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72:マーダーフィールド

 幼い頃から剣の使い手としても……大場の家系が担ってきた役割を果たすのも二流、三流であり、自ら取り組むモチベーションも持っていなかった。

 強い人間など、世に出ればいくらでもいる。世にでなくとも、新山の家系を囲む各家々の人間は、誰もが一流の使い手だった。

 天井は、最初から蓋をされていた。誰もがこちらを見るなりため息をつき、大場家のあとを憂い、心にも無い心配事を吐き出していく。

 はじめは訓練も熱を入れて行った。だが、周りの目と囁く口が気になりすぎて、段々とおざなりになっていく。

 父は、寡黙な人間だった。新山の忠臣であり、大場の役割を果たす……いわば、執行人。

 詳細など知らない。だが父から漂うものが「血の匂い」であることは、幼いながらもわかってしまった。

「鬼」となった者の首を落とす。それが大場家の役割だ。かつて「村」だった頃に打ち立てられたご大層な封印……『独立執行印』。落とした首を捧げることで、封印は完成する。

 村の厄災を「鬼」という役目に負わせ、首を斬り落とす。それは今現在になっても、形を変えて、どこかで行われている。

 父の帰りはいつも、遅かった。何をしてきたか、直接聞いたわけではない。だが、日に日に強くなっていく「血の匂い」が怖くなり、次第に家から離れていった。そんな自分にすら、何も言わない人だった。

 アドバイスの一つも乞えばよかったのか。話す人柄ではないと思うが。

 ただ、そんな口数の少ない男が言ったといえば。

「首を斬り落とすために必要なのは、剣技ではない。刃物でもない」

 ふてくされていた自分にかけられた言葉に、首をひねった。

「必要なものは……」

 なに、だったか。


 □□□


 荒れ果てた床に落ちた蒼の輝きは、すぐさま太刀の形を失う。

「限界かな?」

 太刀を弾き飛ばされること、四度目。来間は上機嫌といった様子で、膝をつき肩を大きく上下させ、荒い呼吸でうなだれた清十郎の頬に、刀の切っ先を添えた。清十郎にはもう、それを払う力すらなかった。

 斬りかかるたびにあしらわれ、本命の斬撃すら浴びせない。ダメージは、ほぼ打撃によるものだった。立ち上がろうとしても、どこかで力が入らない。

「戦意はもうないみたいだね」

 清十郎の髪を鷲掴みにして、力任せに持ち上げた。

「さてさて、どうしよう。君の処分なんだけど……生かせとも殺せとも指示を受けてないんだ。これって、現場の判断で自由にしていいってことだよね」

 来間は笑って、つかんだ髪ごと顔を、少女が眠るコアへと向ける。

「あの赤い結晶が厄介でね。何をしても壊せない。内部から揺さぶるしかない、とのことなんだけど……」

 かすれた視界の中、鈍く輝く赤色の結晶が浮かび上がる。

「あの子の前で君をいたぶりでもすれば……少しは効果でもでるかな。どうだろう。愛おしい人を助けるために、出てきてはくれないものかな」

 つらつらと語る来間に、悪態をつこうとした。だが、腹にも力が入らず、声すらまともにだせない。来間は片手だけで清十郎を放り投げると、元本堂の正面に落とした。すぐ上には、眠る少女がいる。

 その顔は、今にも泣きそうな表情に見えた。苦しい気持ちに耐え、体を小さく丸めている。

 守りたい。しかし……守れない、のだろうか。すがるように震える手を伸ばすが、それは来間の足によって踏みつけられ、地面へ叩きつけられた。

「高橋京極さんが何やら準備をしてくれているようだけど……もっと手っ取り早い手段があったなら、そっちを優先すべきだよね」

 腹部に来間の蹴り足が入る。清十郎は体を折って、額を床にこすりつける。

「ほらほら。出てこないと、君の大事な人はひどい目にあっちゃうぞ」

 子どもをあやすような口調で言い、今度は肩口を蹴り飛ばした。衝撃で清十郎の体が転がり、仰向けになる。

 痛みと疲労でもうろうとなった意識の中で、目に映るものもかすれていく。

 せめて。もっと剣がうまく使えたら。

 せめて。もっと良い剣を用意できたのなら。


 必要なのは、剣技ではない 刃物でもない


 意識が遠のく。昼の気だるげな光が削がれていく。赤い世界の中で、君が泣いている。

 ごめん。辛い思いをさせて、ごめん。俺が弱いから……落ちこぼれだから。君を、守りたいのに。

 ああ、忌々しい。弱い心に腹が立つ。怒りなら、自分に対する怒りなら、こんなにも轟々と燃えているのに。


 必要なものは


 苛立たしい。恨めしい。弱いままでいた自分が、何よりも許せない。救えないままで終わろうとする自分が許せない。

 だから。だから。



 必要なものは



 だから、もう手段は選べない。

 もう、選ばない。

 必要なもの……それは。


 □□□


 隙を見せない。

 もう意識を失う寸前の清十郎を痛め続ける来間は、時折ちらりと巳影たちに視線をやる。離れた位置で動けないでいる二人を見て、愉悦を覚えているようだった。

「ヤバい……このままじゃ本当に……!」

 飛び出そうとした紫雨の肩を、巳影は乱暴につかんで引き戻した。紫雨は勢いあまって尻もちをつく。

「無策で出ても、被害者が増えるだけだ!」

「じゃあどうしろってんですか!」

 噛みつく紫雨に、巳影は言葉を返せない。

 飛び出せるものなら、自分も飛び出したい。これ以上攻撃が続けば、本当に清十郎は死んでしまうだろう。

 だが、来間のその背中に。その目に。一切の油断もなければ隙も生じていない。感情に任せて突っ込めば、バッサリと返り討ちにあう。そして今度こそ、手加減はしないであろう。刃が自分の体に通り、斬り伏せられる。そのイメージだけは容易くできた。

(最悪でも相打ちにしなければ……!)

 自分を犠牲にしても……。巳影は震えている拳に力を込めた。

「さあて、このままトドメといこうかな?」

 来間は芝居かかった動きで、刀を高く掲げた。その前には、意識を失う寸前の清十郎が倒れており、そのまぶたは今にも閉じられようとしていた。

 巳影が地を蹴り、紫雨は駆け寄ろうと思わず立ち上がり、来間は刀を振り下ろし、虚ろな清十郎の目は、赤いコアの中の少女を映し出し。

 三者三様、それぞれの足がビタリと同時に止まった。

「……!?」

 巳影は、飛び下がっていた。

「あ……う」

 紫雨は地面に膝をついていた。

「……」

 来間の顔からは、笑みが消えていた。ただゆっくりと立ち上がる、満身創痍の清十郎に目を奪われている。

 鼓動。脈打つ音が、どんどんと大きくなる。それは自分の心臓の音なのか、それとも……それぞれの前に立つ者から広がっていく波紋のようなものなのか。

 来間は、落雷の一撃を眼前にして飛び下がる。蒼く光ったそれは、清十郎が打ち下ろした一撃だった。

 その手に握られた太刀は、燃え猛るほどの蒼い輝きを刀身にまとわせていた。その切っ先がゆらりと持ち上がり、清十郎は正眼の構えを取る。

 対して来間は、何も言わないまま刀を前に構えた。その横顔には常にあった笑みとともに、余裕の気配が消えていた。

 巳影はすくんでいる足をなんとか動かし、へたり込んだ紫雨の下へと駆け寄る。

「い、一体……大場さんに、何が……」

 紫雨は自分の体が震えている原因が分からないままでいた。感覚に脳が追いつかず、思考はパニックを起こしている。巳影は震える紫雨に肩を貸し、少しでも離れようとした。

 堂内の中央、構える来間が口を開いた。

「決心が着いたってところかな。君が今、その身その刀身から放っているものは……」

 踏み込んだ来間の足が、真正面から刀を押し出して突進する。その刃は清十郎の太刀が根本で受け止めて、突進の勢いも押し殺す。逆に手元を押し出した清十郎によって、切り結ばれていた刃同士が弾け、離れた。

 まるで後ろから引っ張られたかのように下がった来間は、ゆっくりと息をついた。

「初めて感じるよ。ここまで練り込まれ、高められた闘気は」

 清十郎は追うことなく、再び太刀を前に構えた。来間もまた、腰を低く落とし、いつでも動けるよう足を肩幅ほどに開いた。

「いや、ただ強いだけの闘気じゃない……こう呼ぶべきだね」

 来間の表情が険しくなっていく。重たい風圧を押し出していく清十郎の太刀を見据え、呟く。

「純粋たる、『殺意』だ」


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