く歯を食いしばり「気づかれた!」と痛恨の念を吐きだした。

 錫杖を両手で持ち、成人の胴体ほどはあるだろう火の玉を受け止めた。そしていつの間に取り出していたのか、錫杖をつかむ手の中に握っていた札に、鋭く息を吹きかける。

 錫杖の本体が黒一色となり、うなりを上げて肉迫する火の玉の表面を、一瞬で黒い霧が包み込んだ。霧は火球に吸い込まれ、火球は霧によって削り取られ、一秒もかからないうちに消滅した。

「良い連携プレイでしたよ。目くばせ一つなく、互いの役割を理解している動き。機能美を感じるほどです」

 錫杖をコーティングしていた黒い色は消え、くすんだ銅色である元の姿へと戻った。

「ただ……あなたたちには何度も煮え湯を飲まされているんです。対策ぐらい備えていると考える方が無難では?」

 にこりと笑って、巳影へと顔を向けた。一方巳影は息を乱し、もう一撃に備えているものの、表情は焦燥感で濁っていた。自分と違い、少しも息を乱さないでいる高橋から受ける圧力に、心が押されているようだった。

「囲まれてる状況なのに、余裕じゃねえか」

 太刀をぶら下げてぶっきらぼうに言う清十郎は、高橋の右手側を、無言で距離を詰める切子は左側を抑えている。高橋から見て『黛書房』は、その正面にあった。距離にして、十メートルほど。

「相澤ししろと神木紫雨の姿が見えませんね。彼らもどこかで何かを企んでいますか?」

 じりじりと地に靴底を這わせ、切子は斬りかかるタイミングを計っていた。清十郎も太刀を下にさげて、今すぐにでも飛び込める態勢を作った。

 その正面、『黛書房』の屋根からは巳影が再び『黒点砲』を作り出そうと、両腕から立ち昇る火柱を制御していた。

 無音が、場を満たす。高橋を囲むそれぞれには、見えない手で喉をつかまれているかのような、強い息苦しさを与えていた。呼吸が一つ漏れても、汗が一つ落ちても、高橋によって強引にきっかけにされるのではないか……そんな緊張感が張り詰めだした。

 風が緩やかに吹き、草と草同士が葉をこすり合わせる。

 呼吸を喉の奥まで押し戻していく密度の中で、ほんのわずかに、高橋が持つ錫杖が音もなく傾いた。

 地面を削り、土を割って走る蒼い太刀は、高橋の法衣の端をわずかに焦がすだけに終わった。

 空から電流をまとって滑空したナイフは錫杖により易々と弾かれ、軌道をそらされた。

 影法師は二つの剣を背にして、真正面へと走る。上からは『黒点砲』を制御する時間もなかった巳影が飛び掛かり、高橋は燃える拳を手のひらで受け止めた。そのまま錫杖を巳影の腹に押し付け、強引に押し飛ばす。巳影の小柄な体は『黛書房』の壁にたたきつけられた。

 高橋は錫杖の柄を上に向けたま、『黛書房』の壁へ振り下ろした。強引な錫杖の柄に木造の壁は易々と引き裂かれ、一階部分が丸見えとなる穴を穿った。

「ところで。お前から見て僕は戦力に数えられてないのかな」

 書房内部に踏み込んだ瞬間、高橋の体が凍り付いたように動かなくなる。その体には、無数の霊気の糸が内側から入り込んでおり、その体を縛り付けていた。

「……玲斗」

「油断大敵、だね」

 あけられた穴のすぐ側で身を潜めていた神木は、右手から伸ばす『悪性理論』で高橋をからめとり、ほくそ笑んで見せた。


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