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79:終末のアーキタイプ

「……「鬼」の支配からの解放? 進化?……どこまでぶっとんでやがる」

 新山とのいきさつを聞いた清十郎は、顔をしかめてため息をついた。

「でも、その力は確か、ということですか……」

 巳影のつぶやきに、切子は無言でうなずいた。

 巳影たち三人は新山邸にたどり着いてから、応接間でししろからの説明を聞き、言葉をうまく探せないでいた。

「もしかしたら、やけど……」

 ソファに腰を下ろしたままのししろは、顔を上げて巳影へと言う。

「あんたの故郷の……あかね団地での事件を引き起こしたんは、これのための前実験やったんやないか、とも思う」

「……!」

 人が異形の怪物になる。そんな事例が『茨の会』という組織の中で行われていた。関連性を疑うなという方が難しいだろう。

「高橋京極は最終調整やとかいっとった。そういうからには、前段階の実験や検証があったってことや」

 顔をこわばらせる巳影からは、言葉は出てこなかった。

「少なくともくそ爺は本気で町を、自分も含めて化け物だらけにしようと考えとる。『茨の会』とは利害一致。連中の企てに乗る気や……」

 屋敷内は静まり返っていた。人はどこにもおらず、気配もない。落ちてきた沈黙は、その場にいる全員に重くのしかかった。

「そもそもの『茨の会』ってやつら……一体何なんすかね」

 暗く固い沈黙の空気を、紫雨のボヤキがわずかに揺らした。

「この町をひっくり返そうってことはわかったんすけど、その理由が「待ち合わせ」? わけわかんねーっすよ。まだ「世界征服」とかの方が現実味ありますよ」

「……せやな。それぞれ目的は個別にある、みたいなこと言うとったが……ウチらはまだ連中のことを知らなすぎる。理解深めようとかやないけど、漠然としたままじゃ、今後の対策も具体的に取られへん」

 ししろの言葉が終わるころ、屋敷の敷地外のそばで、近づいてきた車のエンジン音が鳴りやんだ。その場にいる全員に緊張が走る。が、ドアが閉まる音で紫雨がころっと臨戦態勢を解いた。

「あ、兄さんだ」

「神木先生……?」

 ほどなくして玄関口から現れた神木は、屋敷内に入ると眉間にしわを作った。応接間のドアをくぐった神木は、疲労の見える巳影たちから事の成り行きを聞き「そうか……」と深いため息をついた。

「君たち子供が体を張っているというのに、肝心の大人がこんな体たらくですまない」

 神木は深々と頭を下げた。

「さっき僕のところにも連絡があったよ。新山さんが姿をくらましたってね」

 加えて、『土萩町管理組合』の人員すべてが忽然といなくなった、と神木が告げた。

「……清十郎くん。君のお母さんも、だ。新山町長に近しい者が、こぞっていなくなった」

「……。そっすか……」

 清十郎はわずかな沈黙の後、そっけなく返した。唇に咥えたままの煙草には火をつけず、その一本をパッケージの中へとねじ込んだ。

「もう何が起こっても不思議じゃない。君たちはもう手を引いて……」

 そこまで言って、神木は力のない苦笑を浮かべた。首を横に振り、神木へと注がれる視線に「野暮だったね」と返した。

「今更僕たち大人がしょい込むわけにも、いかないか」

「こんだけ分かりやすうケンカ売られたんです。それを大人がおいしいとこだけ持ってこうってのは、ずるいんとちゃいますか」

 ししろのまっすぐな視線に、神木はうなずいた。

「そうだね、ここだけ格好つけようってわけにもいかないか……だけど、まかせっきりにするつもりもないよ。僕もできうる限り協力する……まずは『茨の会』ってやつらだ。彼らの情報を集めよう」

 と、神木はポケットから一本のUSBスティックを取り出した。

「この屋敷から人がいなくなった状況を利用させてもらおう。理由や経緯は調べなきゃいけないけど、それは今じゃなくていい」

「家捜しするってことですか? この広い敷地を?」

 紫雨はげっそりとした顔で言う。それに神木は微笑を浮かべ、USBスティックのカバーを取り外した。

「そこは、ちょっとズルをする。僕の『悪性理論』の応用でね」

 神木はスティックを手近な壁へと押しつけ、端子部分をめり込ませた。その先端には……基盤には、かすかに光る霊気の糸が張り巡らされていた。

「まともに手がかりを探したって、見つかるわけがないからね。なら、まともじゃない方法で探すのがセオリーさ」

 先端が刺さった壁から、うっすらと光る波紋が広がっていった。壁に、天井に、室内の調度品からドアの隙間をすり抜けて、廊下の端々にまでその波紋は広がっていく。

「一体何を……」

「屋敷全体を「糸」でスキャンして、あのUSBに記録してるみたいです……器用なことするなぁ、兄さん」

 巳影の独り言に、紫雨が感心しながら返した。しばしの間、神木は壁に刺したUSBスティックに集中する。まるで聴診器で体内の様子を探る医者のように。

 目を閉じ、深く長い呼吸を保つ。それがぴたりと止まった時、神木は目を開いた。

「……地下室があるみたいだ。広くはないけど、頑丈な扉で封じられている」

 USBスティックを抜き取ると、神木はそれをスーツの胸ポケットの中にしまい込んだ。

『かみきせんせー。そのデータ、こっちにも送ることできますかー?』

 スピーカー状態にしたままのスマートフォンから、帆夏が声を上げた。

「その声、樹坂さんかい? 結構な重さになると思うけど、送信は可能だよ」

 神木はUSBスティックを自分のスマートフォンに差し込んだ。神木はタッチパネルを指で操作しながら、応接間にいる面々に向けて話した。

「これから地下室へ向かってみるんだけど、僕一人じゃちょっとね……罠の類いは見つからなかったけど、だれか動ける人が一緒に来てくれれば助かるよ」

「なら、俺が」

 一番最初に手を挙げたのは巳影だった。

「俺も付き合うぜ、せんせー」

 遅れて清十郎も挙手する。神木は二人を見てうなずくものの、「体力は残ってる?」と、疲弊の色を残している巳影たちに問いかけた。

「俺は問題ありません。むしろ、さっきは何もできずだったので、消化不良なんですよ」

「確かに疲れてはいるが、別に化け物が潜んでるってわけじゃねえんだろ?」

「……。わかった。じゃあ二人に同行をお願いするよ」

 神木は切子とししろへと向き直り、けがの具合を尋ねた。ししろの手は出血は収まったものの、傷が深い。切子が付き添って病院へ連れていくことに決まった。

 ついでに切子たちに紛れ帰ろうとした紫雨は見事見つかり、神木によって引っ張り出された。

「僕だって疲れてるのにぃ!」

「地下室があるのは奥の方だ。行こう」

 じたばたする紫雨を引っ張りながら、巳影と清十郎は神木の後に続いていった。


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