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07:オカルト研、始動

「んで、気になってるのが「二丁目のカーブミラー」だよ」

 放課後の『オカルト研』部室内。ちゃぶ台を囲んだ巳影は、唐突に切り出した切子の言葉に小首をかしげた。

 昼休みは乱闘未遂で時間がなくなり、話し合いは改めて放課後という事になった。同時に三人とも昼食を食いっぱぐれてしまったので、今冷えて固くなった昼食をつついている。

「相澤さん、「二丁目の……」とは」

 固くなった白米を口に運びつつ、巳影は疑問を相澤ししろに向けた。

「ウチのことも名前呼びでええで。切子が言うた「二丁目のカーブミラー」案件は……最近聞くようになった、都市伝説めいた怪談でな」

「都市伝説……怪談、ですか」

 言葉にして見るものの、巳影はいまいちピンと来ていなかった。

「それがどう……『あかね団地事件』の真相なんかに関わってくるんです?」

「件の悪徳霊媒師や。そいつが裏で糸引いて、悪さしとるんちゃうかって話を、前々からしとったんや」

 カサカサに乾いたサンドイッチを頬張り、ししろが返す。

「もし裏で『茨の会』なるものがつながってるなら……色々納得行くことがあるんだ」

 コンビニのおむすびを食べ終えた切子は、部室の隅に置かれたホワイトボードを引っ張り出してくる。

「順番に話していくね。まず最近、事故が増えたの。この「二丁目のカーブミラー」が立てられた前でね」

 車のハンドルが取られ、カーブを曲がりきれずガードレールに衝突。バイクはスピードを落としきれず転倒。中には歩行者が巻き込まれる人身事故も発生している、とのことだった。

「事故多発地点ってやつですか……?」

「ううん、見通しのいい緩やかなカーブで、いいドライブコースとして知られてたんだよ。事故なんて、まあ起こる場所じゃない」

 カーブはそのまま峠を超える道に合流し、隣町の都会へと出るルートでもある、という。簡略化した地図や、カーブなどのイラストをホワイトボードにまとめていく。

「事故った人が言うには、カーブミラーに不自然な人影が見えた、などなど」

「確か、ドライブレコーダーの映像、ダビングしてたやろ。見たほうが早い」

 今度はノートパソコンを棚から取り出し、セットする。巳影を中心にして、横から切子がマウスを操作し、映像を再生した。

 薄暗い映像ではあったが、夜というわけではない。バイクのヘルメットに装備された機器で録画されたものだった。時刻を示す数字は、昼の中頃をカウントしている。

 切子の説明にもあった通り、その道路は長い直線から緩やかに曲がるカーブで、極端にスピードさえ出しすぎていなければ、曲がることが難しいものとは思えないものだった。

「ここから」

 切子が映像を一時停止する。同時に、ドライブレコーダーの映像は激しいノイズを張り付かせていた。

二秒ほどノイズがひどくなり画面がほぼ見えなくなる。

そして画面がクリアになった頃には、カメラは横転し道路を斜めに映していた。

「さて。おわかりいただけだだろうか」

「ししろさん、解説お願いします」

 わざとらしい切子の演技を無視し、巳影はししろへと水を向ける。切子は拗ねて映像を数秒前に戻す作業へと移った。

 それはカーブに差し掛かる少し手前。バイクの運転手はゆっくりとブレーキをかけてクラッチを切りつつ、カーブに備えて車体を傾けようとしていた。

「手……?」

 バイクのハンドルを握る右手に、覆いかぶさるような影が一瞬よぎった。その瞬間にノイズが強くなり、その後横転した映像へと至る。

「うん。突然出てきた「手」が、バイクの人の手を覆うようにして掴んでるんだ」

 映像を、別の再生アプリに切り替えた。映像の鮮度と明度が上がり、画面はくっきりと、あり得ないものを映し出していた。

 右手、であろうか。それがハンドルを握る手と向かい合う形で現れている。まるで、真正面からハンドルをブレーキごと押すような形だ。

「映像を貸してくれた人によると、いきなり前輪のブレーキがかかったんだって。で、見ものなのはここから」

 横転した映像の端には、カーブミラーが映し出されていた。横転したバイクと、動けないでいる運転手をくっきりと映し、その側で人影のような、足が映り込んでいた。まるで転倒したバイクを見下ろすかのように立つ影は、しばらくすると霞のように消えてしまう。

 映像は以上であった。

「感想を」

 何故か切子がマイクのようにマウスを握って向ける。

「ま、まあゾッとしました。普通に霊障なのでは」

 まじまじと見ていて、気持ちの良いものではなかった。若干胃袋が引きつり、食べかけの弁当に手を伸ばす気はなくなってしまった。

「これだけ見たら、よくある心霊現象とか、ホラー特集で見る映像、ってだけで終わるんだけど……」

 再生アプリを閉じると、切子は地図の画像を拡大して表示させた。

「まーそれが不自然極まりないんだよ。さっき言ったように、ここは今まで事故が起こったことのない、平和な道路。事故も事件も無縁。なのに、急に「現象」だけが発生するようになった」

 地図をクリックし、カーブ近隣の写真映像を表示させた。カーブミラーには、お供え物や花束など、事故現場らしいもので囲まれている。

「……誰か、その「事故」で亡くなられたんですか」

「噂に尾ひれ背びれが着いて、胸びれまで着いて泳ぎ回っとる」

 サンドイッチを平らげたししろが、牛乳パックを吸いながら、シラけた様子でぼやいた。

「やれ、そのミラーに映ると呪われるだの事故るだの、かつて自殺した霊とか事故で死んだ霊がとか。それっぽい噂が後から出てきた。言っとくけど、そんな事実一つもないで」

 お供えの花束などは、噂を真に受けた一部の人間が勝手に持ってきたものだという。

「最近じゃ、心霊スポットにもなり始めた。肝試しでうろつく都会モンも出始める始末や」

「はぁ……。じゃ、じゃあ誰かが霊障に見せかけて仕掛けた、ってことですか。でも、誰が何のために?」

「想像しやすい例としたら……保険金目当て、やな」

 霊障に、保険金。どういうことだと、巳影は頭を捻る。

「大体の交通事故が、ガードレールにぶつかってるんだ」

 切子が地図の画像をいくつかクリックする。

花束の手向けられたカーブミラー近辺にあるガードレールはまだ、事故の衝撃で歪んだ身をさらしている。

「ガードレールって、基本弁償するとしたら「道路管理者」が弁証額とか決めるんだけど、それが国道だったら「国土交通省」だったり、市道だったらその地域の「土木管理事務所」ってところが連絡先になるんだ」

 ホワイトボードを使ってまとめていく切子。簡単に書きながら「ほとんどそのままだから、後で検索してみ」と続ける。

「その連絡の間には、警察や保険会社が入ることになるんや」

「というわけで、最近羽振りのいい保険会社は……こちら」

 ししろの言葉を引き取って、切子がとある保険企業のホームページを開いた。

 『鳩村土萩保険事務所』という企業のホームページだった。

「この鳩村さんとやらは……」

「地主。この道路近辺の管理者」

 なるほど……と、巳影は苦虫を噛み潰したような顔をする。

「つまり、自分の土地で事故を起こさせ、保険金を発生させてガッポガッポてなわけや」

 左うちわ、を表現したいのか、マウスパットを左手で持ち、暑くもないのに何故か巳影を扇ぎだすししろ。

「心霊現象を利用した保険金詐欺……」

 せこい。聞いただけでどっと疲れた気分になる巳影だった。

「んで、ここのお祓いを行ってるってのが昨日言った悪徳な霊媒師って奴や」

「やってることがほとんどコントですよ、何で誰も怪しまないんです?」

 眉を寄せて言う巳影に、切子とししろは難しい顔で押し黙ってしまった。その妙な空気に、重みを感じる。

「……土地柄、ちゅうかね」

「信心深い風習が根っこにいるから、仕方ないよ。田舎だし」

「……?」

 何か、言葉を濁したような、珍しく歯切れの悪い答えに、巳影はますます眉を寄せる。

「でもそんな土地柄だから、通用する悪事もある。それは事実だし現実」

 切子はホワイトボードに走らせていたペンを起き、巳影を見据えて言う。

「加えて『あかね団地事件』の事実を私たちから見れば、次元は違えどこの町で起こってることが「非現実的」って意味でつながるんだ。手始めにそんな事例の発端から暴いてみるのはどうかな」

 切子がまとめたホワイトボードを見つつ、巳影は頷いた。

「確かに、疑ってみる価値は……ありかもですね」

「方針は決定、でいいかな」

 巳影は切子の言葉に再び頷いた。

「それに、この土地でいう「非常識」は……大体が「あれ」につながるから……」

「……「あれ」?」

 切子がこぼした言葉は、当人にとって無意識だったらしい。「えっと……」と言葉を詰まらせ、助け舟を求めるようにししろへと視線を流した。

 ししろは腕を組んだまま、目を閉じしばし押し黙った後、

「まあ、この件終わったら改めて話すわ」

「……ししろ」

「今更こいつに隠しても意味ないで。むしろ、知っといてもらうほうが安全や」

 パン、と手をたたき合わせ、ししろが立ち上がる。

「あとは足で調べよか。巳影、自分が調べるとしたら……保険事務所か、カーブミラーか、どっちがええ?」

「……ネタが割れている以上、カーブミラーの場所に行ってもあまり意味はないと思います。消去法になりますが、保険事務所に行ってみましょう。何か発見があるかもしれません」

 巳影の案に、ししろは「そやな」と頷く。

「じゃあ、早速事務所さんにお邪魔しようか。幸い、バスで行ける距離にあるからね」

 時刻は夕方の五時前。まだ、日は高く空は明るい。巳影を加えた『オカルト研』は、意気揚々とした切子を先頭に出発した。

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