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66:嘘と沈黙

「ねえ聞いた? また「首なし犬」が出たんだって」


□□□


 朝だけで二体目の鎮圧。町を走り回った巳影の体力は、限界に近かった。

「どうなってるんだ……まったく」

 乱れる息を落ち着けようと、地面に座り込んだ。バス道からそれた町外れの道路。すぐ側には影と消えた『飛頭蛮』の残骸がまだくすぶり、煙を登らせていた。

 来間から連絡があったのは、巳影が通学のバスに乗る寸前だった。

 『飛頭蛮』の復活。目撃情報が多数報告され、人が襲われる事件がついに起こった。その連絡は切子にも伝えられており、来間の指示で各方面へと討伐へ向かうこととなった。

『飛八くん、そっちはどうだい』

 スマートフォンから聞こえる来間の声は、若干こわばっていた。巳影は呼吸を整えるが、疲労感は抜けず、ぐったりとした声で返すこととなった。

「なんとか二体……そちらはどうですか」

『町中はなんとか収まったよ。幸い怪我をした人は軽症だった。……しかし』

 最初の目撃情報は、町の中心である商店街からだった。各店などはまだシャッターをおろしている時間帯であり、しかし準備をしていた店員が襲われるという事態になってしまった。

 一般人に出た被害の話は、あっという間に広がるだろう。今町に、化け物が潜んでいる、と。

『それと……悪いニュースが追加だ。商店街近くの駅から少し離れた位置にある踏切……そこでも奇妙な目撃談が出ているんだ』

「……まさか」

 一週間前、紫雨とともに向かった踏切の一件が、すぐさま思い出された。

『それに中央町の高架下でも、人が消えたなんて話も出ている。今はなんとか通行規制を貼って人通りを遮断しているものの……あの周りは町にとっての生活区域だ、ウワサはあっという間に広がるだろうね』

 間違いない。清十郎がコアを破壊したはずの、あの高架下のことだ。

「それで、新山さんたちは……?」

『今本部は『暗鬼』がいなくなった以上に混乱してるよ……情報統制も満足に働いてない。一体何が起きているのか、さっぱりだ。このままじゃ、ウワサ話が広がり加速していく。被害はあっという間に膨れ上がりだすだろうね……』

「……。一度切子さんとも合流しませんか。俺もまだ混乱してます」

 電話口の向こうでは、「そうだね……」とかすれる声で、頷いた様子の来間の声が聞こえた。

『じゃあ前に集合した空きビルに集まろう。入れる許可はとっておくよ』

 来間との通話を切った瞬間、再び巳影のスマートフォンが呼び出し音を唸らせた。

「切子さん……?」

 通話のボタンをタップする。

『もしもし、巳影くん。そっちは無事?』

 聞こえてくる切子の声は落ち着いていた。巳影はひとまずの無事と、先程の来間との会話のことを伝える。

『そうだね……闇雲に動いても非効率だし。それと、ししろに知らせて念の為もう一度調べてみたけど……』

 巳影は結果を聞いて「やっぱりですか」と、肩を落としそうになった。

『ともあれ。今は集まろう。ちゃんと、()()()()()()()()



□□□


 空きビルに着いた頃にはすで、商店街の開店時間となっていた。だが、雰囲気がどこかおかしい。すれ違う人たちが皆、声を潜め何かを話している。その顔には、不安の色が濃く現れていた。

「あ、来たよ」

 空きビルの前にはすでに、来間と切子が揃って待っていた。巳影が到着すると早々に空き室へと入り、全員が揃って深いため息を着いた。

「いやぁ、朝早くに……学校だって言う時にごめんね。でも聞こえる限りの被害は防げたよ」

 言う来間のスーツは所々にダメージの後が見られた。彼も奔走していたのだろう。顔は疲れのためか、どこかやつれているようにも見えた。

「でも、なんで今になってまた『飛頭蛮』や、他のウワサ話まで……」

 巳影がぼやくと、来間は難しい顔のまま呟くように言う。

「……大場くんの方に、何かトラブルがあったかもしれないね」

 その言葉に、巳影も切子も押し黙ってしまう。

「今の町の有り様は、まるでまた『暗鬼』が現れたかのようだ。ウワサ話の実体化がみるみるうちに進んでいく……どうしたもんか」

 来間は腕を組んで唸る。

 ちらり、と巳影は切子を見やった。その視線に切子が頷く。

「もう一度、同じ質問をよろしいでしょうか、来間さん」

 切子に顔を向け、何なかと組んでいた腕を解く。

「広がり続けるウワサ話……それを止める方法はやはりないのですか?」

「うーん……前も言った通り、ウワサ話は人々の不安から生まれるものだ。それにより実像を得て、具現化する。箝口令が敷けたとしても、もう遅い……。それに、何より今は『独立執行印』が不安定どころじゃなく、封じていた『鬼』が外に出ている状態だ、何が起こっても不思議じゃない」

 切子の視線が巳影へと向けられた。巳影は頷き、口を開く。

「ウワサ話のコアの破壊……それは視野に入れないんですか」

「こうもウワサ話が膨れてしまっては、難しいよ。だって発生地を絞るのにも……」

 そこまで言って、来間は言葉を詰まらせた。

「なにそれ、って……聞かないんですね。コアってやつのこと」

 巳影の言葉に、来間は口を閉ざして再び腕を組んだ。

「コアの存在を、あなたは最初から知っていたんですね」

 続けて、切子が言葉を畳み掛ける。

「そうだとしたら何故、私が以前に「出どころである「うわさ」を封じる方法」を聞いた時、最良の手段であるコアの破壊を提案しなかったんですか。あの時点でなら、発生地を絞れたかもしれない……少なくとも、飛び回って『飛頭蛮』を狩るよりも、遥かに効率的なはずです」

 来間は自分の唇をとんとん、と人差し指で撫でた後、

「……君らこそ耳が早いじゃないか。どうやってコアの存在を知ったんだい?」

 薄い笑みを浮かべて言った。

 それに切子が一歩前に出て、来間の正面に立った。

「仲間の調べで知りました。あなた達『土萩町管理組合』から非合法に引っこ抜いた情報らしいですが……それなら、あなたも知っていないとおかしい。何故黙っていたんです」

「……」

「おかしいと思い、我々は自分たちでコアの所在を調べました。そこで、()()()()()()()()がわかりました」

 淡々と述べていく切子の言葉を、来間はただ黙って聞いている。

「ウワサ話で実体化したのなら、コアがあるはず。なのに、どこを探しても……『飛頭蛮』のウワサ話となったコアだけは発見できませんでした。見落としではありません」

 軽く、ぬるい拍手が間の抜けた音を立てる。来間は拍手を止めると、小さく息をついた。

「よく見てるね、君らは」

 笑みを浮かべる来間の口元に、よく研がれたナイフの切っ先が突きつけられた。

「答えてください。何故黙っていたり、それらしい嘘までついて、はぐらかしたりしたんです。何を……隠しているんですか」

 ナイフを突きつけた切子に、来間は肩をすくめてゆっくりと両手を上にあげた。

「話すと長いし複雑な事情がある。それでも聞きたいかな?」

 底が見えないほど暗く深い目で、来間堂助は笑ってみせた。


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