80:根源の片鱗
新山の豪邸宅、屋敷内の奥にある書庫に、地下室へとつながる階段は隠されていた。ぎっしりと詰まった本棚の一部がスライドし、狭い階段が姿を見せる。
「案外ベタな隠し通路だな」
思わず清十郎がぼやいた。
階段の奥は暗く、視界が効きにくい。加えて細長く設計されているためか、道幅としては狭く感じるほどの広さだった。
先頭を慎重に歩く神木はスマートフォンのライトを使い、道を照らしていく。
コンクリートがむき出しになった壁を伝い、階段を一歩ずつ降りていった。それの後に紫雨、巳影、そして窮屈そうに身を折りながら清十郎が続く。
階段は踊り場のようなスペースで行き止まりとなっており、正面には古くさびた、鉄の扉が埋まるようにして道をふさいでいた。念のため、と神木が指先から霊気で編んだ糸を伸ばす。罠の気配は感じられないものの、その糸では扉はあかない。
神木に安全を確保してもらってから、清十郎がドアの前にしゃがみ込み、その様子を調べてみた。
「かなり錆びてて、古くなってるな……強引に力で引っ張るしかねえか」
古いドアノブが途中で壊れないよう入念にチェックし、清十郎が気合を入れつつドアを引いていく。鉄のドアはかなり重たい音を立て、引きずられるようにして少しずつ開いていった。
ドアが完全に開いた瞬間、冷たい風が中から噴き出してきた。かび臭いにおいと、古い鉄のにおいが混じりあい、それを真正面に受けた清十郎は思わず顔をしかめた。
「……ずいぶんと冷えてますね……ここの空気」
巳影はまだ足を踏みれず、開け放たれた部屋の前で内部の様子を探った。
鉄のドアの奥は、真っ暗な闇で視界を完全に遮断していた。階段からの構造上、ここに日が差し込む作りになっていないせいもあって、闇の濃度は夜よりも深く感じられた。
その闇に、神木のスマートフォンが発するライトが切り込んだ。
浮かび上がった内部の広さは、八畳間ほどの大きさだろうか。巳影も自分のスマートフォンを取り出し、ライトをつけて部屋の中を照らしていく。
内部は、まるで洞窟のようになっていた。天井は奥に行くにつれて低くなり、柱となるものは最低限の数だけで、それもかなりの老朽化が進んでいる。表面は岩か、土が固くなったものか。何かの拍子で崩れても不思議ではなかった。
「……まるで防空壕みたいだね」
ぽつりと神木が言葉を漏らす。神木は足元をライトで照らしながら壁際へとライトを当て、そこに浮かび上がったものを見て、その場にいた全員が思わず息をのんだ。巳影は拳を握り、清十郎は太刀を呼び出す。
「……地蔵……?」
後ろから顔だけだした紫雨が、怪訝そうにこぼす。
狭く低い空洞の中には、首から上がない地蔵……らしきものがずらりと並んでいた。
大きさや形などは統一されておらず、一抱えあるものから足の膝までしかないサイズのものまでが、壁に沿う形でぎっしりと詰まっている。
その異様な空間に、誰もが喉を固唾で鳴らした。
「だ……大丈夫。ここにあるものはただの「物」だ。何も宿ったり、住み着いてもいない……何かが潜んでいることはないよ。安全だ」
神木が伸ばした糸を手の中に戻し、小さく息をついた。
「安全って……ここまで怖気のする眺めなのに、何もないっていう方がかえって不気味だぜ……」
「……どーかん」
清十郎の言葉に紫雨がうなずいた。
「ひとまず調べてみよう。何かヒントになるものがあるかもしれない」
神木は慎重に中へと入っていく。巳影がそのあとに続き、ライトをつけたまま連なっておかれた地蔵たちを注意深く見た。
「……これ、首が」
そばに置かれていた地蔵の前にしゃがみ込む。田舎町ならどこにでもありそうな地蔵であったが、やはり首から上がない。そこにはまるで、切断されたような断面を見ることができた。ライトを当て、さらに詳しく見て回る。
「おい、どうした飛八」
地蔵を手あたり次第調べている巳影の様子に何かを察したのか、清十郎がそばにしゃがみ込んだ。
「この地蔵も……あっちもそうだ。これ、首が全部切り落とされてるんじゃ……」
巳影の言葉に清十郎は地蔵の首を凝視し、そっと指先でなぞった。その指で感じたものは、巳影の言葉を証明するものであった。
「こりゃぁ……」
「……」
清十郎と巳影は言葉をなくし、空間内の地蔵たちを改めて凝視した。
詰めて並ばされているどの地蔵にも、鋭利な何かで切断された跡が残されていた。
「すまない二人とも、こっちに来てくれ」
部屋の奥で神木が声を上げる。その手には、かなり劣化した冊子のようなものがあった。
「それは何ですか……?」
「何かの目録らしい。表紙らしきものは見当たらないが……」
ライトを当てて、つづられている文字を目で追ってみる。どの字も古い書体で滑るように書かれており、巳影はまともに読めずにいた。代わりに神木が指を文字に添えながら読み上げていく。
「日付が書いてある……明治、二十七年……?」
「戦前のものかよ……」
清十郎も冊子をのぞき込んだ。神木は全員にも見えやすいように、なるべく冊子を広げようと持ち直した。その際、ばさりと浮いた冊子の中から、一枚の影が地面に落ちていった。
「なんだろ」
紫雨がそれを拾い上げ、自分のスマートフォンのライトで照らしてみた。
それは、古い集合写真のように見えた。軍服を着た旧日本軍兵士たちが数人並び、背を正している。
「この目録と何か関係があるかもしれないな……紫雨、それは大切に保管……」
「う、うわあ!?」
神木の声が、紫雨の悲鳴めいた声に押されてしまう。のけぞって声を上げた紫雨は、手にしていた写真を落としてしまい、しかしすぐには拾い上げようとはしない。
「ど、どうしたんだよ紫雨」
動揺を隠しきれていない紫雨を不思議に思い、巳影が写真を手に取った。
「なんだ、心霊写真か?」
「……似たようなもんかも……そ、そこに……右から二番目に写ってる人……」
からかう調子で尋ねた清十郎とともに、紫雨がいう写真の人物へと焦点をあてた。紫雨がさす人物を見て、巳影は息を飲んだ。
「……天宮、一式……?」
古ぼけた、画素数の荒い写真の中……軍服に身を包んだ天宮一式の姿がそこに写っていた。




