67:鎮魂を暴く歌
「意外、と思えたのは実はこちらもなんだ」
切子にナイフを向けられたままで、来間は世間話でもするかのように言った。
「君らが『茨の会』と事を構えているとは、ね」
来間の口から出た言葉に、巳影は大きく頭を揺らされたかのような衝撃を受ける。
「来間さん、今なんて……」
「聞こえなかったかな。『茨の会』……と、言ったんだよ。そうそう、飛八くんにとっては仇なんだってね」
踏み出そうとした巳影の足が、寸前でよぎる刃を回避した。腰の刀を抜き、柄で眼前のナイフを弾き上げ、返す刃は巳影の手前で円を作り、抜刀した刀を構える来間は、変わらない笑みを浮かべたままだった。
「勘違いしないでほしい。今君らと戦う気はない。事実も知っている限りは話そう。だけど、刃物をちらつかせたままじゃ落ち着かなくてね」
それでもと、再度足を踏み込もうとした巳影を、切子が手で制した。首を横に振り、歯がゆそうな巳影を下がらせる。
「しかし話すといってもどこから話したものか……。そうだ、ここは君らの疑問に答える形で話していこうか」
次第に来間の目が影を帯びていく。しかし口調は明るく友好的な態度であった。それだけに、手に下げた刀が放つ殺気は来間という人間の印象をいびつにさせる。
「来間さん……あなたは一体何者なんですか。目的は?」
切子はまだ手で巳影を制したまま、来間の目を見据えて言った。
「俺かい? 俺は雇われの『エクソシスト』さ。飛八くんにはそう自己紹介したよね」
「雇い主は誰」
矢継ぎ早に切子が声を飛ばした。来間は巳影の反応をまともに見られなかったからか、苦笑を浮かべた。
「それも言ったよ。新山さん……ひいては『土萩町管理組合』に雇われた」
「それが一番納得できない。あなたの行動は新山さんたちの意図とは間逆な……騒動を広げているようにも見える」
「しかし事実だ。ちゃんと契約も交わして、報酬の約束もしている」
「……。じゃあ聞き方を変える。あなたの「所属」はどこ」
切子の言葉に、来間は大きな声で笑い出した。
「元軍属ならではの発想だね。単なる言葉遊びだけど、正直に話すと言った手前、ここで答えを捻じ曲げるわけにはいかないか」
笑い声を収めた後、はにかむような口元で来間は言葉を紡ぐ。
「所属で言うのならば……俺は『茨の会』所属の人間だよ」
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本堂の仁王像を前に立ち、新山堅郷はゆっくりと振り返った。
「勝手がすぎるな、『茨の会』」
手前には将棋盤が置かれ、その向かいに座っている人物を睨みつける。
「すまないと思っている。こちらとしてもアクシデントなんだ。だから俺が出向いて頭を下げに来た」
新山に睨まれながら、将棋の駒を手の中でもてあそび、歌うように続ける。
「あの『暗鬼』を連れ戻しはできたが、最後の抵抗か自らをコアに閉じ込めてな。今は仕方なく『天静院』だとかいう廃寺で保管しているが……そのコアに連動して、町に広まっていたウワサ話が根こそぎ起動している。そこは計算外だった、すまない」
「……」
「だが、あのままでは肝心の目的が達成できない。本当の意味で第五の『独立執行印』を解くには、その『暗鬼』の抹消が条件だ。他の『独立執行印』とは成り立ちが違う……唯一、生きたままの『鬼』を封じ込められたものだからだ」
手にした駒を一つ、盤面へと落とす。
「そこまでしてようやく……道がまた一つ拓ける。『土萩村』への道がな」
新山は固く口を横に結んだままだった。そのしかめっ面を目にして、笑う。
「貴方がたも同意してくれたではないか、俺の目的に。なに、約束は守るさ。絶対だ」
「……必ずだぞ。天宮一式」
「もちろんだとも。とびっきりの甘い汁を用意するさ」
新山の唸り声のような言葉に、天宮一式は赤銅色の前髪をあきあげ、カラカラと笑ってうなずいた。
□□□
「俺の役目はただ単に「引っ掻き回す」こと。協力を取り付け『茨の会』と『土萩町管理組合』を結びつけ町を……「本来の姿」に近づけること。それに関しては、新山さんたちとは同じ目的でね」
「本来の姿……?」
変わらない笑みのままで語る来間に、切子は眉を寄せた。
「そうだよ。今この町の空気よりももっと混沌としていた、因習が支配する頃の姿……『土萩村』だった頃の姿に、だよ」
「……『独立執行印』が敷かれる前の時代に、町を戻そうと……?」
「正解。ただ彼は……天宮はその上で何か目的があるようだけど」
『独立執行印』が敷かれる前の……。巳影は以前神木から聞いた「村」の有り様を思い出していた。疫病が蔓延し、疑心暗鬼に取り憑かれた人々がまどい、枯れてくちていく。そして全ての原因を「鬼」という役目で「人間」に被せ、諸悪の根源として封印した。
「あなたは……そんなことをして、何をしようってんですか」
巳影の口から漏れた言葉は、かすかに震えていた。それは単なる拒否反応か、それとも別の何かなのか、自分自身にも分からない。
「目的かい? そうだね、まあささやかな贅沢というところかな」
視線を巳影に送り、深い淵をのぞかせる。
「自分で言うのも何だけど、俺は腕のたつ『エクソシスト』でね。いろんな霊魂、妖魔魔物を斬り伏せてきた。……だからだろうね。物足りなくなったんだ」
ぞくりと、言いようのない悪寒が背筋を凍てつかせた。巳影だけでなく、切子もまた、反射的に一歩来間から飛び退いていた。
「そんな「村」ならば、さぞ斬り応えのあるものも現れそうじゃないか。例えば……「鬼」と称される者たちとかね」
来間の目は、恍惚とした熱を帯びていた。それが体を走り回る怖気を加速させた。
「まあこの刀じゃ刃は通らない。別のものを用意する必要があるけど……それもまた楽しみなんだ。ほら、お出かけの日におろしたての服を来て歩けるような、そんなワクワク感だよ。分かるだろう?」
そう言って、来間は刀を鞘に収めた。だが、まだ来間から放たれる禍々しさは消えていない。
「質疑応答はこんなところかな。じゃ、俺は行くから」
こちらの緊迫感など微塵も配慮しない笑みで、来間は手をひらひらとふった。それになんとか食い下がろうと、巳影は腹の底に力を入れて声を振り絞った。
「ど、どこへ……!」
かすれてしまった言葉に、来間は微笑んで返す。
「種明かしも済んだしね。あの廃寺に『暗鬼』は運ばれているようだから、そこで仲間たちと合流するよ。今後の方針も相談したいしさ。もちろん君たちも来ていいよ。ケジメを付けたいのなら、そこで会おう」
背を向け、飄々とした足取りで来間は出ていった。閉じたドアを睨みながら、巳影は動けなかった……動こうとしなかった自分へと今更になって腹を立てた。
「……追わなくて正解。彼は何をしだすか分からない」
呟く切子も、額には玉の汗を浮かべていた。
「ひとまず、私たちも集まろう。全員揃ってからでも遅くないよ……バラバラに追いかけても、各個撃破されるだけだからね」
乾燥してひりついた喉を鳴らす。文字通り、巳影は固唾を飲み込んで、力なく頷いた。




