表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
70/154

70:雷、蒼く光る

「相手がこちらの懐に入ったとしよう」

 巳影は至近距離から来間のみぞおちを狙って、火柱の立つ右拳を繰り出した。

 それを、来間はまたしても半歩軽く下がるだけで、空振りとさせる。

「相手が空振りすれば、絶好の反撃チャンスとなるね」

 左。視界の端から何かが水平に迫り、頭部めがけて振られた。来間が逆手に持つ鞘が、がら空きとなった左側から飛んできた。

 とっさに巳影は左手を頭の高さまで上げ、衝撃に備えた。しかし。

 とん……。

 鞘は、軽く左手に当たっただけだった。備えていた巳影は、来るであろう重い一撃のため踏ん張っていた体の比重が狂った。思考もまた、一瞬の空白を作る。

 額に鈍痛がめり込んできた。来間は刀の柄を、巳影の額めがけてぶちかましていた。

 バランスを崩し、不意をつかれた巳影はその一撃のダメージを、まともに食らってしまう。体は簡単によろめき、膝をついて倒れないようにすることで精一杯だった。

「ダメージは確実に与えていくこと。一撃必倒はあまり現実的とは言えないよ」

 立ち上がろうとした巳影の足元に、来間の足払いが迫った。外側から払われた足は速く鞭のようにしなり、巳影の足元を刈って転倒させる。

「敵が複数の場合、常に奇襲に備えること」

 足元の瓦礫まみれの地面から、鋭く伸びた霊気の糸は、来間の無造作な横薙ぎで斬り払われた。来間はそのまま右へとステップを踏んで、すぐ側を通過した糸を回避する。

「背中に目でもついてんですか、くそ!」

 瓦礫で埋まる床の中、前と後ろに『悪性理論』を忍ばせていた紫雨は、簡単に回避されて毒づく。

「まさか。俺は真っ当な人間さ。ただ正面からの動きは見え透いていて、故にブラフだと判断できる」

 その後も網目状に固めた糸を伸ばすものの、それはあっさりと横一閃の薙ぎ払いで消滅した。ボロボロと崩れていく霊気の糸は、その身が崩壊する前に、次の糸を矢継ぎ早に伸ばしていく。再び捉えようと伸びた糸を、来間はまるで草刈りでもするかのように刃で払っていった。

 その隙を見て、巳影は身を起こして後ろへと大きく下がった。激痛と鈍痛が体中を走り回り、体力は大きく奪われていた。立つことはできても、足や体に残る痛みで踏ん張ることができずにいた。

「大丈夫っすか」

「ありがとう……でも厳しい」

「同感……」

 『悪性理論』を囮に使いながら来間を引き付けた紫雨は、そこまでの動きが精一杯であった。舌打ちして、改めて焦りを表情に出す。

「落ち着いてる……すごく冷静だ。いくら攻めて、とっさの判断を迫っても、視野が狭まる様子すらない」

 距離を取ってみるものの、そこから来間がすぐに追いかけてくるこちはなかった。悠然と余裕を持ち、刀を構えることもなくこちらを見て微笑んでいる。

「当然だよ。言っただろ、場数が違うって。君らと同じ年の頃にはすでにこの生業で生きていたし、今まで生き抜いてきたんだよ。死にかけたことなんて、何度もあった」

 朗らかとも言える笑顔に、巳影はほぞを噛む思いだった。何も言い返すことができず、しかし来間の言葉には説得力があった。彼が培った経験が、今実力差となって現れている。

 圧倒的な格上。攻撃は簡単に回避され、反撃をあっさりと食らう……こちらの動きなど、見え透いているのだろう。来間堂助という男は、一体どれほどの死線をくぐったというのか。

(不意打ちや奇襲は通用しない。正面からでも簡単にいなされる……)

 何をしても、攻撃が当たるイメージすら浮かばない。それに、来間は実力をすべて出しているわけでもない。明らかに手加減されている。致命傷となる斬撃を与えようとすれば、いつでも斬りつけるタイミングはたくさんあった。

 ちらりと横目で紫雨の様子を見る。

 紫雨もまた、仕掛けるタイミングを図ってはいるものの、その横顔からは疲労と焦りが濃く出ていた。それに懸念されるのは、『悪性理論』の拘束を解いた不気味な左手だった。まだこの男には、隠している手札がある。

「さて、もう勝ち目がないのは実感できたかな。別に君らが弱いわけじゃないんだ。単に相手が悪かっただけなのさ。この世界じゃ、よくあることだよ」

 鞘を腰に固定し、刀を握り直す。一歩、二歩と、来間は巳影たちに向かって歩き始めた。

 巳影はもう一度拳に力を込めてみるが、肩から腕にかけて、強さの芯が通らない。すでに体は、戦うことを諦めていた。

(くそ……せめて紫雨だけでも逃さないと……!)

 頭は真っ白になっていた。から回る思考から拾えるものは、自分が囮になり、紫雨を逃がすことだけだった。これまでのことも、これからのことも、考えることすらできない。

 すでに。来間堂助は目の前まで迫っていた。手を伸ばせば届く距離……来間はゆっくりと刀を振り上げる。

「顕現!」

 鈍く麻痺した思考を切り裂いて、一喝の声が真っ白な頭の中に響いて抜けた。

 蒼く輝く光が、巳影と来間の間に降り注いだ。それは落雷とも言える勢いと衝撃を伴い、木張りの床は安々と吹き飛ばし、瓦礫の残骸は砕けて宙へと舞い上がる。

 強い力で押されたかのように、巳影も紫雨も尻もちを着いた。来間ですら飛び退き、間を割くように深々と突き刺さった一振りの太刀は、やがて細かい粒子のようなものになり、音もなく消えていく。

「そりゃ、来るよね」

 来間は廃寺の入口に立っていた影へと向き直った。

「君の剣には関心があったんだ。ぜひ、斬り結んでみたいと思っていた」

「どけよ狂剣。あの子を返せ……邪魔するんなら、てめえもぶった斬る」

 右手に淡く輝く光が集まり、蒼の一閃が太刀の形となった。その目は来間と、そして後ろにいる桐谷を睨みつけていた。

 その視線に答えるかのように、壁から背を離した桐谷だったが、それを来間が手で制する。

「先に俺と戦ってくれないか。目の前でこんなものを見せられたのでは……たまらない」

 来間の双眸が、深く濃い影へと変わっていく。それに現れた影、大場清十郎は舌打ちして来間へと向かい合った。

「大場さん……!」

 呻くような声で、巳影は清十郎に危険をうったえた。それに清十郎は一瞬だけ笑みを作り頷いた。

「お前らはもう休んでろ。これは俺の問題だからな……俺が決着をつける」

 来間と対峙した清十郎は、手に握った蒼い太刀を構えた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ