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81:真相への一歩

 写真に写っている人物は、まっすぐに視線をこちら……カメラに向け、他の兵士たちと同じよう直立不動の姿勢で立っていた。

「こいつが、天宮一式だって?」

 巳影の後ろから清十郎が写真をのぞき込んでいう。面識がないのは清十郎一人だけだった。そして面識のある巳影、紫雨、神木は顔をこわばらせて、息をつくのも忘れていた。

「そいつのじいちゃんとか、ご先祖様なんじゃねえの?」

「……そうだと思いたいところですね」

 巳影はじっと写真に視線を落としながら言う。妙な緊迫感で喉がひりつくほど乾いていた。

「しかし……今よりも幼くもなく年をとってもいない。まったく、見たままの顔……これは血縁がある人物ととらえるには、瓜二つすぎます」

 写真の裏を確認してみた。そこには小さな字で「明治二十七年」と古い字体で書かれている。

「……。一度持ち帰って、本格的に調べよう。真っ暗なここじゃ、見るだけでやっとだからね」

 神木の言葉にそれぞれが無言でうなずいた。言葉はもう何の役にも立たない。巳影たちは身に染みるような沈黙に喉を抑えられ、誰も不安すら口にすることもできず、その場は解散となった。



 □□□


 翌日の放課後、神木はオカルト研の部室に巳影たち在校生だけではく、紫雨と清十郎まで呼び出し出席させた。まだ動けない帆夏はパソコンからの参加、という形になっていた。

「昨日の今日でまだ疲れてるところごめんね。昨日見つけた資料で、判明したことを少しでも早く知らせた方がいいと思ってね」

 部室の片隅に置かれていた古い教壇を引っ張り出し、それぞれがパイプ椅子などで座る前に立って神木は自分のノートパソコンを取り出した。それにプロジェクターをつなぎ、使われていない黒板へと画面を映しだす。

「昨日見つけた目録は、どうやら日清戦争の頃に使われていたものみたいだ」

 神木はスキャナーやカメラで取り込んだ画像などを映しながら解説する。

「日清戦争って……いつの時代です?」

 巳影の隣に座っていた紫雨がぼそりと聞く。

「日清戦争は1894年に起こった、日本と清国との戦争だよ。……紫雨、そんな調子で復学して大丈夫か?」

 弟の声はしっかりと聞こえていたらしく、兄の神木は眉を寄せて咎めるように言った。

「話を戻すと、あの目録はこの町の……まだ「土萩村」だった時代の頃に書かれたものだ。記録された年は明治二十七年……あの写真と同じ時期のものだね」

 神木は黒板に写る資料を切り替え、白黒の写真を表示させた。昨日現物を見ておらず、話だけを聞いていたししろと切子が顔を険しいものにする。

「……どうやら、その様子だとそっくりさんや血縁者の線はなさそうだね」

 全員の視線は写真に写る若者の一人、天宮一式と思われる人物に向けられていた。

「でも、その写真に写ってるのが僕たちの知る天宮一式だとしたら……あいつ一体何年生きてることになるんです? 若い時の恰好のままで」

 言う紫雨の顔は、訝しげに眉をひそめていた。

「明治生まれだったとしたら、100年以上は生きてるってことになるな」

 清十郎は肩をすくめている。自分の発言がいかに現実離れしているかを、自身で理解してのリアクションであった。

「それで……目録には何が書かれていたんですか、先生」

 巳影の質問に神木はひとつうなずいて、スライドの写真を次のものに移した。そこに映った目録はひどく掠れ、劣化してしまった文章がつづられている。

「保存状況はあまりよくなかったみたいなんだ。古い文体の上に、ほとんどの文章は風化して読み取れなかった。けど……」

 神木はそこで言葉を区切ると、自前のチョークを取り出し、黒板の余白に文字を書いていく。黒板には、

「獣」

「星」

「月」

「浄化」

 と、その四つが書き出される。

「なんや……? 獣に……星? 月?」

 ししろはぼそぼそと書き出された単語の意図を思案している。チョークを置いた神木はこちらに向き直り、

「何がこの目録に書かれているかわからなかったんだけど、この四つの言葉が頻繁に見つけられたんだ。……と、調べてみてわかったことはこれぐらいでね……」

 すまない、と神木はうなだれるように頭を下げた。

「つまり、謎が謎を呼んでいる……と」

 清十郎は渋い顔のまま、腕を組んで首を傾げた。

「僕の『悪性理論』にはサイコメトリーのような能力はないからね……でも、何かのヒントになればと思ってまとめてきたんだけど……どうだろう」

「これだけでは、ちょっと……」

 巳影は記憶をフル回転させながら考えているが、何も見通すことはできなかった。ただ。

(……「獣」……)

 自分の中に住まう、もう一つの存在。それは自らを「獣」と呼んでいる。

(偶然、なんだろうか……)

 まだ誰にも「獣」の……ベタニアの存在を告げていない。それとなしに意識を深く潜らせるも、あの巨躯の気配は感じられなかった。そういえばここの所、ベタニアの声は聞いていない。

 気楽に語らう仲ではないが、ここまでの沈黙は不気味なものを感じさせる。

『ねえねえ、ここは逆転の発想ってやつが必要じゃないかな』

 椅子の上に置かれたノートパソコンが、帆夏の声をスピーカーから通した。病院で待機している帆夏につながるものだが、あいかわずディスプレイには「サウンドオンリー」という文字しか映っていない。

「逆転……とは?」

 神木は小首をかしげた。

『書かれてる内容は文字が劣化して読み取れないんだよね。なら消えてる文字を追いかけるより、消えた文字からこっちに来てもらおうよ』

「……どういうこと?」

 なぞかけのような帆夏の言葉に、巳影は疑問符を浮かべる。だが、

「そ、そや! その手があった!」

 ししろは大きくうなずき、神木も「おお」と声を上げた。

「そっか、『黛書房』に持っていけば……!」

 切子も両手を合わせ、曇っていた顔を明るくする。しかし巳影は取り残されたままで、「あの、どういう流れなんです……?」と助け船を紫雨や清十郎へとむけた。

「……」

「……」

 華やぐ女性陣の一方で、男子二人は口を横一文字に結び、だらだらと脂汗を額に浮かせていた。

「……?」

「じゃあ『黛書房』にはこっちで連絡を入れておこう。みんなにはまた追って知らせるよ」

 一方神木はほっとした様子で笑顔を浮かべていた。それに巳影の頭上に浮かぶクエスチョンマークは、二つに増えた。


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