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84:悪、二人

 『荊冠計画』。これに『茨の会』が関与してない、というわけはないだろう。あまりに状況がそろいすぎている。

「……『茨の会』のことは、私も聞いてる。何を考えているかもね」

 考え込む巳影の隣で、視線だけをよこす蝶子がつぶやいた。

「少なくとも、新山さんたちを放置することはできない。この町は、私の住む町でもあるから」

「……。解読は、これ以上可能でしょうか」

 蝶子の目は真剣そのものだった。巳影のうなずきに、蝶子はさらに速くコンソールパネルをたたき始める。

「この目録は帳簿にカモフラージュした暗号文。解読はできるけど……全部をクリアにするには、もう少し時間がかかるわ」

「そうですか……でも、少しでもわかることがあれば、それにこしたことは……」

 巳影の言葉はマナーモードにしていたスマートフォンの振動で止められた。着信は切子からのものだった。蝶子は「どうぞ」と笑顔で電話に出ることを促す。

「もしもし、飛八です。今『黛書房』で……」

 電話口から届いた切子の言葉は端的で冷静であったものの、巳影の思考を一瞬停止させるには十分な内容だった。

「……『飛頭蛮』が!?」

 電話の向こうの切子はすでに外に出て、走っている途中であることが、届く息遣いで分かった。

「わ、分かりました! いったんそっちに戻ります!……あの、黛さん、こっちでトラブルが……!」

 通話を切り、振り返った巳影がすべてを言い切る前に、黛蝶子は一つうなずいた。

「行ってきなさい。こっちならあと数時間はかかるかもしれない。ここで待機しても意味はないわ」

「ありがとうございます! では目録のこと、よろしくお願いします!」

 頭を下げると巳影はすぐさま走り、どたどたと階段を下りて行った。

 足音が遠のき、二階から覗く窓から巳影が走っていく様子が見て取れた。幸い、バスならばあと数分後に来る便があるはずだ。

「……素直でいい子ね」

 窓際によじ登ったチクタクが頭を上下させる。うなずいているのであろう。

「こっちも仕事を頑張らないとね」

 レースの裾をまくって、蝶子は改めて時計盤の前に立った。光るパネルの上を指が跳ね、再び時計の針がバラバラに動き始めた。

 パネルを打ち込む蝶子の横顔が、ふと険しいものに変わった。動かす指は止めないまま、つぶやくように言った。

「入ってくるなら、玄関からにしてほしいわね」

「それは失礼した。でも君と僕の仲じゃないか」

 ホトトギスが鳴いたようなさえずりが聞こえた。黒い法衣はふわりと着地すると、室内にかすかな新緑のにおいを振りまいた。

「今見ての通り手が離せないの。用がないなら消えてほしいわ」

「僕が暇人みたいに言うのは勘弁してほしいな。これでもいろいろ飛び回ってクタクタなんだから」

 微笑を浮かべる高橋京極は、肩をすくめて言った。

「あら、それは失礼。でも同類みたいには言われたくなかったもので」

「あはは、それこそ無意味な話じゃないか。これでも君のことは気にかけているんだよ……同じ『悪』として生まれたもの同士、ね」

「……」

 高橋の言葉を聞きながらも、蝶子の指は止まらなかった。

「そんな君が、彼らに手を貸す。その様が滑稽でね。笑いにこずにはいられなかったんだ」

 翼が宙を打ち、窓から羽ばたいていく。

「その欺瞞、いつまで続くかな。ふふふ」

 声は遠のいていくバスのエンジン音に紛れてしまう。窓際から首を向けるチクタクの視線に気づいたのか、振り返る肩越しに蝶子は「私なら大丈夫よ」と笑った。しかし、光のコンソールパネルをたたく指は止まっていた。

「……同じ『悪』……か」

 つぶやいてみて、蝶子は小さくため息をついた。

「そこは、反論できないな……」


 □□□


 バスに乗り込んだ巳影以外、乗客の姿は見えなかった。巳影は後部座席に座り、進んでいく窓の外の景色をにらむように見ていた。

「なんで、今『飛頭蛮』が……」

 切子からの知らせは、町中で『飛頭蛮』の姿が目撃された、というものだった。幸いけが人は出ていないものの、それは時間の問題かもしれない。前回出現した折には事実、負傷者が出てしまったのだ。

「いや、そういえば……『飛頭蛮』に関するウワサのコアは見つからなかったんだっけ……」

 なぜ、どうして。頭の中は軽く混乱している。『飛頭蛮』とは、あの少女の姿をした鬼……『暗鬼』が生み出したものではなかったのか?

「少し着眼点をずらしてみてはどうでしょうかね」

 巳影が立ち上がる寸前で、目の前に釘のような鋭い針を突き付けられた。

「高橋京極……なんでここに!」

「ふふ、どうも。無賃乗車ですが、同席させてもらいますよ」

 ふわり……と高橋の法衣の裾から一枚、小柄の鳥の羽根がこぼれ落ちた。

「このバスに寄ったのは帰り道が一緒だからですが……忠告を一つ」

 高橋は長く鋭い釘を指の間でもてあそびながら、いつも通りの朗らかな笑みでいう。

「次に我々が着手する独立執行印ですが……順序通りならば、第四の独立執行印。それは、すでに開封されています」

「……!?」

「聞き覚えはないですか? この町にも怪談としても残っていますが……『首切り地蔵』、というものですよ」

「首切り……」

 自分でつぶやいてから、どこかで覚えがあるような気がした。

「もともと管理責任者は新山さんたち組合が取り仕切っていたものですからね。もう『暗鬼』の騒ぎの段階で封印は解除されていました。その前兆はあったでしょう?」

 首のない地蔵。それにいち早く連想されたものは……首のない犬。『飛頭蛮』だった。

「『飛頭蛮』だけウワサのコアはなかったのでしょう? あれはあれで、単に別件だったからですよ」

 ややこしくしてすみませんね、と悪びれた様子もなく高橋が笑った。

「で、お話を戻しますと忠告を。……次の独立執行印の封印を守ろうと思わないことです。なぜなら……管理者である彼女、黛蝶子は」

 腰を浮かすと同時に、足払いを踏みつける勢いで横に出した。だが、靴底が床を滑っただけで、耳元を鋭い風が吹き抜けた。高橋の姿はもうすでになく、巳影の後ろ……バスの窓には長い釘が突き刺さり、亀裂がびっしりと広がっていた。

「黛蝶子。彼女は僕と同じ……「悪」の人間ですからね」

 反対側の窓が開き、外の空気が入り込んでくる。遠くには、羽根を羽ばたかせるホトトギスらしき鳥を見ることができた。


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